「パイプラインを管理すれば売れる」——だが、その数字は、入力した本人が作っている
パイプラインを管理すれば売れる、と教わる。だが、ステージの切り方に標準は無く、同じ案件が人によって別の段に置かれる。『確度70%』の根拠は、置いた本人にしか分からない。ツールを入れても効くのは使い手を介したときだけで、独立の効果実証は薄い。しかも一つの指標を握ると、行動はその数字が良く見えるほうへ歪む。数字は、入力したとおりにしか正しくない。
前の単位では、締めの一言に何が起きるのかを扱った。ここでは、決めた案件とまだ決まらない案件を段階で並べた一覧——パイプラインを『管理する』という行為そのものを扱う。
この橙の段でこの棚が繰り返すのは、数字の自己申告性である。パイプラインの数字は、営業の成績を映すはずの一覧だが、その数字を作っているのは、たいてい売る本人だ。この単位が言うことも三つに絞る——パイプライン管理とは何を指すのか。どこまで効くと確かめられているのか。その数字は、誰が、何を根拠に作っているのか。
この単位の持ち場——案件表を「管理する」とはどういうことか
パイプラインとは、見込みの案件を『初回接触/提案/最終交渉』のような段階(ステージ)に振り分けて並べた一覧のことである。各案件には『確度70%』のような見込みが添えられ、それを足し上げて「今月いくら決まりそうか」を読む。パイプライン管理とは、この一覧を最新に保ち、案件を次のステージへ動かし、確度を見直す作業を指す。営業支援の道具(SFA・CRM=案件や顧客の記録を貯めるソフト)は、この一覧を回す器である。
ここで扱うのは、器の善し悪しではなく、その一覧の数字が、そもそもどこから来ているのかである。ファネル全体で何を測るべきかという設計は別の棚の話で、この単位は、手元の一覧を『管理する』という行為そのものの効き目に絞る。読者は営業職に限らない。受託の案件を自分で追う人も、体験申込を管理する人も含む、案件を自分で追っている人すべてである。
パイプラインの数字は、営業が入力したとおりにしか正しくない
まず、ステージの切り方に標準は無い。『提案』と『最終交渉』の境目をどこに引くかは、会社によって、いや人によって違う。同じ案件が、慎重な人の表では『提案』に、強気な人の表では『最終交渉』に置かれる。段の名前は同じでも、数えているものが違う。
確度も同じである。 『70%』は、何を根拠に置かれた数字なのか。過去の同種案件の実績か、相手の一言から受けた印象か、今月の目標から逆算した願望か——たいていは、置いた本人にしか分からない。 パイプラインの数字は、入力した人が入力したとおりにしか正しくない。 器をどれだけ立派にしても、入り口の各行が申告である以上、出口の合計も申告である。そしてこの合計こそ、次の単位で扱う『今月いくら売れるか』という予測の材料になる。土台の各行が申告なら、その上に建てた予測もまた、申告の上に建っている。
「ツールを入れれば売れる」の実証は薄い
では、営業支援ツールを入れれば数字は良くなるのか。査読の側の答えは、歯切れが悪い。2002年に *Journal of Marketing* 誌 66(3):98-111 へ出た Speier と Venkatesh は、営業支援自動化(SFA)の導入がしばしば頓挫し形骸化することを、実データで示した。導入がそのまま成果になるという独立実証は乏しい。
効果が出るときも、ツール自体の力とは限らない。2008年に *Management Science* 誌 54(4):671-685 へ出た Ahearne らは、販売員の技術利用が成績に与える効果が、あいだに挟まる要因しだいで正にも負にもなることを示した。2007年に *Journal of Marketing* 誌 71(1):16-34 へ出た Hunter と Perreault は、効くのはツールそのものではなく使い手の情報活用力を介したときだと整理した。さらに2005年に *Industrial Marketing Management* 誌 34(4):337-343 へ出た Gohmann らは、SFAの評価が営業現場と管理層で食い違うことを示した——同じ道具を、入れる側と使う側が別物として見ている。だから「◯%向上」という導入効果の数字を見たら、それが独立検証か、売り手の自己申告かを、まず確かめる。
一つの数字で管理すると、行動が歪む
管理には、もう一つ落とし穴がある。一つの指標を強く握ると、その指標だけが良く見えるように、行動が寄っていく。 1979年に *Evaluation and Program Planning* 誌 2(1):67-90 へ出た Campbell は、定量的な社会指標は、意思決定に使われるほど汚染・歪曲の圧力にさらされると論じた(Campbellの法則)。数字が管理の道具になった瞬間、それは現実の写しではなく、現実を作りにいく的に変わる。
なぜそうなるかは、契約の理論が説明する。1991年に *The Journal of Law, Economics, and Organization* 誌 7 へ出た Holmström と Milgrom のマルチタスク理論は、測れる一次元だけに評価や報酬を紐づけると、測れない次元の努力が犠牲になることを示した。パイプラインの件数やステージ移行の速さを握れば、件数は増え、移行は速くなる——だが、筋の悪い案件を早く『前進』させ、丁寧なやり取りを削る、という形で。数字は良くなり、中身は痩せる。管理しているのは案件ではなく、案件の見え方かもしれない。
時間・変化:1979年から2008年まで
順に置く。1979年、Campbell が、使われる指標は汚染・歪曲の圧力にさらされると論じる。1991年、Holmström と Milgrom が、測れる一次元に紐づけると測れない努力が犠牲になると示す。2002年、Speier と Venkatesh が、SFA導入はしばしば頓挫すると実証する。2005年、Gohmann らが、SFAの評価は現場と管理層で食い違うと示す。2007年、Hunter と Perreault が、効くのは使い手の情報活用力を介したときだと整理する。2008年、Ahearne らが、技術利用の効果は媒介変数しだいで正にも負にもなると示す。
この30年で確からしくなったのは、「管理すれば売れる」ではない。 確からしくなったのは、その数字は入力した本人が作っており、道具は使い手を介してしか効かず、一つの指標を握れば行動がそこへ歪むという向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、きれいに埋まったパイプラインを、現実そのものと取り違えることである。表がびっしり埋まっているほど、掴めている気がする。だが各行の確度は、誰かの申告の合計にすぎない。
標本の偏りも断っておく。ここで引いた実証の多くは、SFA・CRMを導入した比較的大きな組織で採られた。一人で案件を追う商い、紙の台帳で回す商いが、同じ振る舞いをするとは限らない。 平均は地図であって、あなたの案件表そのものではない。
助けになるのは、自分の案件表の一行を選び、その確度の数字が何を根拠に置かれたかを書き出すという一手である。実績か、印象か、願望か。根拠を言葉にできない行が、申告のまま合計に混ざっている。ここで確かめるのは相手ではなく、自分が置いた数字の出どころだけである。案件を動かすのでも、誰かに確認を取るのでもない——自分の申告を、自分で棚卸しする。それだけで、合計のどれだけが確かめられる土台の上にあるかが、手元で見える。
最初の一歩は10分。自分の案件表(無ければ頭の中の見込み一覧)から一件選び、そのステージ名と確度を書き、その確度の根拠を一行で書く。 根拠が『なんとなく』なら、それも発見だ。相手に確かめに行く必要はない。手元の一行だけで完結する。
次の単位は 379「売上を予測するには?」——その確度を足し上げた予測が、なぜ手を入れるほど当たらなくなるのかを扱う。
- この単位は、案件を段階で並べた一覧『パイプライン』を管理する行為そのものの効き目を扱う。読者は営業職に限らず、受託の案件を自分で追う人・体験申込を管理する人など、案件を自分で追っている人すべて。器(SFA・CRM)の善し悪しではなく、その一覧の数字がどこから来ているかに絞る。橙の段の通奏低音は『数字の自己申告性』で、パイプラインはその中核である
- ステージの切り方に標準は無い。『提案』と『最終交渉』の境目は会社により人により違い、同じ案件が慎重な人の表では『提案』、強気な人の表では『最終交渉』に置かれる。段の名前は同じでも、数えているものが違う。確度の『70%』も、実績か印象か願望か、置いた本人にしか根拠が分からない。パイプラインの数字は、入力したとおりにしか正しくない
- 2002年に Journal of Marketing 66(3):98-111 へ出た Speier と Venkatesh は、営業支援自動化(SFA)の導入がしばしば頓挫し形骸化すると実データで示した。導入がそのまま成果になるという独立実証は乏しく、『パイプライン管理で成約率◯%向上』の類はベンダーや調査会社の自己申告が多い
- ツールが効くとき、それはツール自体の力とは限らない。2008年に Management Science 54(4):671-685 へ出た Ahearne らは、販売員の技術利用の効果が媒介要因しだいで正にも負にもなると示し、2007年に Journal of Marketing 71(1):16-34 へ出た Hunter と Perreault は、効くのは使い手の情報活用力を介したときだと整理した
- 2005年に Industrial Marketing Management 34(4):337-343 へ出た Gohmann らは、SFAの評価が営業現場と管理層で食い違うことを示した。同じ道具を、入れる側と使う側が別物として見ている。導入効果の数字を見たら、それが独立検証か売り手の自己申告かをまず確かめる
- 一つの指標を強く握ると、その指標が良く見えるように行動が寄る。1979年に Evaluation and Program Planning 2(1):67-90 へ出た Campbell は、定量的な社会指標は使われるほど汚染・歪曲の圧力にさらされると論じた(Campbellの法則)。数字が管理の道具になった瞬間、それは現実の写しでなく、現実を作りにいく的に変わる
- 1991年に The Journal of Law, Economics, and Organization 7 へ出た Holmström と Milgrom のマルチタスク理論は、測れる一次元だけに評価や報酬を紐づけると測れない次元の努力が犠牲になると示した。件数や移行の速さを握れば、筋の悪い案件を早く前進させ丁寧なやり取りを削る形で、数字は良くなり中身は痩せる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 案件を段階で並べたパイプラインを管理し、ステージと確度を最新に保てば、売上は読めて、伸びる | ステージの切り方に標準は無く、同じ案件が慎重な人の表では『提案』、強気な人の表では『最終交渉』に置かれる。段の名前は同じでも数えているものが違う。確度の『70%』も、実績か印象か願望か、置いた本人にしか根拠が分からない。パイプラインの数字は、入力した人が入力したとおりにしか正しくない。器を最新に保っても、入り口が申告なら合計も申告である |
| SFA・CRMのような営業支援ツールを入れれば、パイプラインが整い、成約率も上がる | 2002年に Speier と Venkatesh は、SFA導入がしばしば頓挫し形骸化すると実データで示した。2008年 Ahearne らは効果が媒介要因しだいで正にも負にもなると示し、2007年 Hunter と Perreault は効くのは使い手の情報活用力を介したときだと整理し、2005年 Gohmann らは評価が現場と管理層で食い違うと示した。導入がそのまま成果になる独立実証は乏しく、『◯%向上』はしばしば売り手の自己申告である |
| 件数やステージ移行の速さといった一つの指標をしっかり握って管理すれば、営業は締まる | 1979年に Campbell は、定量的な指標は使われるほど汚染・歪曲の圧力にさらされると論じた(Campbellの法則)。1991年 Holmström と Milgrom のマルチタスク理論は、測れる一次元だけに評価を紐づけると測れない次元の努力が犠牲になると示す。一指標を握れば件数は増え移行は速くなるが、筋の悪い案件を早く前進させ丁寧なやり取りを削る形で、数字は良くなり中身は痩せる |
皮肉なのは、パイプラインを丁寧に管理する人ほど、埋まった一覧を眺めて掴めていると感じることである。だが各行のステージも確度も、置いた本人の申告であり、合計はその申告の総和にすぎない。道具を立派にしても、入り口が申告である事実は動かない。そして一つの数字を強く握るほど、管理しているのは案件ではなく、案件の見え方のほうへ寄っていく。残るのは、数字は誰かが作った、という一点だけである。次の単位は、その申告を足し上げた予測を扱う。
Q1. パイプラインの数字は、入力した人が入力したとおりにしか正しくない。ステージの切り方に ____ は無く、確度の『70%』の根拠は、実績か印象か ____ か、置いた本人にしか分からない。穴埋め
Q2. 営業支援ツール(SFA・CRM)の効果について、本文が引いた査読研究が示したこととして正しいものはどれか。選択
Q3. 「一つの指標を握って管理すると行動が歪む」とはどういうことか。Campbell 1979 と Holmström・Milgrom 1991 の論点に触れて述べよ。一問一答
Q4. 『確度70%』という数字を、置いた本人しか根拠を分からないものにしているのは何か。三つの根拠に分けて説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)Speier と Venkatesh が SFA導入の頓挫を示す(イ)Campbell が、使われる指標は汚染されると論じる(ウ)Ahearne らが、技術利用の効果は媒介しだいで正負に分かれると示す(エ)Holmström と Milgrom が、測れる一次元への紐づけの弊害を示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の案件表(見込み案件の一覧。無ければ頭の中にある見込みの一覧)から一件を選ぶ。三段に分け、一段目にその案件のステージ名(初回接触・提案・最終交渉など、自分の言い方でよい)、二段目に自分が付けている確度(『70%』『たぶん半々』など言葉でもよい)、三段目にその確度の根拠を一行で書く——過去の同種案件の実績か、相手の一言から受けた印象か、今月の目標からの逆算(願望)か。根拠を言葉にできなければ『なんとなく』と書く。相手に確かめに行ったり、案件を動かしたりする必要はない。手元の一行の棚卸しだけで完結させる。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Speier C., Venkatesh V. (2002) 'The Hidden Minefields in the Adoption of Sales Force Automation Technologies', Journal of Marketing 66(3):98-111 — doi.org
- Ahearne M., Jones E., Rapp A., Mathieu J. (2008) 'High Touch Through High Tech: The Impact of Salesperson Technology Usage on Sales Performance via Mediating Mechanisms', Management Science 54(4):671-685 — doi.org
- Hunter G.K., Perreault W.D. Jr. (2007) 'Making Sales Technology Effective', Journal of Marketing 71(1):16-34 — doi.org
- Gohmann S.F., Guan J., Barker R.M., Faulds D.J. (2005) 'Perceptions of sales force automation: Differences between sales force and management', Industrial Marketing Management 34(4):337-343 — doi.org
- Campbell D.T. (1979) 'Assessing the impact of planned social change', Evaluation and Program Planning 2(1):67-90 — doi.org
- Holmström B., Milgrom P. (1991) 'Multitask Principal-Agent Analyses: Incentive Contracts, Asset Ownership, and Job Design', The Journal of Law, Economics, and Organization 7(Special Issue):24-52 — doi.org