「置いていくよ」と言った夜から、子は帳簿をつけ始める
たいていの親は、子に「ウソをつくな」と教えながら、その説得の道具にウソを使う。米国の調査では親の84%、中国では98%が、子の行動を変えるためにウソをついたと認めた。いちばん人気の演目は「言うことを聞かないなら、置いていくよ」——つまり、家庭でいちばん流通している教材は、誠実の反対側にある。
前の単位が家から減らしたもの、この単位が家に増やすもの
前の単位 040「非攻撃」は、叩くこと・怒鳴ることが家庭内でほとんど元を取れない投資であることを、賛否両論ごと検討した。攻撃を減らしたあとの家には、静かな問いが残る。攻撃の代わりに、私たちは何を使って家族を動かしているのか。
答えの一つは、あまり誇れないものだ。ウソである。脅しのウソ、方便のウソ、その場しのぎの約束。攻撃よりずっと目立たないが、こちらも請求書が来る。しかも興味深いことに、罰の強さとウソは連動する。タルワーとリーが2011年に Child Development で報告した自然実験では、西アフリカの同じ地域にある2つの私立学校——体罰を使う学校と、叱責やタイムアウトで済ませる学校——の3〜4歳児に、おもちゃを見ないよう告げて席を外す課題を出した。のぞいた子のうち、のぞいたことを隠してウソをついた割合は、罰の緩い学校では半分あまり。体罰の学校では、ほぼ全員だった。しかも体罰校の子のほうが、追及されてもウソを押し通す技術が高かった。罰は正直さを育てない。ウソの腕前を育てる。
家庭は、人生で最初にウソと出会う場所であり、最初にウソを習う教室でもある。この単位は、家族のあいだの誠実——ウソ・秘密・約束——を、道徳の話ではなく環境の設計の話として扱う。
親のウソには、品目がある
まず、家庭で流通しているウソの棚卸しから始める。ヘイマン、シュー、フー、リーが2013年に International Journal of Psychology で発表した調査は、米国の親114人と中国の親85人に、子へのウソの使用を尋ねた。子の行動を変える目的のウソをついたことがある親は、米国で84%、中国で98%。両国で最も多かったのは「言うことを聞かないなら、ここに置いていくよ」という、実行するつもりのない置き去りの脅しだった。
品目はおおむね3つに分かれる。第一に、従わせるためのウソ。置き去りの脅し、実在しない警察官、今日は売り切れだという嘘の品切れ。第二に、気分を良くするためのウソ。上手だねと思っていないのに言う、ペットの死をぼかす。第三に、空想を守るウソ。サンタクロースや歯の妖精である。研究者の関心が集中しているのは第一の品目だ。従わせるためのウソは即効性があり、コストはあとから来る。
しつけのウソの請求書は、十数年遅れて届く
セトー、ジャオ、サントス、ヘイマン、リーが2020年に Journal of Experimental Child Psychology で発表した研究は、シンガポールの若い成人377人(平均21.7歳)に、子ども時代に親からしつけのウソをどれだけ受けたか、いま親にどれだけウソをついているか、そして現在の心理的な適応を尋ねた。
結果は連鎖の形をしていた。子ども時代にしつけのウソを多く受けた人ほど、大人になって親にウソをつく傾向が強く(係数 .32)、親へのウソが多い人ほど、攻撃性や規則違反などの外在化の問題、抑うつや不安などの内在化の問題が多かった(いずれも係数 .52)。しつけのウソから内在化の問題への経路は、親へのウソを経由して説明された。ウソで動かされた子は、ウソで動かす技術だけを確かに相続する。
ただし、この数字は値切って読む必要がある。横断研究であり、成人の回顧に頼っており、すべて自己報告である。親のウソが原因だと証明されたわけではない。ウソの多い家庭には、ウソ以外の問題も多かったかもしれない。それでも、教える内容と教える方法が正反対を向いている場面で、方法のほうが学習されるという説明は、タルワーの自然実験とも整合する。
約束が守られる家の子は、待つことを選べる
誠実のもう半分は、ウソをつかないことではなく、口にしたことを実行すること——約束の履行である。ここに、有名な実験の有名な再解釈がある。
マシュマロ実験は長らく、幼児期の我慢強さが人生を予言するという意志力の物語として流通してきた。キッド、パルメリ、アスリンが2013年に Cognition で発表した実験は、その手前に環境の変数を差し込んだ。28人の幼児(平均4歳6か月)を2群に分け、本題の前に工作の課題で、大人が約束を守る条件と破る条件を体験させた。新しいクレヨンを持ってくると言って持ってくるか、持ってこないか。それだけである。
そのあとの本題で、約束が守られた群の子はマシュマロを平均12分2秒待った。破られた群は平均3分2秒。15分の完走者は、守られた群で14人中9人、破られた群では14人中1人だった。同じ子ども、同じ菓子で、待ち時間が4倍動く。子どもは我慢が苦手なのではない。信頼できない環境で待つことの期待値を、正しく計算しているのだ。
もとの物語のほうも検算されている。ワッツ、ダンカン、クワンが2018年に Psychological Science で発表した概念的追試は、918人の縦断データを使い、母親が大卒でない552人を主な分析対象にした。4歳半の待ち時間と15歳の学力の相関は .24。しかし家庭環境と幼児期の認知能力を統制すると係数は .05まで縮んで有意でなくなり、行動面の問題とは統制なしでもほぼ無関連だった。しかも学力との関連の大半は、最初の20秒待てたかどうかで説明された。幼児の意志力が人生を決めるという話は、こうして値切られた。残ったのは、待てるかどうかが家庭環境の関数でもあるという、キッドの側の知見である。
家族の文脈に翻訳すると、こうなる。あなたが守らなかった小さな約束は、しつけの失敗ではなく、環境の信頼性データとして記録されている。相手が幼児でも、思春期の子でも、老いた親でも同じだ。
秘密は、ゼロが理想ではない
誠実を全開示と混同すると、話がおかしくなる。ヴァンジェリスティが1994年に Journal of Social and Personal Relationships で発表した2つの研究は、家族の秘密を、タブー(依存症や不和など外に出せない話題)、規則違反(破った決まりごと)、慣習的な秘密(金銭や健康など、家の外では話さない事柄)の3形態に分類し、その機能として、結束、評価の回避、関係の維持、プライバシー、防衛、伝達の問題という6つを挙げた。
重要なのは相関の形である。自分の家族はよその家族より秘密が多いと感じている人ほど、家族への満足度が低かった。また、家族の誰かがタブーの話題を他の成員に隠していると知っていることも、満足度の低さと結びついていた。しかし秘密の全部が悪いわけではない。プライバシーとして機能する秘密や、家族の結束として機能する共有された秘密もある。秘密と満足の関係は、秘密の形態・話題・機能によって変わる。
つまり家族の誠実とは、何もかも開示することではない。境界のある正直さ——言わないことはあっても、言ったことは本当である状態——が、実務上の目標になる。
時間・変化:信頼は定期預金で、発覚は取り付け騒ぎ
誠実の会計は、時間軸で見ると非対称にできている。
守られた約束は、1件ずつは小さい。夕方までに帰ると言って帰る。買うと言った牛乳を買う。見に行くと言った発表会に行く。入金は少額で、しかも相手はいちいち感謝しない。予測できる環境とは、意識に上らない環境のことだからだ。
一方、発覚したウソは一度で大きく引き出す。キッドの実験が示したのは、たった1回の不履行が、幼児の投資行動を4分の1に縮めるということだった。そして発覚のあと、子は帳簿をつけ始める。この人の「あとでね」は来ない。この人の「最後だよ」は最後ではない。思春期に親が直面する「何も話してくれない」は、多くの場合、この帳簿の残高照会である。
もう一つ、時間がもたらす皮肉がある。しつけのウソは、子が幼くて騙されやすい時期にいちばんよく効き、その時期に多用される。セトーの研究が測ったのは、その子たちが成人して、こんどは親が騙される側に回った時点の姿だ。効いているあいだに請求は来ない。来たときには、支払う相手が変わっている。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、即効性である。置き去りの脅しは、その場では本当に効く。泣いていた子が歩き出す。効くからこそ84%の親が使い、効くからこそ習慣になる。二番目の妨げは、大きすぎる約束だ。「今度の休みに絶対」「もう二度と怒らない」——履行できない約束は、誠実の在庫を先に売る行為である。三番目は、正直の高すぎる値段。正直に言ったら怒られる家では、タルワーの体罰校と同じ力学で、ウソの技術だけが磨かれる。
助けるものは、約束のサイズダウンである。守れる約束だけを口にし、守れない可能性があるなら約束の形にしない。「行けたら行く」ではなく「行けるかどうか、木曜に決めて伝える」と言う。これは約束の格下げではなく、履行率の設計だ。もう一つは、正直の値下げである。悪い知らせを正直に言ったときに、内容を叱っても正直さは叱らない、という運用を家の中で明示する。
断っておくべき偏りがある。この単位の研究は、シンガポールの大学生の回顧、米中の親の自己報告、実験室の幼児28人、西アフリカの2校といった標本に依っており、欧米や東アジアの都市部・中流に偏っている。縦断の因果を示したものは少なく、ウソの文化差——何をウソと数えるか自体——も大きい。数字は目安であり、あなたの家の帳簿は別につける必要がある。
最初の一歩は10分でできる。自分がこの1週間で家族に使った「実行しない予告」を3つ思い出して書く。置き去りの脅し、来ない「あとで」、守る気のない「今度」。それぞれを、実行できるサイズに書き直す。書き直せないものは、口にしない候補に回す。
家の中の攻撃を減らし(040)、言葉の信頼性を上げた(この単位)。だが、どちらも1回では成立しない。信頼できる環境とは、繰り返しの別名だからだ。次の単位は 042「継続」——量より質という有名な話を、両側から検算する。
- Heyman, Hsu, Fu & Lee 2013(International Journal of Psychology 48(6)・米国の親114人と中国の親85人):子の行動を変える目的でウソをついたことがある親は米国84%・中国98%。両国で最も多いのは実行するつもりのない置き去りの脅しだった。中国の親のほうが従わせるためのウソの使用と容認が多く、空想を守るウソでは差がなかった
- Setoh, Zhao, Santos, Heyman & Lee 2020(Journal of Experimental Child Psychology 189・シンガポールの成人377人、平均21.7歳):子ども時代のしつけのウソへの曝露は成人後の親へのウソと関連し(係数 .32)、親へのウソは外在化・内在化の問題と関連した(いずれも係数 .52)。内在化への経路は親へのウソが媒介した。ただし横断・回顧・自己報告であり因果は示していない
- Talwar & Lee 2011(Child Development 82(6)・西アフリカの3〜4歳児、体罰校と非体罰校の自然実験):のぞき課題でのぞいた子のうちウソをついた割合は、非体罰校で半分あまり、体罰校でほぼ全員。体罰校の子は追及されてもウソを維持する技術が高かった。罰の強い環境は正直さではなくウソの腕前を育てる
- Kidd, Palmeri & Aslin 2013(Cognition 126(1)・幼児28人、平均4歳6か月):直前に大人が約束を守る体験をした群はマシュマロを平均12分2秒待ち、破られた群は平均3分2秒。15分の完走は守られた群14人中9人、破られた群14人中1人。待てるかどうかは意志力ではなく環境の信頼性への合理的な反応でもある
- Watts, Duncan & Quan 2018(Psychological Science 29(7)・918人、主解析は母親が大卒でない552人):4歳半の待ち時間と15歳の学力の相関 .24 は、家庭環境と幼児期の認知能力の統制で .05 まで縮み有意でなくなった。行動面の問題とは統制なしでもほぼ無関連。学力との関連の大半は最初の20秒で説明された
- Vangelisti 1994(Journal of Social and Personal Relationships 11(1)・2研究):家族の秘密はタブー・規則違反・慣習的秘密の3形態に分かれ、結束・評価・維持・プライバシー・防衛・伝達の問題の6機能を持つ。よその家族より秘密が多いという知覚とタブーの隠蔽の認知は満足度の低さと関連するが、秘密と満足の関係は形態・話題・機能に依存する
- 実務の型:家族の誠実は全開示ではなく、言わないことはあっても言ったことは本当であるという境界のある正直さ。守れる約束だけを口にして履行率を設計し、悪い知らせの内容を叱っても正直さは叱らない運用で、正直の価格を下げる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 小さな方便のウソは、しつけの潤滑油であって害はない | シンガポールの成人377人の調査では、子ども時代にしつけのウソを多く受けた人ほど成人後に親へウソをつき(係数 .32)、それが外在化・内在化の問題と関連していた(係数 .52)。横断・回顧の限界はあるが、西アフリカの自然実験でも罰とウソの多い環境はウソの技術を高めており、教える内容より教える方法のほうが学習されるという説明と整合する |
| マシュマロを待てない子は意志が弱く、その弱さが将来を決める | 実験の直前に大人が約束を破るのを見ただけで、幼児の待ち時間は平均12分2秒から3分2秒へ縮んだ(Kidd 2013)。また918人の追試では、待ち時間と15歳の学力の相関 .24 は家庭環境と認知能力の統制でほぼ消えた(Watts 2018)。待てるかどうかは意志力の指標である前に、環境の信頼性への合理的な反応である |
| 誠実な家族とは、秘密が一つもない家族のことだ | 家族の秘密の研究(Vangelisti 1994)では、秘密には結束やプライバシーとして機能するものも含まれ、満足度との関係は秘密の形態・話題・機能によって変わる。問題と関連が強いのは、よその家より秘密が多いという知覚とタブーの隠蔽だった。目標は全開示ではなく、言ったことは本当であるという境界のある正直さである |
親がウソをつく理由は、突き詰めれば一つしかない。効くからだ。置き去りの脅しは泣く子を歩かせ、来ない「あとで」は会議の邪魔を止めさせる。ただし、この道具には静かな仕様がある——使うたびに、あなたの言葉の為替レートが下がる。そして十数年後、こんどはあなたが「大丈夫、ちゃんと食べてる」「病院なら行ったよ」と言われる側に回ったとき、その言葉の価値を査定する基準は、かつてあなたが自分で刷った通貨である。家庭内のインフレは、こうして世代をまたいで清算される。
Q1. Heyman ら(2013)の米中の親199人の調査で、子の行動を変える目的のウソについて示された結果はどれか。選択
Q2. Kidd ら(2013)の実験では、直前に大人が約束を守った群の幼児はマシュマロを平均____待ち、破られた群は平均____だった。15分の完走は守られた群で14人中____人、破られた群で14人中____人。穴埋め
Q3. Setoh ら(2020)のシンガポールの研究が示した「しつけのウソの連鎖」の内容と、本文がこの数字を値切って読むべきだとした理由を答えよ。一問一答
Q4. 本文が「マシュマロを待てるかどうかが人生を決める」という意志力の物語を値切った根拠を、Watts ら(2018)の数字を挙げて説明せよ。一問一答
Q5. 本文の「信頼の会計」の流れを正しい順に並べよ。(子が帳簿をつけ始める/小さな約束の履行が少額ずつ積み立てられる/来ない「あとで」が発覚する/思春期の残高照会=何も話してくれない)並べ替え
この1週間で家族(または身近な人)に使った『実行しない予告』を3つ書き出す——置き去り・没収などの脅し、来ない『あとで』、守る気のない『今度』。それぞれを、今日から実行できるサイズの約束に書き直す(例:『今度の休みに絶対』→『土曜の午前に30分』)。書き直せないものは『口にしない』と明記する。3組の書き直しのうち1つを、今日実際に相手に伝える。家族と疎遠な場合や一人暮らしの場合は、自分自身への予告(今日中に片づける、そのうち行く)で同じ書き直しを行い、1つを今日実行する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Heyman G.D., Hsu A.S., Fu G., Lee K. (2013) 'Instrumental lying by parents in the US and China', International Journal of Psychology 48(6):1176-1184 — escholarship.org
- Setoh P., Zhao S., Santos R., Heyman G.D., Lee K. (2020) 'Parenting by lying in childhood is associated with negative developmental outcomes in adulthood', Journal of Experimental Child Psychology 189:104680 — www.sciencedirect.com
- Talwar V., Lee K. (2011) 'A punitive environment fosters children's dishonesty: A natural experiment', Child Development 82(6):1751-1758 — onlinelibrary.wiley.com
- Kidd C., Palmeri H., Aslin R.N. (2013) 'Rational snacking: Young children's decision-making on the marshmallow task is moderated by beliefs about environmental reliability', Cognition 126(1):109-114 — www.sciencedirect.com
- Watts T.W., Duncan G.J., Quan H. (2018) 'Revisiting the marshmallow test: A conceptual replication investigating links between early delay of gratification and later outcomes', Psychological Science 29(7):1159-1177 — journals.sagepub.com
- Vangelisti A.L. (1994) 'Family secrets: Forms, functions and correlates', Journal of Social and Personal Relationships 11(1):113-135 — journals.sagepub.com