「熱意あるスポンサーがいれば通る」——だが熱意は良い案も悪い案も等しく押し通す。通すことと筋が良いことは別
熱意あるスポンサーがいれば通る、と教わる。皮肉なことに、社内で新規事業を殺すのも、生かしすぎるのも、同じ熱意だ。熱意ある推進者は、事業を打ち切りから守る。それは良い事業にとっては救いだが、筋の悪い事業にとっては延命装置になる。熱意は、案の良し悪しを選り分けない。だから、熱意だけで社内を勝ち抜いた事業は、市場という本当の審判の前で、はじめて筋の悪さを露呈することがある。社内を通ったことは、事業が有望である証拠にはならない。
前の単位で、拡大は引き返せる刻みで進むものだと分かった。ここでは、その事業を、社内で——上司や、家族や、決裁する人の前で——どう通していくかを扱う。良い事業でも、社内の壁を越えられなければ、始まらない。
「熱意あるスポンサーがいれば通る」——これが、この単位が向き合う俗説だ。社内で新規事業を推してくれる強力な後ろ盾(チャンピオン、推進者)を得れば、事業は前に進む、という発想である。たしかに、推してくれる人は要る。だが、この単位で見るのは、その落とし穴だ。熱意は、良い案も悪い案も、等しく押し通してしまう。 通ったこと(社内を勝ち抜いたこと)と、筋が良いこと(事業として有望なこと)は、別なのだ。まず断っておく。これは「スポンサーは要らない」という話ではない。扱うのは、熱意という推進力の両面と、それを何で裏打ちすべきかの構造である。
チャンピオンは推進に効く——が、諸刃である
まず、事実として。社内で新規事業を推し進める「チャンピオン」は、確かに効く。一九九〇年、Howell と Higgins が *Administrative Science Quarterly* 誌 35(2):317-341 で、技術革新のチャンピオンを調べ、熱心な推進者がいる事業は、前に進みやすいことを示した。だが、ここに裏面がある。二〇〇〇年、Markham が *Organization Science* 誌 11(4):429-447 で、チャンピオン(推進)と、その反対者(抵抗)を、社内の政治的なふるまいとして調べ、重要な発見をした。チャンピオンは、事業を打ち切りから守る。だが、成果の高い事業を選んで推すわけではない——つまり、熱意は、筋の良い案も悪い案も、区別なく延命させてしまう。ここに、この単位の「証拠の読み違え方」がある——熱意で通ったから筋が良い、と思い込み、通ることと筋が良いことは別だと見落とす。 熱意は推進力だが、選別の力ではない。この違いは、実務では見えにくい。事業が社内で認められると、私たちはつい「認められたのだから、良い事業なのだ」と受け取る。だが、認めた人が見ていたのは、事業の中身そのものより、推進者の熱量や、その人への信頼だったかもしれない。熱意が強い推進者ほど、この錯覚は起きやすい。
効くのは、中身より、人間関係である
では、チャンピオンは何で人を動かすのか。中身の説得力だろうと思いきや、そうとは限らない。一九九八年、Markham が *Journal of Product Innovation Management* 誌 15(6):490-504 で、チャンピオンが周りの支持をどう取りつけるかを、長期にわたって調べ、影響を左右するのは、巧みな説得の技術よりも、良好な人間関係のほうだと示した。つまり、事業が通るかどうかは、案の中身の良し悪しより、推進者が社内でどれだけ良い関係を築けているかに、大きく左右されてしまう。これは、社内政治の現実として理解しておく必要がある。だが同時に、危うさでもある。関係の力で通った案は、中身が検証されないまま進むことがある。 良い関係は、良い事業を保証しない。逆に、関係の薄い人が持ち込んだ筋の良い案が、中身とは無関係の理由で通らないこともある。どちらも、事業の質とは別の力が、通否を決めている。人間関係が効くこと自体は、責められることではない——人は、信頼する相手の言うことを、真剣に聞く。問題は、その信頼が、事業の検証の代わりに使われてしまうときだ。
社内で通すことは、政治(issue selling)である
もう少し広げよう。社内で新しい取り組みを認めさせることを、経営学では「イシュー・セリング(issue selling=課題を経営に売り込むこと)」と呼ぶ。一九九三年、Dutton と Ashford が *Academy of Management Review* 誌 18(3):397-428 で、この枠組みを提示した——何を、いつ、誰に、どう売り込むかは、それ自体が一つの政治的な技術だという見方である。二〇〇一年、Dutton・Ashford・O'Neill・Lawrence が *Academy of Management Journal* 誌 44(4):716-736 で、実際にどんな「売り込み方」が結果を左右するかを調べ、タイミングや、相手の選び方や、言葉の枠組み(フレーミング)が、通るかどうかを大きく変えることを示した。だから、良い事業でも、売り込み方を誤れば通らないし、筋の悪い事業でも、売り込み方が巧みなら通ってしまう。通ることは、事業の質の証明ではなく、売り込みの技術の結果でもある。 これは、良い悪いの話ではない。売り込みの技術そのものは、必要なものだ。どんなに良い事業も、伝わらなければ始まらない。問題は、売り込みが上手いことを、事業が良いことと取り違えるときだ。上手なプレゼンに、自分自身がだまされる——推進者がいちばん警戒すべきなのは、外の相手ではなく、自分の売り込みに酔ってしまう自分自身である。
社内の新事業は、親の構造の中で進む
そして、この売り込みは、真空の中で起きるのではない。一九八三年、Burgelman が *Administrative Science Quarterly* 誌 28(2):223-244 で、多角化した大企業の社内ベンチャーの過程を調べ、社内の新事業は、親会社の構造・評価・選抜の過程の中で進むことを示した(この研究は、前の525でも扱った)。誰に売り込むか、どの評価基準に乗せるか、どの予算枠を通すか——その「型」が、あらかじめ決まっている。熱意も、人間関係も、売り込みも、すべてこの型の上で展開される。だから、社内で通す力は、純粋な事業の良し悪しとは、別の軸で働く。社内を勝ち抜く力と、市場で勝つ力は、同じではない。 社内で誰よりも上手に通せる人が、市場で誰よりも売れる事業を持っているとは限らない。むしろ、社内政治が得意な人ほど、政治で押し切れてしまうぶん、市場の検証を後回しにしがちだ。そして、社内という守られた場所を出て、客という容赦のない審判の前に立ったとき、政治の力は、もう効かない。効くのは、それまでに積んだ検証の証拠だけだ。ここに、次の単位(事業化の関門)への橋がかかる。
時間・変化:1983年から2001年へ
順に置く。一九八三年、Burgelman が、社内の新事業は親会社の構造の中で進むことを示す。一九九〇年、Howell と Higgins が、熱心なチャンピオンがいる事業は前に進みやすいことを示す。一九九三年、Dutton と Ashford が、社内で通すことは政治(イシュー・セリング)だという枠組みを示す。一九九八年、Markham が、チャンピオンの効きは中身より人間関係で決まることを示す。二〇〇〇年、Markham が、チャンピオンは打ち切りから守るが高業績の案を選好しないことを示す。二〇〇一年、Dutton らが、売り込み方(タイミング・相手・枠組み)が結果を左右することを示す。この二十年で確からしくなったのは、「熱意あるスポンサーがいれば通る」ではない。確からしくなったのは、チャンピオンは諸刃で、熱意は筋の悪い案も延命させ、通すのは政治だ——だから熱意は、証拠で裏打ちしなければならない、という向きのほうだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、社内を通ったことを、事業が有望である証拠だと勘違いすることである。熱意で通り、関係で通り、売り込みで通っても、それは事業の質を何も証明しない。むしろ、熱意が強いほど、検証を飛ばして突き進んでしまう危うさがある。助けになるのは、自分の「熱意」と「証拠」を、はっきり分けることだ。この事業を推したい気持ち(熱意)と、この事業が有望だと示すデータや検証結果(証拠)は、別のものだ。社内で通すときも、通ったあとも、「熱意で押し切っていないか、証拠が足りないところはどこか」を、自分に問い続ける。この問いは、家業や小さな商いでも同じだ。社内に上司がいなくても、家族を説得する場面、共同経営者に相談する場面、あるいは自分自身を納得させる場面がある。そこでも、「やりたい」という気持ちと、「やれる/売れる」という根拠は、別のものだ。いちばん手強い相手は、たいてい、熱意にあふれた自分自身だ。自分の熱意にだけは、人は誰よりもだまされやすいものだ。熱意は、証拠を集める燃料にはなるが、証拠の代わりにはならない。
この単位は、社内政治を否定しない。通すには、推進者も、関係も、売り込みの技術も要る。だが、それらは事業の質を保証しない。言うのは、熱意で通そうとするより、熱意を証拠で裏打ちせよ——通す力と、筋の良さを、取り違えるなということだ。次の単位では、その「証拠」が、最後の関門でどう効くのかを見る。熱意だけで押した事業は、社内は越えられても、その先で行き詰まる。証拠で裏打ちした事業だけが、関門の向こう側まで、まっすぐ進んでいける。
最初の一歩は10分。自分の新規事業を、誰かに通した(あるいはこれから通す)場面を一つ思い浮かべる。上司でも、家族でも、決裁者でもいい。それについて、(1)その事業を推す「熱意」——なぜやりたいか、どんな思いがあるかを書く。(2)その事業が有望だと示す「証拠」——これまでの検証で得た、客の反応や数字を書く。(3)その二つを見比べて、熱意に比べて、証拠が足りないところはどこかを特定する。熱意を否定するのではない。熱意と証拠を分けて、証拠の空白を、自分で見つけるのだ。
- 桃の段、社内で通す単位。熱意あるスポンサーがいれば通るという俗説に向き合う。Howell・Higgins 1990(Administrative Science Quarterly 35(2):317-341)は、熱心なチャンピオン(推進者)がいる事業は前に進みやすいと示した。だがMarkham 2000(Organization Science 11(4):429-447)は、チャンピオンが事業を打ち切りから守る一方で成果の高い事業を選んで推すわけではないと示した。熱意は筋の良い案も悪い案も区別なく延命させる諸刃である
- 証拠の読み違え方は、熱意で通ったから筋が良いと思い込み、通ることと筋が良いことは別だと見落とすこと。熱意は推進力だが選別の力ではなく、社内を通ったことは事業の質を何も証明しない。Higgins C.A.はメンタリングのHiggins M.C.(別人)ではない。通奏低音②への布石——通す力(熱意・政治)は証拠の束の代わりにならず、528で関門を越える力は証拠からへ回収
- Markham 1998(Journal of Product Innovation Management 15(6):490-504)は、チャンピオンが支持を取りつける力を左右するのが、巧みな説得の技術よりも良好な人間関係のほうだと示した。事業が通るかは案の中身の良し悪しより推進者の社内の関係に大きく左右される。これは社内政治の現実だが危うさでもあり、関係の力で通った案は中身が検証されないまま進むことがある。良い関係は良い事業を保証しない
- Dutton・Ashford 1993(Academy of Management Review 18(3):397-428)は、社内で課題を経営に認めさせることをイシュー・セリング(issue selling)と呼び、何を・いつ・誰に・どう売り込むかが政治的な技術だと示した。Dutton・Ashford・O'Neill・Lawrence 2001(Academy of Management Journal 44(4):716-736)は、タイミング・相手・言葉の枠組みが通否を大きく変えると示した。通ることは事業の質の証明でなく、売り込みの技術の結果でもある
- Burgelman 1983(Administrative Science Quarterly 28(2):223-244、525と共有・同一棚2セル)は、社内の新事業が親会社の構造・評価・選抜の過程の中で進むと示した。誰に売り込むか・どの評価基準に乗せるか・どの予算枠を通すかの型があらかじめ決まっており、熱意も人間関係も売り込みもこの型の上で展開される。社内を勝ち抜く力と市場で勝つ力は同じではなく、ここに次の単位(事業化の関門)への橋がかかる
- 妨げるのは、社内を通ったことを事業が有望な証拠だと勘違いすること。熱意が強いほど検証を飛ばして突き進む危うさがある。助けになるのは、自分の熱意(推したい気持ち)と証拠(有望だと示すデータや検証結果)を分けること。通すときも通ったあとも、熱意で押し切っていないか・証拠が足りないところはどこかを問い続ける。熱意は証拠を集める燃料だが、証拠の代わりにはならない
- 中心命題は、チャンピオンは諸刃・熱意は筋の悪い案も延命させる・通すのは政治で、通す力と筋の良さを取り違えないこと。大企業R&D実証を中小・家業(社内=家族・少数の意思決定者)に読み替え断定転用しない。実在企業を優劣評価しない。次は528の棚締めで、関門を越える力が政治でなく証拠の束から来ることを示し★513に帰着
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 社内に熱意あるスポンサー(推進者)がいれば、良い事業は前に進み、通っていく | Howell・Higgins 1990は熱心なチャンピオンがいる事業は前に進みやすいと示したが、Markham 2000はチャンピオンが事業を打ち切りから守る一方で成果の高い事業を選んで推すわけではないと示した。つまり熱意は良い案も悪い案も区別なく延命させる。熱意で通ったから筋が良いと思い込み、通ることと筋が良いことは別だと見落としてはならない。熱意は推進力だが選別の力でなく、社内を通ったことは事業の質を何も証明しない |
| 社内を通せるかは、結局その事業の中身(説得力)の良し悪しで決まる | Markham 1998は、チャンピオンが支持を取りつける力を左右するのが、巧みな説得の技術よりも良好な人間関係のほうだと示した。事業が通るかは案の中身の良し悪しより、推進者が社内でどれだけ良い関係を築けているかに大きく左右される。これは社内政治の現実だが同時に危うさで、関係の力で通った案は中身が検証されないまま進むことがある。良い関係は良い事業を保証しない |
| 良い事業なら黙っていても評価され、売り込み方のような政治は関係ない | Dutton・Ashford 1993は、社内で課題を経営に認めさせることをイシュー・セリング(issue selling)と呼び、何を・いつ・誰に・どう売り込むかが政治的な技術だと示した。Dutton ら2001は、タイミングや相手や言葉の枠組み(フレーミング)が通否を大きく変えると示した。良い事業でも売り込み方を誤れば通らず、筋の悪い事業でも巧みなら通る。通ることは事業の質の証明でなく、売り込みの技術の結果でもある |
皮肉なのは、社内で新規事業を殺すのも、生かしすぎるのも、同じ「熱意」だということだ。熱意ある推進者は、事業を打ち切りから守る。それは、良い事業にとっては救いだが、筋の悪い事業にとっては、延命装置になる。熱意は、案の良し悪しを選り分けない。だから、熱意だけで社内を勝ち抜いた事業は、市場という本当の審判の前で、はじめて筋の悪さを露呈することがある。社内を通ったことは、事業が有望である証拠にはならない。それは、推進者の熱意と、社内での良い関係と、巧みな売り込みが、たまたま揃ったという結果にすぎないかもしれない。では、どうするか。熱意を捨てる必要はない。熱意は、証拠を集めるための燃料だ。だが、燃料を、目的地と取り違えてはいけない。推したい気持ちと、推せるだけの根拠は、別のものだ。良い推進者とは、熱意で押し切る人ではなく、自分の熱意が証拠に裏打ちされているかを、いちばん厳しく自問する人だ。そしてその証拠は、次の関門で、熱意よりもずっと遠くまで、事業を運んでいく。
Q1. 「熱意あるスポンサーがいれば通る=筋が良い」という見方の落とし穴を、Markham 2000 に触れて説明せよ。一問一答
Q2. Markham 1998 が示した「チャンピオンの有効性を最も左右するもの」はどれか。選択
Q3. 社内で課題を経営に認めさせることを ____ ・____(issue selling)と呼ぶ。Dutton ら2001 は、____ ・相手の選び方・言葉の ____ が、通るかどうかを大きく変えると示した。穴埋め
Q4. 「社内を勝ち抜く力と、市場で勝つ力は、同じではない」とはどういうことか。Burgelman 1983 に触れ、次の単位(関門)への含意にも触れて説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Dutton・Ashford が社内で通すのは政治だと枠組みを示す(イ)Burgelman が社内新事業は親の構造の中で進むと示す(ウ)Markham がチャンピオンは高業績の案を選好しないと示す(エ)Howell・Higgins が熱心なチャンピオンは事業を進めやすいと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分の新規事業を、誰かに通した(あるいはこれから通す)場面を一つ思い浮かべる——上司、家族、決裁者など。それについて三つを書く。(1)その事業を推す「熱意」——なぜやりたいか、どんな思いがあるかを書く。(2)その事業が有望だと示す「証拠」——これまでの検証で得た、客の反応や数字(前売りの結果、インタビューで分かった課題、価格の反応など)を書く。(3)その二つを見比べて、熱意に比べて証拠が足りないところはどこかを特定する。熱意を否定せず、熱意と証拠を分けて、証拠の空白を自分で見つける。社内政治は否定しないが、通ったこと自体を事業の質の証明とは扱わない。点検するのは、自分の熱意と証拠の分離と、証拠の空白だけである。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Howell J.M., Higgins C.A. (1990) ‘Champions of Technological Innovation’, Administrative Science Quarterly 35(2):317-341 — doi.org
- Markham S.K. (2000) ‘Corporate Championing and Antagonism as Forms of Political Behavior: An R&D Perspective’, Organization Science 11(4):429-447 — doi.org
- Markham S.K. (1998) ‘A Longitudinal Examination of How Champions Influence Others to Support Their Projects’, Journal of Product Innovation Management 15(6):490-504 — doi.org
- Dutton J.E., Ashford S.J. (1993) ‘Selling Issues to Top Management’, Academy of Management Review 18(3):397-428 — doi.org
- Dutton J.E., Ashford S.J., O'Neill R.M., Lawrence K.A. (2001) ‘Moves That Matter: Issue Selling and Organizational Change’, Academy of Management Journal 44(4):716-736 — doi.org
- Burgelman R.A. (1983) ‘A Process Model of Internal Corporate Venturing in the Diversified Major Firm’, Administrative Science Quarterly 28(2):223-244 — doi.org