「新製品の9割は失敗する」の最古の追跡点は、1961年の雑誌記事だった
研究開発の話は、たいてい「新製品の8割から9割は失敗する」から始まる。皮肉なことに、その率を測った査読研究は探しても出てこず、いちばん古くまで辿れた出どころは、1961年の経営誌の記事と、同じ年の新聞記事だった。どちらも査読誌ではない。
この棚は、誰に向けて書かれているか
想定している読者は、研究者や技術者に限らない。いま、組織のなかで「研究開発」という機能を担っている人、あるいはこれから担う人である。
大きな会社の研究所にいる人かもしれないし、数人の会社で一人で作っている人かもしれない。受託で開発している人、大学や公的機関で研究している人、事業の側から見ている人、予算を配る側の人、支援機関や行政の側の人かもしれない。だからこの棚は「研究者は」「技術者は」「経営者は」で主語を立てない。「わが社」も主語にしない。 読者に決裁権があるとも想定しない。「文系か理系か」「技術がわかるかどうか」で読者を分けない。
そして、使える手は人によって大きく違う。予算、人員、期限、市場の様子、タイミング、装置の有無、試作を外へ出せるかどうか。これらは本人の能力とは別の次元で、取れる選択肢を決めている。この棚は、開発がうまくいかないことを、本人の能力や努力や熱意の不足として描かない。
だからこの棚は、16の問いそれぞれについて言うことを3つに絞る——その問いは何を指しているのか。どこまで効くと確かめられているのか。その範囲の外で何が起きるか。
これをやれば当たる、の棚にはしない。 読者の像を書くのは、この単位だけである。
この棚の地図——四つの段を、順に絞る
この棚は並列に並んだ道具箱ではない。順序のある道筋、絞り込みの過程である。何を手がけるかを見きわめるところから入り、関門を作り、体制と資源を配り、絞り込んで深めるところへ進む。
①青 289〜292|探索と着想——見きわめる、発想する、市場につなぐ、作って確かめる。②緑 293〜296|関門と実行の質——関門、止まったものから残すもの、権利、外から取り込む。③橙 297〜300|体制と資源配分——速さ、持ち技、使う人と一緒に作る、遠い研究と近い事業の配分。④桃 301〜304|選別と創造の深化——数を絞る、時間軸、発想を引き出す、矛盾を解く。
ここで一度だけ断っておく。この四つは、順番どおりにやればうまくいくという話ではない。 作ってみて初めて手がけるべきものが分かることも多いし、権利のことを考えて初めて発想が変わることもある。段は身につける順であって、こなす順ではない。 地図を描くのは、この単位だけである。
研究テーマを見極めるには? ——この問いには、たいてい最初に一つの数字が付いてくる。新製品の8割から9割は失敗する。だから見極めが要る、という順序である。そこでこの単位は、手順を並べる前にその数字の出どころを追う。分母が違えば、見極めるべき対象そのものが変わるからだ。
出どころを探した——1961年の2件で止まった
**米国・2013年に *Journal of Product Innovation Management* 30巻5号へ出た論考が、この数字を正面から扱っている。一次データではなく、1945年から2004年までの査読研究19本と、高い率を主張している文献15件を一覧にして突き合わせた論考である。本文はこう書く——“The common assertion that 80-90% of products fail is an ‘urban legend.’”(8割から9割が失敗するというよくある主張は、都市伝説である)。そして——“Nineteen peer-reviewed research studies between 1945 and 2004 find failure rates in the range of 30–49%.”**(1945年から2004年までの査読研究19本が見いだした失敗率は30〜49%の範囲である)。
この一覧表に載る15件のうち、最も古い2件は1961年である。ひとつは経営誌 *Harvard Business Review* 39巻83ページの記事で80%、もうひとつは同じ年の *Wall Street Journal* 4月5日11ページの記事で89%。前者は査読誌ではなく、後者は新聞である。 著者自身が、“Many of the popular press references to the failure rate are difficult to track down.”(一般向けの媒体に出てくる失敗率の引用は、多くが出どころを辿りにくい)と書いている。
ここから先には行けなかった。 2026年8月に四か所を探した。①査読誌の題名索引——新製品の失敗率という語で引くと10件ほど出るが、実測を報告しているのは1977年の *Journal of Marketing* と1987年の *Research Management*(後者は実務者向けの雑誌で、査読誌ではない)の2本だけで、8割から9割を測ったとする査読論文は1本も出てこない。②原典の該当箇所——上記の一覧表。最古が1961年の2件。③発行元の公開資料——孫引きの起点とされる1980年代の業界向け報告書(コンサルティング会社の刊行物で、査読誌ではない)は、図書館目録に24ページの資料として登録があるが、本文が読めなかった。④一般検索——出てくるのは記事、コンサルティング会社のページ、講座の宣伝ばかりだった。
「存在しない」とは書かない。書けるのは、たどり着けなかった、までである。
実測はどこにあるか——83,719品目を追う
一方で、実測はある。米国の消費財を対象にした2021年の調査は、2002年から2009年までの8年間に31分野へ投入された新規の品目83,719件を、消費者パネルの購買データで追った。要旨はこう書く——“We find that one in four (25%) new SKUs are no longer bought 1 year later—a rate that increases to approximately 40% 2 years post-launch.”(新規品目の4件に1件、25%が1年後には買われなくなり、この率は発売2年後には約40%へ上がる)。失敗の定義は、販売の恒久的な停止である。
発売1年後で4件に1件、2年後で約5件に2件。 流通している「8割から9割」とは倍以上ちがう。しかも標本は米国の消費財に限られ、装置産業も、受託開発も、公的機関の研究も入っていない。
2013年の論考は実測側の数字も並べている。1977年と1987年に文献を見直し、裏づけのない引用を除いて実証的に確かめられた率だけを拾った結果は約35%だった、という記述もそのひとつだが、これは論考が要約した記述で、原典には到達できていない。
「失敗」という語は、三通りの範囲を指している
数字が食い違う理由の半分は、測っている対象が違うことにある。少なくとも三通り——①発売した品目のうち、売り場から消えたもの(2021年の消費財調査はこれ)、②着手した案件のうち、発売まで行かなかったもの、③思いついた案のうち、案のまま消えたもの。③まで分母に入れれば、率はいくらでも高くなる。8割から9割という数字が①なのか③なのかを書いている文献は、探した範囲では見つからなかった。分母を書かない率は、比べようがない。
高い数字のほうが、生き延びる理由がある
2013年の論考は、この数字が消えない理由を二つ挙げている。ひとつは論理の名前がついた誤り——多くの人が信じているなら本当だろうという形である。論考はこれを、信念が広く共有されていることを示すだけで、正しいかどうかは示さないと整理する。もうひとつは利害で、失敗率が高いことにしておくと、うまくいかなかったことの説明が要らなくなり、成功したときの評価が上がる。 そして高い失敗率は、外部の助言や新しい開発の仕組みへ支出する理由にも使える。 論考はこの二点を査読論文の中で名指しして書いている。
皮肉なのは、この数字を最も熱心に配っているのが、失敗を減らすと称する側だということである。
時間・変化:1961年から2021年まで、数字がどう動いたか
順番はこうである。1961年、経営誌の記事に80%、同じ年の新聞記事に89%。1977年と1987年、文献を整理し直した報告は約35%。2013年、査読研究19本の範囲は30〜49%で、8割から9割は都市伝説だと書かれる。2021年、米国の消費財83,719品目の実測は1年後25%、2年後約40%。60年で、測るほうは少しずつ精度を上げた。流通しているほうの数字は、ほとんど動いていない。 動かない数字は、たいてい誰も測っていない数字である。
この分野の助言は、当たった側からしか書かれていない
この棚が16回くり返す手つきを、ここで正面から書いておく。研究開発の話には、二つの空白がある。
ひとつめ——この分野の助言は、当たった側からしか書かれていない。 この手順で成果が出た、この技術に賭けて正解だった、と書けるのは、案件が生き延びて、製品が世に出て、いま調査票に答えられる組織だけである。途中で止まった案件、社内で消えたテーマ、出願されずに終わった発明、調査に協力する余裕のない会社のデータは、たいてい最初から入っていない。 しかも「成果が出た」という物差しには、予算も、人員も、市場の様子も、タイミングも、もともとの体力も、最初から混ざっている。だから「この進め方が成果を生む」という報告の多くから、もともと余裕のあった組織が、たまたまその進め方をしていた、という逆向きを取り除けていない。
ふたつめの空白——「成果」は、作る前ではなく、出たあとに定義されている——は、この棚の最後の単位で回収する。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、率を覚悟の道具として使うことである。9割が失敗すると唱えれば腹は決まるが、手元の案件がどの分母に入っているのかは分からない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの数字は、ほぼすべて米国と欧州の、しかも製造業と消費財の、調査に答える余裕のある組織を対象に採られている。 日本の研究開発を対象にした査読研究はごく少なく、効果は短い期間で測られたものが多い。「イノベーション」という語が何を指すかも研究ごとに違う。 そして何より——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 止まった案件も、消えたテーマも、倒れた会社も追跡から抜け、調査票に答えているのは続いている組織だけである。
助けるのは、数字を見たら分母を訊くという一手である。何件のうち何件か。いつからいつまでか。どこの、どんな相手か。この三つを訊けない数字は、見極めの材料にならない。
最初の一歩は5分。いま関わっている、あるいは関心のあるテーマを3つ書き出し、それぞれ「なぜ有望だと思うか」を1行ずつ添える。 そのうえで、根拠に数字が入っているものに印を付け、その出どころを自分の言葉で言えるかどうかを見る。 言えなくてよい。言えないと分かることが、今日の収穫である。
次の単位は 290「原理から発明するには?」——見極めた筋を、どこから発想し直すのかという話へ進む。
- この棚の読者は、いま組織のなかで研究開発という機能を担っている人、あるいはこれから担う人である。大きな会社の研究所にいる人も、一人で作っている人も、受託開発の人も、大学や公的機関の人も、事業側や予算を配る側や支援機関の側の人も含む。技術者だとも理系だとも限らず、決裁権があるとも想定しない。使える手は予算・人員・期限・市場・タイミング・装置の有無で大きく違い、この棚は開発がうまくいかないことを本人の能力や努力の不足として描かない。16の問いそれぞれについて言うことは3つ——その問いは何を指しているのか、どこまで効くと確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか
- この棚は並列の道具箱ではなく、順序のある絞り込みである。①青289〜292 探索と着想、②緑293〜296 関門と実行の質、③橙297〜300 体制と資源配分、④桃301〜304 選別と創造の深化。ただし順番どおりにやればうまくいく話ではない。作ってみて初めて手がけるべきものが分かることも多く、段は身につける順であって、こなす順ではない
- 米国・2013年に Journal of Product Innovation Management 30巻5号へ出た論考は、8割から9割が失敗するという主張を都市伝説と呼び、1945年から2004年までの査読研究19本が見いだした失敗率は30〜49%の範囲だと書いている。一次データではなく、査読研究19本と高率を主張する文献15件を突き合わせた論考である
- その一覧表の15件で最も古い2件は1961年のもので、経営誌 Harvard Business Review 39巻83ページの記事が80%、同じ年の Wall Street Journal 4月5日11ページの記事が89%。前者は査読誌ではなく、後者は新聞である。論考の著者自身が、一般向け媒体の引用は多くが出どころを辿りにくいと書いている
- 実測はある。米国の消費財31分野に2002年から2009年の8年間に投入された新規品目83,719件を消費者パネルで追った2021年の調査は、4件に1件(25%)が1年後には買われなくなり、その率が発売2年後には約40%へ上がると報告した。失敗の定義は販売の恒久的な停止である
- 率が食い違う理由の半分は分母である。失敗という語は少なくとも三通りを指す——発売した品目のうち売り場から消えたもの、着手した案件のうち発売まで行かなかったもの、思いついた案のうち案のまま消えたもの。8割から9割がどの分母かを書いている文献は、2026年8月に査読誌の題名索引・原典の一覧表・図書館目録・一般検索の四か所を探した範囲では見つからなかった
- 研究開発の話には二つの空白がある。ひとつめは、この分野の助言が当たった側からしか書かれていないこと。止まった案件・消えたテーマ・出願されずに終わった発明・調査に協力する余裕のない会社のデータは最初から入っておらず、この進め方が成果を生むという報告から、もともと余裕のあった組織がたまたまその進め方をしていた、という逆向きを取り除けていない。ふたつめの「成果は出たあとに定義されている」は、この棚の最後の単位で回収する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 新製品の8割から9割は失敗する、というのは業界の常識である | よく流通しているが、測った査読研究にはたどり着けない。米国・2013年の論考は、この主張を都市伝説と呼び、1945年から2004年までの査読研究19本の失敗率は30〜49%だと書いている。同じ論考の一覧表で最も古い引用元は1961年の経営誌の記事(80%)と同じ年の新聞記事(89%)で、どちらも査読誌ではない。2026年8月に査読誌の題名索引・原典の一覧表・図書館目録・一般検索の四か所を探したが、8割から9割を測ったとする査読論文は出てこなかった |
| 実測の数字は無いのだから、失敗率の話は当てにならない | 実測はある。米国の消費財31分野・2002年から2009年に投入された新規品目83,719件を消費者パネルで追った2021年の調査は、発売1年後に25%、2年後に約40%が買われなくなったと報告している。ただしこの標本は米国の消費財に限られ、装置産業も受託開発も公的機関の研究も入っていない |
9割という数字が60年生き延びたのは、当たっているからではなく、誰も分母を訊かなかったからである。訊けば、発売した数のことなのか、思いついた数のことなのかで話が変わる。そして訊かれないかぎり、その数字は今日も、覚悟を決めさせる道具としても、外部に助言を頼む理由としても、たいへんよく働く。測られていない数字ほど、使い勝手がよい。
Q1. 米国・2013年の論考によれば、1945年から2004年までの査読研究 ____ 本が見いだした新製品の失敗率は ____ %の範囲であり、8割から9割という主張は都市伝説と呼ばれている。穴埋め
Q2. 米国の消費財31分野に2002年から2009年に投入された新規品目 ____ 件を追った2021年の調査では、発売1年後に ____ %、2年後に約40%が買われなくなっていた。穴埋め
Q3. 「新製品の8割から9割は失敗する」という数字の出どころを2026年8月に四か所探した結果を、探した場所と、どこで止まったかを含めて書きなさい。一問一答
Q4. 米国・2013年の論考が、高い失敗率の数字が生き延びる理由として挙げているのはどれか。選択
Q5. この棚の四つの段を、順に並べなさい。並べ替え
紙かメモアプリを開く。いま関わっている、または関心のあるテーマを3つ書き出し、それぞれに「なぜ有望だと思うか」を1行ずつ添える。次に、その根拠に数字が入っているものへ印を付け、印を付けた各行について、その数字の出どころを自分の言葉で言えるかどうかを、言える・言えないの二択で記録する。言えなくてよい。調べ直す必要も、誰かに確かめる必要もない。いま組織に属していない読者、一人で作っている読者は、続けている制作や調べものを3つ選んで同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Castellion G., Markham S.K. (2013) 'Perspective: New Product Failure Rates: Influence of Argumentum ad Populum and Self-Interest', Journal of Product Innovation Management 30(5):976-979 — doi.org
- Victory K., Nenycz-Thiel M., Dawes J., Tanusondjaja A., Corsi A.M. (2021) 'How common is new product failure and when does it vary?', Marketing Letters 32(1):17-32 — link.springer.com
- Crawford C.M. (1977) 'Marketing Research and the New Product Failure Rate', Journal of Marketing 41(2):51-61 — journals.sagepub.com
- Crawford C.M. (1979) 'New Product Failure Rates — Facts and Fallacies', Research Management 22(5):9-13 / Crawford C.M. (1987) 'New Product Failure Rates: A Reprise', Research Management 30(4):20-24 — doi.org
- Markham S.K., Lee H. (2013) 'Product Development and Management Association's 2012 Comparative Performance Assessment Study', Journal of Product Innovation Management 30(3):408-429 — doi.org
- Booz, Allen & Hamilton Inc. (1982) New products management for the 1980s, New York: Booz, Allen & Hamilton, 24 p.(HathiTrust 総合目録、2026年閲覧) — catalog.hathitrust.org
- O'Meara J.T. (1961) 'Selecting profitable products', Harvard Business Review 39, p.83 / Schorr B. (1961) 'Many new products fizzle despite careful planning, publicity', Wall Street Journal, April 5, p.11(いずれも Castellion & Markham 2013 の表1経由) — doi.org