「SNSを見れば世論が分かる」——だがSNSは偏った・声の大きい少数の・移ろう標本で、世論そのものではない
SNSを見れば世論が分かる、と教わる。だがSNSを使う人は、世の中の縮図ではない。人口統計でも政治的態度でも一般人口から偏っている。しかもそのなかで投稿する人はごく一部で、声を上げるのはたいてい強く感じた人。ふつうと思った大多数は黙っている。おまけに利用者層は時とともに移ろう。SNSに見えるのは、投稿する気になった人の分布であって、意見の分布ではない。
SNSを見れば世論が分かる——という取り違え
前の単位で、炎上の火を「消す」より「読む」という構えが手に入った。ここからは、その読みを広げて——SNSに流れる反応が、世間そのものの声なのか、それとも一部の声なのかを、どう読み分けるかに進める。
用語をほどく。ソーシャルリスニングとは、SNSの投稿を集めて、いま何が言われているかを把握することだ。よく聞くのは、「SNSを見れば、世論が分かる」——SNS上の反応を、世間全体の意見の縮図として読む、という発想である。
この単位が示すのは、それが取り違えだ、ということである。SNSは「偏った・声の大きい少数の・移ろう」標本であり、それを世論そのものと取り違えると、見誤る。ソーシャルリスニングは、「何が言われているか」を知るには有用だ。だが、「世論そのもの」ではない。この違いを、順に見ていく。
なぜ、この取り違えが起きやすいのか。理由は、SNSの見え方そのものにある。画面をスクロールすれば、次々と生の声が流れてくる。しかも、それは加工されていない、その人の言葉に見える。だから、直接、世間の本音に触れている——そんな手応えを持ちやすい。だが、その手応えこそが、罠だ。目の前を流れる声は、母集団から公平に選ばれたサンプルではなく、いくつもの見えないふるいを通り抜けてきた、ごく一部だけである。そのふるいの存在を忘れると、たまたま自分の画面に届いた声を、世の中の声だと思い込む。この単位が値切るのは、その手応えのほうだ。
SNS利用者は、世の中の縮図ではない
まず、いちばん基本的なところから。SNSを使っている人は、世の中の人々の縮図ではない。Mislove らが2011年に、Twitter利用者の人口統計——住んでいる地域や性別など——を調べ、それらが一般の人口から偏っていることを示した。
Mellon と Prosser が2017年に示したのも、TwitterやFacebookの利用者が、政治的な態度や属性の点で、一般の人口を代表していない、という向きだった。Barberá と Rivero が2015年に示したのも、同じ方向だ。つまり、SNSの上で多数派に見える意見が、世の中の多数派とはかぎらない。SNSは、母集団から偏って切り取られた、一部の人たちの集まりなのだ。ここで一つ断っておく——これらは主に海外のデータだが、援用するのは「プラットフォームの利用者は、その社会の全体から偏っている」という構造的な向きであって、特定の国の内訳の数字ではない。
この偏りは、プラットフォームごとにも向きが違う。ある場所には若い層が、別の場所には特定の趣味や職業の人が集まりやすい。だから、一つのSNSで見た「反応」は、そのSNSに集まっている層の反応であって、それ以外の場所にいる人や、そもそもSNSを使わない人の反応は、最初から映らない。自分の商いの相手が、たまたま自分の見ているSNSにいる層と重なっていればまだしも、ずれていれば、読みは大きく外れる。だから、SNSの反応を読むときは、「どのプラットフォームの、どの層の声を見ているのか」を、意識しておく必要がある。全部を見ているつもりで、実は一つの窓からのぞいているだけ、ということが起こりやすい。
投稿するのは「声の大きい少数」——沈黙する多数は見えない
さらに、偏りは二重になっている。SNSを使っている人のなかでも、実際に投稿する人は、ごく一部だ。Mustafaraj らが2011年に示したのは、投稿の大半が、声の大きい少数(vocal minority)によって生み出され、大多数は沈黙して見えない、ということだった。
Gao らが2015年に示したのも、近い向きだ——オンラインの評価(レビューの星の数など)は、母集団の品質認識を、正しくは反映しない。声を上げる人は、たいてい、強く感じた人である。とても満足した人か、とても不満だった人が書き、「まあふつう」と思った大多数は、何も書かない。だから、SNS上の反応を見て「世間はこう思っている」と読むと、声の大きい両端を、真ん中と取り違えることになる。そこに見えているのは、意見の分布ではなく、投稿する気になった人の分布なのだ。
この区別は、危機のときに、とりわけ効いてくる。炎上のさなか、批判の投稿がタイムラインを埋め尽くすと、まるで世界中が自分に怒っているように感じられる。だが、その多くは、強く反応した少数が、繰り返し声を上げているものかもしれない。実際には、大多数はその話題を目にすらしていないか、目にしても「関係ない」と通り過ぎている——ただ、その沈黙は、画面には映らない。だから、批判の量の多さを、そのまま「世間が敵に回った」と読むと、実像より大きな危機に見えて、過剰な対応に走りやすい。前の単位で見た「消そうとする対応が燃料になる」失敗の多くは、この読み違い——声の大きさを票の多さと取り違えること——から始まっている。
しかも、利用者層は移ろう——今日の読みは、明日には古い
もう一つ、やっかいなことがある。SNSの利用者層は、時とともに変わっていく。Liu らが2014年に示したのは、Twitterの利用者と、その使われ方が、時間とともに変化していく、ということだった(この研究には、さきほどの Mislove も加わっており、同じ系統の Twitter利用者研究である)。
つまり、ある時点で「SNSの声はこういう傾向だ」とつかんだとしても、その読みは、時が経てば古びる。新しい層が入り、古い層が去り、話題の集まる場所も移っていく。だから、一度の観察で得た「世論の像」を、固定した事実のように扱うのは危うい。ソーシャルリスニングでわかるのは、あくまで「いま、この場所で、投稿する気になった人たちが、何を言っているか」までだ。それは確かに有用な情報だが、「世論そのもの」とは、別のものである。
では、ソーシャルリスニングは役に立たないのか——そうではない。世論そのものは映さないが、「いま、何が、どんな言葉で語られ始めているか」を、早く知るには、これほど便利な窓もない。前の単位でいえば、火種が煙を上げ始めた瞬間に気づく、検知の役に立つ。大事なのは、期待を正しく設定することだ。ソーシャルリスニングを「世論調査の代わり」と思えば裏切られるが、「話題の芽と、言葉の温度を、いち早く拾うアンテナ」と思えば、頼れる道具になる。何ができて、何ができないかを取り違えないこと——それが、この道具を使いこなす、唯一のこつである。
時間・変化:SNSと世論の研究
順に置く。2011年、Mislove らが利用者の人口統計的な偏りを、Mustafaraj らが声の大きい少数を示す。2014年、Liu らが利用者層の変化を示す。2015年、Barberá と Rivero が政治的な代表性の欠如を、Gao らがオンライン評価と母集団のずれを示す。2017年、Mellon と Prosser が代表性の欠如を、あらためて示した。
この十数年で確からしくなったのは、「SNSを見れば世論が分かる」ではない。確からしくなったのは、SNSは偏った・声の大きい少数の・移ろう標本であり、それは何が言われているかを教えるが、世論そのものではない、という向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、SNS上の反応を、そのまま「世間の反応」と読むことだ——偏った一部の、声の大きい人たちの、いまの声を、全体と取り違える。もうひとつの妨げは、見えている声だけで判断し、沈黙している大多数を、居ないものとして扱うことである。
この二つの妨げは、じつは地続きだ。見えている声を全体と思うから、見えていない沈黙が、勘定から抜け落ちる。そして、抜け落ちた沈黙は、たいてい、いちばん大きな塊である。世論とは、声の総和ではなく、声を上げた人と、上げなかった人を、合わせた全体のことだ。だが、SNSの画面は、その後者を、原理的に映せない。だから、SNSだけを見て世論を語るのは、水面から上だけを見て、氷山の大きさを語るのに似ている。
助けになるのは、SNSの反応を見るときに、いつも一つ、問いを添えることだ——「これは、誰が言っているのか。言っていない人は、その何倍いるのか」。この問いを一つ挟むだけで、声の大きさを、票の多さと取り違えにくくなる。数そのものを見るのではなく、数の後ろにある「見えていない数」を思い浮かべる癖——それだけで、読みは一段、地に足がつく。
最初の一歩は10分。自分の直近のSNS投稿を一つ取り、そこに付いた反応(コメント・いいねなど)の数と、その投稿が届いた(表示された)であろう、おおよその数を、手元の記録から書き出す。そして、反応した人と、反応しなかった大多数の、ざっとした比を見る。反応しなかった人が何を思っているかは、そこには一切映っていない——その空白の大きさを意識することが、SNSを世論と取り違えないための、いちばん簡単な予防になる。他人のアカウントを分析する必要はない。
この一歩は、モニタリングの道具を買わなくても、いますぐできる。高価なツールは、たくさんの投稿を速く集めてはくれるが、集めた声が「誰の声で、何倍の沈黙の上に浮かんでいるか」までは、教えてくれない——その問いは、道具の中ではなく、使う人の頭の中にしかない。だから、まず自分の手元の一投稿で、反応と沈黙の比を、体でつかんでおく。その感覚さえ持っていれば、あとでどんなツールを使っても、数字の大きさに足をすくわれずに済む。読む力は、集める力より、ずっと先に来る。
次の単位は 487「危機を想定して備えるには?」——いま起きている声を読む話から、まだ起きていない危機を、どこまで想定して備えられるのかへ進む。
- この棚の読者は自分の商いの評判を自分で背負う人で、緑の段の二歩目としてソーシャルリスニング(SNSの投稿を集めて何が言われているかを把握すること)を扱う。俗説『SNSを見れば世論が分かる』に対し、SNSは偏った・声の大きい少数の・移ろう標本であり、それを世論そのものと取り違えると見誤ると見る。ソーシャルリスニングは何が言われているかを知るには有用だが世論そのものではない
- SNSを使う人は世の中の縮図ではない。Mislove ら 2011はTwitter利用者の人口統計(地域・性別など)が一般人口から偏っていることを示し、Mellon & Prosser 2017とBarberá & Rivero 2015は政治的な態度や属性で一般人口を代表していないことを示した。SNS上で多数派に見える意見が世の中の多数派とはかぎらず、援用するのは利用者が母集団から偏るという構造的な向きで特定の国の内訳ではない
- 偏りは二重である。SNS利用者のなかでも投稿する人はごく一部で、Mustafaraj ら 2011は投稿の大半が声の大きい少数(vocal minority)によって生まれ大多数は沈黙して見えないことを示した。Gao ら 2015もオンラインの評価が母集団の品質認識を正しくは反映しないことを示す。声を上げるのはたいてい強く感じた人である
- 声を上げるのはとても満足した人かとても不満だった人で、ふつうと思った大多数は何も書かない。だからSNS上の反応で世間を読むと声の大きい両端を真ん中と取り違える。見えているのは意見の分布ではなく投稿する気になった人の分布であり、この区別が世論を読み違えないための鍵である
- SNSの利用者層は時とともに変わる。Liu ら 2014はTwitterの利用者とその使われ方が時間とともに変化することを示した(この研究にはMisloveも加わり同じ系統のTwitter利用者研究である)。新しい層が入り古い層が去り話題の場所も移るため、一度つかんだ世論の像は時が経てば古びる。固定した事実のように扱うのは危うい
- 確からしくなったのはSNSを見れば世論が分かるではなく、SNSは偏った・声の大きい少数の・移ろう標本でそれは何が言われているかを教えるが世論そのものではない、という向きである。妨げるものはSNS上の反応をそのまま世間の反応と読むことと、見えている声だけで判断し沈黙する大多数を居ないものとして扱うことである
- 最初の一歩は10分。自分の直近のSNS投稿を一つ取り、付いた反応(コメント・いいねなど)の数と、届いた(表示された)であろうおおよその数を手元の記録から書き出し、反応した人と反応しなかった大多数のざっとした比を見る。反応しなかった人が何を思っているかはそこに映らず、その空白の大きさを意識することが取り違えを防ぐ最も簡単な予防になる。他人のアカウントを分析する必要はない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| SNSを見れば世論が分かる。SNS上の反応は、世間全体の意見の縮図として読める | SNSを使う人は世の中の縮図ではない。Mislove ら 2011はTwitter利用者の人口統計が一般人口から偏っていることを、Mellon & Prosser 2017とBarberá & Rivero 2015は政治的な態度や属性の点で一般人口を代表していないことを示した。SNS上で多数派に見える意見が世の中の多数派とはかぎらない。援用するのはプラットフォームの利用者が母集団から偏るという構造的な向きで、特定の国の内訳の数字ではない。ソーシャルリスニングは何が言われているかまでで、世論そのものではない |
| SNSに書かれた反応の数を見れば、世間の意見の分布がつかめる | 偏りは二重である。SNS利用者のなかでも投稿する人はごく一部で、Mustafaraj ら 2011は投稿の大半が声の大きい少数(vocal minority)によって生まれ大多数は沈黙して見えないことを、Gao ら 2015はオンラインの評価が母集団の品質認識を正しくは反映しないことを示した。声を上げるのはたいてい強く感じた人(とても満足かとても不満)で、ふつうと思った大多数は書かない。SNS上の反応で世間を読むと声の大きい両端を真ん中と取り違える。見えているのは意見の分布ではなく投稿する気になった人の分布である |
| 一度SNSを分析して世論の傾向をつかめば、その読みはしばらく使える | SNSの利用者層は時とともに変わっていく。Liu ら 2014はTwitterの利用者とその使われ方が時間とともに変化することを示した。新しい層が入り古い層が去り、話題の集まる場所も移るため、ある時点でつかんだ世論の像は時が経てば古びる。一度の観察で得た像を固定した事実のように扱うのは危うい。ソーシャルリスニングでわかるのはいまこの場所で投稿する気になった人たちが何を言っているかまでで、それは有用だが世論そのものとは別のものである |
皮肉なのは、SNSを熱心に見て「世間の声」をつかんだつもりになるほど、いちばん大きな声——つまり、いちばん強く感じた一部の人の声——に、判断を引っぱられることだ。画面に流れてくるのは、投稿する気になった人たちの言葉だけで、その後ろには、何も書かずに立ち去った、何倍もの人がいる。彼らの沈黙は、賛成にも、無関心にも、あきらめにも読める——だが、どれなのかは、そこには映らない。SNSの反応が世論のように見えるとき、たいていそれは、まだ誰も、声を上げなかった人の数を、数えていないだけかもしれない。見えている声の大きさを、票の多さと取り違えない。
Q1. 『SNSを見れば世論が分かる』を、この単位は『偏りは二重』と値切った。その二重の偏りを述べよ。一問一答
Q2. 投稿の大半は ____ の大きい少数が生み、ふつうと思った ____ は沈黙して見えない(Mustafaraj ら 2011)。だからSNSに見えるのは意見の ____ ではなく、投稿する気になった人の ____ である。穴埋め
Q3. Liu ら 2014が示した『利用者層の変化』は、ソーシャルリスニングにどんな含意を持つか。選択
Q4. この単位は、ソーシャルリスニングで『わかること』と『わからないこと』を、どう線引きしているか。一問一答
Q5. この単位が扱ったSNSと世論の研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Liu らが利用者層の変化を示す(イ)Mislove らが利用者の人口統計的偏りを示す(ウ)Mellon と Prosser が代表性の欠如を示す(エ)Gao らがオンライン評価と母集団のずれを示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の直近のSNS投稿(お知らせ・発信など)を一つ選び、そこに付いた反応(コメント・いいね・共有など)の数と、その投稿が届いた(表示された)であろうおおよその数を、手元の記録から書き出す。そのうえで、反応した人と、反応しなかった大多数の、ざっとした比を見る。反応しなかった人が何を思っているかは、そこには映っていないことを確認し、その空白の大きさを一言メモする。他人のアカウントを分析したり、他社の炎上を見に行ったりする必要はなく、自分の発信の記録だけで完結させる。最後に、反応した数、届いた数、反応しなかった人の見当を書き添える。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Mislove A., Lehmann S., Ahn Y.-Y., Onnela J.-P., Rosenquist J.N. (2011) ‘Understanding the Demographics of Twitter Users’, Proceedings of the International AAAI Conference on Web and Social Media (ICWSM) 5(1) — doi.org
- Mellon J., Prosser C. (2017) ‘Twitter and Facebook are not representative of the general population: Political attitudes and demographics of British social media users’, Research & Politics 4(3) — doi.org
- Barberá P., Rivero G. (2015) ‘Understanding the Political Representativeness of Twitter Users’, Social Science Computer Review 33(6):712-729 — doi.org
- Mustafaraj E., Finn S., Whitlock C., Metaxas P.T. (2011) ‘Vocal Minority Versus Silent Majority: Discovering the Opinions of the Long Tail’, IEEE International Conference on Social Computing (SocialCom):103-110 — doi.org
- Gao G., Greenwood B.N., Agarwal R., McCullough J.S. (2015) ‘Vocal Minority and Silent Majority: How Do Online Ratings Reflect Population Perceptions of Quality?’, MIS Quarterly 39(3):565-589 — doi.org
- Liu Y., Kliman-Silver C., Mislove A. (2014) ‘The Tweets They Are a-Changin: Evolution of Twitter Users and Behavior’, Proceedings of the International AAAI Conference on Web and Social Media (ICWSM) 8(1) — doi.org