「言質を取れば安心」——だが取った瞬間の安心こそ、後で食い違う記憶の最初の一滴だ
いちばん強く「言質を取った」と信じている人ほど、その中身をいちばん自分に都合よく記憶している。相手も同じことをしている——どちらも嘘をつかないまま、二つの誠実な記憶が、少しずつ別の方向へずれていく。強く縛れば守らせる力は上がるが、そのぶん信頼という別の資産が静かに減る。言質は取れる。ただ、取った瞬間の安心の感触こそが、後で食い違う記憶の最初の一滴かもしれない。
言質を取るとは、何を指すのか
前の単位で、対話を運ぶための間合い——沈黙と時間の扱い——が手に入った。それを、合意を確定する段へ進める。ここから段はひとつ進んで、対話の設計から、合意の確定に入る。
まず言葉をほどく。言質を取るとは、相手に「そうする」と口で約束させ、その約束を後ろ盾にすることである。俗説は言う——「言質を取れば安心だ」。だが、この単位は、その安心がどこまで確かかを見る。手がかりになるのが、自己奉仕バイアス(self-serving bias)——人は自分に都合よく事実を解釈し、記憶するという、くり返し確かめられた傾向だ。交渉のテーブルにつくのは交渉担当だけではない。取引条件を自分で詰める代表も、家賃の更新を大家と話す借り手も、外注費を交渉する個人も、ここに立つ。そして最初に一度だけ断っておく——交渉は相手を打ち負かす競技ではなく、合意の質を上げる共同作業であり、合意しないことが最善の場合もある。 この単位は「こう言えば勝てる」を教える棚ではない。言うことは三つ。言質を取るとは何を指すのか、取るとどこまで安心と確かめられているのか、そしてその範囲の外で何が起きるか。あらかじめ、相手に言質を取らせる話法の手順は書かないし、個別の法律判断もしないことを断っておく。
「言質を取れば安心」の裏——記憶は中立ではない
まず、口約束の危うさから。ThompsonとLoewensteinが1992年に『Egocentric interpretations of fairness and interpersonal conflict』(Organizational Behavior and Human Decision Processes 51(2):176-197) で示したのは、人が「何が公正か」を、自分に有利な方向へ自己中心的に解釈するということだった。同じ状況を見ても、立場が違えば「公正な取り分」の像が食い違う。
これは記憶にも及ぶ。BabcockとLoewensteinが1997年に『Explaining Bargaining Impasse』(Journal of Economic Perspectives 11(1):109-126) でまとめたように、交渉が決裂する大きな一因は、この自己奉仕バイアスである。彼らはこれを、学生の模擬交渉だけでなく、教員組合の実際の交渉というフィールドの証拠でも裏づけた。つまり「言った・言わない」「何を合意したか」は、どちらかが嘘をついているのではなく、双方が誠実なまま、自分に有利に記憶がずれることで起きる。言質を口で取っても、その言質が何を意味したかの記憶自体が、後で静かにずれていく。
自己奉仕的なずれは、もめ事の場でも起きる
このずれは、実験室の中だけの話ではない。BabcockとLoewenstein、Issacharoffが1993年に『Self-Serving Assessments of Fairness and Pretrial Bargaining』(The Journal of Legal Studies 22(1):135-159) で調べたのは、示談の前の交渉である。当事者に同じ資料を見せても、自分の側にとって公正な金額の見積もりが、立場によって系統的にずれ、そのずれが大きいほど交渉はまとまりにくかった。
ここで、この棚が繰り返す見方を当てておく——交渉の名著の教えは実在するが、その実証の多くは模擬交渉であり、目の前の相手への効き目とは別物だ。 だからこの知見も、「あなたのこの交渉では必ずこうなる」とは言えない。言えるのは、記憶と公正感が自己奉仕的にずれるという傾向が、実験でも実際のもめ事でもくり返し観察されてきた、ということだ。言質を「取った」という自分の記憶もまた、この傾向の外にはいない。しかも厄介なのは、このずれが本人には自覚されにくいことだ。相手が自分に都合よく記憶していることには気づけても、自分が同じことをしているとは、なかなか思えない。だから「あの人は話を変えた」と感じたとき、その半分は、こちらの記憶が動いた結果かもしれない、と一度立ち止まる余地がある。
拘束を強めると、信頼はむしろ揺らぐことがある
では、口約束が危ういなら、強い言質——たとえば厳しい取り決めで縛れば安心なのか。ここにも留保がいる。MalhotraとMurnighanが2002年に『The Effects of Contracts on Interpersonal Trust』(Administrative Science Quarterly 47(3):534-559) で示したのは、拘束を強める取り決めが、かえって当事者間の信頼を損なうことがある、ということだった。
相手を強く縛るほど、「この人は縛らないと守らない相手だ」という前提が、関係の底に置かれてしまう。すると、約束が守られても、それは信頼ではなく拘束の結果だと解釈され、自発的な信頼が育ちにくくなる。強い言質は、守らせる力を上げる一方で、信頼という別の資産を削ることがある。だから「とにかく強く縛れば安心」も、単純には成り立たない。安心は、縛りの強さだけでは買えない。これは、取り決めをするなという話ではない。次の単位で扱うように、合意を形に残すこと自体には意味がある。ここで言うのは、縛りの強さと安心は比例しない、という一点だ。とくに、これからも続く関係——同じ大家、同じ取引先、同じ身内——では、勝ち取った縛りの強さより、次もこの人と話せるという感触のほうが、長い目では効いてくる。
「安心」は、条件そのものとは別の次元
そもそも「安心」とは何なのか。LoewensteinとThompson、Bazermanが1989年に『Social utility and decision making in interpersonal contexts』(Journal of Personality and Social Psychology 57(3):426-441) で示したのは、人が交渉の結果を、絶対的な条件だけでなく、相手との比較のなかで評価するということだった。同じ条件でも、相手が得しすぎていると感じれば、満足は下がる。
さらにCurhanとElfenbein、Xuが2006年に『What do people value when they negotiate?』(Journal of Personality and Social Psychology 91(3):493-512) で示したように、交渉には、勝ち取った条件とは別に、主観的な価値——手続きは公正だったか、関係は保たれたか、自分は尊重されたか——という次元がある。「安心」はこちらに属する。だから、条件の上で強い言質を取れても、この主観的な安心が伴うとはかぎらない。言質は条件の話、安心は関係と手続きの話——二つは、別の目盛りで測られている。
時間・変化:1989年から2006年へ
順に置く。1989年、LoewensteinらがSocial utilityを示し、結果は相手との比較で評価されると描く。1992年、ThompsonとLoewensteinが公正の自己中心的解釈を、1993年、Babcockらが示談前交渉での自己奉仕的なずれを示す。1997年、BabcockとLoewensteinが決裂の主因を自己奉仕バイアスと総括し、2002年、MalhotraとMurnighanが拘束的契約の信頼への副作用を、2006年、Curhanらが交渉の主観的価値を地図にした。
この間に確からしくなったのは、「言質を取れば安心」という約束ではない。確からしくなったのは、記憶と公正感は自己奉仕的にずれ、拘束を強めると信頼が揺らぐことがあり、安心は条件とは別の主観的な次元にある、という歪みの側の事実である。言質は、取れる。だが安心は、取っただけでは手に入らない。どれも、約束を軽んじる理由ではなく、約束の扱い方を変えるための手がかりである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「言質を取った」という自分の記憶を、そのまま確かな事実だと思い込むことである。その記憶自体が、知らないうちに自己奉仕的にずれている。もう一つの妨げは、安心を縛りの強さで買おうとして、その代償に信頼という別の資産を削ってしまうことだ。
助けになるのは、言質を「取る」ことより、合意した内容を、その場で相手と声に出して確かめ合うことである。「いま決めたのは、こういうことですね」と、双方の言葉で言い直す。ずれがあるなら、記憶が固まる前の、その場でしか直せない。これは相手を試す話法ではなく、双方の記憶をそろえる共同作業だ。相手を追い詰めるための確認ではないから、口調も、勝ち負けを競うものにはならない。むしろ「お互いの認識がずれていないか、いま合わせておきたい」という姿勢は、相手にとっても安全で、次の話をしやすくする。確かめ合うことは、縛ることの反対側にある——相手を疑って固めるのではなく、二人で同じ絵を見ておく作業である。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、自分が過去にした口頭の約束を一つ思い出し、相手と自分で記憶がどう食い違いうるかを書き出し、次に同じ場面が来たときにその場で確かめるための一文を、用意しておくこと。相手を観察したり探ったりする必要はない。自分の記憶の癖と、確かめ方だけを、自分で点検するだけでよい。
次の単位は 474「合意を文書に落とすには?」——その場で確かめ合った合意を、こんどはどう形に残すかへ進む。
- 言質を取るとは相手に口で約束させその約束を後ろ盾にすること。俗説は言質を取れば安心と言うが、手がかりは自己奉仕バイアス(self-serving bias=人は自分に都合よく事実を解釈・記憶する傾向)。この棚は勝てる話術の棚にせず、言質を取らせる話法の手順も個別の法律判断も書かない。交渉は打ち負かす競技でなく合意の質を上げる共同作業で、合意しないことが最善の場合もある
- ThompsonとLoewenstein 1992『Egocentric interpretations of fairness and interpersonal conflict』(OBHDP 51(2):176-197)は人が何が公正かを自分に有利な方向へ自己中心的に解釈すると示した。BabcockとLoewenstein 1997『Explaining Bargaining Impasse』(JEP 11(1):109-126)は決裂の大きな一因がこの自己奉仕バイアスで、学生の模擬交渉だけでなく教員組合の実交渉でも裏づけられると総括した
- 言った言わないは双方が誠実なまま自分に有利に記憶がずれることで起きる。BabcockとLoewenstein・Issacharoff 1993『Self-Serving Assessments of Fairness and Pretrial Bargaining』(Journal of Legal Studies 22(1):135-159)は示談前交渉で、公正な金額の見積もりが立場により系統的にずれ、ずれが大きいほど交渉がまとまりにくいと示した。交渉の名著の教えは実在するが実証の多くは模擬交渉で目の前の相手への効き目とは別物である
- 口約束が危ういからと強く縛れば安心とも言えない。MalhotraとMurnighan 2002『The Effects of Contracts on Interpersonal Trust』(Administrative Science Quarterly 47(3):534-559)は拘束を強める取り決めがかえって当事者間の信頼を損なうことがあると示した。強く縛るほど縛らないと守らない相手だという前提が関係の底に置かれ、約束が守られても拘束の結果と解釈され自発的な信頼が育ちにくくなる
- 安心とは何かも別次元の話である。LoewensteinとThompson・Bazerman 1989『Social utility and decision making in interpersonal contexts』(JPSP 57(3):426-441)は人が交渉結果を絶対的な条件だけでなく相手との比較のなかで評価すると示した。同じ条件でも相手が得しすぎと感じれば満足は下がる。安心は条件の絶対値だけでは決まらない
- CurhanとElfenbein・Xu 2006『What do people value when they negotiate?』(JPSP 91(3):493-512)は交渉に勝ち取った条件とは別に主観的価値(手続きは公正か・関係は保たれたか・自分は尊重されたか)の次元があると示した。安心はこちらに属し、条件の上で強い言質を取っても主観的な安心が伴うとは限らない。言質は条件の話、安心は関係と手続きの話で別の目盛りで測られる
- この間に確からしくなったのは言質を取れば安心という約束ではなく、記憶と公正感は自己奉仕的にずれ、拘束を強めると信頼が揺らぐことがあり、安心は条件とは別の主観的な次元にあるという歪みの側の事実である。だから言質を取ることより、合意した内容をその場で双方の言葉で確かめ合い、記憶が固まる前にずれを直すことが効く
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 口頭でしっかり言質を取っておけば、後で言った言わないにならず安心だ | 口頭合意の記憶は中立ではない。Thompson & Loewenstein 1992は人が公正を自己中心的に解釈すると示し、Babcock & Loewenstein 1997は決裂の大きな一因がこの自己奉仕バイアスで教員組合の実交渉でも裏づけられると総括した。言った言わないは双方が誠実なまま自分に有利に記憶がずれることで起きる。言質を取ったという自分の記憶自体がこの傾向の外にはいない |
| 口約束が危ういなら、厳しい取り決めで強く縛っておけば確実に安心できる | 強く縛れば安心とも言えない。Malhotra & Murnighan 2002は拘束を強める取り決めがかえって当事者間の信頼を損なうことがあると示した。強く縛るほど「縛らないと守らない相手だ」という前提が関係の底に置かれ、約束が守られても拘束の結果と解釈され、自発的な信頼が育ちにくくなる。強い言質は守らせる力を上げる一方で信頼という別の資産を削ることがあり、安心は縛りの強さだけでは買えない |
| 有利な条件で言質を固めれば、それがそのまま安心につながる | 安心は条件とは別の次元にある。Loewensteinら1989は人が交渉結果を相手との比較のなかで評価すると示し(同じ条件でも相手が得しすぎと感じれば満足が下がる)、Curhanら2006は交渉に手続きの公正さ・関係の維持・尊重といった主観的価値の次元があると示した。安心はこちらに属するため、条件の上で強い言質を取っても主観的な安心が自動では伴わない。言質は条件の話、安心は関係と手続きの話である |
皮肉なのは、いちばん強く「言質を取った」と信じている人ほど、その言質の中身を、いちばん自分に都合よく記憶していることである。相手も、まったく同じことをしている——どちらも嘘をつかないまま、二つの誠実な記憶が、少しずつ別の方向へずれていく。強く縛れば守らせる力は上がるが、そのぶん「縛らないと守らない相手だ」という前提が関係の底に沈み、信頼という別の資産が静かに減る。言質は、たしかに取れる。ただ、取った瞬間に安心だと思えたその感触こそが、後で食い違う記憶の、最初の一滴かもしれない。
Q1. この単位の手がかりは ____ バイアス——人は自分に都合よく事実を解釈・記憶する傾向である。だから「言った・言わない」は、どちらかが嘘をつくのではなく、双方が ____ なまま、自分に有利に ____ がずれることで起きる。穴埋め
Q2. Babcockら1993が示談前交渉で示したことを述べ、この単位が「あなたのこの交渉では必ずこうなる」とは言えないと断る理由(この棚の通奏低音)にも触れよ。一問一答
Q3. Malhotra & Murnighan 2002が示した「拘束を強める取り決め」の効果として、この単位の説明に合うものはどれか。選択
Q4. 「言質は条件の話、安心は関係と手続きの話」とはどういうことか。Loewensteinら1989とCurhanら2006に触れて述べよ。一問一答
Q5. 交渉の記憶と価値をめぐる研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Malhotra & Murnighanが拘束的契約の信頼への副作用を示す(イ)Loewensteinらが結果は相手との比較で評価されると示す(ウ)Curhanらが交渉の主観的価値を地図にする(エ)Thompson & Loewensteinが公正の自己中心的解釈を示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が過去にした口頭の約束(取引条件・支払い・役割分担など)を一つ思い出す。それについて、(1)自分はどう合意したと記憶しているか、(2)相手はどう記憶しているだろうか(相手の立場に立って、自分とどう食い違いうるかを想像する)を、それぞれ一〜二文で書き出す。二つのずれに印を付ける。最後に、次に同じような合意をする場面が来たとき、その場で双方の記憶をそろえるための確認の一文(『いま決めたのは、こういうことですね』の形)を、自分の言葉で一つ用意する。相手を試したり探ったりする必要はなく、自分の記憶の癖と、確かめ方だけを、自分の手元で点検して完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Thompson L., Loewenstein G. (1992) ‘Egocentric interpretations of fairness and interpersonal conflict’, Organizational Behavior and Human Decision Processes 51(2):176-197 — doi.org
- Babcock L., Loewenstein G., Issacharoff S. (1993) ‘Self-Serving Assessments of Fairness and Pretrial Bargaining’, The Journal of Legal Studies 22(1):135-159 — doi.org
- Babcock L., Loewenstein G. (1997) ‘Explaining Bargaining Impasse: The Role of Self-Serving Biases’, Journal of Economic Perspectives 11(1):109-126 — doi.org
- Malhotra D., Murnighan J.K. (2002) ‘The Effects of Contracts on Interpersonal Trust’, Administrative Science Quarterly 47(3):534-559 — doi.org
- Loewenstein G.F., Thompson L., Bazerman M.H. (1989) ‘Social utility and decision making in interpersonal contexts’, Journal of Personality and Social Psychology 57(3):426-441 — doi.org
- Curhan J.R., Elfenbein H.A., Xu H. (2006) ‘What do people value when they negotiate? Mapping the domain of subjective value in negotiation’, Journal of Personality and Social Psychology 91(3):493-512 — doi.org