サンドバッグを叩いた群のほうが、何もしなかった群より怒っていた
溜め込まずに出したほうがいい、と言われる。大人なんだから抑えたほうがいい、とも言われる。皮肉なことに、この二つを実際に測った実験は、どちらの助言も支えていない。
「出したほうがいい」と「抑えたほうがいい」の外側
前の単位で、伝わり方についての有名な比率が、二つの別々の実験の合成だったことを見た。ここでは、伝えたあとに波立った自分をどう処すかの話に移る。
近い関係の助言は、たいてい二択で出てくる。溜め込まずに出したほうがいいか、大人なんだから抑えたほうがいいか。どちらにも実験がある。皮肉なことに、どちらの実験も、その助言を支えていない。
値切り:叩いて発散した群のほうが、怒りも攻撃も高かった
米国・2002年に発表された研究は、大学生602名を怒らせたうえで、三つの条件に割り当てた。サンドバッグを叩きながら、怒らせた相手のことを考える群。サンドバッグを叩きながら、体力づくりのことを考える群。サンドバッグを叩かず、数分間静かに座っている群。 最終的な分析対象は600名で、各条件に同数ずつ配置されている。
結果は、発散という考え方の反対を向いた。相手のことを考えながら叩いた群は、他の二つの群より怒りが高かった(気晴らし群との比較で t(594) = 2.20, p < .05, d = 0.22、静かに座っていた群との比較で t(594) = 3.15, p < .005, d = 0.31)。そして攻撃も高かった(静かに座っていた群との比較で t(594) = 3.17, p < .005, d = 0.30)。いちばん静かだったのは、何もしなかった群である。
米国・1999年に発表された研究は、その前段も調べている。発散はよいことだと書かれた文章を読んだ人は、サンドバッグを叩きたいという気持ちが強まった。 そして実際に叩かせたあと、実験室での攻撃の機会を与えると——発散を勧める文章を読んで叩いた人のほうが、勧めない文章を読んだ人より攻撃的だった。 予言は自己実現ではなく、自己破壊のほうへ働いた。
メタ分析でも、覚醒を上げる活動は効かなかった
2024年に発表されたメタ分析は、この問いを規模で確かめた。154本の研究、184の独立標本、10,189人。 怒りへの対処を、覚醒を下げる活動と、覚醒を上げる活動に分けて統合している。
覚醒を下げる活動は、怒りと攻撃を減らした(g = −0.63、95%信頼区間 −0.82 から −0.43)。 結果は頑健だった。対して、覚醒を上げる活動は全体として無効だった(g = −0.02、95%信頼区間 −0.13 から 0.09)。 信頼区間が0をまたいでいる。要旨はこう結んでいる——これらの知見は、怒りを発散することや走りに行くことが有効な怒りへの対処であるという考えを支持しない。
個別の活動では、ジョギングは g = 0.71(95%信頼区間 0.07 から 1.42)で、怒りを有意に増やしていた。ここでは所見をそのまま置く。何をすべきかの助言にはしない。
では、飲み込めばいいのか——請求書は、相手側に届く
反対側も測られている。米国・2003年に発表された研究は、面識のない女性どうしを二人一組にし、気の滅入る記録映像を16分見せたあとで、その話題について会話させた。研究1では72名を、一方が表出を抑える条件・自然に反応する条件・感情の反応が小さくなるように解釈をやり直す条件に割り当てた。研究2では84名が同様の手続きを受けている。
要旨の言葉が、この単位の骨である。——抑制だけが、意思疎通を妨げ、抑制した人の相手における血圧の反応を増大させた。 研究2では、抑制は調整した本人の感情経験に否定的な影響を与え、本人と相手の両方の血圧を上げた。そして——抑制はまた、ラポールを下げ、関係の形成を阻害した。
数字も相手側に出ている。研究1では、抑制した人の相手の血圧上昇が最も大きく(相手側の効果 = 4.03、t(63) = 3.24, p < .002)、研究2でも同様だった(相手側の効果 = 3.45、t(77) = 3.24, p < .002)。親しみの評価も相手側で下がっている(相手側の効果 = −2.75、t(63) = −2.48, p < .016)。
ここが読み方の型である。抑えることのコストは、抑えた本人の中を見ても、うまく見えない。相手の血圧と、相手が感じたラポールを測って、はじめて数字になる。 自分の内側だけで測る限り、抑制は「うまくやれている」と見える。
抑えると、会話の記憶が落ちる
米国・2003年に発表された別の研究は、交際しているカップルが関係上の対立について話し合う場面で、解釈のやり直しと表出の抑制を実験的に操作した。要旨によれば——予測どおり、会話の発言についての記憶は解釈のやり直しによって増加し、抑制によって減少した。そして感情の反応についての記憶は、抑制によって増加した。 自己監視が、感情の反応の記憶に対する抑制の効果を媒介したが、会話の発言についてはそうではなかった。
話の中身を忘れ、自分がどう感じていたかだけを覚えている。 抑えているあいだ、注意が自分の表情の管理に向いているからである。なお、この論文は本文が有料の壁の内側にあり、カップルの組数と効果量の具体値は確認できていないので、ここには書かない。
尺度のほうは、同じ日に、同じ人が答えている
「自分は抑えるほうだ」「自分は解釈をやり直すほうだ」という自己認識は、質問紙で測られている。米国・2003年に発表された研究が作った尺度は、いまも広く使われている。解釈のやり直しが6項目、抑制が4項目、合計10項目を、1(強く反対)から7(強く賛成)で評定する形式である。二つの尺度は、どの標本でも独立していた(平均 r = .01)。 標本は学部生で、規模は116人から791人まである。
ただし、ここまでの研究の多くが横断であり、自己申告どうしの相関であることは書いておく必要がある。自分の調整の癖と、自分の人間関係の様子を、同じ人が同じ日に答えている。どちらが先かは、この設計からは出てこない。 相手側で測った2003年の実験が効くのは、まさにそこを外しているからである。
時間・変化:20分の実験室と、年単位の関係
時間の軸で見ると、この単位の証拠には段差がある。分の単位——サンドバッグを叩く数分、16分の記録映像、その後の会話。ここで効果が出ている。日の単位——質問紙で測った習慣的な傾向。ここは相関で語られる。年の単位——同じ相手と何年も続く関係の中で、抑制の積み重ねが何をするか。ここは、ほとんど測られていない。
しかも、時間が長くなるほど設計は弱くなる。長期を扱う研究の多くは、同じ人に一度だけ質問紙を配る形になる。短期には強い実験があり、長期には弱い相関がある。 助言のほうは、いつも長期の側で語られる。
変化の向きについても一つ。 発散の研究が示したのは、やり方によって怒りが下がるどころか上がることがあるという向きである。時間が経てば自然に収まるものを、わざわざ持ち上げてしまう手つきが存在する——それがこの単位のいちばん実用的な発見かもしれない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、二択で考えることである。出すか、抑えるか。実験が比べているのは、たいてい三つ以上の選択肢で、いちばん成績がよかったのは「何もしない」だったり「解釈をやり直す」だったりする。二択に見えているとき、たいてい第三の列が隠れている。
ここでこの棚として毎回断ることがある。ここまでの数字は、ほぼすべて米国の、大学生を対象に採られている。 2003年の抑制の実験は面識のない女性どうしの初対面で、16分の記録映像を見た直後の会話である。日常の関係の中の出来事ではない。日本の恋愛や結婚を対象にした査読研究はごく少ない。効果は短い期間で測られたものが多い。そして何より——続いた関係のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 別れた二人は追跡から抜け、質問紙に答えているのは続いている人だけである。
なお、この単位が扱うのは感情の調整という測られ方である。気分の落ち込みや強い不安が続くときの診断や対処については、ここでは扱わない。
助けるのは、自分の処し方に名前を付けて記録することである。実験の条件名がそのまま使える——持ち上げた/気をそらした/何もしなかった/解釈をやり直した/表に出さないようにした。 五つのうちどれかに丸を付けるだけで、自分の既定値が見えてくる。
最初の一歩は5分。今日、いらだちや落ち込みに近い感情が動いた時刻と、そのとき自分がとった処し方を記録する。 良し悪しの判定はしない。誰かに何かを言う必要もない。
次の単位は 117「適合性評価力」——ここまでで自分の側の話は終わり、次の段からは相手を見る話になる。 絞り込みは一段進む。
- 米国・2002年に発表された実験は、大学生602名(最終分析600名)を怒らせたうえで三条件に割り当てた。怒らせた相手のことを考えながらサンドバッグを叩く群、体力づくりのことを考えながら叩く群、叩かずに静かに座っている群である。結果は発散という考え方の反対を向いた
- その実験で、相手のことを考えながら叩いた群は他の二群より怒りが高く(気晴らし群との比較で t(594) = 2.20, p < .05, d = 0.22、統制群との比較で t(594) = 3.15, p < .005, d = 0.31)、攻撃も統制群より高かった(t(594) = 3.17, p < .005, d = 0.30)。最も静かだったのは何もしなかった群である
- 米国・1999年の実験では、発散はよいことだと書かれた文章を読んだ人はサンドバッグを叩きたい気持ちが強まり、実際に叩かせたあとの実験室での攻撃は、勧めない文章を読んだ人より高かった。発散を勧める言説は、自己実現ではなく自己破壊の予言として働いた
- 154本の研究・184の独立標本・10,189人を統合した2024年のメタ分析は、覚醒を下げる活動が怒りと攻撃を減らし(g = −0.63、95%信頼区間 −0.82 から −0.43)、覚醒を上げる活動は全体として無効だった(g = −0.02、95%信頼区間 −0.13 から 0.09)と報告した。要旨は、怒りを発散することや走りに行くことが有効な対処だという考えを支持しないと結んでいる。ジョギングは g = 0.71(95%信頼区間 0.07 から 1.42)で怒りを増やしていた
- 米国・2003年の実験(研究1は女性72名、研究2は女性84名、いずれも面識のない二人一組で16分の記録映像のあとに会話)では、抑制だけが意思疎通を妨げ、抑制した人の相手の血圧反応を増大させた。相手側の効果は研究1で 4.03(t(63) = 3.24, p < .002)、研究2で 3.45(t(77) = 3.24, p < .002)。要旨は、抑制がラポールを下げ関係の形成を阻害したとも述べている
- 米国・2003年の別の実験は、交際しているカップルが関係上の対立を話し合う場面で解釈のやり直しと抑制を操作し、会話の発言についての記憶は解釈のやり直しで増え抑制で減り、感情の反応についての記憶は抑制で増えたと報告した。本文が有料の壁の内側にあるため、カップルの組数と効果量の具体値は確認できていない
- 広く使われている調整の尺度は、解釈のやり直し6項目と抑制4項目の計10項目を1(強く反対)から7(強く賛成)で評定する形式で、二つの尺度はどの標本でも独立していた(平均 r = .01、学部生標本で N は116人から791人)。ただし多くは横断で自己申告どうしの相関であり、自分の調整の癖と人間関係の様子を同じ人が同じ日に答えている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 怒りは吐き出したほうがすっきりする | 測ると反対を向く。米国・2002年に大学生602名を怒らせて三条件に割り当てた実験では、怒らせた相手のことを考えながらサンドバッグを叩いた群が、気晴らしをしながら叩いた群や何もしなかった群より怒りが高く(d = 0.22 と 0.31)、攻撃も高かった(d = 0.30)。154研究・184独立標本・10,189人を統合した2024年のメタ分析でも、覚醒を上げる活動は全体として無効(g = −0.02、95%信頼区間 −0.13 から 0.09)だった |
| 感情は抑えるより出したほうがいい、というのが研究の結論だ | 実験が比べているのは二択ではない。2024年のメタ分析で怒りと攻撃を減らしたのは覚醒を下げる活動のほう(g = −0.63、95%信頼区間 −0.82 から −0.43)で、2002年の実験でいちばん怒りが低かったのは何もしなかった群である。出すか抑えるかという構図の外に、成績のよい列がある |
| 表に出さずに我慢していれば、少なくとも相手に迷惑はかからない | コストは相手側で測ると見える。米国・2003年に面識のない女性どうしを二人一組にした実験では、表出を抑えた人の相手の血圧上昇が最も大きく(相手側の効果 = 4.03、t(63) = 3.24, p < .002)、要旨は、抑制がラポールを下げ関係の形成を阻害したと述べている。自分の内側だけを見ているかぎり、抑制はうまくやれているように見える |
感情の処し方についての助言が長生きするのは、効果の判定を本人に任せられるからである。叩いたあと少し疲れて、疲れを落ち着きと読み替えれば、それで検証は終わる。相手の血圧計だけが、別の数字を出している。もっとも、それを読む役はこちらではない——こちらにできるのは、自分がどう処したかを、良し悪しを付けずに書き留めておくことくらいである。
Q1. 154本の研究・184の独立標本・10,189人を統合した2024年のメタ分析では、覚醒を下げる活動の効果量は g = ____(95%信頼区間 −0.82 から −0.43)、覚醒を上げる活動は g = ____(95%信頼区間 −0.13 から 0.09)だった。穴埋め
Q2. 米国・2003年の抑制の実験で、抑制のコストが最もはっきり現れたのは誰の、どの指標か。1文で書きなさい。一問一答
Q3. 米国・1999年に発散を勧める文章と勧めない文章を読ませた実験の結果はどれか。選択
Q4. 米国・2003年に交際しているカップルの対立場面で解釈のやり直しと抑制を操作した実験の結果はどれか。選択
Q5. 米国・2002年の実験の三条件を、怒りの自己報告が高かった順に並べなさい。並べ替え
今日1日、いらだち・不安・落ち込みに近い感情が動いたと気づいたら、そのつど時刻を書き、そのとき自分がとった処し方を1語だけ添える。語は5つから選ぶ——持ち上げた(そのことを考え続けた)/気をそらした/何もしなかった/解釈をやり直した/表に出さないようにした。当てはまるものが無ければ自分の言葉で1語書く。良し悪しの判定はしない。誰かに何かを言う必要も、誰かの反応を確かめる必要もない。1件も無ければ「無し」と記録する。いま交際相手のいない読者、いま恋愛をしない選択をしている読者も、人と関わる場面に限らず、その日に感情が動いた場面をそのまま記録すればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Bushman B.J. (2002) 'Does Venting Anger Feed or Extinguish the Flame? Catharsis, Rumination, Distraction, Anger, and Aggressive Responding', Personality and Social Psychology Bulletin 28(6):724-731 — websites.umich.edu
- Bushman B.J., Baumeister R.F., Stack A.D. (1999) 'Catharsis, Aggression, and Persuasive Influence: Self-Fulfilling or Self-Defeating Prophecies?', Journal of Personality and Social Psychology 76(3):367-376 — cabinet.auriol.free.fr
- Kjærvik S.L., Bushman B.J. (2024) 'A meta-analytic review of anger management activities that increase or decrease arousal: What fuels or douses rage?', Clinical Psychology Review 109:102414 — todayspractitioner.com
- Butler E.A., Egloff B., Wilhelm F.H., Smith N.C., Erickson E.A., Gross J.J. (2003) 'The Social Consequences of Expressive Suppression', Emotion 3(1):48-67 — www.mental-mechanics.org
- Richards J.M., Butler E.A., Gross J.J. (2003) 'Emotion Regulation in Romantic Relationships: The Cognitive Consequences of Concealing Feelings', Journal of Social and Personal Relationships 20(5):599-620 — journals.sagepub.com
- Gross J.J., John O.P. (2003) 'Individual Differences in Two Emotion Regulation Processes: Implications for Affect, Relationships, and Well-Being', Journal of Personality and Social Psychology 85(2):348-362 — emotrab.ufba.br