会社が割り当てた育成の関係では、効果がほとんど検出されない——自然に始まった関係では検出される
育てる人を増やせば、育つ人も増える——もっともらしい足し算である。ところが数字を見にいくと、増えているのは、育てたという申告のほうだった。しかもその申告は、育てた側が自分で書いている。
返す人を増やすと、何が増えるか
前の単位では、返ってくるものの効き方が、平均の下で正と負にまたがっていることを見た。ここではその上に、返す人を増やしたらどうなるか、という問いを置く。
持ち場を狭めておく。心理的な安全や、異論の扱いや、制度としての仕組みは、組織の基盤の棚が扱った。ここで扱うのは、誰が誰を育てているか、そしてそれがどう測られてきたか、だけである。人事の評価項目の作り方も、相談の受け方も書かない。
増やせば速くなる、という一文
この棚のもとになった設計資料には、こう書かれている——「分散型学習リーダーシップ(全員が教え・学ぶ)は集中型より組織学習速度が高い」。代表文献として挙がっているのは Edmondson 2012 『Teaming』で、これは書籍である。
育成の責任を一人から複数へ広げるという発想そのものには、査読誌の出どころがある。2001年に Academy of Management Review へ出た論文が、人の発達を一対一の関係ではなく、複数の関係の集まりとして捉え直すことを提案した。ただしこの論文が自分でしていることは、著者ら自身の言葉で言えば、社会的ネットワークの理論と方法を持ち込んで類型を導入し、その帰結について命題を出すこと、である。命題の提示であって、効果の検証ではない。
発想の提案が1本、効果の検証がゼロ本。この状態から出発する。
測ってみると、どこが縮むか
育成の関係が受け手に何をもたらすかを測ったメタ分析は、いくつもある。2004年に Journal of Applied Psychology へ出たものを原典で見る。
育てられた人と、育てられなかった人を比べた統合結果は、こうなっている。キャリアへの満足が相関係数 .21(7件・2,602人)、昇進の見込みへの期待が .26(3件・691人)、職務満足が .18(10件・3,029人)、キャリアへのコミットメントが .15(4件・2,207人)。
いっぽう、給与などの報酬は .12(7件・2,260人)。組織に留まる意思は .06(3件・1,606人)で、95%信頼区間が −.05 から .17 と、ゼロをまたぐ。昇進の回数だけは .31(3件・561人)と大きいが、もとになった研究は3件しかない。
著者らの結論は、育成の関係の利点はおおむね支持されるが、客観的な指標に結びついた効果量は小さい、である。並べ替えると形が見える。本人がどう感じているかを聞いた指標は大きく、外から数えられる指標は小さくなる。
公式と自然発生
もう一つ、割れ方がある。会社が割り当てた関係か、自然に始まった関係か、である。
2006年に Journal of Vocational Behavior へ出たメタ分析は、育てられた人と育てられなかった人を比べた14件の研究から88個の効果量を取り出し、全体の平均効果量を0.2437(重み付き標準偏差0.120、95%信頼区間 0.175〜0.311)と報告した。
そのうえで、関係の始まり方で分けている。会社が割り当てた公式の関係では、平均効果量0.057、95%信頼区間 −0.163〜0.279。ゼロをまたいでいる。自然に始まった関係では0.259、0.051〜0.468で、こちらは統計的に有意だった。
この差は、しばしば「公式プログラムは効かない」という短い形で運ばれる。ただし原典には、続きが書いてある。もとになった研究は、公式が3件、自然発生が2件しかない。しかも自然発生の側は、信頼区間の下限が0.051と、ゼロにきわめて近い。著者自身が、この結果は慎重に見るべきだと明記している。
数字は小さくないが、数字を支えている研究の数は小さい。値切るときは、両方を言う必要がある。
選抜のほう
では、なぜ自然に始まった関係のほうで効果が出るのか。
同じ論文の考察に、答えの候補が書いてある。育てられる側としてもっとも望ましい特徴が、そもそもその人をキャリアの成功へ押し出す特徴と同じものであるならば、育てられた人と育てられなかった人を単純に比べた研究は、育成そのものの有用性についてほとんど何も語っていない、と。
これが選抜効果である。自然に始まる関係は、始まる前に選別が起きている。誰かが誰かを見て、この人なら、と思うところから始まるからだ。会社が割り当てる関係では、その選別が起きない。効果の差は、育て方の巧拙ではなく、名簿の作られ方から来ている可能性が高い。
2008年に同じ雑誌へ出た、分野をまたぐメタ分析も、同じ向きの結論に着いている。育成の関係は、行動・態度・健康・関係・動機・キャリアと、幅広い望ましい結果と結びついている。ただし効果量はおおむね小さい。
育てる側に、何が測られたか
育成責任を分散させるというのは、育てる側の人数を増やすことでもある。では、育てた側には何が起きるのか。
2013年に出たメタ分析が、18件の研究をまとめている。測られたのは5つ——職務満足、組織へのコミットメント、離職の意思、職務の遂行、キャリアの成功。著者ら自身が、これらを主観的なキャリアの結果と呼んでいる。育てた人と育てていない人を比べると、職務満足で相関係数 .123(4件・1,617人)、組織へのコミットメントで .12(4件・1,736人)。離職の意思は −.035(3件・1,460人)で、有意ではなかった。
測り方も書いてある。育成の中身も、結果の側も、複数項目の自己申告の尺度で測られている。著者らは考察で、メタ分析は相関の要約にすぎず、因果の推論は慎重にすべきだと明記している。
つまり、育てる人を増やしたときに確実に増えるのは、育てたという記述と、育てた側の満足の申告である。それ自体は悪いことではない。ただし、それを組織の学習が速くなった証拠として読むことはできない。
増えているのは何か
2022年に Journal of Career Development へ出た批判的レビューは、この領域をこうまとめている。職場での育成の関係は、特定の状況の、特定の人たちにとっては、良い結果と結びついているように見える。ただし、その良い結果がどこまで確かかは、研究に残された大きな空白によって制限されている。そして、危険や費用の側は、良い結果の側に比べてはるかに研究されていない。
育てる人を増やすと育つ、という文の主語と述語のあいだには、まだ測られていない距離がある。
時間・変化:一人の師匠が、みんなの役割になるまで
1980年代、この領域の研究は、一対一の関係を単位にして始まった。2001年、複数の関係の集まりとして捉え直す類型が提案される。2000年代には、比較のメタ分析が相次いで出る。2020年代には、批判的なレビューが空白を数え上げる。
40年のあいだに、呼び名は変わった。師匠から、複数の関係へ。関係から、役割の分散へ。
変わらなかったものが一つある。測られているものが、おおむね本人の申告のままだということである。名前が広がるほど、測るのは難しくなる。一対一なら誰と誰かを特定できるが、全員が教え合う状態では、誰が何を教えたかを外から数える方法がない。だから、数えられるものだけが残る——本人が、教えた、と書いた件数である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、公式のしくみを立ち上げたこと自体を成果として数えることである。公式か自然発生かで効果が割れたという結果は、公式が悪いという意味ではない。選別が起きているかどうかで、比較の土台が違う、という意味である。
第二の妨げは、育てたという申告を、育ったことの代わりに使うことである。申告は数えやすく、育ちは数えにくい。数えやすいほうが、いつのまにか指標になる。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、欧米の大企業や大学を対象に採られた横断的な調査が中心で、30人規模の組織を対象にした研究はほとんど見当たらない。効果量の根拠が3件や2件の研究しかない箇所もある。そして——学ぼうとする人ほど学ぶ機会を得やすい、という逆向きは、ここまでのどの研究でも排除できていない。誰かに教えてもらえる人は、その前にすでに選ばれている可能性がある。
助けるのは、教えた場面を1件だけ思い出して、相手がもともとどうだったかを自分に確かめることである。判定するのは相手ではなく、自分の記憶のほうである。
最初の一歩は2分。直近1か月で自分が誰かに何かを教えた場面を1件だけ挙げ、その相手が、もともとその作業ができる人だったかどうかに印を付ける。
次の単位は 200「学習効果の可視化」——ここでは、育てたという申告が数えやすいことを見た。その上に、そもそも組織が学習の何を測っているのか、という問いを置く。測りやすい段から順に測られている、という話になる。
- 設計資料の「分散型学習リーダーシップ(全員が教え・学ぶ)は集中型より組織学習速度が高い」という一文の代表文献 Edmondson 2012 『Teaming』は書籍である。査読誌の出どころにあたる Higgins & Kram 2001(Academy of Management Review 26(2):264-288)は、社会的ネットワークの理論を持ち込んで類型を導入し命題を出した論文で、著者ら自身の記述どおり、効果の検証ではない
- Allen ら 2004(Journal of Applied Psychology 89(1):127-136)の統合結果は、キャリアへの満足 .21(7件・2,602人)、昇進の見込みへの期待 .26(3件・691人)、職務満足 .18(10件・3,029人)に対し、報酬は .12(7件・2,260人)、組織に留まる意思は .06(3件・1,606人、95%信頼区間 −.05〜.17でゼロをまたぐ)。著者らは客観的な指標に結びついた効果量は小さいと結論している
- Underhill 2006(Journal of Vocational Behavior 68(2):292-307)は14件の研究・88個の効果量から、全体の平均効果量を0.2437(重み付き標準偏差0.120、95%信頼区間 0.175〜0.311)と報告した
- 同じ論文で、会社が割り当てた公式の関係の平均効果量は0.057(95%信頼区間 −0.163〜0.279)でゼロをまたぎ、自然に始まった関係は0.259(0.051〜0.468)で有意だった。ただし根拠となった研究は公式3件・自然発生2件で、自然発生の信頼区間の下限は0.051とゼロに近く、著者自身が慎重に見るべきだと明記している
- 同じ論文の考察には、育てられる側としてもっとも望ましい特徴が、そもそもその人をキャリアの成功へ押し出す特徴と同じであるならば、単純な比較は育成の有用性についてほとんど何も語っていない、と書かれている。これが選抜効果である
- Ghosh & Reio 2013(Journal of Vocational Behavior 83(2):106-116)は18件の研究をまとめ、育てた側の職務満足 .123(4件・1,617人)、組織へのコミットメント .12(4件・1,736人)、離職の意思 −.035(3件・1,460人、有意でない)を報告した。測られた5つはすべて主観的なキャリアの結果で、育成の中身も結果も自己申告の尺度である
- Ivey & Dupré 2022(Journal of Career Development 49(3):714-729)は、職場での育成の関係が良い結果と結びつくのは特定の状況の特定の人たちにおいてであり、その確からしさは研究に残された大きな空白によって制限されていること、危険や費用の側は良い結果の側に比べてはるかに研究されていないことを指摘した
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 全員が教え合う状態のほうが、組織の学習は速くなる | その一文の代表文献は書籍であり、査読誌の出どころにあたる Higgins & Kram 2001 は類型の提案と命題の提示であって、効果の検証ではない。効果を測ったメタ分析の側では、育てた側に測られているのは主観的なキャリアの結果5つ(Ghosh & Reio 2013、18件)で、しかも育成の中身も結果も自己申告の尺度である。増えることが確かめられているのは、育てたという申告のほうである |
| 会社の公式プログラムより、自然に生まれた育成関係のほうが効くと証明されている | Underhill 2006 が報告したのは、公式が0.057(95%信頼区間 −0.163〜0.279)、自然発生が0.259(0.051〜0.468)という差である。ただし根拠は公式3件・自然発生2件で、自然発生の信頼区間の下限は0.051とゼロに近く、著者自身が慎重に見るべきだと書いている。さらにこの差は育て方の巧拙ではなく、自然発生の側で始まる前に選別が起きていることで説明できる |
| メタ分析で関連が出ているのだから、育成の関係は成果につながっている | Allen ら 2004 では、本人がどう感じているかを聞いた指標が .18から .26 なのに対し、報酬は .12、組織に留まる意思は .06 で信頼区間がゼロをまたぐ。Eby ら 2008 も、幅広い望ましい結果と結びつくが効果量はおおむね小さいと結論している。Ghosh & Reio 2013 は、メタ分析は相関の要約にすぎず因果の推論は慎重にすべきだと明記している |
育成責任を分散させると、たしかに増えるものがある。育てたという申告と、育てた側の満足である。どちらも自己申告の尺度で、どちらも数えやすい。数えにくいほうは、相変わらず数えられていない。皮肉なのは、この領域でいちばん有名な「公式より自然発生」という結論が、公式3件と自然発生2件の研究に載っていることだ。合わせて5件。全員が教え合う組織の話をするには、いささか少ない人数である。
Q1. Underhill 2006 が報告した、公式の関係と自然に始まった関係の平均効果量を挙げ、その差を読むときに必ず添えるべき但し書きを答えよ。一問一答
Q2. 本文がいう選抜効果とは何か。Underhill 2006 の考察の言い方に沿って説明せよ。一問一答
Q3. Allen ら 2004 の統合結果として、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q4. Ghosh & Reio 2013 が、育てる側について測った5つの結果の性質として正しいものはどれか。選択
Q5. 「分散型学習リーダーシップは集中型より組織学習速度が高い」という一文の出どころについて、本文の内容に合うものはどれか。選択
直近1か月のなかで、自分が誰かに何かを教えたり、やり方を見せたり、質問に答えたりした場面を1件だけ挙げる。そして、その相手がもともとその作業をできる人だったかどうかに印を付ける。これは相手の能力を評価する課題ではない。確かめているのは、自分がどういう相手に教える機会を得ていたか、という自分側の記憶である。相手が誰かは書かず、印だけを残す。相手に確認を取ったり、感想を聞いたりはしない。職場に教える相手がいない場合は、家族や知人からの質問に答えた場面でも、掲示板や投稿への返信でもよく、思い当たらなければ、無かった、と記録すればそれで完了とする。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Higgins M.C., Kram K.E. (2001) 'Reconceptualizing Mentoring at Work: A Developmental Network Perspective', Academy of Management Review 26(2):264-288 — www.bu.edu
- Allen T.D., Eby L.T., Poteet M.L., Lentz E., Lima L. (2004) 'Career Benefits Associated With Mentoring for Protégés: A Meta-Analysis', Journal of Applied Psychology 89(1):127-136 — digitalcommons.usf.edu
- Underhill C.M. (2006) 'The effectiveness of mentoring programs in corporate settings: A meta-analytical review of the literature', Journal of Vocational Behavior 68(2):292-307 — members.bestbusinesscoach.ca
- Eby L.T., Allen T.D., Evans S.C., Ng T., DuBois D.L. (2008) 'Does mentoring matter? A multidisciplinary meta-analysis comparing mentored and non-mentored individuals', Journal of Vocational Behavior 72(2):254-267 — eric.ed.gov
- Ghosh R., Reio T.G. Jr. (2013) 'Career benefits associated with mentoring for mentors: A meta-analysis', Journal of Vocational Behavior 83(2):106-116 — www.womeninhealthcare.org
- Ivey G.W., Dupré K.E. (2022) 'Workplace Mentorship: A Critical Review', Journal of Career Development 49(3):714-729 — journals.sagepub.com