「メディトレで本番に強くなる」——だが効果の実証は薄く、効くのは訓練の箱でなく伝え方の中身、作り込みすぎは逆効果
「本番に強くなりたいなら、メディトレを受けておけばいい」——よく聞く話だ。だが、メディアトレーニングそのものが本番の成果を上げるという効果を測った査読研究は、ほとんど存在しない。無意味という意味ではなく、効くとも効かないとも実証の裏づけが薄い。効くのは訓練という箱ではなく、訓練が磨こうとする話し手のデリバリー(伝え方)の中身——落ち着き・かみ合い・信頼性——のほうだ。しかも非言語を作り込みすぎると、かえって不信を招きうる。想定問答も、想定した質問しか守ってくれない。
「メディトレで本番に強くなる」——だが、その効果を測った研究はほとんどない
前の単位で、何を語り、何を留保するかの線引きを定めた。ここでは、その中身を、人前で、取材の場で伝える備え——メディアトレーニング(報道対応の訓練)——を扱う。初動と公式対応の青段の、締めである。線引きした中身も、伝わらなければ意味がない。だから最後に、伝える側の備えを見ておく。
「本番に強くなりたいなら、メディトレを受けておけばいい」——よく聞く話だ。だが、この単位が最初に置く見方は、少し意外かもしれない。「メディアトレーニングそのものが、本番の成果を上げる」という効果を測った査読研究は、ほとんど存在しない。 訓練を受けた人と受けなかった人で、危機対応の結果がどう変わるか——それを実証で確かめた学術研究は、探してもほぼ見つからない。ここで大切なのは、この「見つからない」を、都合よく読み替えないことだ。「研究がないだけで、実際には効くはずだ」と埋めたくなるが、それこそが、確かめられていないことを確かめたことにする早合点である。これは、訓練が無意味だという意味でもない。「効く」とも「効かない」とも、実証の裏づけがまだ薄い、という、ただそれだけの意味だ。この「薄さ」自体を、まず事実として受け取るところから始めたい。「メディトレを受けたから安心」という感覚には、思ったほど確かな足場がない。安心を、訓練を受けたという事実そのものから買ってしまうと、いちばん確かめるべき「中身が伴っているか」を、見落とすことになる。
だが、訓練が狙う「伝え方」は、受け止めに効く
では、この単位は「訓練など無駄だ」と言うのか。そうではない。訓練そのものの効果は薄くても、訓練が狙っている中身——スポークスパーソン(会見や取材で組織を代表して話す人)の「デリバリー(伝え方・見せ方)」——が、危機の受け止めに実際に効くことは、いくつも実証されている。これらは、危機のスポークスパーソンのデリバリーを調べた研究群として、まとめて読むのがよい。別々の発見を、あたかも独立した五つの根拠のように数え上げるのは正確ではない。多くは近い問題意識と手法を共有する、ひとつながりの研究の流れだ。だからここでは、個々の効果の大きさを競わせるのではなく、「伝え方の要素は受け止めに効く」という向きが、複数の角度から支持されている、という読み方をする。
Claeys と Cauberghe が2014年に、話し手の非言語の「落ち着き・統制」の表れが危機の受け止めに効くことを、De Waele らが2018年に、見た目(視覚)と声(音声)の手がかりの、どちらがどれだけ効くかを、Crijns らが2017年に、話し手と発言の「かみ合い」(誰が何を言うか)が受け止めを左右することを示した。さらに Verhoeven らが2012年に、謝罪と責任の帰属が、話し手個人の評判にも効くことを、Howes が2013年に、話し手の信頼性が伝わり方を左右することを示している。つまり、効くのは「訓練という箱」ではなく、訓練が磨こうとしている、落ち着き・かみ合い・信頼性といった、伝え方の中身のほうだ。この区別は、地味だが大事だ。「メディトレを受けたかどうか」を数えても、備えができたことにはならない。数えるべきは、受けたか否かではなく、落ち着いて話せる中身が自分のなかにあるかである。逆に言えば、正式な訓練を受けていなくても、言うべきことが定まっていて、それを自分の言葉で落ち着いて言えるなら、研究が「効く」と示してきた要素は、すでに手元にある。
作り込みすぎた「訓練された感」は、逆に不信を生む
ところが、ここに落とし穴がある。伝え方が効くからといって、非言語を作り込みすぎると、かえって逆効果になりうるのだ。De Waele と Claeys が2017年に、危機の会見での非言語の手がかりが「嘘・ごまかしのサイン」として読まれることを調べ、過度に統制された、いかにも「訓練された」ふるまいが、かえって不信を招きうることを示した。
視線を計算し、間を作り込み、身ぶりまで演出する——そうやって「完璧」を目指すほど、受け手は「なにか隠しているのでは」と感じてしまう。人は、作り物の落ち着きを、意外なほど敏感に見抜く。とりわけ危機のときは、受け手の警戒心が高まっているぶん、この見抜く目も鋭くなる。だから、メディアトレーニングの目的は、役者のように演じられるようになることではない。むしろ逆で、言うべき中身が定まっているから、余計な作り込みなしに、自分の言葉で落ち着いて話せる——その状態に近づくことだ。作り込みは、中身の不在を覆い隠すための化粧になりやすく、そして化粧は、見抜かれる。ここには、危うい皮肉がある。訓練を受けて「上手に見せよう」と力むほど、その力みが、かえって不自然さとして表に出てしまうのだ。だから、備えの方向を取り違えないことが大事になる。目指すのは、隙のない演技ではなく、中身が定まっているから、力まずに話せるという状態だ。落ち着きは、演出して足すものではなく、言うべきことが決まっているところから、自然に出てくるものである。この順番を逆にして、中身が空っぽのまま所作だけ磨くと、その空白のほうが、いっそう際立ってしまう。
想定問答は、想定した質問しか守ってくれない
メディアトレーニングの中心には、たいてい想定問答(Q&A)——「こう聞かれたら、こう答える」の準備——がある。これ自体は有益だ。よく来る質問に、あらかじめ誠実な答えを用意しておけば、本番で言葉に詰まらず、大事なことを言い落とさずに済む。だが、想定問答には、構造的な弱点がある。それは「想定した質問しか、守ってくれない」ということだ。
用意した問答が手厚いほど、人はそれに頼る。すると、想定の外から質問が来たとき——たいてい、いちばん痛いところを突く質問は想定の外から来る——用意した答えに当てはめようとして、かえってちぐはぐな受け答えになる。用意した台本があるほど、その台本に無い問いを前に、頭が真っ白になりやすい、という逆説もある。準備が、かえって不意打ちへの弱さを生むのだ。想定問答は、準備の出発点であって、ゴールではない。大事なのは、答えを丸暗記することより、「まだ答えを用意していない問い」が必ず来ると知っておくことだ。そのうえで、丸暗記した答えを守ろうとするのではなく、想定外の問いが来ても、前の単位までで定めた「確かに言える基礎」と「留保すること」の線引きに立ち返れるようにしておく。想定問答の本当の値打ちは、一問一答の台本そのものより、準備の過程で「自分は何を確かに言えて、何をまだ言えないか」を整理できることにある。台本は捨ててもいい。整理して残った、その線引きのほうが、想定の外でも使える。この「想定外」との向き合い方は、のちの単位であらためて扱う。
時間・変化:2012年から今へ
順に置く。2012年、Verhoeven らが、謝罪と責任帰属が話し手個人の評判にも効くことを示す。2013年、Howes が、話し手の信頼性が伝わり方を左右することを示す。2014年、Claeys と Cauberghe が、非言語の落ち着き・統制の表れが受け止めに効くことを示す。2017年、De Waele と Claeys が、作り込みすぎた非言語が不信のサインになりうることを、Crijns らが、話し手と発言のかみ合いの効果を示す。2018年、De Waele らが、視覚と音声の手がかりの相対的な効き方を示した。
この十数年で、研究の目は「訓練を受けたか否か」から、「どんな伝え方が、どう受け止められるか」へと移ってきた。訓練という入れ物ではなく、その中で磨かれる中身と、磨きすぎの副作用のほうへ、焦点が寄っていった、とも言える。
この間に確からしくなったのは、「メディトレを受ければ本番に強い」ということではない。確からしくなったのは、効くのは訓練という箱ではなく伝え方の中身であり、しかも作り込みすぎは逆効果になりうる——という、向きのほうである。だから、備えるべきは「訓練を受けたという安心」ではなく、「中身が定まっているという安心」のほうだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「メディトレを受けた」という事実に安心してしまうことである。効くのは訓練という箱ではなく、落ち着き・かみ合い・信頼性という中身のほうだ。受講の有無ではなく、中身が伴っているかを、自分に問う。もう一つは、非言語を作り込みすぎることだ。演出された完璧さは、かえって不信を招きうる。隙のなさより、言うべきことが定まっている自然さを選ぶ。
助けになるのは、いきなり話し方を練習する前に、自分がよく受ける質問と、受けたくない質問を書き出してみることだ。話し方の練習は、中身が定まってからでも遅くない。むしろ、答えにくい質問が先に見えていれば、練習すべき場所も自然に絞れる。最初の一歩は10分。自分の商いで、聞かれてうれしい質問・答えにくい質問・できれば避けたい質問を思いつくだけ書き出し、答えにくいものに印をつける。他社の会見を見る必要はない。印のついた質問こそ、あなたにとっての「想定の外」に近い場所であり、作り込みでは守れない、中身が問われる場所である。 ここが、伝え方の備えの起点になる。話し方の巧拙よりも、まずはこの地道な棚卸しから静かに始めたい。
青段(初動と公式対応)は、ここで一区切り。次の段では、いくら備えても防ぎきれない「想定外」そのものと、どう向き合うかへ進む。
- この単位は青段(初動と公式対応)の締めで、語る中身の線引きを定めたうえで、それを人前・取材の場で伝える備え=メディアラーニング(報道対応の訓練)を扱う。俗説は『メディトレで本番に強くなる』。だが最初に置く事実は、メディアトレーニングそのものが本番の成果を上げるという効果を測った査読研究はほとんど存在しない、ということ。訓練を受けた人と受けない人で結果がどう変わるかを実証した学術研究はほぼ見つからない。無意味という意味ではなく、効くとも効かないとも実証の裏づけが薄い。この薄さ自体をまず事実として受け取る
- 訓練そのものの効果は薄くても、訓練が狙う中身=スポークスパーソン(会見や取材で組織を代表して話す人)のデリバリー(伝え方・見せ方)は危機の受け止めに効く。これらは危機スポークスパーソンのデリバリー研究群としてまとめて読むとよい。Claeys & Cauberghe 2014 は非言語の落ち着き・統制の表れが効くことを、De Waele et al 2018 は見た目(視覚)と声(音声)の手がかりの相対的な効き方を、Crijns et al 2017 は話し手と発言のかみ合いが受け止めを左右することを示した
- さらに Verhoeven et al 2012 は謝罪と責任の帰属が話し手個人の評判にも効くことを、Howes 2013 は話し手の信頼性が伝わり方を左右することを示した。つまり効くのは訓練という箱ではなく、訓練が磨こうとしている落ち着き・かみ合い・信頼性という伝え方の中身のほうである。効果量の数字はここでは扱わない
- だが伝え方が効くからといって非言語を作り込みすぎると逆効果になりうる。De Waele & Claeys 2017 は危機の会見で非言語の手がかりが嘘・ごまかしのサインとして読まれることを調べ、過度に統制されたいかにも訓練された振る舞いがかえって不信を招きうることを示した。人は作り物の落ち着きを敏感に見抜く。メディトレの目的は役者のように演じることでなく、言うべき中身が定まっているから余計な作り込みなしに自分の言葉で落ち着いて話せる状態に近づくことである
- メディアトレーニングの中心にはたいてい想定問答(Q&A)があり、よく来る質問に誠実な答えを用意しておくのは有益である。だが想定問答には構造的な弱点がある——想定した質問しか守ってくれない。用意が手厚いほど人はそれに頼り、想定の外(たいてい痛いところを突く質問は想定の外から来る)に当てはめようとしてちぐはぐになる。想定問答は準備の出発点でありゴールではなく、まだ答えを用意していない問いが必ず来ると知っておくことが大事。この想定外との向き合い方はのちの単位で扱う
- この間に確からしくなったのはメディトレを受ければ本番に強いということではなく、効くのは訓練という箱ではなく伝え方の中身であり、しかも作り込みすぎは逆効果になりうるという向きである。この訓練で必ず本番に強いとは断定せず、実在の会見のデリバリーを当事者名で批評せず、特定のメディトレ会社の優劣も名指ししない。制度や実証の事実提示にとどめる
- だからこの単位でやるのは、いきなり話し方を練習する前に、自分の商いで聞かれてうれしい質問・答えにくい質問・避けたい質問を思いつくだけ書き出し、答えにくいものに印をつけることである。他社の会見を見る必要はない。印のついた質問こそ自分にとっての想定の外に近く、作り込みでは守れない中身が問われる場所である。ここが伝え方の備えの起点になる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 本番に強くなりたいなら、メディアトレーニングを受けておけば、それで成果は上がる | メディアトレーニングそのものが本番の成果を上げるという効果を測った査読研究は、ほとんど存在しない。訓練を受けた人と受けない人で危機対応の結果がどう変わるかを実証した学術研究はほぼ見つからない。無意味という意味ではなく、効くとも効かないとも実証の裏づけが薄い。効くと確かめられているのは、訓練という箱ではなく、訓練が磨こうとする話し手のデリバリー(伝え方)の中身——落ち着き・統制(Claeys & Cauberghe 2014)、視覚・音声(De Waele et al 2018)、かみ合い(Crijns et al 2017)、評判(Verhoeven et al 2012)、信頼性(Howes 2013)——のほうである |
| 会見では、視線も間も身ぶりも完璧に演出して、隙のない落ち着きを見せるほどよい | 非言語を作り込みすぎると、かえって逆効果になりうる。De Waele & Claeys 2017 は、危機の会見で非言語の手がかりが嘘・ごまかしのサインとして読まれ、過度に統制されたいかにも訓練されたふるまいが不信を招きうることを示した。人は作り物の落ち着きを敏感に見抜く。メディアトレーニングの目的は役者のように演じることではなく、言うべき中身が定まっているから余計な作り込みなしに自分の言葉で落ち着いて話せる状態に近づくことである |
| 想定問答をたくさん用意して丸暗記しておけば、本番の質疑は乗り切れる | 想定問答は、想定した質問しか守ってくれない。よく来る質問に誠実な答えを用意すること自体は有益だが、用意が手厚いほど人はそれに頼り、想定の外から質問が来たとき(痛いところを突く質問は、たいてい想定の外から来る)、用意した答えに当てはめようとしてちぐはぐになる。想定問答は準備の出発点でありゴールではない。だからこの単位でやるのは、答えを丸暗記することより、自分にとって答えにくい質問=想定の外に近い質問を、先に書き出して見つけておくことである。この想定外との向き合い方は、のちの単位で扱う |
皮肉なのは、『メディトレを受けた』という事実がいちばん安心を与えるのに、その訓練そのものの効果こそ、実証がいちばん薄いことである。確かめられているのは、訓練が磨こうとする中身——落ち着き、かみ合い、信頼性——が受け止めに効くこと、そして、その中身を作り込みすぎると、かえって不信を招きうること。だから備えの向きは、話し方を役者のように仕上げることではない。言うべき中身を定め、答えにくい問いを先に見つけておくこと——つまり、前の単位までの線引きを、自分の言葉で落ち着いて言える状態にしておくことだ。メディアトレーニングが本番の強さを約束しているように見えるとき、たいていそれは、まだ誰も、訓練という箱と、その中で磨かれる伝え方の中身を、別々に確かめていないだけかもしれない。青段(初動と公式対応)は、ここで一区切り。次の段では、いくら備えても防ぎきれない『想定外』そのものと、どう向き合うかへ進む。
Q1. この単位が最初に置く事実は、メディアトレーニング ____ が本番の成果を上げるという効果を測った査読研究はほとんど ____ 、ということ。効くのは訓練という箱ではなく、話し手の ____ (伝え方・見せ方)の中身のほうである。穴埋め
Q2. De Waele & Claeys 2017 が示した、非言語の作り込みについての注意点はどれか。選択
Q3. 『想定問答をたくさん用意すれば、本番は安心だ』という考えの弱点を、この単位に沿って述べよ。一問一答
Q4. 『効くのは訓練という箱ではなく、伝え方の中身』とはどういうことか。研究群に触れて述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)De Waele & Claeys が作り込みすぎは不信のサインと示す(イ)Verhoeven らが謝罪と責任帰属が話し手の評判に効くと示す(ウ)De Waele らが視覚と音声の手がかりの効き方を示す(エ)Claeys & Cauberghe が非言語の落ち着き・統制が効くと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の商いや仕事について、他人から聞かれる場面を想像し、質問を思いつくだけ書き出す——(1) 聞かれてうれしい質問、(2) 答えにくい質問、(3) できれば避けたい質問、の三種類を混ぜてよい。書き出したら、答えにくい・避けたいと感じるものに印をつける。そのうえで、印のついた質問を一つ選び、今の自分ならどう答えるかを一言だけメモし、なぜ答えにくいのか(不利な事実がある・まだ分からない・言いたくない、など)を自分の言葉で書き添える。他社の会見や炎上を調べたり評したりする必要はなく、自分の想定問答の棚卸しだけで完結させる。最後に、印のついた質問の多くに共通する『答えにくさの正体』を、一行で書く。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Claeys A.-S., Cauberghe V. (2014) ‘Keeping Control: The Importance of Nonverbal Expressions of Power by Organizational Spokespersons in Times of Crisis’, Journal of Communication 64(6):1160-1180 — doi.org
- De Waele A., Claeys A.-S., Cauberghe V., Fannes G. (2018) ‘Spokespersons’ Nonverbal Behavior in Times of Crisis: The Relative Importance of Visual and Vocal Cues’, Journal of Nonverbal Behavior 42(4):441-460 — doi.org
- De Waele A., Claeys A.-S. (2017) ‘Nonverbal cues of deception in audiovisual crisis communication’, Public Relations Review 43(4):680-689 — doi.org
- Crijns H., Claeys A.-S., Cauberghe V., Hudders L. (2017) ‘Who says what during crises? A study about the interplay between gender similarity with the spokesperson and crisis response strategy’, Journal of Business Research 79:143-151 — doi.org
- Verhoeven J.W.M., et al. (2012) ‘Effects of apologies and crisis responsibility on corporate and spokesperson reputation’, Public Relations Review 38(3):501-504 — doi.org
- Howes P.A. (2013) ‘Company spokesperson vs. customer testimonial: Investigating quoted spokesperson credibility and impact in business-to-business communication’, Public Relations Review 39(3):253-255 — doi.org