説明してくださいと言われて書いたあと、下がったのは知識ではなかった
ファスナーの仕組みを説明できますか、と聞かれると、たいていの人はできると答える。実際に手順を書いてもらい、もう一度同じことを聞くと、答えは下がる。下がったのは知識ではない。知識の見積りのほうである。
何を説明できると、その道具は言えたことになるのか
実体という道具は、目の前の主張や物や仕組みについて、自分がどこまで中身を持っているかをその場で確かめるためのものである。道具箱でいえば、現実への接続を担う引き出しに入っている。
使い方は乱暴なくらい単純だ。説明できると思っているものについて、まず自信を数字で書く。次に、順を追って説明を書く。書き終えてから、もう一度自信を数字で書く。二つの数字の差が、この道具の出力である。差が出るのは、知識が減ったからではない。知識の見積りが、書くという作業によって初めて更新されたからだ。
この落差には名前が付いている。説明深度の錯覚という。実際より深く説明できると見積もる、という意味である。
16人の大学院生と、ファスナー
名前を付けたのは、米国で2002年に Cognitive Science へ出た研究である。手続きはこうだった。まずファスナー、水洗トイレ、速度計、シリンダー錠、クオーツ時計、ミシンといった装置について、仕組みをどれくらい理解しているかを7段階で自己評価させる。次に、そのうち4つについて段階を追った説明を書かせ、もう一度自己評価させる。さらに、仕組みの要点を問う診断的な質問に答えさせ、そのあとでまた自己評価させる。最後に専門家の説明を読ませ、それに照らして評価し直させる。
最初の研究の参加者は、イェール大学のさまざまな専攻の大学院生16人だった。自己評価は各段階で有意に下がった。反復測定の分散分析で F(4,56)=16.195、p<.001、効果の大きさは η²=.536 である。33人の学部生でも同じ形になった(F(4,124)=38.9)。地方の大学の学生16人でも、装置の組み合わせを差し替えても、同じ落ち方が出た。
面白いのは、あらかじめ「あとで説明を書いてもらいます」と警告した条件でも、落差は小さくなりはしたが消えなかったことだ。知らされていても、書くまでは見積りが直らない。
落ちる領域と、落ちない領域
この研究がよく引かれるとき、たいてい落ちた話だけが運ばれる。だが同じ論文の後半は、落ちない領域を探す作業に費やされている。ここがこの道具の効く範囲を決める。
48か国の首都という事実では、52人で、低下は有意でも装置のときより明らかに小さかった(F(2,100)=4.488)。クッキーを焼く、蝶ネクタイを結ぶ、道順を教えるといった手順では、37人で低下がまったく出なかった(F(2,70)=1.598、p=.210)。映画の筋書きでも、39人で低下は出なかった。いっぽう地震や彗星や潮の満ち引きといった自然現象では、31人で装置と同じかそれ以上の落ち方をした(F(4,112)=73.698)。
つまり錯覚が起きるのは、外側が見えていて、内側に因果の連なりがある対象である。ファスナーは閉まるところが見える。閉まる仕組みは見えない。首都の名前には内側がなく、蝶ネクタイの結び方は自分の手が全部を知っている。だからこの道具は、どんな主張にでも当てられるわけではない。当てて意味があるのは、結果は見えているが道筋が自分の手の外にあるものだ。見積りの根拠、料金体系、審査の通し方、他部署の作業がこれにあたる。
自転車を描いてもらう
同じ落差を、絵で測った研究もある。英国で2006年に Memory & Cognition へ出たもので、自転車の骨組みだけを描いた紙を渡し、フレームの残り、チェーン、ペダルを描き足してもらう。それから、正しい自転車とありえない自転車を並べた選択肢から選ばせる。
日常的に自転車に乗っていない81人では、描画で44%、選択で40%が少なくとも1つ誤った。誤りが集中したのはチェーンで、描画で36%、選択で28%。前輪と後輪の両方にチェーンを掛けてしまう、というのが典型である。週に1回以上乗る68人では、描画9%、選択13%まで落ちた。
この研究の値打ちは、自己申告を使っていないところにある。自信を聞いていない。描かせているだけだ。それでも、毎日見ているものの内側が抜けていることが出る。2024年に Journal of Cognition へ出た2つの実験(329人と381人)も同じ向きで、内部の部品を見せてから評価させると、外観だけを見せた場合より自己評価が下がった(4.22 対 5.37、F(1,327)=111.7)。何を理解と呼ぶかを、人は使い方のほうで測っている。
値切り:第一原理思考の効果を測った論文を探しにいく
この単位に対応する実務側の道具として、いちばんよく挙がるのが第一原理思考である。物事を、それ以上分解できないところまで割って、そこから積み直すという構えのことだ。ある起業家の実践として広く語られ、思考法の本の目次に必ず入っている。
そこで、この手法の効果を測った査読論文を探した。心理学と意思決定研究の学術データベース、および学術検索で、第一原理思考という語そのもの、それを英語に置き換えた語、分解して再構成するという説明を、判断の質・決定の速さ・解の新しさといった結果変数と組み合わせて当たった。たどり着けなかった。出てくるのは、実務書、講演の書き起こし、コンサルティング会社と研修事業者の解説記事である。
存在しないと断定はしない。探し方が悪かった可能性は残る。ただ、確かめようとした人がたどり着けない場所にある効果は、根拠としては使えない。しかも第一原理思考として語られる手続きは、たいてい「うまくいった判断をあとから分解して、その順に考えたことにする」形をしている。成功した例を後から集めて名前を付ける手つきでは、失敗した例が標本に入らない。
面白いのは、値切ったあとに残るものが、第一原理思考の言いたかったことに近い点である。分解して積み直すことの効果は測られていない。だが、分解しようとして書けなくなる現象のほうは繰り返し測られている。役に立つのは構えではなく、書けなくなる場所のほうだ。
検索窓を開くと、自己評価が上がる
米国で2015年に Journal of Experimental Psychology: General へ出た9つの実験は、インターネットで何かを調べた人が、そのあとで、調べたのとは関係のない話題についての自分の説明力まで高く見積もることを示した。最初の実験では、検索した群の自己評価が3.61、しなかった群が3.07、t(195)=3.24、p=.001、d=0.50 である。検索が失敗して何も出てこなかった場合でも上がった。上げているのは得た中身ではなく、調べられる状態そのものらしい。
同じ向きの結果が、2016年に Psychological Science へ出ている。米国の成人146人に架空の自然現象を6つ読ませ、片方の群にだけ「これは科学者によって説明されている」と伝える。説明の中身は与えていない。それでも、そう伝えられた群のほうが自分の理解を高く評価した(F(2,210)=5.62、p=.004)。誰かが分かっているという情報が、自分が分かっている感じに化ける。
そして2023年に Judgment and Decision Making へ出た3つの事前登録実験(3つめは264人)は、逆向きの使い方を示した。何か一つについて説明を書かせると、まったく関係のない別のことについての自己評価まで下がる。落差は、その話題に閉じていない。
主張を層に割る
以上を道具の形に直すと、こうなる。何かを「知っている」と言うとき、そこには少なくとも4つの層がある。名前を言える。何をするものかを言える。手順を順に言える。なぜその手順でなければならないかを言える。
この道具の出力は、表のどこで自分が止まるかである。止まる場所は主張ごとに違う。だから「自分は分かっていなかった」という結論には意味がなく、「この件は3層目で止まる」という結論に意味がある。止まった場所は、次に誰に何を聞けばよいかを決めてくれる。
時間・変化:つもりは、いつ生まれるか
説明できるつもりは、対象に触れた瞬間に生まれるわけではない。三つの時点で育つ。
第一に、結果を何度も見たとき。ファスナーは毎日閉まる。閉まるところを何百回も見ていることが、内側も見たという記憶にすり替わる。頻度が確信を作る。
第二に、説明を読んだ直後。2002年の研究の最後の段階では、専門家の説明を読ませたあと自己評価が回復している。読んだ直後の理解は本物だが、その状態は薄れ、薄れたことは自分では分からない。回復した数字だけが記憶に残る。
第三に、調べられる状態に置かれたとき。手元の端末で3秒後に調べられるものは、すでに知っているものとして扱われやすい。
だから、つもりを潰す作業には賞味期限がある。書いて落とした自己評価は、しばらくすると戻る。悪いのは戻ることではなく、戻った数字を書く前の数字と同じものだと思うことだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、この道具を人に向けることである。相手に説明させて詰まったところを指摘する使い方は、効果を測った研究のどれもやっていない。研究がやったのは、本人に書かせて本人に評価し直させることだけだ。他人に向けた瞬間、これは思考の道具ではなく会話の武器になる。
第二の妨げは、落差を能力の話に読み替えることである。落差はイェールの大学院生にも地方大学の学部生にも同じように出た。大きさは人ではなく対象の種類で決まっていた。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、米国と英国の大学生・大学院生・オンラインで集められた成人を対象にした実験室課題で採られている。実験室で数分の課題として測られたものが、締切のある本物の判断にそのまま当てはまるとは限らない。日本語での追試はほとんど見当たらず、うまく書けた人のデータは残るが途中でやめた人のデータは残らない。数字は方向だけ持ち帰るのが誠実である。
助けるのは、書く場所を決めておくことだ。頭の中で説明を組み立てても、落差は出ない。2002年の手続きが要求したのは、文章として書き出すことだった。
最初の一歩は5分。説明できるつもりのものを1つ選び、10段階で自信を書き、手順を書き、もう一度10段階で書く。差が0でも構わない。0だと分かっている状態と、測っていない状態は違う。
次の単位は 182「意味」——実体が、主張の中身がどこまであるかを測る道具なら、こちらは、その主張に使われている言葉がどこまでの幅を持つかを測る道具である。引き出しは隣にあり、どちらから開けてもよい。
- Rozenblit & Keil 2002(Cognitive Science 26(5):521-562)の最初の研究は、イェール大学の大学院生16人にファスナー・水洗トイレ・速度計などの仕組みを7段階で自己評価させ、段階を追った説明を書かせ、診断的な質問に答えさせた。自己評価は各段階で下がり、F(4,56)=16.195、p<.001、η²=.536。33人の学部生でも同じ形が出た(F(4,124)=38.9)
- 同じ論文が示した効く範囲のほうが重要である。48か国の首都という事実では低下が装置より明らかに小さく(52人、F(2,100)=4.488)、クッキーを焼くなどの手順では低下が出ず(37人、F(2,70)=1.598、p=.210)、映画の筋書きでも出なかった(39人)。自然現象では装置と同じかそれ以上に落ちた(31人、F(4,112)=73.698)
- Lawson 2006(Memory & Cognition 34(8):1667-1675)は英国で自転車の絵を描き足させ、日常的に乗らない81人のうち描画で44%、選択で40%が誤った。誤りはチェーンに集中し(描画36%、選択28%)、週1回以上乗る68人では描画9%、選択13%だった。自己申告を使わずに同じ落差を測った点が値打ちである
- 第一原理思考の効果を測った査読論文を、心理学と意思決定研究の学術データベースおよび学術検索で、日本語の語・英語の語・分解して再構成するという説明を、判断の質や決定の速さなどの結果変数と組み合わせて探したが、たどり着けなかった。出てくるのは実務書と解説記事である。存在しないとは断定しないが、根拠としては使えない
- Fisher, Goddu & Keil 2015(Journal of Experimental Psychology: General 144(3):674-687)の9実験は、インターネットで調べた人が、無関係な話題についての自分の説明力まで高く見積もることを示した。最初の実験で検索群3.61 対 非検索群3.07、t(195)=3.24、p=.001、d=0.50。検索が失敗しても自己評価は上がった
- Sloman & Rabb 2016(Psychological Science 27(11):1451-1460)は米国の成人146人に架空の自然現象を読ませ、説明の中身を与えずに「科学者によって説明されている」と伝えるだけで自己評価が上がることを示した(F(2,210)=5.62)。Zemla & Corral 2024(Journal of Cognition 7:63、329人と381人)は逆に、内部の部品を見せると自己評価が下がることを示した(4.22 対 5.37、F(1,327)=111.7)
- Meyers et al. 2023(Judgment and Decision Making 18:e24)の3つの事前登録実験(3つめは264人)は、一つの現象について説明を書かせると、まったく関係のない別の話題についての自己評価まで下がることを示した。落差はその話題に閉じていない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 第一原理思考のように、物事を根本まで分解してから積み直せば、判断の質が上がる | この手法の効果を測った査読論文を、学術データベースと学術検索で語を変え結果変数を変えて探したが、たどり着けなかった。出てくるのは実務書と解説記事である。しかも語られる手続きは、うまくいった判断をあとから分解して、その順に考えたことにする形をしている。残るのは、分解しようとすると書けなくなる、という測られている現象のほうだ |
| 説明を書かせて自己評価が下がったのは、その人が実は分かっていなかったということだ | 下がったのは知識ではなく、知識の見積りである。しかも下がり方は人ではなく対象の種類で決まっていた。Rozenblit & Keil 2002 では、装置と自然現象では大きく下がり、事実ではわずかに、手順と物語ではまったく下がらなかった。イェールの大学院生でも地方大学の学部生でも形は同じだった |
| 調べればすぐ分かることは、だいたい分かっているのと同じである | Fisher, Goddu & Keil 2015 の9実験では、調べた人は無関係な話題についてまで自分の説明力を高く見積もった(3.61 対 3.07、d=0.50)。検索が失敗しても自己評価は上がる。上がっているのは得た中身ではなく、調べられる状態のほうだ |
説明できるつもりでいることには、たいへんよくできた性質がある。無料で、いつでも手に入り、しかも誰にも反証されない。反証には書き出すという手間が要るからだ。皮肉なのは、この手間がわずか5分だということである。5分で潰せるものを、人は何年も持ち歩く。そのあいだ、それは知識と見分けがつかない——見分けようとしたときにだけ、見分けがつく。
Q1. Rozenblit & Keil 2002 の最初の研究は、イェール大学の大学院生 ____ 人に、ファスナーや水洗トイレなどの仕組みを ____ 段階で自己評価させた。説明を書かせ、要点を問う質問に答えさせると自己評価は各段階で下がり、効果の大きさは η²= ____ だった。穴埋め
Q2. 第一原理思考について、本文はどこを探して何が分かったと書いているか。あわせて、値切ったあとに何が残ると書いているかを答えよ。一問一答
Q3. Rozenblit & Keil 2002 が示した、説明を書かせたあとに自己評価が下がる領域と下がらない領域の組み合わせとして、正しいものはどれか。選択
Q4. Fisher, Goddu & Keil 2015 の9実験について、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q5. 本文が示した「知っている」の4層を、下から順に並べよ。(なぜその手順でなければならないかを言える/名前を言える/手順を順に言える/何をするものかを言える)並べ替え
自分が仕組みを説明できるつもりのものを1つ選ぶ。日用品でも、仕事の手続きでも、料金の決まり方でもよい(電子レンジ、宅配便が翌日に届く仕組み、給与から引かれているものの決まり方、いつも使っているアプリの課金の仕組みなど)。まず、いまの自信を10段階で紙かメモアプリに書く。次に、その仕組みを、AのあとにBが起きてCになる、という順序の形で書き出す。長さは5行程度でよく、うまい文にしようとしない。書けないところは、書けないと書いて先へ進む。書き終えたら、もう一度いまの自信を10段階で書く。記録するのは、最初の数字、あとの数字、その差の3つ。誰にも見せない。差が0でも構わない。人に説明させたり、誰かの理解を試したりはしない。この課題は自分の手元だけで完結する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Rozenblit L., Keil F. (2002) 'The misunderstood limits of folk science: an illusion of explanatory depth', Cognitive Science 26(5):521-562 — onlinelibrary.wiley.com
- Lawson R. (2006) 'The science of cycology: Failures to understand how everyday objects work', Memory & Cognition 34(8):1667-1675 — link.springer.com
- Fisher M., Goddu M.K., Keil F.C. (2015) 'Searching for explanations: How the Internet inflates estimates of internal knowledge', Journal of Experimental Psychology: General 144(3):674-687 — bpb-us-w2.wpmucdn.com
- Sloman S.A., Rabb N. (2016) 'Your Understanding Is My Understanding: Evidence for a Community of Knowledge', Psychological Science 27(11):1451-1460 — journals.sagepub.com
- Meyers E.A., Gretton J.D., Budge J.R.C., Fugelsang J.A., Koehler D.J. (2023) 'Broad effects of shallow understanding: Explaining an unrelated phenomenon exposes the illusion of explanatory depth', Judgment and Decision Making 18:e24 — www.cambridge.org
- Zemla J.C., Corral D. (2024) 'Subjective Understanding is Reduced by Mechanistic Framing', Journal of Cognition 7:63 — journalofcognition.org