症状を消そうとする努力は、症状より確実に生活を狭める
痛みが出そうだから出かけない、だるくなりそうだから約束しない、落ち込みそうだから連絡を返さない——ひとつひとつは合理的な判断で、そのたびに少しだけ楽になる。半年後、症状は同じままで、行ける場所だけが減っている。この単位は、その減り方に名前をつけ、名前をつけた側の治療法の売り文句も同じ手つきで検算する。
波を扱う技術の、その次にある問い
前の単位 006「感情調整力」で扱ったのは、来てしまった波の高さをどう扱うかだった。強い波には気そらし、低い波には意味づけの作り直し。動かせる事態か、動かせない事態か。
だが、そこに入っていない問いがひとつある。そもそも波が来ないようにする努力——症状そのものを出さないための工夫——を、どう扱うか。病気を抱えた生活で最も多くの時間と労力が投じられているのは、たいていこの部分だ。そしてこの部分だけが、努力の量と結果が逆向きになりやすい。
消そうとするほど、生活が縮む
ヘイズ、ウィルソン、ギフォード、フォレット、ストロサールが1996年に Journal of Consulting and Clinical Psychology で提出した概念に、体験の回避がある。定義はほぼ機械的だ——自分の内側に生じる感覚・感情・思考・記憶と接触し続けることを望まず、その形や頻度、それが起きる文脈を変えようとする。たとえその行動が生活上の害をもたらすときでも、である。
病気を抱えた生活では、この形が具体的に見える。痛みが出そうな道を通らない。だるさが出そうな時間帯に予定を入れない。症状の話題が出そうな集まりに行かない。検査の結果が出るまで誰にも会わない。ひとつひとつは筋の通った判断で、実行すると確かに短期の安堵がある。
問題は会計の期間にある。短期の欄には安堵が計上され、長期の欄には行ける場所と会える人の減少が計上される。そして短期の欄だけが毎日更新されるので、長期の欄は誰にも読まれない。半年たって気づくのは、症状は同じくらいの強さのままなのに、生活の面積だけが小さくなっているという事実だ。
注意しておくと、これは「無理をして出かけろ」という話ではない。体調に合わせて予定を削るのは、次の単位群で扱うペース配分そのものである。区別の基準は目的だ——体力の配分として削っているのか、その感覚と接触しないために削っているのか。同じ行動でも、目的が違えば別の勘定になる。
白熊のこと、そしてその値切り
内側のものを消そうとする努力の効きの悪さは、実験室でも測られてきた。ウェグナーらが1987年に Journal of Personality and Social Psychology で報告した研究は、参加者に白熊のことを考えないよう教示すると、その後に白熊の思考が増えるという現象を示した。以来、抑制すると跳ね返るという話は心理学の外まで広まった。
ただ、この棚は流行の話をそのままでは置かない。ワン、ハガー、チャッツィサランティスが2020年に Perspectives on Psychological Science で発表した31研究のメタ分析は、この現象を2つに分けて検討した。ひとつは抑制をやめた後に思考が増えるリバウンド効果、もうひとつは抑制している最中に思考が増える即時の増強効果である。結果は、リバウンド効果は認知的な負荷の有無にかかわらず一貫して検出された一方、即時の増強効果は、参加者に別の負荷がかかっているときにだけ観察された。
読み替えるとこうなる。考えないようにしている最中に必ず増えるわけではない。増えるのは主に、抑えるのをやめた後だ。だから「消そうとするのは無駄」と一言で片づけるのも雑で、正確には「消す作業には後払いの請求が来る」である。病気を抱えた生活の実感——日中は考えないようにできていたのに、夜になると総額で戻ってくる——に近いのはこちらのほうだ。
受容は、あきらめの上品な言い換えではない
ここで用語を1つだけ導入する。心理的柔軟性——カシュダンとローテンバーグが2010年に Clinical Psychology Review で整理した言い方では、状況の求めるものに応じて自分の資源を配置し直し、視点を切り替え、大切にしていることと目の前の欲求のあいだで釣り合いを取る能力の束である。
この枠組みでの受容は、症状を良しとすることでも、治療をやめることでも、状況を仕方ないと結論することでもない。もっと会計的な操作だ——いま感覚を消すために払っている労力の支出を止めて、その分を動くほうの予算に付け替える。感覚は残る。残ったまま、予定が実行される。
この付け替えを方角で決めるのが、価値という考え方である。目標は達成できる地点で、達成した瞬間に消える。価値は方角で、到達しないかわりに消えない。病気を抱えた生活で目標だけを持つと、体調の波のたびに全部が未達になる。方角で持てば、5分でも同じ向きに進める。今日できるのが電話1本でも、その1本が向きの証拠になる。
医療の断りを、ここで入れておく。症状が急に悪化しているとき、自傷の考えや強い絶望があるときは、受容の話でも柔軟性の話でもない。技術論の外の問題であり、いま医療につながることが先だ。この単位で扱っているのは、症状が動かない期間の生活の面積であって、症状の医学的な扱いではない。何をどう治療するかは医療者と決めることである。
ところが、「この治療法は従来のものより優れる」は支持されていない
さて、ここまでの考え方を中心に据えた治療法が、アクセプタンス&コミットメント・セラピーである。この20年で急速に広まり、そのぶん値札も膨らんだ。従来の認知行動療法より新しく、より深く、より効く——という語り口を、二つのメタ分析で検算する。
エストが2014年に Behaviour Research and Therapy で発表した系統的レビューは、精神科の疾患・身体の疾患・職場のストレスを対象とした60の無作為化比較試験、4,234人を統合した。全比較を通じた平均効果量は0.42で、小さい水準である。しかも同じ著者による2008年の統合では0.68だったので、試験の数が増えるにつれて効果量は下がった。方法論的な品質には、6年間で有意な改善が見られなかった。そして肝心の点——認知的または行動的な治療と比較した場合の効果量は0.16で、有意ではなかった。著者の評価は、どの疾患についても「確立された」水準には達していない、というものだ。
もう一方の陣営からのメタ分析も、同じ場所に着地している。ア=チャクらが2015年に Psychotherapy and Psychosomatics で発表した統合は、精神と身体の健康問題を対象とした39の無作為化比較試験、1,821人を扱った。効果量(Hedges の g)は、待機群と比べて0.82、心理的なプラセボと比べて0.51、通常ケアと比べて0.64、対照条件全体では0.57。いずれも意味のある大きさである。ところが、確立された既存の治療と比較した場合には有意差がなかった(p=0.140)。
個別の試験も同じ絵を描く。ウェザレルらが2011年に Pain で報告した無作為化比較試験は、慢性の痛みを抱える114人に8回のグループ形式でどちらかの治療を行い、痛みによる支障・抑うつ・不安の改善に差がないことを示した。差が出たのは、治療への満足度のほうだった。
つまり、比較の相手を待機群から既存の治療に替えたとたん、上乗せ分は消える。これは、この考え方が無意味だという意味ではまったくない。効果は測られている。消えたのは「より優れている」という比較級のほうだ。
時間・変化:面積は、症状より先に戻る
この技術の効き方には、独特の順序がある。
最初に動くのは症状ではなく、生活の面積のほうだ。痛みの強さも、だるさの重さも、当分は変わらない。変わるのは、行った場所の数と、会った人の数と、片づいた用事の数である。だから「効いているか」を症状の強さで採点すると、必ず失敗と判定される。採点の対象を最初から面積にしておく必要がある。
次に、方角の感覚は復旧に時間がかかる。病気を抱えた期間が長いほど、自分が何を大切にしていたかの記憶は薄れる。役割で答えられていたもの——仕事、親、友人——が使えなくなると、方角の欄が空白になる。これは病気の副作用のようなもので、意志の弱さではない。空白は、小さな行動をやってみて、後から「これは向きが合っていた」と気づく順序でしか埋まらない。先に方角を決めてから動く、という順序は、たいてい機能しない。
そして長期では、回避の判断が速くなるのではなく、判断そのものの回数が減る。行くか行かないかを毎回検討していた予定が、検討にかからなくなる。柔軟性が育つとは、うまく葛藤を処理できることではなく、葛藤の対象になる場面が減ることだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、周囲の善意である。無理しないで、休んでいて、代わりにやっておくから——この3点セットは、体験の回避を外部から代行してくれる。断りにくく、しかも短期には楽なので、いちばん強力な妨害になる。二番目は、体調の良い日にまとめてやる癖だ。良い日に全部やると翌日に反動が来て、反動の記憶が次の回避を正当化する。三番目は、受容を心の状態だと思うことである。受容は気分ではなく、行動の側の操作だ。感じ方が変わるのを待っていると、いつまでも始まらない。
助けるものは、行動を屈辱的なほど小さくすることだ。外出ではなく、玄関のドアを開けて外の空気を吸う。連絡ではなく、既読をつける。小ささが恥ずかしいと感じるなら、たいてい正しい大きさである。もう一つは、症状が出ている状態で実行すること。症状が引いてからやると、それは回避の別形態になる。
標本の断りを入れておく。この単位の研究は、欧米の成人を対象とした比較的短期の試験が中心で、参加者は研究に来られる程度の状態にある人に偏る。脱落した人の結果は集計から抜けやすく、重い状態の人ほど試験に入りにくい。慢性の痛みでの比較試験も114人と小規模である。効果量の数字は、そうした層の平均であって、あなたの経過の予測ではない。
最初の一歩は5分。今日、症状が出ている状態のまま、大切にしている方角に合う行動を1つだけやる。ただし、やめようと思えば5分でやめられる大きさにする。
生活の面積を戻す動きは、いつも「やれそうだ」という感覚に足を取られる。その感覚自体を扱う研究が、次に来る。次の単位は 008「療養管理の自己効力感」——自己管理プログラム万能論を、17試験のコクランレビューと182試験の服薬アドヒアランスのレビューで検算する。
- Hayes, Wilson, Gifford, Follette & Strosahl 1996(Journal of Consulting and Clinical Psychology 64(6))の体験の回避:内側に生じる感覚・感情・思考・記憶と接触し続けることを望まず、その形・頻度・生じる文脈を変えようとすること。生活上の害をもたらしてもなお続く点が定義に含まれる。短期の安堵と長期の生活範囲の縮小が同時に起きる
- 同じ行動でも、体力の配分として予定を削るのと、その感覚と接触しないために削るのは別の勘定になる。区別の基準は行動の形ではなく目的であり、ペース配分は回避ではない
- Wang, Hagger & Chatzisarantis 2020(Perspectives on Psychological Science 15(3)・31研究のメタ分析):思考抑制のリバウンド効果(抑制をやめた後に増える)は認知的負荷の有無にかかわらず一貫して検出されたが、即時の増強効果(抑制の最中に増える)は負荷がかかっているときにのみ観察された。消す作業には、常時ではなく後払いの請求が来る
- Kashdan & Rottenberg 2010(Clinical Psychology Review 30(7))の心理的柔軟性:状況の求めに応じて資源を配置し直し、視点を切り替え、大切にしていることと目の前の欲求の釣り合いを取る能力の束。ここでの受容は症状の是認でも治療の中断でもなく、消す作業に払っている労力を動くほうの予算に付け替える会計上の操作である
- Öst 2014(Behaviour Research and Therapy 61・60の無作為化比較試験、4,234人):全比較の平均効果量は0.42で小さい水準。同じ著者の2008年の統合の0.68から低下し、方法論的品質には有意な改善が見られなかった。認知的・行動的な治療との比較では効果量0.16で有意差なし。どの疾患でも確立された水準には達していないと評価された
- A-Tjak et al. 2015(Psychotherapy and Psychosomatics 84(1)・39の無作為化比較試験、1,821人):Hedges の g は待機群と比べて0.82、心理的プラセボと比べて0.51、通常ケアと比べて0.64、対照条件全体で0.57。ただし確立された既存の治療との比較では有意差がなかった(p=0.140)。比較の相手を替えると、上乗せ分だけが消える
- Wetherell et al. 2011(Pain 152(9)・慢性の痛みを抱える114人、8回のグループ形式):痛みによる支障・抑うつ・不安の改善に治療条件間の差はなく、差が出たのは治療への満足度だった。効き方が違うことと、優れていることは別である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 症状が出そうな場面を避けるのは、体調管理として正しい判断だ | 同じ行動でも目的が違えば別の勘定になる。体力の配分として削るのはペース配分だが、その感覚と接触しないために削るのは体験の回避(Hayes 1996)であり、短期の安堵と引き換えに長期の生活範囲が縮む。半年後に残るのは、同じ強さの症状と、小さくなった生活の面積である。判定するのは行動の形ではなく、その行動が何のために選ばれたかだ |
| 受容とは、治らないと認めてあきらめること。だから受容を勧められるのは見放されたということだ | この枠組みでの受容は、症状を良しとすることでも、治療をやめることでも、状況を仕方ないと結論することでもない。感覚を消すために払っている労力の支出を止め、その分を動くほうの予算に付け替える操作である(Kashdan & Rottenberg 2010)。感覚は残ったまま、予定が実行される。何をどう治療するかは、この話とは別に医療者と決めることである |
| 受容を中心に据えた新しい治療は、従来の認知行動療法より優れている | 60試験4,234人のメタ分析(Öst 2014)では平均効果量は0.42と小さく、認知的・行動的な治療との比較では0.16で有意差がなかった。39試験1,821人の別のメタ分析(A-Tjak 2015)でも、待機群や通常ケアには勝つ一方、確立された既存の治療との差は有意ではなかった(p=0.140)。慢性の痛みの114人の試験(Wetherell 2011)でも改善に差はなく、差が出たのは満足度だった。効果があることと、より優れていることは別の主張である |
新しい治療法が現れるたび、病気を抱えた人には新しい単語が配られる。今回配られたのは受容という単語で、これがまた誤解されやすくできている——渡す側は「消す努力をやめて動く」と言い、受け取る側は「もう治らないという通告」と読む。皮肉なのは、この単語を掲げた治療法自身が、既存の治療と比べたときの上乗せ分については、待機群相手の華々しい数字を静かに引っ込めていることだ。つまり売り文句は値切られ、中身の逆説だけが残った。残ったほうは、値札がついていないぶん、誰にでも使える。症状を消す作業に払っている費用を数えて、その一部を今日の予定に付け替える。それだけなら、治療法を選ぶ必要すらない。
Q1. 同じ「予定を削る」という行動が、ペース配分になる場合と体験の回避になる場合の区別の基準を、本文の定義に沿って説明せよ。一問一答
Q2. Wang ら(2020)の31研究のメタ分析が、思考抑制について示したことはどれか。選択
Q3. Öst(2014)は____の無作為化比較試験・4,234人を統合し、全比較の平均効果量は____(2008年の統合では0.68)、認知的・行動的な治療との比較では____で有意差がなかったと報告した。A-Tjak ら(2015)の39試験1,821人の統合でも、待機群との比較では0.82だったが、確立された既存の治療との比較では____がなかった。穴埋め
Q4. この単位の意味での「受容」が、あきらめや治療の中断と違う点を説明し、価値と目標の違いにも触れよ。一問一答
Q5. 本文の「時間・変化」の節が示した、この技術で先に動くものから順に並べよ。(葛藤の対象になる場面の数が減る/行った場所・会った人・片づいた用事の数/症状の強さ)並べ替え
今日、症状や不快な感覚が出ている状態のまま、自分が大切にしている方角に合う行動を1つだけ実行する。条件は2つ。①症状が引くのを待たずに始めること(引いてからやると、それは回避の別形態になる)②やめようと思えば5分でやめられる大きさにすること(外出ではなく玄関のドアを開けて外の空気を吸う、連絡ではなく既読をつける、など)。小ささが恥ずかしいと感じるなら、たいてい正しい大きさである。体調に大きな波がない人や治療中でない人は、気が重い状態のまま先延ばししていた用件を1つ、同じ2条件で実行してよい。医療的な判断(受診・服薬・治療の変更)は、この課題に含めない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Hayes S.C., Wilson K.G., Gifford E.V., Follette V.M., Strosahl K. (1996) 'Experiential avoidance and behavioral disorders: A functional dimensional approach to diagnosis and treatment', Journal of Consulting and Clinical Psychology 64(6):1152-1168 — psycnet.apa.org
- Wegner D.M., Schneider D.J., Carter S.R., White T.L. (1987) 'Paradoxical effects of thought suppression', Journal of Personality and Social Psychology 53(1):5-13 — psycnet.apa.org
- Wang D., Hagger M.S., Chatzisarantis N.L.D. (2020) 'Ironic effects of thought suppression: A meta-analysis', Perspectives on Psychological Science 15(3):778-793 — journals.sagepub.com
- Kashdan T.B., Rottenberg J. (2010) 'Psychological flexibility as a fundamental aspect of health', Clinical Psychology Review 30(7):865-878 — www.sciencedirect.com
- Öst L.-G. (2014) 'The efficacy of Acceptance and Commitment Therapy: An updated systematic review and meta-analysis', Behaviour Research and Therapy 61:105-121 — contextualscience.org
- A-Tjak J.G.L., Davis M.L., Morina N., Powers M.B., Smits J.A.J., Emmelkamp P.M.G. (2015) 'A meta-analysis of the efficacy of acceptance and commitment therapy for clinically relevant mental and physical health problems', Psychotherapy and Psychosomatics 84(1):30-36 — karger.com
- Wetherell J.L., Afari N., Rutledge T., Sorrell J.T., Stoddard J.A., Petkus A.J., Solomon B.C., Lehman D.H., Liu L., Lang A.J., Atkinson J.H. (2011) 'A randomized, controlled trial of acceptance and commitment therapy and cognitive-behavioral therapy for chronic pain', Pain 152(9):2098-2107 — contextualscience.org