「関門審査で良い案が残る」——だが関門はのめり込みと政治で歪み悪い案を延命する。良い案を残すのは証拠
関門審査で良い案が残る、と教わる。皮肉なことに、事業化の関門で落ちる案の多くは、関門そのもので落ちているのではなく、その前の、証拠のところで、とっくに落ちている。関門は最後の審判の場のように見える。だが本当は、そこに至るまでに積んだ証拠の束が、すでに合否を決めている。証拠の薄い事業は、熱意と政治で一度は越えても、その先の市場という関門の前で行き詰まる。
前の単位で、社内で通す力は熱意や政治で働き、それは事業の筋の良さとは別だと分かった。この棚の最後に、その総仕上げを置く。新規事業が、正式な事業として認められる——「事業化の関門」を、どう越えるかである。
「関門審査で、良い案が残る」——これが、棚の締めで向き合う最後の俗説だ。会社には、新規事業を段階ごとに審査する仕組み——「ステージゲート」と呼ばれる型の関門——があることが多い。各段階の終わりに、この案を次へ進めるか、ここで止めるかを判断する。だから、良い案が残り、悪い案は落ちる、という発想である。だが、この棚をここまで歩いてきた目には、その危うさが見えるはずだ。ここで言うのは三つ。関門があっても、悪い案が生き残ること。打ち切りは、驚くほど難しいこと。そして、良い案を残すのは、関門の形式ではなく、証拠だということである。まず断っておく。関門という仕組みそのものを否定するのではない。扱うのは、なぜ関門が期待どおりに働かないのか、そして何が本当に効くのかの構造である。
関門はあっても、悪い案が生き残る——エスカレーション
まず、関門が「悪い案を落とす」という前提を崩す。二〇〇二年、Schmidt と Calantone が *Journal of the Academy of Marketing Science* 誌 30(2):103-118 で、新製品開発における「エスカレーション・オブ・コミットメント(いったん始めた取り組みへの、のめり込みが止まらなくなること)」を調べ、うまくいっていない事業でも、関門で止められず、生き残ってしまうことを示した。始めたからには引けない、ここまで来たら続けたい——そういう心理が、判断を曇らせる。二〇〇六年、Biyalogorsky・Boulding・Staelin が *Journal of Marketing* 誌 70(2):108-121 で、経営者は、失敗した新製品に固執し、明白な撤退の信号すら無視することを示した。関門は、悪い案を落とすどころか、ときに悪い案を延命させる方向に働く。ここに、この単位の「証拠の読み違え方」がある——関門審査があるから良い案が残る、と思い込み、関門がのめり込みで歪み、悪い案を延命させることを見落とす。 これは大企業の話だけではない。一人で始めた人も、自分の中にこの関門を持つ。「もう半年やった」と思うほど、やめる判断は難しい。審査する人とされる人が同じ一人だからこそ、のめり込みは、いっそう断ち切りにくい。
打ち切りは、驚くほど難しい
なぜ、止められないのか。それは、打ち切りが、人にとって、とてつもなく難しいからだ。一九九七年、Boulding・Morgan・Staelin が *Journal of Marketing Research* 誌 34(1):164-176 で、新製品の「プラグを抜く(=打ち切る)」ことの難しさを調べ、意思決定を支える五つの工夫を検証した。彼らが見つけたのは、打ち切りを本当に効かせるには、重要な局面で、新しい意思決定者を入れるといった、構造的な工夫が要るということだ。つまり、同じ人が「続けるか、止めるか」を判断し続ける限り、のめり込みは断ち切りにくい。止めるためには、判断の場に、しがらみのない目を入れる仕組みがいる。打ち切りは、意志の強さの問題ではなく、仕組みの問題なのだ。 「今度こそ冷静に判断する」という決意では、止まらない。止まる仕組みを、あらかじめ作っておくしかない。二〇一四年、Behrens と Ernst が *Journal of Product Innovation Management* 誌 31(2):361-374 で、新製品開発の「続けるか、止めるか(go/stop)」の判断を調べ、経営者を損な継続から遠ざける要因を明らかにした。裏返せば、その仕組みがなければ、審査は流され、損な道が続く。中小や個人の商いなら、信頼できる第三者に「この条件になったら、やめろと言ってくれ」と頼んでおく。あるいは、始める前に「ここまで駄目なら畳む」という線を紙に書き、頭が熱くなる前の自分からの手紙として残す。判断する自分とは別の、冷えた目を、仕組みとして用意するのだ。
実際の関門会議は、政治で歪む
さらに、現実の関門は、教科書どおりには動かない。二〇〇八年、Christiansen と Varnes が *International Journal of Quality & Reliability Management* 誌 25(1):87-101 で、企業の実際のポートフォリオ会議(どの事業に投資し、どれを止めるかを決める関門の会議)での意思決定を観察し、現実の関門は、理想的なモデルからかけ離れ、政治的に動いていることを示した。誰が推しているか、誰の顔を立てるか、社内の力関係はどうか——そうした政治が、判断に混ざり込む。前の単位(社内スポンサー)で見た、熱意や人間関係や売り込みの力が、まさにこの関門の場で作用する。だから、関門を「客観的な審査の場」だと信じるのは、危うい。関門は、証拠で判断する場であるはずが、しばしば政治で判断する場になっている。 これは社内に限らない。銀行への融資の相談、家族への相談、共同経営者の説得——どんな関門にも、多かれ少なかれ関係や力学が混ざる。だからといって、政治を磨けばいいのではない。政治で越えた関門は、その場しのぎだ。政治だけで次々の関門を越え続けることはできない。効くのは、どの関門でも通用するもの——事業が本物だと示す証拠のほうである。
時間・変化:1997年から2014年へ
順に置く。一九九七年、Boulding らが、打ち切りは難しく、新しい意思決定者を入れる等の構造的工夫で初めて止まることを示す。二〇〇二年、Schmidt と Calantone が、新製品開発でのエスカレーションで、悪い案が関門を生き残ることを示す。二〇〇六年、Biyalogorsky らが、経営者は失敗した新製品に固執し撤退信号を無視することを示す。二〇〇八年、Christiansen と Varnes が、実際の関門会議は理想モデルから乖離し政治的だと示す。二〇一四年、Behrens と Ernst が、経営者を損な継続から遠ざける要因を調べ、止める判断には仕組みが要ることを示す。二〇一四年、Kerr・Nanda・Rhodes-Kropf が *Journal of Economic Perspectives* 誌 28(3):25-48 で、起業を「実験」として捉える見方——証拠を積み重ねて段階的に判断する道——を整理する。この十数年で確からしくなったのは、「関門審査で良い案が残る」ではない。確からしくなったのは、関門はのめり込みと政治で歪み、悪い案を延命させる。良い案を残すのは、関門の形式ではなく、証拠だ——という向きのほうだ。
この棚を締める——関門を越える力は、証拠の束から
ここで、この棚全体を締めよう。課題の発見から、仮説と検証の設計、初期市場と採算、そしてスケールと社内まで、新規事業の道のりを歩いてきた。最後に残るのは、一つの見方だ。事業化の関門を越える力は、政治力ではない。検証の証拠の束から来る。 関門で落ちる案は、たいてい、関門の前の、証拠のところで落ちている。熱意で押し切れば関門は一度は越えられるかもしれない。だが、証拠のない事業は、その先の市場という政治の効かない関門で、必ず行き詰まる。二〇一四年、Kerr らが示したように、起業とは、証拠を積む実験である。関門を越えるとは、その実験の記録——この客がこの課題をこの値段で解きたがっている、という証拠の束——を差し出すことだ。前売りで注文が入った、インタビューで同じ悩みが何度も出た、少額の広告で反応があった——小さな検証の一つひとつが、証拠の一枚になる。一枚では心もとないが、束になれば、どんな熱弁よりも雄弁に、事業が本物であることを語る。熱意は、その束を差し出す手の力にはなる。だが、熱意そのものが束になることは、決してない。そして、その証拠の束は、どこから始まっているか。この棚の出発点、★513に戻る——すべては、誰かの『片づけたい用事(ジョブ)』を見つけ、それを記録したところから始まっている。 用事の発見から、課題・解決・採算の検証、スケールまで——検証の記録が束になって、最後の関門を越える力になる。関門を越えるのに要るのは、強い政治力ではない。★513から積んできた、検証の記録という背骨である。この棚の始まりで、私たちは「新しい事業の大半は形にならずに終わる」と断った。目的は成功の約束でなく、安く・早く・賢く間違えて、次の仮説へ進める状態を作ることだった。その一つひとつの「賢い間違い」の記録が、いま束になっている。関門とは、その束を、はじめて他人に見せる場にすぎない。見せられる束を持っている者が、越える。持っていない者は、どんなに熱く語っても、越えられない。
最初の一歩は10分。自分の新規事業を一つ選ぶ。そして、その事業が「関門を越えるための証拠」を、どれだけ持っているかを棚卸しする。(1)★513の問い——この事業は、誰の、どんな『片づけたい用事』に応えるのか。その用事を、記録してあるか。(2)そこから今までの検証で、どんな証拠が集まったか(課題は本物だったか、解決は効いたか、客は払ったか)を、順に書き出す。(3)その証拠の束を眺めて、まだ証拠のない、空白の部分はどこかを特定する。関門を熱意で越えようとするのではない。証拠の束を作り、その空白を、次の検証で埋めていくのだ。これが、この棚全体の背骨である。
- 桃の段の締めであり棚全体の締め。関門審査で良い案が残るという最後の俗説に向き合う。会社には新規事業を段階ごとに審査するステージゲート型の関門が多い。Schmidt・Calantone 2002(Journal of the Academy of Marketing Science 30(2):103-118)は、新製品開発でのエスカレーション・オブ・コミットメントで、うまくいっていない事業でも関門で止められず生き残ると示した。関門は悪い案を落とすどころかときに延命させる
- 証拠の読み違え方は、関門審査があるから良い案が残ると思い込み、関門がのめり込み(エスカレーション)と政治で歪み悪い案を延命させることを見落とすこと。Biyalogorsky・Boulding・Staelin 2006(Journal of Marketing 70(2):108-121)は、経営者が失敗案に固執し撤退信号すら無視すると示した。始めたからには引けないという心理が判断を曇らせる
- Boulding・Morgan・Staelin 1997(Journal of Marketing Research 34(1):164-176)は、新製品の打ち切りの難しさを調べ、本当に効かせるには重要な局面で新しい意思決定者を入れる構造的な工夫が要ると示した。打ち切りは意志でなく仕組みの問題で、決意では止まらず、止まる仕組みを作るしかない。Behrens・Ernst 2014(Journal of Product Innovation Management 31(2):361-374、同姓banned別作品Rowley・Behrens・Krackhardt 2000とは別人)も、go/stop判断で経営者を損な継続から遠ざける要因を実証し、止める設計の必要を裏づける
- Christiansen・Varnes 2008(International Journal of Quality & Reliability Management 25(1):87-101)は、企業の実際のポートフォリオ会議を観察し、現実の関門が理想モデルから乖離し政治的に動くと示した。誰が推しているか・誰の顔を立てるかが判断に混ざり込む。前の単位(社内スポンサー)で見た熱意や人間関係や売り込みの力がこの関門で作用する。関門は証拠で判断する場のはずが、しばしば政治で判断する場に
- 確からしくなったのは、関門審査で良い案が残る、ではない。関門はのめり込みと政治で歪み悪い案を延命させ、良い案を残すのは関門の形式でなく証拠だ、という向き。ステージゲートのCooper系はF01消費のため概念名の言及のみで出典に引かず、sunk cost系も引かず、エスカレーション・撤退・実験の実証で組む。実証は大企業のNPD中心で中小・家業(関門=自分/家族の判断)に読み替える
- 棚の締めの見方(通奏低音②の回収)。事業化の関門を越える力は政治力でなく検証の証拠の束から来る。関門で落ちる案はたいてい関門の前に証拠のところで落ちている。熱意で押し切れば関門は一度は越えられても、証拠のない事業はその先の市場という政治の効かない関門で必ず行き詰まる。Kerr・Nanda・Rhodes-Kropf 2014(Journal of Economic Perspectives 28(3):25-48、★513と公認ペア)は起業を証拠を積む実験と整理した
- そして証拠の束は、この棚の出発点★513に帰る——すべては誰かの『片づけたい用事(ジョブ)』を見つけ記録したところから始まる。用事の発見から課題・解決・採算の検証、スケールまで、一つひとつの検証の記録が束になって最後の関門を越える力になる。棚全体がファネルとして始点に戻る。要るのは政治力でなく、★513から積んだ検証の記録という背骨
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 会社の段階的な審査(ステージゲート)があるのだから、良い案が残り、悪い案は落ちる | Schmidt・Calantone 2002は、新製品開発でのエスカレーション・オブ・コミットメント(のめり込みが止まらなくなること)で、うまくいっていない事業でも関門で止められず生き残ると示した。Biyalogorsky ら2006は、経営者が失敗した新製品に固執し撤退信号すら無視すると示した。関門は悪い案を落とすどころかときに延命させる。関門審査があるから良い案が残ると思い込み、関門がのめり込みで歪むことを見落としてはならない |
| 駄目だと分かれば、そのときに冷静に判断して打ち切ればいい | Boulding ら1997は、新製品の打ち切り(プラグを抜くこと)の難しさを調べ、五つの工夫を検証し、本当に効かせるには重要な局面で新しい意思決定者を入れる構造的な工夫が要ると示した。同じ人が判断し続ける限り、のめり込みは断ちにくい。打ち切りは意志でなく仕組みの問題で、決意では止まらない。止まる仕組みをあらかじめ作るしかない |
| 関門は客観的な審査の場だから、そこでは事業の中身が公平に評価される | Christiansen・Varnes 2008は、企業の実際のポートフォリオ会議(投資と打ち切りを決める関門)を観察し、現実の関門が理想モデルからかけ離れ政治的に動くと示した。誰が推しているか・誰の顔を立てるか・社内の力関係が混ざり込む。前の単位で見た熱意や人間関係や売り込みの力がこの関門で作用する。関門は証拠で判断する場のはずが、しばしば政治で判断する場になっている |
皮肉なのは、事業化の関門で落ちる案の多くが、関門そのもので落ちているのではなく、その前の、証拠のところで、とっくに落ちているということだ。そこに至るまでに積んだ証拠の束が、すでに合否を決めている。証拠の薄い事業は、熱意と政治で一度は越えられても、その先の市場という、誰の顔色も読まない関門の前で行き詰まる。逆に、証拠の厚い事業は、社内政治が下手でも、その証拠がいつか道を開く。だから、関門を越えたいなら、攻略法を探すより、証拠を積むことだ。その証拠は、この棚の出発点で見た、誰かの『片づけたい用事』から始まり、検証が次の検証を呼んで、やがて束になり、最後の関門を越える力になる。新規事業の上手さとは、関門をくぐる政治の巧みさではない。始まりの用事から関門まで、検証の記録を一つずつ正直に積み続ける習慣のことだ。その記録だけが、あなたを次の仮説へ、そして関門の向こうへ運ぶ。
Q1. 「関門審査があるから良い案が残る」という見方の落とし穴を、Schmidt・Calantone 2002 と Biyalogorsky ら2006 に触れて説明せよ。一問一答
Q2. Boulding ら1997 が示した「打ち切りを本当に効かせるのに要るもの」はどれか。選択
Q3. Christiansen・Varnes 2008 は、企業の実際の ____ 会議での意思決定を観察し、現実の関門が理想的な ____ からかけ離れ、____ に動いていると示した。前の単位で見た熱意や人間関係や ____ の力が、この関門の場で作用する。穴埋め
Q4. この棚の締めの見方「関門を越える力は、政治力ではなく、検証の証拠の束から来る」を説明し、棚の出発点★513とのつながりを述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Schmidt・Calantone がエスカレーションで悪い案が生き残ると示す(イ)Boulding らが打ち切りは新しい意思決定者で止まると示す(ウ)Kerr らが起業は証拠を積む実験だと整理(エ)Christiansen・Varnes が実際の関門は政治的だと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分の新規事業を一つ選ぶ。そして、その事業が「関門を越えるための証拠」をどれだけ持っているかを棚卸しする。三つを書く。(1)★513の問い——この事業は、誰の、どんな『片づけたい用事(ジョブ)』に応えるのか。その用事を、記録してあるか。(2)そこから今までの検証で、どんな証拠が集まったかを書き出す(課題は本物か、解決は効いたか、客は払ったか)。(3)その証拠の束を眺めて、まだ証拠のない空白はどこかを特定する。関門を熱意で越えようとせず、証拠の束を作り、その空白を次の検証で埋める。起業を煽ったり有名スタートアップの逸話を事実として扱ったりしない。点検するのは、証拠の束が★513からどれだけ積まれたかと、その空白だけである。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Schmidt J.B., Calantone R.J. (2002) ‘Escalation of Commitment during New Product Development’, Journal of the Academy of Marketing Science 30(2):103-118 — doi.org
- Biyalogorsky E., Boulding W., Staelin R. (2006) ‘Stuck in the Past: Why Managers Persist with New Product Failures’, Journal of Marketing 70(2):108-121 — doi.org
- Boulding W., Morgan R., Staelin R. (1997) ‘Pulling the Plug to Stop the New Product Drain’, Journal of Marketing Research 34(1):164-176 — doi.org
- Christiansen J.K., Varnes C.J. (2008) ‘From models to practice: decision making at portfolio meetings’, International Journal of Quality & Reliability Management 25(1):87-101 — doi.org
- Kerr W.R., Nanda R., Rhodes-Kropf M. (2014) ‘Entrepreneurship as Experimentation’, Journal of Economic Perspectives 28(3):25-48 — doi.org
- Behrens J., Ernst H. (2014) ‘What Keeps Managers Away from a Losing Course of Action? Go/Stop Decisions in New Product Development’, Journal of Product Innovation Management 31(2):361-374 — doi.org