「管理会計を入れれば攻めに変わる」——だが、攻めは、守りの仕訳の上にしか立たない
経理を守りから攻めに変えるには、管理会計の手法を入れればいい、と教わる。皮肉なことに、攻めに変わりたい人ほど、守りを飛ばして新しい手法へ手を伸ばす。新しい原価計算、新しい指標、新しいダッシュボード——名前を一つ増やすたびに、攻めに近づいた気がする。だが、その数字が数えているものの記録がぶれていれば、増えたのは読めない数字の種類だけだ。攻めは、守りの一行の上にしか立たない。
前の単位では、部門ごとに数字を割って見せる——その割り方の恣意性を扱った。ここでは、守りの経理を攻めに変えられるのか——管理会計を入れれば記録係が経営の武器になるのかを扱う。そして、これがこの棚の最後の単位である。
「守りの経理を、攻めに変えたい。管理会計の手法を入れれば、経理は攻めに変わる」——これが、この単位が向き合う俗説であり、この棚を締める最後の問いである。まず、この棚が16回くり返してきた二つの見方を、最後にもう一度置く。★418で、この棚は正面から言った——制度の条文は実在する。だが「自動化で工数◯割減」「不正で売上の◯%」といった効果の数字は、道具の売り手と調査団体の自己申告から来ている。条文の実在と、効果の証明は、別物である。 そして★418は、もう一つのことを土台として据えた——記録の言語(どの勘定科目で、どう数えるか)が揃わないうちは、月次も、部門別損益も、経営への報告も成立しない。 この二つを手に、最後の問いへ入る。
手法を入れれば攻めに変わる、のか——ABCパラドックス
「攻めの経理」の代表として語られてきた手法の一つに、活動基準原価計算(ABC=活動ごとにコストを捉え直す原価計算の手法)がある。だが、この手法の広がり方には、古くから不思議が指摘されている。1997年、Gosselin が *Accounting, Organizations and Society* 誌 22(2):105-122 で示したのが、後にABCパラドックスと呼ばれる現象だ——多くの組織が関心を持ち、検討し、試しさえするのに、実際に定着させて使い続ける組織はずっと少ない。 導入の意思と、実装の定着のあいだに、溝がある。
同じ1997年、Malmi が *Management Accounting Research* 誌 8(4):459-480 で、ある分権的な組織でABCがなぜ定着しなかったのかを事例として追い、手法が現場で根付かない理由を描いた。手法は、入れると決めることと、根付くことが、まるで違う。ここに、この単位の「証拠の読み違え方」がある——手法を導入したこと(決めた・試した)を、攻めに変わったこと(根付き、判断を変えた)と取り違える。 管理会計を入れたは、経理が攻めに変わったを意味しない。
「攻めの経理」の物語は、流行かもしれない
なぜ、定着しないのに、次々と新しい手法が「これで攻めに変わる」と語られ続けるのか。1996年、Abrahamson が *Academy of Management Review* 誌 21(1):254-285 の『Management Fashion』で、経営手法には流行があると論じた。新しい手法が、確かな効果の証明より先に、期待とともに広まり、やがて熱が冷める——衣服の流行のように、手法もまた流行する。「攻めの経理」という物語も、この波に乗って語られている可能性がある。
その波は、数えられる。2002年、Bjørnenak と Mitchell が *European Accounting Review* 誌 11(3):481-508 で、ABCをめぐって1987年から2000年までに書かれた文献そのものの盛衰を分析し、手法をめぐる関心が、立ち上がり、山を越え、やがて衰えていく波を描くことを示した。文献の数の増減が、流行の温度計になる。ここで大切なのは、生き残って語られる物語の偏りだ——うまくいった事例は繰り返し語られ、根付かなかった多くは語られない。 成功譚だけを見て、静かに消えていった多くの試みを見落とすと、手法の力を過大に見積もる。
効果を示す数字もある——だが、両面で読む
公平のために言う。手法に効果があったとする実証も、確かに存在する。 2001年、Kennedy と Affleck-Graves が *Journal of Management Accounting Research* 誌 13(1):19-45 で、ABCを採用した英国企業が、導入から数年で、採用しなかった似た企業を業績で約27%上回った、とする結果を報告した。数字だけ見れば、「だから入れれば勝てる」と言いたくなる。
だが、ここでこそ、この棚の見方が効く。この27%は、両面で読まなければならない。 一方で、これは手法の効果を示す肯定的な証拠だ。他方で、どの企業がABCを採用したかは偶然ではなく、もともと管理に熱心で、変化に取り組む力のある企業が採用したという選択の偏りが残る。効果に見えるものの一部は、手法ではなく、その手法を選べた企業の性質かもしれない。だからこの数字を、「入れれば27%勝てる」の断定には使えない。 使えるのは、通奏低音①の締めとしてだ——制度も手法も実在し、効果を示す数字も出る。だが、それが手法そのものの力なのかは、選択の偏りと文脈を差し引くまで証明されていない。 条文の実在と、効果の証明は、やはり別物である。
時間・変化:1996年から2002年へ
順に置く。1996年、Abrahamson が、経営手法には流行があり、効果の証明より先に期待とともに広まると論じる。1997年、Gosselin が、多くが検討・試行するのに定着は少ないというABCパラドックスを示し、Malmi が、ある組織でABCが根付かなかった事例を追う。1999年、Malmi が、ABCの普及がブームのような波を描いて広がっていく様子を実証する。2001年、Kennedy と Affleck-Graves が、ABC採用企業が約27%上回るという肯定的な効果を報告する(ただし選択の偏りは残る)。2002年、Bjørnenak と Mitchell が、手法をめぐる文献そのものの盛衰の波を描く。
この十年ほどで確からしくなったのは、「管理会計を入れれば攻めに変わる」ではない。確からしくなったのは、手法は入れると決めても根付くとは限らず、広がりには流行の波があり、効果を示す数字も選択の偏りと文脈を差し引いて読む必要がある——という向きのほうだ。手法は道具であって、攻めそのものではない。
この棚を締める——攻めは、守りの上にしか立たない
ここで、この棚が最初に土台を据えた場所に、最後に戻る。棚頭は417——月次をどれだけ速く締めるか、という入口だった。だが、この棚の★は、そこではなかった。★は、順番の二番目、418——仕訳、つまり記録の言語に置かれていた。なぜ、入口ではなく、その次に★があるのか。この棚のすべてが、そこに答えている。
月次を速く締めることも(417)、日々の規律も、統制の仕組みも、そして固定資産も、月次報告も、部門別損益も、いまこの最後の管理会計も——どれもが、記録の言語が揃っていることの上に立っている。 勘定科目がその都度ぶれていれば、月次は速くても中身がずれ、部門に割った数字は割り方以前に土台がほどけ、経営に届けても読めない。だから★は、華やかな入口ではなく、地味な記録の言語のところにある。★が順番の二番目にあることそのものが、この棚の結論だ。
そして、これが通奏低音②の回収である。数字は、経営に届いた瞬間に武器になるのではない。記録の言語が揃っていない数字は、届いても読めない。攻めの管理会計は、守りの仕訳の上にしか立たない。 手法を入れることが攻めを生むのではない。攻めは、正確な記録という守りの上に、後からしか載らない。守りが揺れている商いに手法だけを足しても、揺れた土台の上に精巧な計器を載せることになる。
この棚は、経理を攻めに変える魔法の手法を、一つも教えなかった。渡したのは、二つの見方だけだ——その効率化や不正の数字は、誰が作ったのか。そして、その数字は、揃った記録の言語の上に、ちゃんと立っているのか。 攻めに変わりたいなら、新しい手法を探す前に、★418へ——自分の記録の言語が揃っているかへ、一度戻ることである。帳簿は、税務署のためではなく、まず自分が自分の商いを知るためにある。 攻めとは、その帳簿を、自分のために読み返せるようになることだ。
- この棚の締めの単位。管理会計の手法を入れれば経理が攻めに変わるのか。Gosselin 1997(Accounting, Organizations and Society 22(2):105-122)が示したABCパラドックス——多くの組織が活動基準原価計算(ABC)を検討・試行するのに、定着させて使い続ける組織はずっと少ない。導入の意思と実装の定着のあいだに大きな溝がある。手法を導入したこと(決めた・試した)を、攻めに変わったこと(根付き判断を変えた)と取り違えてはならない
- Malmi 1997(Management Accounting Research 8(4):459-480)はある分権的な組織でABCが定着しなかった事例を追い、Malmi 1999(Accounting, Organizations and Society 24(8):649-672)はABCの普及がブームのような波を描いて広がる様子を実証した。手法は、入れると決めることと、現場に根付くことが、まるで違う
- Abrahamson 1996(Academy of Management Review 21(1):254-285『Management Fashion』)は、経営手法には流行があり、確かな効果の証明より先に期待とともに広まりやがて熱が冷めると論じた。攻めの経理という物語もこの流行の波に乗っている可能性がある。うまくいった事例は繰り返し語られ根付かなかった多くは語られないため、成功譚だけを見ると手法の力を過大に見積もる
- Bjørnenak・Mitchell 2002(European Accounting Review 11(3):481-508)は、ABCをめぐって1987年から2000年までに書かれた文献そのものの盛衰を分析し、手法をめぐる関心が立ち上がり山を越えやがて衰える波を描くことを示した。文献の数の増減が流行の温度計になる
- Kennedy・Affleck-Graves 2001(Journal of Management Accounting Research 13(1):19-45)は、ABCを採用した英国企業が導入から数年で採用しなかった似た企業を業績で約27%上回ったと報告した。ただしこの数字は両面で読む——どの企業が採用したかには選択の偏り(もともと管理に熱心な企業が採用)が残るため、入れれば27%勝てるの断定には使えない。効果の数字が出ても条文の実在と効果の証明は別物である(通奏低音①の締め)
- 通奏低音②の回収(棚締め)——数字は経営に届いた瞬間に武器になるのではない。記録の言語(★418=勘定科目でどう数えるか)が揃っていない数字は、届いても読めない。攻めの管理会計は、守りの仕訳の上にしか立たない。手法を入れることが攻めを生むのではなく、攻めは正確な記録という守りの上に後からしか載らない
- 棚頭は417(月次を速く締める入口)だが★ではない。★は順番の二番目418(仕訳=記録の言語)に置かれた。月次・日々の規律・統制・固定資産・報告・部門別損益・管理会計のどれもが記録の言語が揃うことの上に立つため、★は華やかな入口ではなく地味な記録の言語のところにある。★が順2にあることそのものがこの棚の結論。攻めに変わりたいなら新しい手法を探す前に★418へ戻る。帳簿は税務署のためでなく自分が自分の商いを知るためにある
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 管理会計の手法(新しい原価計算や指標)を導入すれば、守りの記録係だった経理は、経営の武器=攻めに変わる | Gosselin 1997のABCパラドックスのとおり、多くの組織が手法を検討・試行するのに定着して使い続ける組織はずっと少なく、Malmi 1997・1999は定着しない事例と普及がブームの波を描くことを示した。手法は入れると決めることと根付くことがまるで違う。手法を導入したこと(決めた・試した)を、攻めに変わったこと(根付き判断を変えた)と取り違えてはならない |
| ABCを採用した企業が約27%も業績で上回ったという実証があるのだから、手法を入れれば勝てる | Kennedy・Affleck-Graves 2001はその約27%を報告したが、この数字は両面で読む必要がある。どの企業がABCを採用したかは偶然ではなく、もともと管理に熱心で変化に取り組む力のある企業が採用したという選択の偏りが残る。効果に見えるものの一部は手法ではなくその手法を選べた企業の性質かもしれず、入れれば27%勝てるの断定には使えない。条文の実在と、効果の証明は別物である(通奏低音①) |
| 攻めの経理に変わった成功事例がたくさん語られているのだから、同じ手法を入れれば自分も変われる | Abrahamson 1996のManagement Fashionは、経営手法が効果の証明より先に期待とともに広まり熱が冷める流行を持つと論じ、Bjørnenak・Mitchell 2002は手法をめぐる文献の盛衰の波を実証した。うまくいった事例は繰り返し語られ、根付かなかった多くは語られない。成功譚だけを見て静かに消えた試みを見落とすと、手法の力を過大に見積もる |
皮肉なのは、経理を攻めに変えたい人ほど、守りを飛ばして手法へ手を伸ばしたくなることである。新しい原価計算、新しい指標、新しいダッシュボード——名前を一つ増やすたびに、攻めに近づいた気がする。だが、名前をいくつ増やしても、その数字が数えているものの記録がぶれていれば、増えたのは読めない数字の種類だけだ。この棚がわざわざ入口ではなく順番の二番目に★を置いたのは、そのためだった。攻めの一手は、いつも、守りの一行の上にある。だから経理を攻めに変える最短の道は、たぶん、いちばん地味な問いに戻ることだ——その仕訳は、同じ言葉で、切られているか。答えがまだ揺れているなら、攻めは、もう少し先にある。
Q1. 「管理会計を入れれば攻めに変わる」という言い方の飛躍を、Gosselin 1997 の「ABCパラドックス」を使って説明せよ。何を何と取り違えているのかにも触れること。一問一答
Q2. Kennedy・Affleck-Graves 2001 の「ABC採用企業が約27%上回った」という数字を、この単位はどう扱うべきだとしているか。選択
Q3. Abrahamson 1996 の『Management Fashion』は、経営手法には ____ があり、確かな効果の ____ より先に ____ とともに広まりやがて熱が冷めると論じた。うまくいった事例は繰り返し語られ、____ 多くは語られないため、成功譚だけを見ると手法の力を過大に見積もる。穴埋め
Q4. この棚の締めとして、通奏低音②を書き、なぜ★(着手起点)が棚頭417ではなく順番2番目の418に置かれていることが「この棚の結論」なのかを説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Gosselin がABCパラドックスを示す(イ)Abrahamson が経営手法には流行があると論じる(ウ)Bjørnenak・Mitchell が手法をめぐる文献の盛衰の波を描く(エ)Kennedy・Affleck-Graves がABC採用企業が約27%上回ると報告する並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。経営の判断に使いたい自分の数字を一つ選ぶ——ある商品の粗利でも、ある月の経費でも、部門や区分の損益でもよい。攻めに使う前に、その数字の守りを点検する。(1)その数字を作っているおおもとの記録が、いつも同じ勘定科目・同じ数え方で切られているかを確かめ、揃っている・ぶれていると書く。(2)ぶれているなら、その数字を判断に使うのはまだ早い、と一言メモする。(3)揃っているなら、その数字で何を判断するかを一行書く。従業員や取引先を疑いの目で点検しない。自分の記録の言語(科目・数え方)だけを点検する。一人で全部を回している場合も、自分が切った仕訳の言葉が揃っているかを、同じ手順で確かめればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Gosselin M. (1997) ‘The Effect of Strategy and Organizational Structure on the Adoption and Implementation of Activity-Based Costing’, Accounting, Organizations and Society 22(2):105-122 — doi.org
- Malmi T. (1997) ‘Towards Explaining Activity-Based Costing Failure: Accounting and Control in a Decentralized Organization’, Management Accounting Research 8(4):459-480 — doi.org
- Malmi T. (1999) ‘Activity-Based Costing Diffusion across Organizations: An Exploratory Empirical Analysis of Finnish Firms’, Accounting, Organizations and Society 24(8):649-672 — doi.org
- Kennedy T., Affleck-Graves J. (2001) ‘The Impact of Activity-Based Costing Techniques on Firm Performance’, Journal of Management Accounting Research 13(1):19-45 — doi.org
- Bjørnenak T., Mitchell F. (2002) ‘The Development of Activity-Based Costing Journal Literature, 1987-2000’, European Accounting Review 11(3):481-508 — doi.org
- Abrahamson E. (1996) ‘Management Fashion’, Academy of Management Review 21(1):254-285 — doi.org