「法務は攻めの武器になる」——だが、防げたもめごとは数えられず、攻めは守りの上にしか立たない
法務を武器に変えるには、守りから攻めへ発想を変えればいい、と教わる。皮肉なことに、法務がいちばんいい仕事をした年ほど、いちばん存在感が薄い。何も起こらないからだ。その静けさは、どこかで誰かが契約の一行を丁寧に書き、怪しい取引に早めに口を出した結果かもしれない。だが、起こらなかった災難は、感謝もされず予算もつかない。
前の単位では、弁護士をいつ・どう使うかの設計を扱った。ここでは、守りに見える法務を、攻めの武器に変えられるのか——法務を武器に変えるにはどうすればいいのかを扱う。そして、これがこの棚の最後の単位である。
「法務は、守りだけの部門ではない。攻めの武器にもなる」——これが、この単位が向き合う俗説であり、この棚を締める最後の問いである。まず、この棚が16回くり返してきた見方を、最後にもう一度置く。★449で、この棚は正面から言った——条文と判例は実在する。だが「テンプレで守れる」「研修で防げる」という道具の効き目は、ほとんど測られていない。法の実在と、道具の証明は、別物である。 テンプレート、チェックリスト、研修、管理の仕組み——法務の道具はどれも、効果の実証がきわめて薄かった。この見方を手に、最後の問いへ入る。
「攻めの法務」という物語は、どこから来たか
「法務を守りから攻めへ」という言い方には、由緒がある。日本では、経済産業省が設けた研究会が、法務機能を二つに分けて整理した——ルールを守らせ会社を危険から守るガーディアン(守り)の機能と、事業を前に進める判断を助けるパートナー(攻め)の機能だ。この整理は広く引かれ、「法務は攻めの武器になる」という物語のよりどころになっている。枠組みそのものは、公的な報告書に由来する確かな事実である。 ただし、枠組みが在ることと、その通りに変身できることは、別だ。地図があっても、その道が実際に歩けるとは限らないのと同じである。 ただし、ここで立ち止まりたい。守りと攻めという二つの顔は、いつも仲良く両立するわけではない。ルールを守らせる番人であることと、事業を前に進める相棒であることは、しばしば引っ張り合う。2000年、Nelson と Nielsen が *Law & Society Review* 誌 34(2):457-494 で、社内の法務担当者が、警官(統制する人)・助言者・起業家という複数の役割のあいだで緊張していることを示したように、「攻めの武器」への変身は、自動では起きない。
予防の効果は、そもそも測れない
ここが、この棚のいちばん深いところだ。法務がいちばん価値を生むのは、もめごとを未然に防いだときである。だが、防いだもめごとは、起きなかったのだから、数えられない。 2009年、Parker と Nielsen が *Annual Review of Law and Social Science* 誌 5:45-70 で、企業のコンプライアンス(法令の遵守)の効果を実証的に測ることが、そもそもどれほど難しいかを整理した。遵守や予防が「効いた」かどうかは、それをしなかったらどうなっていたかという、決して観測できない反実仮想と比べるしかない。1996年、Suchman と Cahill が *Law & Social Inquiry* 誌 21(3):679-712 で、ある地域の弁護士たちが、紛争を表に出さずに抑え込む——もめさせないという、見えない仕事をしていることを描いたように、予防法務の成果は、その性質上、目に見えない。うまくいった予防ほど、何も起きないので、誰の記憶にも残らない。火事を消した消防士は称賛されるが、そもそも火を出さないように配線を直した電気屋は、感謝すらされない。ここに、この単位の「証拠の読み違え方」がある——測れないもの(防げたもめごと)を、無かったこと(成果ゼロ)と取り違える。
測れないものは、軽んじられ、削られる
測れないことには、静かな代償がある。成果が数字に出ないものは、価値が無いかのように扱われ、真っ先に削られる。 うまく予防できている会社ほど、もめごとが起きないから、「法務は暇そうだ」「なくても回るのでは」と見なされ、投資を減らされる。そして減らした数年後に、防げていたはずの事件が起きてから、その価値がようやく数えられる——失われたかたちで。2011年、Edelman と Talesh が編著の一章で、組織が「遵守している」という状態を、実質を伴わないまま象徴的に構築してしまうことがあると論じたように、「整えた」コンプライアンスが、見せかけの化粧に留まることもある。2010年、Short と Toffel が *Administrative Science Quarterly* 誌 55(3):361-396 で、自主的な取り組みが単なる象徴に終わるか、実質を伴うかは、法的な環境などの条件に大きく左右されることを示した。規程を作った、研修をやった、という事実は、それだけでは実質を保証しない。攻めの武器どころか、守りさえ、形だけになりうる。だからこそ、予防の価値を、事件が起きる前に、自分の言葉で言語化しておくことが要る。数えられないものを守るには、まず、その価値を口に出せるようにしておくしかない。誰も測ってくれないなら、せめて自分だけは、その静かな成果を数えておくことだ。
では、法務は、いつ武器になるのか
では、法務が本当に攻めに転じるのは、どういうときか。それは、義務だからしぶしぶ守る、という水準を超えたときだ。2004年、Gunningham・Kagan・Thornton が *Law & Social Inquiry* 誌 29(2):307-341 で、企業がなぜ法が求める以上のこと(ビヨンド・コンプライアンス)をするのかを調べ、法的な義務だけでなく、社会からの信頼——いわば「操業を続けてよいという社会の許し」を保つ動機が働くことを示した。法務が武器になるのは、規則を守らせる番人としてではなく、信頼を資産として積み上げ、事業の意思決定に早い段階から関わるときだ。だがそれは、テンプレートや研修を導入すれば自動で手に入るものではない。★449以来この棚が見てきたとおり、道具の効き目は測られておらず、攻めへの変身は、道具の購入では買えない。武器になるかどうかは、守りが本当に固まっているか——記録され、履行され、信頼として積み上がっているか——にかかっている。攻めの法務とは、新しい派手な部門を作ることではなく、地味な守りが積み重なった結果、事業の判断に「早めに一言」を差し込めるだけの信頼を得ている状態のことだ。その信頼は、契約を守り、約束を果たし、記録を残してきた、退屈な日々の積分である。近道はない。
時間・変化:1996年から2011年へ
順に置く。1996年、Suchman と Cahill が、弁護士のもめさせないという見えない仕事を描く。2000年、Nelson と Nielsen が、社内法務が警官・助言者・起業家の役割のあいだで緊張していることを示す。2004年、Gunningham らが、企業が法を超えて動く動機——社会からの信頼を示す。2009年、Parker と Nielsen が、コンプライアンスの効果を測ること自体の難しさを整理する。2011年、Edelman と Talesh が、遵守が象徴的に構築されうることを論じる。この十五年ほどで確からしくなったのは、「法務は攻めの武器になる」という約束ではない。確からしくなったのは、予防の効果は原理的に測りにくく、測れないものは軽んじられ、攻めへの変身は道具では買えない——という向きのほうだ。この十五年の研究は、法務を華やかに売り込む言葉を裏づけるのではなく、むしろ、その言葉が飛ばしている地味な前提——守りが本当に固まっているか——を、静かに照らし出してきた。
この棚を締める——もめなかった日は、数えられない
ここで、この棚を締める。最後にたどり着いたのが「法務を武器に」であることには、意味がある。法務が本当に武器になるのは、派手な訴訟に勝った日ではない。もめずに終わった、無数の平穏な日のほうだ。だが、その日は、数えられない。 契約書の一行が効いて、起こらずに済んだ紛争。早めの一言で、こじれずに済んだ取引。それらは統計にも、成果報告にも、決して現れない。これが、通奏低音②の回収である——法務が武器になるのは、訴訟に勝った日ではなく、もめずに終わった無数の日である。そして、もめなかった日は、数えられない。
そして、これがこの棚の構造そのものだ。この棚は、標準契約(★449)から始まり、権利、運用のリスク、有事とたどって、最後に予防へ帰ってきた。いちばん強い予防法務は、有事の派手な立ち回りではなく、いちばん最初に置いた、退屈な標準契約のほうにある。 もめごとの大半は、契約の入口の一行が曖昧だったところから生まれ、そこがきちんと書かれていれば、そもそも起こらない。だから、この棚の出口は、入口に戻る。攻めの法務を探して部門を飾り立てる前に、★449へ——自分の商いの、いちばん基本の約束事が、きちんと書かれ、履行され、記録されているかへ、戻ることである。 ★が棚の入口にあるのは、飾りではない。すべての予防が、そこから始まるからだ。派手な有事の立ち回りに憧れるより、退屈な契約の一行を丁寧に整えるほうが、統計的にも、実務的にも、はるかに多くのもめごとを未然に消している。
この棚は、訴えられない魔法も、法務を武器に変える必殺技も、一つも教えなかった。渡したのは、二つの問いだけだ——その道具の効き目は、誰が測ったのか。そして、あなたがいちばん誇るべき成果は、たぶん、何も起こらなかったせいで、誰にも数えられていないのではないか。 この二つの問いを手元に置いておけるなら、あなたの法務は、派手さは無いまま、それでも、いちばん静かなかたちで、事業をいちばん深く守っている。それが、この棚が最後に手渡したい構えである。
- この棚の締めの単位。守りから攻めへには由緒がある。経済産業省の研究会が法務機能を、会社を守るガーディアン(守り)と、事業を前に進めるパートナー(攻め)に整理した。枠組みそのものは公的報告書に由来する確かな事実。ただし二つの顔はいつも両立せず、Nelson・Nielsen 2000(Law & Society Review 34(2):457-494)は社内法務が警官・助言者・起業家の役割で緊張すると示した。攻めへの変身は自動では起きない
- 法務がいちばん価値を生むのは未然に防いだときだが、防いだもめごとは起きなかったのだから数えられない。Parker・Nielsen 2009(Annual Review of Law and Social Science 5:45-70)はコンプライアンスの効果を測ることの難しさを整理した。効いたかは、それをしなかったらどうなったかという観測できない反実仮想と比べるしかない。証拠の読み違え方は、測れないもの(防げたもめごと)を無かったこと(成果ゼロ)と取り違えること
- Suchman・Cahill 1996(Law & Social Inquiry 21(3):679-712)は、弁護士たちが紛争を表に出さず抑え込む、もめさせないという見えない仕事を描いた。予防法務の成果はその性質上、目に見えない。測れないことには代償がある——成果が数字に出ないものは真っ先に削られる
- うまく予防できている会社ほどもめごとが起きず、法務は暇そう・なくても回るのではと見なされ投資を減らされる。数年後に防げたはずの事件が起きてから価値がようやく数えられる——失われたかたちで。Edelman・Talesh 2011は遵守という状態が象徴的に構築されうると論じ、Short・Toffel 2010(Administrative Science Quarterly 55(3):361-396)は象徴か実質かが法的環境などの条件に左右されると示した。整えた遵守が化粧に留まることもある
- Gunningham・Kagan・Thornton 2004(Law & Social Inquiry 29(2):307-341)は、企業がなぜ法が求める以上のこと(ビヨンド・コンプライアンス)をするのかを調べ、法的義務だけでなく社会からの信頼(操業の許し)を保つ動機が働くと示した。法務が武器になるのは番人としてではなく信頼を積み事業の判断に早くから関わるとき。だが道具では買えない
- 通奏低音②の回収(棚締め)——法務が武器になるのは、訴訟に勝った日ではなく、もめずに終わった無数の日である。そして、もめなかった日は、数えられない。契約書の一行が効いて起こらずに済んだ紛争や、早めの一言でこじれずに済んだ取引は、統計にも成果報告にも現れない。予防の効果は反実仮想で原理的に測りにくいという構造そのものが、この棚が予防で終わる理由
- この棚の構造そのもの。標準契約(★449)から始まり権利・運用のリスク・有事とたどって最後に予防へ帰る円環。いちばん強い予防法務は有事の派手な立ち回りではなく、最初に置いた退屈な標準契約のほうにある。もめごとの大半は契約の入口の一行が曖昧なところから生まれ、きちんと書かれていれば起こらない。棚の出口は入口に戻り、攻めの法務を探す前に★449へ戻る
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 法務は守りだけの部門ではない。発想を変えれば、そのまま攻めの武器になる | 守り(ガーディアン)と攻め(パートナー)の枠組みは経済産業省の研究会報告書に由来する確かな事実だが、二つの顔はいつも両立しない。番人と相棒はしばしば引っ張り合う。Nelson・Nielsen 2000は社内法務が警官・助言者・起業家の役割で緊張すると示した。攻めへの変身は自動では起きず、道具の導入で買えるものではない |
| 法務の成果は、防いだトラブルの数や削減したリスクとして、きちんと数えて示せるはずだ | 法務がいちばん価値を生むのは未然に防いだときだが、防いだもめごとは起きなかったのだから数えられない。Parker・Nielsen 2009はコンプライアンスの効果を測ることの難しさを整理し、効いたかは反実仮想と比べるしかないと示す。測れないもの(防げたもめごと)を無かったこと(成果ゼロ)と取り違えてはならない |
| コンプライアンスの体制を整えて規程やチェックの仕組みを作れば、それで守りは万全になる | Edelman・Talesh 2011は遵守という状態が実質を伴わず象徴的に構築されうると論じ、Short・Toffel 2010は象徴か実質かが法的環境などの条件に左右されると示した。整えた遵守が化粧に留まり、攻めどころか守りさえ形だけになりうる。★449以来この棚が見てきたとおり道具の効き目は測られておらず、武器になるかは守りが固まっているかにかかる。 |
皮肉なのは、法務がいちばんいい仕事をした年ほど、いちばん存在感が薄い、ということだ。何も起こらないからだ。訴訟も、炎上も、督促もない。静かな一年。その静けさは、たまたまではなく、どこかで誰かが契約の一行を丁寧に書き、怪しい取引に早めに口を出した結果かもしれない。だが、起こらなかった災難には、感謝も予算もつかない。法務の最大の敵は、相手方でも裁判所でもない。何も起きていないのだからいらないのでは、という平穏がもたらす忘却である。だから、静かな一年を過ごせたなら、それを運のせいにしないことだ。数えられないその静けさこそが、この棚がずっと守ろうとしてきた、いちばんの成果なのだから。
Q1. 「法務は攻めの武器になる」という言い方の落とし穴を、守り(ガーディアン)と攻め(パートナー)の関係、および Nelson・Nielsen 2000 に触れて説明せよ。一問一答
Q2. Parker・Nielsen 2009 が示した「予防の効果は測れない」という論点の核心として、もっとも正しいものはどれか。選択
Q3. 測れないことには代償がある。成果が数字に出ないものは真っ先に ____ 。うまく予防できている会社ほど、もめごとが ____ から法務は暇そうだと見なされ投資を減らされ、数年後に防げたはずの ____ が起きてから、価値が失われたかたちで ____ 。穴埋め
Q4. この棚が最後に「予防」で終わり、★449の標準契約へ帰ることには、どんな意味があるか。通奏低音②を書き、この棚の円環の構造に触れて説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を年の早い順に並べよ。(ア)Nelson・Nielsen が社内法務の役割の緊張を示す(イ)Suchman・Cahill が弁護士のもめさせない見えない仕事を描く(ウ)Parker・Nielsen がコンプライアンスの効果測定の難しさを整理する(エ)Gunningham らが企業が法を超えて動く動機を示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分の商いで、もめずに済んだ場面、あるいはもめずに済ませたい場面を一つ思い浮かべる——支払いの行き違いが起きなかった取引、契約前に条件を書き交わした案件など。三つを書く。(1)もめごとを防いだ(防げる)のは、どんな仕組みや一手か——契約の一行、早めの一言、残した記録など。(2)その予防の価値は、何も起きなければ誰かに数えられるか。数えられないなら、自分でどう言葉にしておくか。(3)その予防の土台は、この棚の入口=基本の約束事(標準的な契約や取り決め)にどうつながるか。取引先や従業員を疑いの目で観察・詮索しない。点検するのは自分の予防の仕組みだけ。一人で商いを回す場合も、自分の約束事の入口について同じ三つを書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Nelson R.L., Nielsen L.B. (2000) ‘Cops, Counsel, and Entrepreneurs: Constructing the Role of Inside Counsel in Large Corporations’, Law & Society Review 34(2):457-494 — doi.org
- Parker C., Nielsen V.L. (2009) ‘The Challenge of Empirical Research on Business Compliance in Regulatory Capitalism’, Annual Review of Law and Social Science 5:45-70 — doi.org
- Suchman M.C., Cahill M.L. (1996) ‘The Hired Gun as Facilitator: Lawyers and the Suppression of Business Disputes in Silicon Valley’, Law & Social Inquiry 21(3):679-712 — doi.org
- Edelman L.B., Talesh S.A. (2011) ‘To Comply or Not to Comply – That Isn’t the Question: How Organizations Construct the Meaning of Compliance’, in Explaining Compliance, Edward Elgar — doi.org
- Gunningham N., Kagan R.A., Thornton D. (2004) ‘Social License and Environmental Protection: Why Businesses Go Beyond Compliance’, Law & Social Inquiry 29(2):307-341 — doi.org
- Short J.L., Toffel M.W. (2010) ‘Making Self-Regulation More Than Merely Symbolic: The Critical Role of the Legal Environment’, Administrative Science Quarterly 55(3):361-396 — doi.org