頭の中の一文は、たしかに先を予測する。それを書き換える作業が主役だとは、誰も証明していない
調子の悪い日に浮かぶ一文——このまま一生こうだ——は、気のせいではない。オランダの一般住民を半年追いかけた調査では、この種の考えが強い人が重い腰痛を抱えている確率は3倍だった。ところが、その一文を書き換える手続きこそが治療の効き目の中心だ、という話のほうは、治療を成分に分けた実験で否定されている。
緑の区間へ——器から、運転へ
青の4単位で、自分の状態を見る道具をひととおり揃えた。病識は有るか無いかではなく連続量であること。感じているものに名前をつける解像度。病気の自分を責めない技術。そして前の単位 004「回復への希望保持力」で扱った、見通しの経路と動き出す力という二成分の希望である。そこで確認したのは、前向きさが病気の経過を変えるという話には証拠がない、それでも希望は別の理由で要る、という二段構えだった。
ここから緑の4単位は、その道具を持ったまま毎日を運転する話に入る。最初は頭の中だ。ただし先に断っておく。この単位は思考のクセの総覧ではない。確証バイアスがどうの、という一覧は思考法の棚の持ち場である。ここで扱うのは、病気を抱えた生活で実際に効く数個の切り替えと、その切り替えに世間が期待しすぎている量の二つだけだ。
病気の思考には、固有の一文がある
病気を抱えた人の頭に繰り返し現れる思考には、研究上の名前がついている。破局化——痛みや症状に対して、実際より大きく、実際より長く、自分の手に負えないものとして構えてしまう傾向のことだ。
サリバンらが1995年に Psychological Assessment で発表した痛みの破局化尺度は、この構えを13項目で測る。項目は3つの下位尺度に分かれる。反芻——痛みのことが頭から離れない、が4項目。拡大——何かひどいことが起きるのではないかと考える、が3項目。無力感——もう耐えられない、自分にできることは何もない、が6項目。各項目を0から4で答え、合計は0点から52点の幅になる。総得点が30点を超えるあたりから、臨床的に意味のある水準として扱われるのが通例だ。
この尺度が有名になったのは、それが痛みの強さの言い換えではないからである。同じ痛みの強さを報告する二人でも、破局化の得点はまるで違う。つまりこれは「どれだけ痛いか」ではなく「その痛みをどう構えているか」を独立に測る道具であり、だからこそ後から効いてくる。
その一文は、気のせいではない
ピカベットらが2002年に American Journal of Epidemiology で発表した研究は、この構えが将来を予測するかどうかを、患者ではなく一般住民で調べた。オランダの25歳から64歳の住民のうち、1998年の筋骨格系の痛みに関する調査に答えた人に半年後もう一度質問紙を送り、1,571人(85%)が回答した。
出発点で腰痛のあった人では、破局化が高い群は半年後に腰痛を抱えている確率が高く(オッズ比1.7)、とくに重い腰痛(オッズ比3.0、95%信頼区間1.7〜5.2)と、生活に支障のある腰痛(オッズ比3.0、95%信頼区間1.7〜5.4)で差が大きかった。この関連は、出発点の痛みの長さ・強さ・支障の程度で調整しても残った。さらに、出発点で腰痛のなかった人でも、破局化が高い群は半年のあいだに支障のある腰痛を発症しやすかった。
順序の問題も測られている。キャンベルらが2012年に Arthritis Research & Therapy で発表した研究は、線維筋痛症の患者57人を12週間の介入の前後と3か月後に測り、変化どうしの前後関係を解析した。介入前から介入後にかけての破局化の変化は、その後3か月の臨床的な痛みの変化の分散の14%を説明した。逆に、痛みの変化がその後の破局化の変化を説明した割合は0.1%だった。少なくともこの標本では、矢印は考えから痛みへ向いている。
つまり、この一文を「気のせい」「気の持ちよう」として扱うのは、データに反する。ここまでは、破局化に注目する立場にとって追い風である。
ところが、「書き換えが効き目の中心」は別の話だ
ここから風向きが変わる。予測することと、書き換えれば結果が変わることは、別の主張だからだ。
ジェイコブソンらが1996年に Journal of Consulting and Clinical Psychology で発表した研究は、うつ病の認知行動療法を成分に分けて比較した。参加者152人を3つに振り分け、一つ目は行動の活性化だけ(57人)、二つ目はそれに自動思考の修正を足したもの(44人)、三つ目は自動思考に加えてより深い信念まで扱う全部入り(50人)とした。結果は、治療終了時も、6か月の追跡でも、3群に差が出なかった。全部入りが再発を減らすことも、長期の状態を良くすることもなかった。認知的な成分を足しても、足さなくても、着地点が同じだったのである。
ロングモアとウォレルが2007年に Clinical Psychology Review で行ったレビューは、この種の証拠を3つの論点に整理した。第一に、成分を分けた研究で、認知的介入の上乗せ効果がほとんど見えないこと。第二に、認知技法を本格的に導入する前の段階で症状が急に改善してしまう例が多いこと。第三に、認知の変化が症状の変化を引き起こしたと示すだけのデータが足りないこと。結論は控えめだが決定的である——特定の認知的介入が治療の効果を有意に高めるという証拠は、ほとんど見当たらない。
誤解しないでほしい。これは治療が効かないという話ではない。効いている治療のうち、どの部品が効かせているのかという配線の話だ。
効き目はゼロではない。過大なのは期待の側だ
配線が不明でも、装置全体の出力は測れる。ウィリアムズらが2020年に Cochrane Database of Systematic Reviews で発表した、頭痛を除く慢性の痛みに対する心理療法のレビューは、治療終了時点で75研究・9,401人を統合した。認知行動療法は、活性のある対照と比べた場合、痛みへの利益は「ごく小さい」(23研究・3,235人)。通常ケアと比べた場合は「小さい」(29研究・2,572人)。支障や気分の落ち込みについても同じ程度の幅だった。
この数字は二方向に読める。効いていないわけではない、というのが一方。もう一方は、期待の側が大きすぎた、である。「考え方を変えれば、病気を抱えた生活が変わる」という語り口が約束してきた変化の量と、実際に測られている変化の量のあいだには、無視できない開きがある。
では何が効かせているのか。候補はいくつもある。回避していた行動が再開すること。人と定期的に会う枠ができること。治療者との関係そのもの。そして単純に、時間。この単位は、そのどれが正解かを決めない。どの治療を受けるか、続けるか、変えるかは医療者と決める話であって、この棚の持ち場ではないからだ。ここで確定させたいのは一点だけである——考えの書き換えは、あなたの一日を運転する道具の一つではあるが、エンジンではない。
病気に効く切り替えは、数個しかない
そこで、道具箱を小さくする。病気を抱えた毎日で使いどころのある切り替えは、経験的には3つで足りる。
一つ目、予言を期限つきの観察に変える。「このまま一生こうだ」は検証できない文である。検証できない文は反論もできないので、頭の中で無敵になる。これを「今週の水曜まで様子を見る」に置き換える。内容を明るくするのではない。観察できる大きさに切るだけだ。
二つ目、全か無かの体調評価を、粒度の高い記述に変える。「今日はダメな日だった」は、実際には情報がほとんど入っていない。「午前は台所まで動けた、午後は横になっていた」に変えると、次の日に使える。002 で扱った命名の解像度が、ここで効いてくる。
三つ目、拡大された最悪像を、次の一手に変える。「悪化したらどうしよう」は像であって手順ではない。像は増殖するが、手順は増えない。ただし——ここは強調しておく——次の一手を自分で発明するという意味ではない。悪化したときにどうするかは、あらかじめ医療者と決めてある手順があるならそれを指し、なければ次の受診で決めておく事項である。頭の中で最悪像と戦うより、外に置いた手順を指差すほうが早い。
3つとも共通しているのは、考えの中身を明るく書き換えていないことだ。やっているのは、扱えない大きさの文を、扱える大きさに切ることである。ポジティブ変換ではなく、単位の変換だと思ったほうがいい。
時間・変化:切り替えは、その場では効かない
この技術の効き方には、独特の時間のかかり方がある。
最初の数回は、たいてい不快である。自分の考えに手を入れる作業は、「あなたの苦しみは考えすぎだ」と言われた記憶と結びつきやすい。実際、病気を抱えた人が最も繰り返し言われてきたのがその種の台詞だから、反発が出るほうが自然だ。この単位の切り替えが中身の書き換えではなく単位の変換である理由の半分は、そこにある。
次に、効き目が出る順序がある。キャンベルらの解析で、破局化の変化が先に動き、痛みの変化が後から3か月かけて動いたことを思い出してほしい。切り替えたその日に楽になる技術ではない。数週間の単位で、動ける範囲がじわりと戻るという形で出る。だから「やってみたが効かなかった」の多くは、観測期間が短すぎる。
そして長期では、道具の位置づけが変わっていく。最初は意識的な作業だったものが、そのうち一文が浮かんだ瞬間に「これは検証できない文だ」と気づく程度の、ほとんど無音の習慣になる。切り替えが上手くなるとは、切り替える回数が増えることではなく、切り替えが要る文の数が減ることだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、症状そのものである。痛みやだるさは作業記憶を占領する。頭を使う技術は、頭が空いている時間にしか動かない。二番目は、過去に「気の持ちよう」と言われた記憶だ。この記憶があると、切り替えの練習が自分を裏切る作業に感じられる。三番目は、完全に消そうとする姿勢である。破局化した一文をゼロにする目標は、達成できないうえに、達成できないこと自体が新しい失敗になる。
助けるものは、対象を1文に絞ることだ。今日いちばん頻繁に出た一文だけを扱い、それ以外は放っておく。もう一つは、時間を区切ること。心配の中身を扱う時間を1日5分と決め、その外で浮かんだら「5分の枠に入れる」とだけ処理する。三つ目は、書くより口に出すこと。書くと推敲が始まり、推敲は反芻に似てくる。
標本の断りを入れておく。この単位の研究は欧米に大きく偏り、対象は痛みと気分の病気に集中している。破局化の測定は自己報告で、症状の重い人ほど研究に参加しにくく、途中で抜ける。ピカベットらの研究も、重い病気のある人を除いた一般住民が対象である。日本語圏の、あなたの病気の、あなたの重さでの数字は、ここには入っていない。
そして医療の断りを一つ。症状が急に悪化しているとき、自傷の考えや強い絶望があるときは、これは技術論の外の問題である。切り替えの練習より先に、いま医療につながることが先だ。この単位の道具は、治療の代わりではなく、治療の外側の時間のためにある。
最初の一歩は5分。今日いちばん頻繁に浮かんだ一文を1つだけ書き出し、3つの型のどれか1つで言い換えて、声に出す。それだけでいい。
頭の切り替えは、浮かんできた文の扱いの話だった。だが病気を抱えた日には、文になる前に来るものがある。波のように来る感情そのものだ。次の単位は 006「感情調整力」——抑えるのは悪で言い換えるのが最強、という二分法を、114研究のメタ分析と、制御できない状況での例外で検算する。
- Sullivan, Bishop & Pivik 1995(Psychological Assessment 7(4))の痛みの破局化尺度は13項目・0〜52点。反芻4項目(0〜16)、拡大3項目(0〜12)、無力感6項目(0〜24)の3下位尺度からなり、総得点30点超が臨床的に意味のある水準の目安とされる。痛みの強さとは独立に「その痛みをどう構えているか」を測る
- Picavet, Vlaeyen & Schouten 2002(American Journal of Epidemiology 156(11)・オランダ一般住民の半年追跡、2回目回答1,571人=85%):出発点で腰痛のある人では、破局化が高い群は半年後の重い腰痛のオッズ比3.0(95%信頼区間1.7〜5.2)、支障のある腰痛のオッズ比3.0(1.7〜5.4)。出発点で腰痛のない人でも、支障のある腰痛の発症を予測した
- Campbell et al. 2012(Arthritis Research & Therapy 14:R231・線維筋痛症の患者57人):介入前後の破局化の変化が、その後3か月の臨床的な痛みの変化の分散の14%を説明した(p=0.005)。逆向き(痛みの変化→その後の破局化の変化)は0.1%にとどまり、矢印は考えから痛みへ向いていた
- Jacobson et al. 1996(Journal of Consulting and Clinical Psychology 64(2)・152人):行動の活性化のみ57人、それに自動思考の修正を足した群44人、より深い信念まで扱う全部入り50人の3群を比較したところ、治療終了時も6か月追跡でも差がなかった。認知的な成分の上乗せは、着地点を変えなかった
- Longmore & Worrell 2007(Clinical Psychology Review 27(2)):成分研究で認知的介入の上乗せが見えないこと、認知技法の導入前に症状が急改善する例が多いこと、認知の変化が症状の変化を引き起こしたと示すデータが不足していることの3点から、特定の認知的介入が治療の効果を有意に高めるという証拠はほとんど見当たらないと結論した
- Williams, Fisher, Hearn & Eccleston 2020(Cochrane Database of Systematic Reviews・頭痛を除く慢性の痛み、治療終了時点で75研究9,401人):認知行動療法の痛みへの利益は、活性のある対照と比べて「ごく小さい」(23研究3,235人)、通常ケアと比べて「小さい」(29研究2,572人)。効いていないのではなく、期待の側が過大だった
- 病気の毎日に効く切り替えは3つで足りる——①検証できない予言を期限つきの観察に切る、②全か無かの体調評価を粒度の高い記述に変える、③拡大された最悪像を、あらかじめ医療者と決めてある次の一手に置き換える。3つとも中身を明るく書き換えてはおらず、扱える大きさへの単位の変換である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 「このまま一生こうだ」と考えてしまうのは、単なる気の持ちようで、実害はない | オランダの一般住民の半年追跡(Picavet 2002・1,571人)では、破局化が高い群の重い腰痛のオッズ比は3.0で、出発点の痛みの強さや長さで調整しても関連が残った。線維筋痛症の患者57人の解析(Campbell 2012)では、破局化の変化が先に動き、3か月後の痛みの変化の14%を説明した。この一文は気のせいではなく、測れる予測因子である |
| 認知行動療法が効くのは、ゆがんだ考えを書き換えるからだ。だから考え方を直せば病気の生活は変わる | うつ病の治療を成分に分けた研究(Jacobson 1996・152人)では、行動の活性化だけの群と、自動思考の修正を足した群と、全部入りの群のあいだに、終了時も6か月後も差がなかった。Longmore & Worrell 2007 のレビューも、特定の認知的介入が効果を有意に高める証拠はほとんど見当たらないと結論している。書き換えは道具の一つであって、エンジンではない |
| 考えを書き換える練習は効かないと分かったのだから、やる意味がない | それは逆方向に振れすぎである。慢性の痛みに対する心理療法の統合(Williams 2020・75研究9,401人)では、効果は小さいが確かにある。値切られたのは介入そのものではなく、「認知の書き換えが効き目の中心だ」という因果の物語のほうだ。期待の大きさを実測に合わせたうえで、扱える大きさに文を切るという限定された用途に使えばよい |
「考え方を変えましょう」は、病気を抱えた人が最も多く受け取る助言であり、最も検証されていない助言でもある。皮肉なことに、この助言を熱心に配ってきた側の治療法自身が、自分の成分を正直に分解した結果、書き換えの部品を外しても着地点が変わらないと報告してしまった。それでも助言は流通し続けている。理由は簡単で、これが渡す側にとって最も安上がりだからだ——薬も、通院の同行も、代わりの生活費もいらない。この単位が渡しているのは、その安上がりな助言の値札を正確に読む力と、値札どおりの小さな効き目をきちんと回収する手つきである。安いものを高く買わない。それだけでも、頭のスペースはかなり空く。
Q1. 痛みの破局化尺度(Sullivan ら 1995)は____項目からなり、____・拡大・無力感の3つの下位尺度に分かれ、総得点の範囲は0〜____点である。穴埋め
Q2. Campbell ら(2012)の解析が、破局化と痛みの「順序」について何を示したか、2つの数字を挙げて答えよ。一問一答
Q3. Jacobson ら(1996)の成分分析の設計と結果として正しいものはどれか。選択
Q4. 「書き換えは効き目の中心ではない」という結論から、「だから認知的な練習には意味がない」と進むのが誤りである理由を、本文が挙げた数字を使って説明せよ。一問一答
Q5. 本文が挙げた「病気に効く3つの切り替え」を、元の文が短いものから順に並べたときの、切り替え後の形を正しい順に並べよ。(粒度の高い記述に変える/期限つきの観察に切る/あらかじめ決めてある次の一手を指す)並べ替え
今日、頭の中でいちばん頻繁に出た一文を1つだけ書き出す(例:このまま一生こうだ/今日はダメな日だった/悪化したらどうしよう)。それを本文の3つの型のどれか1つで切り直し、切り直した文を声に出して1回読む。切り直しの型は、期限つきの観察・粒度の高い記述・あらかじめ決めてある次の一手のいずれか。中身を明るくしないこと。3つ目の型で指す次の一手は、自分で新たに決めるのではなく、すでに医療者と決めてある手順がある場合にそれを指す(受診・服薬・治療の変更はこの課題に含めない)。体調に大きな波がない人や治療中でない人は、仕事・家族・お金の心配で浮かんだ最悪の予言を1つ使ってよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Sullivan M.J.L., Bishop S.R., Pivik J. (1995) 'The Pain Catastrophizing Scale: Development and validation', Psychological Assessment 7(4):524-532 — www.sralab.org
- Picavet H.S.J., Vlaeyen J.W.S., Schouten J.S.A.G. (2002) 'Pain catastrophizing and kinesiophobia: predictors of chronic low back pain', American Journal of Epidemiology 156(11):1028-1034 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Campbell C.M., McCauley L., Bounds S.C., Mathur V.A., Conn L., Simango M., Edwards R.R., Fontaine K.R. (2012) 'Changes in pain catastrophizing predict later changes in fibromyalgia clinical and experimental pain report: cross-lagged panel analyses of dispositional and situational catastrophizing', Arthritis Research & Therapy 14(5):R231 — link.springer.com
- Jacobson N.S., Dobson K.S., Truax P.A., Addis M.E., Koerner K., Gollan J.K., Gortner E., Prince S.E. (1996) 'A component analysis of cognitive-behavioral treatment for depression', Journal of Consulting and Clinical Psychology 64(2):295-304 — i-cbt.org.ua
- Longmore R.J., Worrell M. (2007) 'Do we need to challenge thoughts in cognitive behavior therapy?', Clinical Psychology Review 27(2):173-187 — www.sciencedirect.com
- Williams A.C. de C., Fisher E., Hearn L., Eccleston C. (2020) 'Psychological therapies for the management of chronic pain (excluding headache) in adults', Cochrane Database of Systematic Reviews, Issue 8, CD007407 — www.cochranelibrary.com
- Quartana P.J., Campbell C.M., Edwards R.R. (2009) 'Pain catastrophizing: a critical review', Expert Review of Neurotherapeutics 9(5):745-758 — www.tandfonline.com