「窓口を作れば声は届く」ではない——報復の恐れと誘因が声を止める。窓口は必要条件にすぎず、保護と体制整備の実効性(2026年12月施行の改正法)が距離を埋める
相談・通報の窓口さえ作れば、現場の声は届く——そう思いたくなる。だが窓口を置くことは必要でも、それだけでは足りない。声が上がるかは、報復の恐れと、通報する側の置かれた事情に強く左右される。自社の株を持つ従業員は、通報が評判や株価を下げれば自分の損につながるため、問題に気づいても思いとどまりやすい。報復の恐れも扉を重くする。窓口の存在は声が届くための必要条件にすぎず、通報した人が損をしない・報復されないという保護が備わって初めて、窓口は非常口として働く。
通報が届く仕組みを作る——「窓口を作れば声は届く」ではない。報復の恐れと誘因が、声を止める
前の単位では、内部監査を扱った。値打ちは摘発でなく診断・予防にあった。ここでは、その診察を支えるもう一つの柱——現場の声が上に届く内部通報の仕組みを扱う。緑の段、体制づくりの締めくくりだ。
用語をほどく。内部通報とは、組織の中で起きている不正や違反を、ふだんの報告ルート(上司に上げる線)とは別の窓口に、直接届けられる仕組みのことだ。上司自身が問題に関わっている場合など、通常のルートでは声が上げにくいときのための、いわば非常口である。よく聞くのは「相談・通報の窓口さえ作れば、現場の声は届く」という声である。
この単位が示すのは、窓口を置くことは必要だが、それだけでは足りない、ということだ。声が上がるかどうかは、報復の恐れと、通報する側の置かれた事情(誘因)に、強く左右される。窓口があっても、通報したら報復されるかもしれないと思えば、人は口を閉ざす。だからこそ、2026年12月に施行される公益通報者保護法の改正が、この「窓口」と「声が届く」の間の距離を、どう埋めようとしているかが、鍵になる。順に見ていく。
まず、通報は本当に役に立つ——発見にも、抑止にも
はじめに、通報という仕組みが、実際に効くことを押さえておく。Bowen・Call・Rajgopal が2010年に、また Call・Martin・Sharp・Wilde が2018年に示したのは、通報が、不正の発見と是正に実際に寄与する、ということだった。表に出にくい問題が、通報をきっかけに明るみに出て、正される。
効果は、見つけることだけにとどまらない。Wilde が2017年に示したのは、通報の仕組みがあること自体が、将来の不正を思いとどまらせる(抑止する)、ということだった。誰かが見ているかもしれない、声を上げられるかもしれない——その可能性が、不適切な報告や振る舞いを抑える。Zhou たちが2024年に示したのも、通報が、周囲の同僚の行動まで慎重にさせる、という抑止の広がりだった。つまり、通報は、起きた不正を正すだけでなく、これから起きる不正を減らす。窓口を作る意味は、確かにある。問題は、その窓口に、実際に声が届くかどうかだ。
ここで見落としてはならないのは、これらの効果が、通報が「実際に上がる」ことを前提にしている、という点だ。抑止も、発見も、声が届いて初めて働く。誰も通報しない窓口は、抑止力も持たない——見張りがいないと分かっている場所では、人は用心しないのと同じだ。つまり、通報の値打ちを引き出す鍵は、立派な窓口を掲げることではなく、その窓口が「本当に使われる」状態にすることにある。そして、使われるかどうかを分けるのが、次に見る、報復の恐れと誘因なのだ。
だが、誘因が声を止める——窓口は必要条件にすぎない
ここが、この単位の核心だ。窓口があっても、声が上がるとは限らない。Call・Kedia・Rajgopal が2016年に示したのは、通報する側の置かれた事情が、声を止める、という事実だった。たとえば、従業員が自社の株式やストックオプションを持っていると、通報によって会社の評判や株価が下がることが、自分の損につながる。すると、問題に気づいても、通報を思いとどまってしまう。
これは、その人が不誠実だから、ではない。声を上げることが、自分の不利益に直結する仕組みになっていれば、多くの人は、口をつぐむほうへ傾く。報復の恐れも同じだ。通報したら、配置転換される、居づらくなる、評価を下げられる——そう思えば、窓口がどれだけ立派でも、その扉は重くなる。だから、窓口の存在は、声が届くための「必要条件」ではあっても、「十分条件」ではない。窓口を作って終わりにすると、「作ったのに使われない」という結果だけが残る。声が届くようにするには、通報した人が損をしない・報復されないという「保護」を、仕組みとして用意しなければならない。
ここで、前の単位の内部監査で見たことが、そのまま効いてくる。監査を「あら探しの場」にすると現場が問題を隠したように、通報も、上げた人が不利になる場にすれば、声はぴたりと止まる。逆に言えば、通報が届く仕組みと、監査が働く仕組みは、根っこで同じ一つのことを求めている——悪い知らせを持ってきた人が、罰されずにすむこと、だ。人は、責められると分かっていることを、自分から言い出したりはしない。だから、通報制度をどれだけ整えても、「悪い知らせを持ってきた人を責める」という文化が残っていれば、非常口は名ばかりになる。仕組みと文化は、両輪なのである。
法改正が、窓口と「声が届く」の距離を埋める
その保護を、大きく前へ進めるのが、2025年に成立し、2026年12月に施行される公益通報者保護法の改正だ。個別の事案が適法かどうかを判定するのはこの単位の役目ではないが、制度の「事実」として、押さえておくべき柱がある。
第一に、体制整備の義務づけだ。通報を受け、調べ、是正する体制を整えることが、従業員数が300人を超える事業者には「義務」として、300人以下の事業者には「努力義務」として求められる。つまり、大きい組織には必ず、小さい組織にも努めるべきものとして、体制づくりが位置づけられている。第二に、通報を理由とした解雇や懲戒などの不利益な取扱いに、刑事罰が設けられる。報復に、法の重みが加わる。第三に、保護される人の範囲が広がり、従業員だけでなく、フリーランスなど、より幅広い働き手が対象に含まれる。第四に、通報対応を担う人(従事者)を指定し、その人に守秘の義務を課す——誰が通報したかが漏れない仕組みだ。第五に、窓口から調査、是正までの記録を残し、調査の独立性を確保することが求められる。これらは、いずれも、「窓口はあるが声は届かない」という距離を、保護と実効性の側から埋めようとするものだ。(なお、自分の組織が具体的にどこまで義務を負うか、個別の通報が保護されるかといった判断は、公式の指針や専門家に確かめるべきことで、ここでは制度の事実の紹介にとどめる。)
「三百人以下だから関係ない」と読むのは早い。努力義務は、やらなくてよい、ではなく、小さな組織にも同じ向きが求められている、ということだ。数人の会社なら、専用の窓口の代わりに外部の相談先を一つ決めておく、受けた声の記録を残す——それだけでも「届く」の実質は大きく変わる。制度の細部は施行の前後で更新されうるから、最新の公式の指針で確かめておくのがよい。
時間・変化:通報をめぐる研究と制度が積み上げてきた向き
順に置く。2010年、Bowen たちが、通報が不正の発見・是正に寄与すると示す。2016年、Call たちが、通報する側の誘因(持株など)が声を止めうると示す。2017年、Wilde が、通報の仕組みが将来の不正を抑止すると示す。2018年、Call たちが、通報が是正に効くことをさらに示し、2024年、Zhou たちが、抑止が同僚にまで広がると示した。そして2026年12月、公益通報者保護法の改正が施行され、保護と体制整備義務が大きく強化される。
この流れで確からしくなったのは、「窓口を作れば声は届く」ではない。確からしくなったのは、通報は発見にも抑止にも効くが、報復の恐れと誘因が声を止めるため、窓口の存在は必要条件にすぎず、保護と体制整備の実効性が、窓口と「声が届く」の距離を埋める、という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「窓口を設置したのだから、これで声は届く」という書類上の安心だ。使われない窓口は、無いのと同じどころか、「声を上げる場はある」という体裁が、届いていない現実を覆い隠すぶん、かえって危うい。もうひとつの妨げは、逆に「うちは小さいから、努力義務だし、関係ない」と切り離すこと——努力義務は「努めなくてよい」ではないし、規模にかかわらず、声を上げた人が損をしない仕組みは、組織を守る備えになる。
助けになるのは、通報の仕組みを「窓口の有無」ではなく、「声を上げた人が、報復されず、損をせずにいられるか」という保護の視点で見ることだ。誰が通報したかが漏れないか。通報を理由に、不利な扱いを受けない歯止めがあるか。上げた声が、握りつぶされずに、独立して調べられるか。この保護が備わって初めて、窓口は非常口として働く。
もう一つの助けは、小さな声の通り道を、ふだんから使えるようにしておくことだ。大ごとの通報だけを想定した窓口は、敷居が高くて使われない。ヒヤリとした話や小さな違和感が日常的に上がる組織では、深刻な問題も早く届く——非常口は、ふだんから開け閉めしている扉のほうが、いざというとき軽い。
最初の一歩は10分。自分の組織で、「もし誰かが、上司の関わる問題に気づいたら、どこに、どう声を上げられるか」を書き出し、その声が『誰に伝わり、報復されない歯止めがあり、握りつぶされずに調べられるか』を確かめる。足りない部分があれば、何を補えばよいかを一言添える。実在の通報事案や、特定の誰かの内部告発を材料にする必要はない——自分の組織の通報の流れと保護を点検するメモとして完結する。通報者や当事者の個人情報を扱う必要もない。この点検が、「窓口がある」から「声が届く」へ、目を移す一歩になる。
これで、体制づくりの緑の段を歩ききった。方針を、リスク識別を、そして取締役会・権限・監査・通報という体制を積み上げてきた。次の段では、その体制が、実際の運用の中で、どこでほころび、どう検証されるか——運用と検証に進む。
- この棚の読者は会社を預かる人・部門や小さな組織を任された人で、緑の段の締めとして内部通報(組織内の不正や違反を、ふだんの報告ルートとは別の窓口に直接届けられる仕組み=非常口)を扱う。俗説は窓口さえ作れば声は届くで、この単位は窓口を置くことは必要だが、報復の恐れと誘因が声を止めるためそれだけでは足りないことを示す(個別の適法判定や内部告発の個別助言はしない)
- まず通報は本当に役に立つ。Bowen ら 2010・Call ら 2018は、通報が不正の発見と是正に実際に寄与することを示した。表に出にくい問題が通報をきっかけに明るみに出て正される。効果は見つけることにとどまらず、Wilde 2017は通報の仕組みがあること自体が将来の不正を抑止することを、Zhou ら 2024は抑止が周囲の同僚にまで広がることを示した。通報はこれから起きる不正も減らす
- だが誘因が声を止める。Call・Kedia・Rajgopal 2016は、従業員が自社の株式やストックオプションを持っていると、通報が会社の評判や株価を下げて自分の損につながるため、問題に気づいても通報を思いとどまることを示した。これはその人が不誠実だからではなく、声を上げることが自分の不利益に直結する仕組みなら多くの人は口をつぐむほうへ傾くということだ。報復の恐れも同じく扉を重くする
- 窓口の存在は声が届くための必要条件ではあっても十分条件ではない。窓口を作って終わりにすると作ったのに使われないという結果だけが残る。声が届くようにするには、通報した人が損をしない・報復されないという保護を仕組みとして用意しなければならない。使われない窓口は、声を上げる場はあるという体裁が届いていない現実を覆い隠すぶん、かえって危うい
- その保護を前へ進めるのが公益通報者保護法の改正(2025年成立・2026年12月施行)だ。制度の事実として、体制整備は従業員数300人超の事業者には義務・300人以下には努力義務、通報を理由とした解雇や懲戒などの不利益取扱いへの刑事罰、保護対象の拡大(フリーランス等)、通報対応を担う従事者の指定と守秘、窓口から調査・是正までの記録と調査の独立性が定められる。努力義務は努めなくてよいという意味ではない
- 確からしくなったのは窓口を作れば声は届くではなく、通報は発見にも抑止にも効くが報復の恐れと誘因が声を止めるため、窓口の存在は必要条件にすぎず、保護と体制整備の実効性が窓口と声が届くの距離を埋める、という向きである。自分の組織がどこまで義務を負うか・個別の通報が保護されるかは公式指針や専門家に確かめる
- 最初の一歩は10分。もし誰かが上司の関わる問題に気づいたらどこにどう声を上げられるかを書き出し、その声が誰に伝わり・報復されない歯止めがあり・握りつぶされずに調べられるかを確かめ、足りない部分があれば何を補えばよいかを一言添える。実在の通報事案や特定の誰かの内部告発は材料にせず、自分の組織の通報の流れと保護を点検するメモとして完結する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 相談・通報の窓口さえ設置すれば、現場の声は自然に届くようになる | 窓口を置くことは必要だが、それだけでは足りない。声が上がるかは、報復の恐れと通報する側の置かれた事情に強く左右される。Call・Kedia・Rajgopal 2016は、従業員が自社の株式やストックオプションを持っていると、通報が会社の評判や株価を下げて自分の損につながるため、問題に気づいても通報を思いとどまることを示した。報復されるかもしれないと思えば窓口がどれだけ立派でも扉は重くなる。窓口の存在は声が届くための必要条件にすぎず十分条件ではない |
| 内部通報は、内部告発として組織を混乱させるだけで、実際の役には立たない | 通報は不正の発見・是正に実際に寄与し、将来の不正を抑止する。Bowen ら 2010・Call ら 2018は、通報が不正の発見と是正に寄与することを、Wilde 2017は通報の仕組みがあること自体が将来の不正を思いとどまらせることを、Zhou ら 2024は抑止が周囲の同僚の行動にまで広がることを示した。通報は起きた不正を正すだけでなくこれから起きる不正を減らす。だから窓口を作る意味は確かにあり、問題はその窓口に実際に声が届くかどうかである |
| 通報制度の整備は大企業の話で、うちは小さいから努力義務だし関係ない | 公益通報者保護法の改正(2025年成立・2026年12月施行)で、通報を受け調べ是正する体制の整備は、従業員数が300人を超える事業者には義務として、300人以下の事業者には努力義務として位置づけられる。努力義務は努めなくてよいという意味ではない。あわせて、通報を理由とした解雇・懲戒などの不利益取扱いへの刑事罰、保護対象の拡大(フリーランス等)、従事者の指定と守秘、記録と調査の独立性が定められる。規模にかかわらず、声を上げた人が損をしない仕組みは組織を守る備えになる(個別の適法判定は公式指針や専門家に確かめる) |
皮肉なのは、りっぱな通報窓口ほど「声を上げる場はある」という体裁を整え、声が届いていない現実を覆い隠すことがある、ということだ。窓口は、置くだけなら難しくない。だが、そこに実際に声が届くかどうかは、まったく別の問題だ。通報の仕組みのほんとうの値打ちは、窓口の立派さではなく、声を上げた人が、報復されず、損をせず、その声が握りつぶされずに調べられる——その保護と実効性にある。改正法が、刑事罰や守秘・調査の独立性という形で強めようとしているのも、この距離だ。窓口を作ることは出発点にすぎない。声を上げた人が守られると、心底信じられる仕組みになって初めて、非常口は開く。これで、体制の緑の段を歩ききった。次は、その体制が実際の運用でどこでほころび、どう検証されるかへ進む。
Q1. 『窓口を作れば声は届く』はなぜ足りないのか。声を止める要因に触れて説明せよ。一問一答
Q2. 2026年12月に施行される公益通報者保護法の改正における『体制整備』の義務の別として、正しいものはどれか。選択
Q3. 通報という仕組みは、不正に対してどんな二つの働きをするか。研究名とともに述べよ。一問一答
Q4. 改正法は、通報を理由とした解雇や懲戒などの不利益取扱いに ____ を設け、通報対応を担う ____ を指定してその人に ____ の義務を課し、窓口から調査・是正までの記録と調査の ____ を求める。穴埋め
Q5. 通報をめぐる研究と制度を、年の早い順に並べよ。(ア)Wilde が通報の仕組みが将来の不正を抑止すると示す(イ)Bowen らが通報は不正の発見・是正に寄与すると示す(ウ)公益通報者保護法の改正が施行される(エ)Call・Kedia・Rajgopal が通報する側の誘因が声を止めると示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分の組織(部門・数人のチームでもよい)を思い浮かべ、『もし誰かが、上司や身近な人が関わる問題に気づいたら、どこに、どう声を上げられるか』を書き出す。次に、その声について三つを確かめる。①どこに、どう届けられる道があるか(通常の報告ルートとは別の窓口はあるか)。②誰に伝わり、報復されない歯止めがあるか(誰が通報したかが漏れない守秘、不利益な扱いを受けない歯止め)。③上げた声が、握りつぶされずに、独立して調べられるか。足りない部分があれば、何を補えばよいかを一言添える。実在の事案や個別の適法性の判定を材料にする必要はない。自分の組織の通報の流れと保護を点検するメモとして完結させる。通報者や当事者の個人情報を扱う必要はない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- 消費者庁 (2026施行) 『公益通報者保護制度』(公益通報者保護法およびその改正法・2025年成立/2026年12月施行、体制整備等に関する指針・Q&A) — www.caa.go.jp
- Bowen R.M., Call A.C., Rajgopal S. (2010) ‘Whistle-Blowing: Target Firm Characteristics and Economic Consequences’, The Accounting Review 85(4):1239-1271 — doi.org
- Wilde J.H. (2017) ‘The Deterrent Effect of Employee Whistleblowing on Firms’ Financial Misreporting and Tax Aggressiveness’, The Accounting Review 92(5):247-280 — doi.org
- Call A.C., Kedia S., Rajgopal S. (2016) ‘Rank and file employees and the discovery of misreporting: The role of stock options’, Journal of Accounting and Economics 62(2-3):277-300 — doi.org
- Call A.C., Martin G.S., Sharp N.Y., Wilde J.H. (2018) ‘Whistleblowers and Outcomes of Financial Misrepresentation Enforcement Actions’, Journal of Accounting Research 56(1):123-171 — doi.org
- Zhou F., Shen Y., Pitre T. (2024) ‘The Peer Deterrent Effect of Whistleblowing on Financial Reporting Aggressiveness’, Accounting Horizons 38 — doi.org