「38%」を四段さかのぼると、54%と39%の差になった
選考の途中で候補者が何を感じたかは、よく測られている。そのあと何をしたかは、あまり測られていない。にもかかわらず、実務で引かれるのは、たいてい「したこと」のほうの数字である。
前の単位では、落とした人のその後がこちらの記録に生まれないことを見た。ここでは、通った人も落ちた人も、選考の途中で何を感じたかという話に移る。感じたことは、落ちた人についても測れる。測れるからこそ、そこで止まりやすい。
この単位が扱うのは一点——候補者の受け取り方が、どこまで測られ、どこで止まっているかである。 面接での振る舞い方や、選考の設計の助言はしない。
出発点は、効果の測定ではなく理論の提案だった
この分野の出発点としてよく引かれるのは、1993年に *Academy of Management Review* 18(4):694-734 へ出た論文である。抄録の最初の一文がこうである。
> “A justice model of applicants' reactions to employment-selection systems is proposed as a basis for organizing previous findings and guiding future research.”(採用選考の仕組みに対する応募者の反応についての公正モデルが、これまでの知見を整理し今後の研究を導く土台として提案される)
> “Organizational justice literature is briefly reviewed, and key findings are used to provide a framework for the proposed model and to support hypotheses.”(組織的公正の文献が簡潔に概観され、主要な知見が、提案されたモデルの枠組みを与え、仮説を支えるために用いられる)
提案される、仮説を支える。 標本も効果量も出てこない。掲載誌はもともと理論を載せる誌である。 ここから何かが始まったことと、ここで何かが測られたことは、別である。
86の標本、48,750人。ただし帰結は「意図」だった
11年後の2004年、*Personnel Psychology* 57(3):639-683 に、この分野のメタ分析が出る。規模は大きい。
> “Results from 86 independent samples (N = 48,750) indicated that applicants who hold positive perceptions about selection are more likely to view the organization favorably and report stronger intentions to accept job offers and recommend the employer to others.”(86の独立標本・48,750人からの結果は、選考について肯定的な知覚を持つ応募者ほど、組織を好ましく見て、内定を受諾する意図と雇用主を他者に薦める意図をより強く報告することを示した)
「意図をより強く報告する」である。 受諾したかどうかではない。抄録が並べる帰結は、組織への好ましい評価、承諾の意図、推薦の意図、選考ツールでの成績、自己認知、公正の知覚、テストへの態度である。このなかで「実際の」という語が付くのは、選考ツールでの実際の成績だけで、それは職を選ぶ行動ではない。
断っておくと、この論文の全文には到達できていない。 だから言えるのは「抄録が挙げる帰結は意図と知覚である」までであって、「このメタ分析は行動を一切扱っていない」ではない。この差は小さく見えて、書くときには効く。
説明を与えることの効果も、知覚と動機のところで止まる
2009年に *International Journal of Selection and Assessment* 17(4):346-361 へ出たメタ分析は、選考で説明を与えることの効果を統合した。
> “Based on 26 distinct samples from experiments and quasi-experiments (N=3481), our results suggest that explanations do affect applicants' fairness perceptions, perceptions of the hiring organization, test-taking motivation, and performance on cognitive ability tests.”(実験と準実験による26の異なる標本・3,481人にもとづき、説明は応募者の公正の知覚、採用組織についての知覚、受検の動機、認知能力テストの成績に影響することが示唆される)
> “The effects on fairness are larger in field contexts than in lab settings”(公正への効果は、実験室よりも現場の文脈のほうが大きい)
効果が確かめられた先は、知覚・動機・テストの成績である。 承諾も、辞退も、その後の行動も、この一覧には入っていない。
「そもそも効くのか」に答えるために書かれた総説がある
ここで、話を単純にしないための一本を置く。2017年に *Journal of Management* 43(6):1693-1725 へ出た総説である。この分野に向けられ続けた批判に答えるために書かれている。
> “We start by addressing the main criticisms levied against the field to determine whether applicant reactions matter to individuals and employers (‘So what?’).”(我々はまず、この分野に向けられてきた主な批判に取り組み、応募者の反応が個人と雇用主にとって重要かどうかを見きわめることから始める)
> “There is also solid evidence that applicant reactions have significant and meaningful effects on attitudes, intentions, and behaviors.”(応募者の反応が態度・意図・行動に有意で意味のある効果を持つという確かな証拠もある)
ここを飛ばして「反応は行動に効かない」と書くことはできない。 2017年の総説は、そうは言っていない。ただし、読み方には3つの但し書きが要る。
ひとつめ。この総説の n=145 は、メタ分析に投入された標本の数ではなく、2000年以降に見直された研究の本数である。 抄録に相関係数も統合された効果量も出てこない。
ふたつめ。「確かな証拠がある」という判断は、著者たちによる質的な総括である。 新しい効果量の推定ではない。
みっつめ。その総説が「この分野に向けられてきた主な批判」から書き起こされていること自体が、事実として重い。 2017年の時点でもなお、「そもそも効くのか」がこの分野の入口の問いだった、と総説自身が書いている。そして最後は、残された空白と、探究されていない重要な問いの列挙で閉じる。
「38%」を四段さかのぼる
実務で最もよく引かれる数値に移る。候補者体験がよいと内定の承諾率が38%上がる、という言い方である。 2026年8月に、これを一段ずつさかのぼった。
一段目。 出どころは、ある大規模な候補者体験のベンチマーク調査の2022年版だとされている。二段目。 その調査の発表そのものには、38%という数値が無い。三段目。 その調査の実施を担っている事業者自身の解説ページ(2023年7月)は、38%を別の主体——IBM の研究部門(IBM Smarter Workforce Institute)——に帰しており、典拠として一般のビジネス誌の記事へのリンクを張っている。同じページで、他の数値も別々の発行元に帰されている。四段目。 その研究部門が2017年に出した白書に、この文があった。
> “candidates who are satisfied with their experience are 38 percent more likely to accept a job offer (54 percent vs. 39 percent)”(体験に満足した候補者は、内定を受諾する見込みが38%高い(54%対39%))
括弧の中が本体である。 満足した群の54%が受諾し、満足していない群の39%が受諾した。その相対差を38%と書いている。 承諾率が38ポイント上がったのでも、施策で38%改善したのでもない。しかもこの白書の標本は、2016年に45の国と地域で行われた自己申告の調査の、最近の応募者の部分である。何かを変えた前と後の比較ではない。
つまり壊れているのは一箇所ではない。帰属先(別の主体である)、意味(率の増分ではなく2群の相対差である)、経路(三者経由で転記されている)の三つが同時に壊れている。 そして白書そのものは、いま発行元のサイトに見あたらない。この記事が逐語を取ったのは、第三者が持つ同一の PDF の写しである。
ここで注意がいる。 これは「たどり着けなかった」話ではない。数値は実在した。 実在したうえで、帰属も意味も途中で入れ替わった。 出どころが消える型と、出どころが入れ替わる型は、別のものである。
時間・変化:1993年から2023年へ、証拠と数値が別々の方向に進んだ
順に置く。1993年、公正の枠組みが理論として提案される。標本も効果量もない。2004年、86標本・48,750人のメタ分析が出るが、帰結は意図と知覚である。2009年、26標本・3,481人のメタ分析が、説明の効果を知覚・動機・テストの成績に見出す。2016年、45の国と地域の自己申告調査が行われる。2017年、その調査から白書が出て、54%対39%が書かれる。同じ年、批判に答える総説が出て、n=145 の記述的な総括が示される。2023年、その54%対39%が、38%という一つの数として、別の調査の名前で回りはじめる。
30年で、査読の側は「何をどこまで測ったか」を細かくしてきた。実務の側で回る数値は、逆に、一つの短い数へ丸められてきた。 丸められた数字のほうが運びやすい。運びやすいものが遠くまで行く。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、意図と行動を同じ言葉で呼ぶことである。「承諾意向」と「承諾」は、日本語だと一文字か二文字しか違わない。測られたのがどちらかは、原典の抄録の動詞を見れば分かる。
もう一つ、この分野の一次には書籍の章も混じっている。2010年に出た人事管理のハンドブックの章がそれで、査読論文ではなく、2019年に第2版がある。 ページも版で違う。逐語には到達できなかったので、この記事では中身を引いていない。
標本の偏りを断っておく。ここで引いたメタ分析と総説の対象は、英語圏で行われた研究が大半である。 45の国と地域の調査は自己申告であり、日本の候補者体験を対象にした査読研究には行き着けなかった。
助けになるのは、自分が受けた選考を1つ思い出して、感じたことと、実際にしたことを分けて書くという一手である。感じたのに何もしなかった接点が、たいてい半分以上ある。 それが、意図と行動のあいだの距離である。
最初の一歩は15分。自分が過去に受けた選考を1つ選び、どの接点で何を感じたかを時系列で書き、そのうち自分の行動が実際に変わったものにだけ印を付ける。 選考を受けた経験がなければ、応募を考えて途中でやめた募集でもよい。
次の単位は、いよいよ最後の接点である。そこでは「懸念を聞けば承諾率が上がる」という数字が出てくるが、その数字には、出どころの欄そのものが無い。
- この分野の出発点としてよく引かれる1993年の *Academy of Management Review* 18(4):694-734 の論文は、抄録が「公正モデルが提案される」「仮説を支えるために用いられる」と書く理論論文である。標本も効果量も含まれていない。
- 2004年に *Personnel Psychology* 57(3):639-683 へ出たメタ分析は86の独立標本・48,750人を統合したが、抄録が挙げる帰結は、組織への好ましい評価と、内定を受諾する意図・雇用主を薦める意図である。実際の承諾ではない。
- 同じ抄録で「実際の」という語が付くのは選考ツールでの成績だけである。ただし全文には到達できていないので、言えるのは「抄録が挙げる帰結は意図と知覚である」までであり、「行動を一切扱っていない」とは書けない。
- 2009年に *International Journal of Selection and Assessment* 17(4):346-361 へ出たメタ分析は、実験と準実験の26標本・3,481人にもとづき、説明の効果が公正の知覚・採用組織についての知覚・受検の動機・認知能力テストの成績に及ぶと報告した。承諾や辞退はこの一覧に入っていない。
- 2017年に *Journal of Management* 43(6):1693-1725 へ出た総説は「この分野に向けられてきた主な批判に取り組むことから始める」と書き、「応募者の反応が態度・意図・行動に有意で意味のある効果を持つという確かな証拠もある」と書く。ただし n=145 は見直した研究の本数であり、新しい効果量の推定ではない。
- 候補者体験で承諾率が38%上がるという数値は、四段さかのぼると、IBM の研究部門(IBM Smarter Workforce Institute)が2017年に出した白書の「体験に満足した候補者は内定を受諾する見込みが38%高い(54%対39%)」に行き着く。帰属先・意味・経路の三つが同時に入れ替わっている。
- その白書の標本は、2016年に45の国と地域で行われた自己申告の調査の、最近の応募者の部分である。何かを変えた前と後の比較でも、無作為化でもない。原資料は発行元のサイトに見あたらず、逐語は第三者が持つ同一 PDF の写しから取った。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 候補者体験をよくすると、内定の承諾率が38%上がる。大規模なベンチマーク調査で確かめられている | その調査の発表に38%という数値は無い。調査の実施を担う事業者自身の解説ページは、この数値を別の主体に帰している。原資料はIBM の研究部門の2017年の白書で、そこには「体験に満足した候補者は内定を受諾する見込みが38%高い(54%対39%)」とある。2群の相対差であって、率の増分ではない。 |
| 候補者体験の効果は、承諾や辞退といった行動のところまで測られている | 2004年のメタ分析の抄録が挙げる帰結は、組織への好ましい評価と、受諾する意図・薦める意図である。2009年のメタ分析の効果は、公正の知覚・組織についての知覚・受検の動機・認知能力テストの成績に及ぶ。承諾も辞退もこの一覧にない。証拠は意図の手前で厚く、行動の側で薄い。 |
| そもそも候補者の反応なんて実際には効かない、というのが研究の結論だ | 2017年の総説は逆のことを書いている。応募者の反応が態度・意図・行動に有意で意味のある効果を持つ確かな証拠もある、と述べている。ただしこれは145本を見直した記述的な総括であって、新しい効果量の推定ではない。そして、その総説が『そもそも効くのか』という批判から書き起こされていること自体が事実である。 |
うまくできているのは、丸め方のほうである。54%対39%という2つの数は、覚えにくく、持ち運びにくく、聞いた相手に「誰に訊いたのか」と返される。38%という一つの数は、そのどれも起こさない。数字が旅に出るとき、置いていかれるのはいつも括弧の中身で、括弧の中身にしか、誰を数えたのかは書かれていない。
Q1. 2004年のメタ分析の規模と、抄録が挙げる帰結を述べよ。また、この記事が「このメタ分析は行動を一切扱っていない」と書かない理由も述べよ。一問一答
Q2. 2017年の総説について、本文が置いた3つの但し書きを挙げよ。一問一答
Q3. 「候補者体験で承諾率が38%向上」の原資料には、実際には何と書かれていたか。選択
Q4. 2009年のメタ分析で、説明を与えることの効果が確かめられた先はどれか。選択
Q5. 「38%」をさかのぼった四段を、実務資料から原資料へ向かう順に並べ替えよ。(A)調査の実施を担う事業者の解説ページが、38%を別の主体に帰す(B)その主体が2017年に出した白書に、54%対39%と書かれている(C)実務資料が、ある大規模ベンチマーク調査の2022年版として38%を掲げる(D)その調査の発表そのものには、38%という数値が無い並べ替え
今日のうちに、自分が過去に受けた選考を1つ選ぶ。採用の選考でなくてもよく、学校の入試でも、審査でも、応募を考えて途中でやめた募集でもよい。紙かメモアプリに、日付と、選んだものの名前(記号でよい)を書く。次に、その過程で相手と接点があった場面を、思い出せる範囲で時系列に上から並べる。応募したとき、返事が来たとき、日程を決めたとき、会ったとき、結果が来たとき、といった単位でよい。各行の右に、そのとき自分が感じたことを短く1つだけ書く。長く書かない。最後に、それぞれの行を見て、感じたことのせいで自分の行動が実際に変わったものにだけ、行の左端に印を付ける。返信を早めた、辞退した、他をもっと探した、といったものが行動である。印の付いた行と付かない行の数をそれぞれ数えて、下に2つの数として書く。誰かを評価しない。相手の意図を推測しない。自分の行だけを書く。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Gilliland S.W. (1993) 'The Perceived Fairness of Selection Systems: An Organizational Justice Perspective', Academy of Management Review 18(4):694-734 — doi.org
- Hausknecht J.P., Day D.V., Thomas S.C. (2004) 'Applicant Reactions to Selection Procedures: An Updated Model and Meta-Analysis', Personnel Psychology 57(3):639-683 — doi.org
- Truxillo D.M., Bodner T.E., Bertolino M., Bauer T.N., Yonce C.A. (2009) 'Effects of Explanations on Applicant Reactions: A meta-analytic review', International Journal of Selection and Assessment 17(4):346-361 — doi.org
- McCarthy J.M., Bauer T.N., Truxillo D.M., Anderson N.R., Costa A.C., Ahmed S.M. (2017) 'Applicant Perspectives During Selection: A Review Addressing “So What?,” “What's New?,” and “Where to Next?”', Journal of Management 43(6):1693-1725 — doi.org
- Zhang H., Feinzig S. (2017) 'The far-reaching impact of candidate experience', IBM Analytics / IBM Smarter Workforce Institute, February 2017 — hrzone.com
- Lievens F., Chapman D. (2010) 'Recruitment and Selection', in Wilkinson A., Bacon N., Redman T., Snell S. (eds) The SAGE Handbook of Human Resource Management, London: Sage, pp.135-154 — doi.org