止まったのは自分のところではなかった、という止まり方
業務が止まる話は、自分のところで何が起きるかとして語られる。ところが実測が捉えているのは逆の形だった。直接なにも起きていない企業の売上が、取引のつながりを通じて落ちている。しかも、その落ち込みは被災の記録には残らない。
前の単位では、思いついたことが効いたかどうかをどう確かめるかを扱った。ここでは、流れが止まったときに何が起きるかを扱う。
この単位が扱うのは一点——止まったときの影響が、どこまで、誰のところに出ると測られているかである。何を備えるべきかは書かない。 避難のしかたも、何日分を用意すべきかも、記録をどこに何重に置くべきかも、この棚の持ち場ではない。
「業務継続」という言葉は、計画と活動に分かれている
言葉の中身を先に確かめておく。日本の公的な資料は、この語をきれいに二つに分けている。内閣府(防災担当)の『事業継続ガイドライン』(令和5年3月改定・2026年8月閲覧。公的機関の資料であって査読誌ではない)は、計画のほうをこう定義している——
> 不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画
これは「計画」である。 同じガイドラインは、平常時からのマネジメント活動のほうを別に立て、それを経営レベルの戦略的活動として位置づけている。計画と活動が、定義の段階で分けられている。
そして対象の広さについて、こう書いている——
> 本ガイドラインは、民間企業を主な対象とした内容を多く記載しているが、業種・業態・規模を問わず、全ての企業・組織を対象としている。
この二つを並べると、統計の読み方が変わる。 「計画を作ったか」を訊く調査は、定義上、活動のほうを数えていない。 作ったが更新していない場合と、作っていないが毎年手順を見直している場合が、同じ列には入らない。
なお、この分野でよく引かれる調査会社の「復旧時間は4分の1」も、一般向けの著書に帰される「中心にいた人が抜けると生き残る割合が約4割下がる」も、2026年8月に探した範囲では一次情報に到達できなかった。だからこの単位では、その二つの数値を書かない。 ここで扱うのは、辿れる側の測り方である。
止まったのは自分のところではない、という形の止まり方がある
いちばん大きな実測は、日本の震災から出ている。**Carvalho V.M., Nirei M., Saito Y.U. & Tahbaz-Salehi A. が2021年に *The Quarterly Journal of Economics* 136(2):1255-1321 に出した論文である(査読誌**)。2011年の東日本大震災が、地域的に外から与えられた出来事であることを使って、取引のつながりを通じた波及を数えている。
要旨の言葉——“We document that the disruption caused by the disaster propagated upstream and downstream along supply chains, affecting the direct and indirect suppliers and customers of disaster-stricken firms.” 被災した企業の、直接の仕入先と得意先だけでなく、間接の仕入先と得意先にまで、上流にも下流にも広がった。
そして総額について——“Using a general equilibrium model of production networks, we then obtain an estimate for the overall macroeconomic impact … We find that the earthquake and its aftermaths resulted in a 0.47 percentage point decline in Japan's real GDP growth in the year following the disaster.”
震災の翌年、日本の実質GDP成長率を0.47パーセントポイント押し下げた、という推計である。ここは書き分けたい。0.47パーセントではなく、0.47パーセントポイントである。 成長率という数字そのものが、その幅だけ低くなったという意味である。
そしてこれは観測値ではない。 要旨に “Using a general equilibrium model of production networks” と明記されているとおり、生産のつながりを表す模型を通して得られた推計値である。模型の作りが変われば、数字も変わる。
波及の形も、要旨の言葉のとおりに押さえておきたい。 数えられているのは、被災した企業そのものの落ち込みだけではない。直接の相手の、さらにその先——仕入先の仕入先、得意先の得意先までが対象に入っている。つながりを一段たどるごとに影響は薄くなるが、薄くなった分が、たどれる段の数だけ積み上がる。 総額を出すのに模型が要るのは、この積み上がりを一件ずつ観測できないからである。
もうひとつ、この論文の作りで効いているのは、出来事が外から与えられている点である。 地震がどこで起きるかは、その企業の備えの良し悪しとは関係がない。だから「備えのある企業ほど被害が小さかった」という形の、原因と結果が入れ替わった読みが入りにくい。 逆に言えば、外から一斉に与えられた出来事でなければ、この形の推計はそもそも組めない。現実の止まり方の多くは、その形をしていない。
同じ形は、別の国でも、別の経路でも観測されている
日本だけの現象ではない。**Barrot J.-N. & Sauvagnat J. が2016年に *The Quarterly Journal of Economics* 131(3):1543-1592 に出した論文(査読誌)は、米国の自然災害を個別の企業に降りかかった出来事として使い、被災した仕入先が得意先に相当の生産の落ち込みを負わせること、それが他の仕入先にも波及することを報告している。とくに代わりの効きにくい投入物を作っている場合に大きい、とされる。要旨に具体的な数値は無いので、ここでも数値は書かない。**
経路が違うものもある。**Boehm C.E., Flaaen A. & Pandalai-Nayar N. が2019年に *The Review of Economics and Statistics* 101(1):60-75 に出した論文(査読誌)は、同じ2011年の震災を使いながら、標本は米国にある日系の現地法人である。日本国内の企業ではない。要旨はこう書いている——輸入が減ると生産がほぼ1対1で落ちる**、投入物どうしの置き換えは従来考えられていたより効かない、と。
**Hosono K. ら が2016年に *International Economic Review* 57(4):1335-1370 に出した論文(査読誌)は、災害の影響が取引先の銀行が被災するという経路を通っても届くことを扱っている。Cole M.A. ら が2019年に *Journal of Economic Geography* 19(2):373-408 に出した論文(査読誌)は、被害が同じ災害のなかでも場所によって大きく偏ることを、事業所の開設・存続・閉鎖の側から見ている。この2本は要旨の逐語を取れていないので、推定値は書かない。**
共通しているのは向きである。 影響は、被災した場所の外にも出る。そして外に出た側の記録は、被災の記録には残らない。
「策定率」という数字は、誰に何件訊いたものか
日本の状況を数えた公的な資料も見ておく。中小企業庁『中小企業白書』2025年版 第1部 第2章 第4節「BCP」(2026年8月閲覧。行政の年次報告であって査読誌ではない)は、本文でこう書いている——
> 「中小企業」におけるBCP策定率は上昇傾向にあるものの、「大企業」のBCP策定率と比較すると、その水準には依然として差があることが分かる。
具体的な割合は本文ではなく図の中にあり、2026年8月に見た範囲では図から値を取れていないので、ここでは書かない。 代わりに書き写しておきたいのは、その割合が誰を数えたものかである。同じ節の注記にこうある——
> (株)帝国データバンクが2024年5月、全国27,104社の企業を対象に実施したアンケート調査【有効回答数:11,410社(大企業1,802社、中小企業9,608社)、回収率:42.1%】。
2024年5月に、民間の信用調査会社が27,104社へ送り、11,410社が答えた。回収率は42.1%である。 つまり58%近くは答えていない。 答えなかった側に、答える余裕がなかった組織がどれだけ含まれているかは、この調査からは分からない。「日本企業の策定率は◯%」という言い方は、この母集団の上に立っている。
時間・変化:止まったあと、何が記録に残るか
順番はだいたい決まっている。まず止まる。次に、直接止まった側の被害が記録される。次に、取引を通じて影響が出た側が、遅れて、別の統計に現れる。次に、答えられる状態に戻った組織へ調査票が届く。最後に、回答が集計されて割合になる。
逆向きにはまず動かない。止まったまま戻らなかった組織は、調査票に答えない。 答えなかった58%のなかに、その組織がどれだけいるかは数えられない。だから「備えた組織のほうが早く戻った」という形の数字は、構造として上に振れる。
そして、引き継がれなかったことは、そもそも記録の対象にならない。 手順が誰かの頭の中にしかなかったこと自体、その人がいるあいだは問題として現れない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、止まる原因のほうばかりを数えることである。ここまでの実測が示しているのは、原因は自分のところに無くても、影響は届くという形だった。上流にも下流にも、直接にも間接にも。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、日本と米国の、企業間の取引データが揃っている範囲から採られている。取引の記録が残らない仕事、統計に載らない働き方、調査票が届かない小さな組織は、最初から入っていない。効果が測られている期間も短い。そして「復旧した」が何を指すかは、資料ごとに違う。さらに——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 答えられる状態に戻った組織だけが標本に入り、戻らなかった組織は追跡から抜けている。
助けるのは、自分しか知らないことを、書き出して見返すという一手である。書き残す作業そのものは今日でなくてよい。何が自分の頭の中にしかないかを、いま一度目にしておくだけでよい。
最初の一歩は10分。自分しか知らないことを3つ書き出し、そのうち30分あれば書き残せるものに印を付けて、もう一度見返す。誰にも共有しない。
次の単位は 224「プロセス革新力(BPR・デジタル化)」——流れを作り替える、という言い方に付いてくる数字は、どこから来たのか。
- 内閣府(防災担当)『事業継続ガイドライン』(令和5年3月改定・2026年8月閲覧、査読誌ではない)は、BCPを、不測の事態が発生しても重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針・体制・手順等を示した計画、と定義し、平常時からのマネジメント活動を別に立てている
- 同ガイドラインは、業種・業態・規模を問わず全ての企業・組織を対象としている、と書いている。計画を作ったかを訊く調査は、定義上、平常時の活動のほうを数えていない
- Carvalho V.M., Nirei M., Saito Y.U. & Tahbaz-Salehi A. の2021年の論文(The Quarterly Journal of Economics 136(2):1255-1321、査読誌)は、2011年の震災の影響が上流にも下流にも広がり、被災企業の直接と間接の仕入先と得意先に及んだと報告している
- 同論文は、震災とその余波が翌年の日本の実質GDP成長率を0.47パーセントポイント押し下げたと推計している。パーセントではなくパーセントポイントであり、生産のつながりを表す一般均衡模型を通した推計値であって観測値ではない
- Barrot J.-N. & Sauvagnat J. の2016年の論文(The Quarterly Journal of Economics 131(3):1543-1592、査読誌)は米国の自然災害で同じ向きの波及を報告し、Boehm C.E. ら の2019年の論文(The Review of Economics and Statistics 101(1):60-75、査読誌)は米国にある日系現地法人を標本として、輸入が減ると生産がほぼ1対1で落ちると報告している
- 中小企業庁『中小企業白書』2025年版 第1部第2章第4節の図の元データは、帝国データバンクが2024年5月に全国27,104社へ送ったアンケートで、有効回答11,410社(大企業1,802社、中小企業9,608社)、回収率42.1%である。策定率の具体的な割合は本文ではなく図の中にあり、2026年8月に見た範囲では取れていない
- 調査会社の「復旧時間は4分の1」と、2012年の一般向けの著書に帰される「離脱で生存率が約4割低下」は、2026年8月に探した範囲でいずれも出どころに到達できなかったため、この単位では数値を書いていない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 計画を作った組織は、作っていない組織より復旧が4分の1の時間で済む | 出どころとされるのはある調査会社の数字だが、2026年8月に探した範囲ではその調査に到達できなかった。調査会社の報告は査読誌ではない。同じく、中心にいた人が抜けると生き残る割合が約4割下がるという数字も、出どころとされる2012年の一般向けの著書に相当する記述へ到達できなかった。どちらもこの単位では数値を書いていない |
| 業務が止まるかどうかは、自分の組織が被害を受けたかどうかで決まる | Carvalho V.M. ら の2021年の論文(The Quarterly Journal of Economics 136(2):1255-1321、査読誌)は、2011年の震災の影響が上流にも下流にも広がり、被災した企業の直接と間接の仕入先と得意先にまで及んだと報告している。総額としては、翌年の日本の実質GDP成長率を0.47パーセントポイント押し下げたと推計しているが、これは生産のつながりを表す一般均衡模型を通した推計値であって観測値ではない |
| 日本企業のBCP策定率という数字は、日本の企業全体を数えたものである | 中小企業庁『中小企業白書』2025年版 第1部第2章第4節の図の元データは、帝国データバンクが2024年5月に全国27,104社へ送ったアンケートで、有効回答は11,410社(大企業1,802社、中小企業9,608社)、回収率は42.1%である。58%近くは答えていない。しかも内閣府の定義では、BCPは計画を指し、平常時からのマネジメント活動は別に立てられている。計画を作ったかを訊く調査は、定義上、活動のほうを数えていない |
業務を止めないための計画には、定義がある。中断させない、または短い期間で復旧させるための方針と体制と手順を示した計画、である。定義の精度は申し分ない。皮肉なのは、その計画をどれだけの組織が持っているかを数えた調査に、答えられなくなった組織が最初から入っていないことである。いちばん知りたい相手が、いちばん確実に回答から抜ける。この形の統計を、私たちは「策定率」と呼んでいる。
Q1. 中小企業庁『中小企業白書』2025年版 第1部第2章第4節の図の元データは、帝国データバンクが2024年5月に全国 ____ 社へ送ったアンケートで、有効回答は ____ 社、回収率は ____ %である。穴埋め
Q2. Carvalho V.M. ら の2021年の論文(The Quarterly Journal of Economics 136(2))が報告した総額の推計について、本文の記述と合うものはどれか。選択
Q3. Boehm C.E. ら の2019年の論文(The Review of Economics and Statistics 101(1))について、本文が明記している標本はどれか。選択
Q4. 内閣府『事業継続ガイドライン』(令和5年3月改定)の定義について、本文の記述と合うものはどれか。選択
Q5. 本文が示した「止まったあと、何が記録に残るか」の順番を、早いほうから並べなさい。(ア)取引を通じて影響が出た側が、遅れて別の統計に現れる(イ)直接止まった側の被害が記録される(ウ)回答が集計されて割合になる(エ)答えられる状態に戻った組織へ調査票が届く並べ替え
いま自分の持ち場で、自分しか知らないことを3つ書き出す。手順の細かい順番でも、どこに何が置いてあるかでも、この作業のときだけ気をつけていることでもよい。3つ書けたら、それぞれの横に、30分あれば文字にして書き残せそうかどうかの印を付ける。付け終えたら、3行をもう一度上から読み返して、印の付き方を眺めるところまでを今日の課題とする。書き残す作業そのものは今日でなくてよい。誰かに共有しない。人の名前は書かない。誰かが知らないことを指摘するのにも使わない。組織に属していない場合や一人で全部を回している場合も、この課題はそのまま成立する——いま自分が続けている作業や調べもののなかで、自分の頭の中にしかない段取りを3つ書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Carvalho V.M., Nirei M., Saito Y.U., Tahbaz-Salehi A. (2021) 'Supply Chain Disruptions: Evidence from the Great East Japan Earthquake', The Quarterly Journal of Economics 136(2):1255-1321, doi:10.1093/qje/qjaa044 — doi.org
- Barrot J.-N., Sauvagnat J. (2016) 'Input Specificity and the Propagation of Idiosyncratic Shocks in Production Networks', The Quarterly Journal of Economics 131(3):1543-1592, doi:10.1093/qje/qjw018 — doi.org
- Boehm C.E., Flaaen A., Pandalai-Nayar N. (2019) 'Input Linkages and the Transmission of Shocks: Firm-Level Evidence from the 2011 Tōhoku Earthquake', The Review of Economics and Statistics 101(1):60-75, doi:10.1162/rest_a_00750 — doi.org
- Hosono K., Miyakawa D., Uchino T., Hazama M., Ono A., Uchida H., Uesugi I. (2016) 'Natural Disasters, Damage to Banks, and Firm Investment', International Economic Review 57(4):1335-1370, doi:10.1111/iere.12200 — doi.org
- Cole M.A., Elliott R.J.R., Okubo T., Strobl E. (2019) 'Natural disasters and spatial heterogeneity in damages: the birth, life and death of manufacturing plants', Journal of Economic Geography 19(2):373-408, doi:10.1093/jeg/lbx037 — doi.org
- 内閣府(防災担当)(2023)『事業継続ガイドライン -あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-』令和5年3月改定(2026年8月閲覧。査読誌ではない) — www.bousai.go.jp
- 中小企業庁(2025)『中小企業白書』2025年版 第1部 第2章 第4節「BCP」(2026年8月閲覧。査読誌ではない) — www.chusho.meti.go.jp