病気が壊すのは予定表ではなく、前提のほうだ——そして「成長しました」という自己申告は、成長の証拠にはならない
病気で予定が飛ぶのは、まだ計算できる損失だ。ほんとうに面倒なのは、予定の下にあった前提のほうが抜けることである——来年も同じように働いている、体は指示に従う、自分はだいたいこういう人間だ。前提は、失われて初めて存在に気づかれる種類の持ち物である。
紙に書けなかったほうの損失
前の単位013「早期警戒サイン認識力」で作ったのは、前触れ3つと平常値3つの一枚の紙だった。悪化の局面で医療につながるまでの時間を短くする装置である。書式が決まっていて、成果が測れて、次の診察に持っていける。
だが、病気が奪うもののうち、あの紙に書けるのは一部でしかない。眠りの時間は書ける。外出の回数も書ける。だが「自分がどういう人間か」という設定が壊れたことは、どの欄にも入らない。この単位が扱うのは、その欄外の損失である。
先に断りを置く。ここから先は自己像の話だが、自己像の問題として扱ってはいけない状態がある。症状が急に悪化しているとき、自傷や強い絶望があるときは、技術論の外側の問題で、いま医療につながることが先である。以下の作業は、その足場のうえで意味を持つ。
伝記的断絶——予定ではなく、前提が抜ける
病気を「出来事」ではなく「伝記の断絶」として最初に定式化したのは、社会学者のマイケル・ビューリーである。1982年に Sociology of Health and Illness に発表した論文で、彼は1970年代後半に英国で関節リウマチと診断された人への聞き取りをもとに、慢性の病いが何を壊すのかを三段に分けた。
第一に、日常生活の構造が崩れる。手順、段取り、時間配分。目に見える損失で、周囲も理解しやすい。第二に、当たり前とされていた前提と、その前提に支えられた行動が壊れる。体は指示に従うもの、来年も今年と地続き、痛みは一時的なもの——こうした前提は、意識されないまま生活の土台になっている。第三に、そこから伝記と自己概念そのものの根本的な作り直しが必要になる。ビューリーは、人が資源を動員して崩れた日常を正常に見せようとする過程にも注目した。
重要なのは順序だ。抜けるのは真ん中の階である。上の階(自己像)は自力で崩れたのではなく、真ん中の床が抜けたから落ちる。だから自己像を直接立て直そうとする努力——前向きになろう、強くなろう——は、たいてい空を掴む。
自己の喪失は、四つの経路から来る
ビューリーの翌年、1983年にキャシー・シャーマズが同じ雑誌に発表した論文は、この損失をもっと細かく分解した。彼女は北カリフォルニアで、慢性の病いをもつ57人に73回の面接を行った。心血管の病気、糖尿病、がん、多発性硬化症、膠原病など疾患はばらばらで、年齢は20歳から86歳、およそ半数が中流層、3分の2が女性、重い状態の人や外出が難しい人が中心である。
そこから見えてきたのは、自己の喪失が四つの経路をたどるという構造である。
第一に、生活が制限されること。治療の予定と体調が一日の骨格になり、価値を置いていた活動から順に落ちる。第二に、社会的な孤立。仕事や活動から退けば、やりとりの往復がなくなり、友人関係も細る。第三に、自分についての定義が値引きされること。無能な人、子ども扱いしてよい人として扱われる。しかもそれは、しばしば好意の形で届く——「何もしなくていいなんて、うらやましい」。第四に、重荷になること。以前の義務を果たせないことが、役に立たないという感覚と罪悪感を生む。
四つとも本人の性格の問題ではない。生活の構造と、他人の扱い方と、役割の配置から発生している。希望の持ち方ではなく配置の問題だ——だから対策も、気の持ちようではなく配置から手を付ける。
病気は自己像の何割を占めているか
測定の道具も出てきている。オリスらが2018年に Journal of Clinical Psychology in Medical Settings に発表した研究は、ベルギーで慢性の病いをもつ成人の2つの標本——22歳から78歳の276人と、17歳から81歳の241人——を対象に、病いと自己像の関係を四つの次元に分けて測った。
のみこまれ(病いが自己像と日常を支配している度合い)、拒絶(病いを自分の一部として認めない度合い)、受け入れ(のみこまれずに自分の一部として認める度合い)、そして豊かさ(病いの経験を通じた前向きな変化)。結果は素直だ。のみこまれは、抑うつ・不安・症状・痛みのすべてと正の方向に、受け入れは同じ指標のすべてと負の方向に結びつく。拒絶は心理的な指標との関連が弱いが、片方の標本では症状の多さと結びついた。
この枠組みの利点は、「病気を受け入れたかどうか」という二値の問いを、「病気が自己像の何割を占めているか」という連続量に置き換えたことである。全部を占めさせないことと、存在しないことにすることは、別の作業だ。この区別は、001で扱った病識が有無の二値ではないという話の、自己像側の対応物にあたる。
値切り:心的外傷後成長という自己申告
四つめの次元「豊かさ」は、心的外傷後成長という名前でよく知られている。苦難を通じて人は成長する——この命題は、闘病記の帯にも、医療者の説明にも、家族の励ましにも組み込まれている。検品する。
フレイジャーらが2009年に Psychological Science に発表した研究は、この分野では珍しい設計をとった。ふつうの成長研究は、出来事のあとに「どれくらい変わりましたか」と聞く回顧的な自己申告である。フレイジャーらは大学生を出来事の前から追跡し、期間中に外傷的な出来事を経験した122人について、事前と事後の実測値の変化を計算し、本人の申告する成長と突き合わせた。
結果はこうだ。申告された成長と、対応する項目での実測の変化の相関は r=.22。それも高いほうで、他者との関係の実測の改善とは r=.03、人生の意味とは r=.06、生活満足とは r=.03、感謝とは r=.03。ほとんど一致していない。では申告された成長は何と結びついていたのか——肯定的に意味づけ直すという対処の仕方と r=.52、そして苦痛の増加と r=.26 だった。一方、実測の成長のほうは苦痛の減少と結びつき、対処の仕方とは無関係だった。
読み方を間違えないようにしたい。この研究は「成長は起こらない」とは言わない。言っているのは、自己申告の成長尺度が、出来事の前後の実際の変化を測っていない、ということである。あの尺度が拾うのは、変化そのものではなく、変化したと考えて折り合いをつけようとしている最中の作業だ。
病気の文脈でも同じ絵が出る。オッキピンティらが2015年に PLOS ONE に発表した研究は、オーストラリア・クイーンズランドの大腸がんの患者1966人を、診断後5・12・24・36・48・60か月の6時点で追った。恩恵の発見と心理的苦痛の前後関係を調べると、恩恵の発見が増えた年の翌年には苦痛が増え、逆に苦痛が増えた年の翌年には恩恵の発見の伸びが小さかった。恩恵の発見が高いことは、翌年の苦痛の増え方をゆるやかにしていない。著者らの解釈は、恩恵の発見が、脅威の高まる局面での対処の動きを映しているのではないか、というものだ。
この分野の側からも同じ結論が出ている。ジャヤウィックリームらが2021年に Journal of Personality に発表した24人の共著による論文は、成長研究の方法論的な限界を正面から認め、心的外傷後成長を回顧的な自己申告ではなく実測できるパーソナリティの変化として捉え直すことを提案した。批判への返答が、測り方を変えようという提案になっている点は誠実だ。値切られているのは現象ではなく、物差しである。
成長を要求する言葉のほうの害
ここまでは測定の話だった。実害があるのは、この概念が生活のなかで使われるときの向きである。
本人が事後に見つける意味と、他人が事前に要求する成長は、まったく別のものだ。前者は本人の作業で、後者は課題の押しつけである。「この経験はきっと意味がある」「強くなったね」——善意で発せられるこれらの言葉は、受け取る側では一つの指示になる。あなたはこの出来事から何かを得て見せなければならない、という指示だ。
面倒なのは、この指示が反証できない形をしていることだ。得られたと答えれば成長の証拠になり、得ていないと答えれば、まだ途中だという扱いになる。どちらの返答も、要求を強める方向にしか働かない。しかもフレイジャーらの数字を思い出せば、成長の申告は苦痛の増加とも結びついていた。「成長しました」という返事は、相手を安心させても、本人が楽になった証拠にはならない。安心するのは聞いた側である。
皮肉の矛先をはっきりさせておく。値切られるべきは、苦難のなかで実際に何かを掴んだ人ではない。掴んだことにしないと会話が終わらない、という周囲の要求のほうだ。そして、その要求を製品化して患者に配ってきた言説のほうである。
時間・変化:再構築は、一度の決心ではなく差し替えの連続
アイデンティティの作り直しには、劇的な転換点があると思われがちだ。受け入れた日、吹っ切れた日。だが伝記的断絶の議論も、自己の喪失の四経路も、示しているのは連続的な過程である。
実務的には、再構築は差し替えで進む。ひとつの活動が続けられなくなったとき、そこに入っていた自己像の部品——几帳面さ、面倒見のよさ、粘り強さ——を別の器に移す。器は小さくてよい。週1回の連絡係でも、家の中の一つの担当でもいい。部品が浮いたまま放置される期間が長いほど、のみこまれの側に寄る。
そして時間の向きは一方通行ではない。調子の波に合わせて占有率は上下する。良くなったときに自己像が自動で戻るとも限らない——役割は、空けている間に他の人が引き受けているからだ。病気が占める面積は数か月単位で見る。日単位では、体調の波と区別がつかない。
この棚の順序でいえば、ここまでの単位はすべてこの作業の材料である。002の言葉の解像度がなければ何が失われたか言えず、003の自分への態度がなければ差し替えの途中で自分を責め、010と011で作った関係がなければ、部品を移す器そのものが手に入らない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
標本の偏りを断っておく。伝記的断絶と自己の喪失の研究は、英国と米国の1980年代前後の面接調査で、規模も57人程度と小さく、相関でも因果でもない記述だ。成長の前向き研究は米国の大学生が中心で、追跡は数か月。病気の側の前向き研究は単一の疾患・単一の州に限られ、5年で完全なデータが残ったのは1966人のうち837人——状態の重い人ほど抜けている可能性がある。四つの次元の測定はベルギーの2標本で、横断である。数字は向きの参考であり、あなたの占有率の目盛りではない。
妨げるものは三つ。第一に、自己像を直接立て直そうとすること。抜けたのは真ん中の床である。第二に、拒絶と受け入れの取り違え。病気を存在しないことにするのは、占有率をゼロにする方法ではなく、測定をやめる方法にすぎない。第三に、成長の要求。他人からのものだけでなく、自分で自分に課すものも含む。
助けるものは二つ。第一に、変わっていないものの棚卸し。失われたものを数えるのは簡単だが、変わっていないものは意識しないと目に入らない。第二に、器の用意。役割を一つ、小さくてよいから確保する。ただし判定を保留する欄も要る——治療の途中で失われたように見えるものが、あとで戻ることがあるからだ。
最初の一歩は今日。病気の前から変わっていない自分の要素を三つ選び、そのうち一つを今日のうちに一回だけ実行する。実行したという事実だけが、この単位の測定値である。
次の単位は 015「意味・目的の再発見力」——変わっていないものを数え、占有率を下げても、まだ空いたままの場所がある。何のためにこれをやっているのか、という場所だ。そこを扱う。
- Bury 1982(Sociology of Health and Illness 4(2):167-182):1970年代後半の英国で関節リウマチと診断された人への聞き取りから、慢性の病いは日常生活の構造を崩し、当たり前とされていた前提とそれに支えられた行動を壊し、その結果として伝記と自己概念の根本的な作り直しを要求する、という三段の断絶として定式化された。抜けるのは真ん中の階=前提であり、自己像は自力で崩れたのではない
- Charmaz 1983(Sociology of Health & Illness 5(2):168-195):北カリフォルニアで慢性の病いをもつ57人に73回の面接(心血管の病気・糖尿病・がん・多発性硬化症・膠原病など、20〜86歳、およそ半数が中流層、3分の2が女性)。自己の喪失は、生活の制限・社会的孤立・自己の定義の値引き・重荷になること、という四つの経路から来る。いずれも性格ではなく生活の構造と他人の扱いから発生している
- Oris ら 2018(Journal of Clinical Psychology in Medical Settings):ベルギーの慢性疾患をもつ成人276人(22〜78歳)と241人(17〜81歳)で、病いと自己像の関係を、のみこまれ・拒絶・受け入れ・豊かさの四つの次元に分けて測定。のみこまれは抑うつ・不安・症状・痛みと正の方向に、受け入れは同じ指標と負の方向に結びついた。問いは「受け入れたか」ではなく「自己像の何割を占めているか」になる
- Frazier ら 2009(Psychological Science):大学生を出来事の前から追跡し、期間中に外傷的出来事を経験した122人で自己申告の成長と実測の変化を突き合わせた。一致は最大でr=.22、他者との関係r=.03、人生の意味r=.06、生活満足r=.03、感謝r=.03。一方、申告された成長は肯定的な意味づけの対処とr=.52、苦痛の増加とr=.26で結びついた。実測の成長は苦痛の減少と結びつき、対処とは無関係だった
- Occhipinti ら 2015(PLOS ONE):オーストラリア・クイーンズランドの大腸がん患者1966人を診断後5・12・24・36・48・60か月の6時点で追跡(最終時点で完全データは837人)。恩恵の発見が増えた年の翌年には心理的苦痛が増え、苦痛が増えた年の翌年には恩恵の発見の伸びが小さかった。恩恵の発見が高いことは、翌年の苦痛の増え方をゆるやかにしていなかった
- Jayawickreme ら 2021(Journal of Personality 89(1):145-165):24人の共著者が成長研究の方法論的限界を認めたうえで、心的外傷後成長を回顧的な自己申告ではなく実測できるパーソナリティの変化として捉え直すことを提案した。値切られているのは現象そのものではなく、物差しのほうである
- 本人が事後に見つける意味と、他人が事前に要求する成長は別物である。成長の要求は反証できない形をしており、得たと答えれば証拠に、得ていないと答えれば途中だと扱われる。成長の申告が苦痛の増加とも結びついている以上、「成長しました」という返事で楽になるのは、たいてい聞いた側である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 苦しい経験を乗り越えれば人は成長する。成長したという実感は、その証拠である | 出来事の前から追跡した122人の研究では、自己申告の成長と実測の変化の一致は最大でr=.22、人生の意味ではr=.06、生活満足と感謝ではr=.03しかなかった。代わりに申告された成長は、肯定的な意味づけの対処とr=.52、苦痛の増加とr=.26で結びついていた。成長が起こらないという話ではなく、自己申告が成長の計器ではないという話である |
| 病気のことを考えないようにして、以前と同じ自分でいるのが健全だ | ベルギーの2標本の測定では、病いを自分の一部として認めない拒絶と、のみこまれずに認める受け入れは別の次元であり、抑うつ・不安・症状・痛みと逆向きに結びついていたのは受け入れのほうだった。存在しないことにするのは占有率をゼロにする方法ではなく、測定をやめる方法にすぎない |
| 自己像が壊れたのだから、まず前向きな自己像を立て直すべきだ | 伝記的断絶の定式化では、崩れるのは日常生活の構造と、その下の当たり前とされていた前提であり、自己概念の作り直しはその結果として要求される。抜けたのは真ん中の階なので、上の階を直接立て直そうとする努力は空を掴む。手を付けるのは、生活の構造と役割の配置のほうである |
闘病記の帯には、たいてい同じことが書いてある——この病気が、私に本当に大切なものを教えてくれた。売れるからである。売れる理由もはっきりしていて、その一文があると、周囲は安心して本を閉じられる。困るのは、閉じられなかった人のほうだ。得たものを差し出せないまま、まだ途中ですねと言われ続ける人。データのほうは、そのやりとりについてかなり冷たい報告をしている。成長の自己申告は、実際の変化とはほとんど一致せず、苦痛の増加のほうとは結びついていた。つまりあの帯は、読者向けの商品説明であって、本人の状態の表示ではない。それでも人は成長の物語を求め続けるだろう。求めるのは自由だが、請求書を病人に回すのはやめたほうがいい。回された側は、病気に加えて、感想文の宿題まで抱えることになる。
Q1. 伝記的断絶の定式化が示した三段の崩れ方について、本文の記述と一致するものはどれか。選択
Q2. フレイジャーらの前向き研究では、外傷的出来事を経験した大学生____人について、自己申告の成長と実測の変化の一致は最大でr=____、人生の意味ではr=.06、生活満足と感謝ではr=____だった。一方、申告された成長は肯定的な意味づけの対処とr=____、苦痛の増加とr=.26で結びついた。穴埋め
Q3. 大腸がん患者1966人を5年6時点で追った研究は、恩恵の発見と心理的苦痛の前後関係について何を示したか。三点述べよ。一問一答
Q4. 病いと自己像の関係を四つの次元で測ったベルギーの研究について、本文の記述と一致するものはどれか。選択
Q5. 本文が「成長を要求する言葉」の何を問題としたか、反証可能性の話を含めて説明せよ。一問一答
病気になる前から今日まで変わっていない自分の要素を三つ選ぶ。性格の長所である必要はなく、癖・好み・関わり方でよい(早起き、道を教えるのが好き、字が丁寧、聞き役になる、など)。次に、そのうち一つを今日のうちに一回だけ実行する。規模は問わない——聞き役になるなら、誰かの話を5分聞けばそれで完了とする。実行できたらチェックを入れる。病気を抱えていない人・治療中でない人の代替:ここ数年で生活が大きく変わった出来事を一つ思い出し、その前後で変わっていない自分の要素を三つ選び、うち一つを今日一回実行する。医療行為や服薬の変更は課題に含めない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Bury M. (1982) 'Chronic illness as biographical disruption', Sociology of Health and Illness 4(2):167-182 — onlinelibrary.wiley.com
- Charmaz K. (1983) 'Loss of self: a fundamental form of suffering in the chronically ill', Sociology of Health & Illness 5(2):168-195 — scispace.com
- Oris L., Luyckx K., Rassart J., Goubert L., Goossens E., Apers S., Arat S., Vandenberghe J., Westhovens R., Moons P. (2018) 'Illness Identity in Adults with a Chronic Illness', Journal of Clinical Psychology in Medical Settings 25(4):429-440 — link.springer.com
- Frazier P., Tennen H., Gavian M., Park C., Tomich P., Tashiro T. (2009) 'Does Self-Reported Posttraumatic Growth Reflect Genuine Positive Change?', Psychological Science 20(7):912-919 — www.academia.edu
- Occhipinti S., Chambers S.K., Lepore S., Aitken J., Dunn J. (2015) 'A Longitudinal Study of Post-Traumatic Growth and Psychological Distress in Colorectal Cancer Survivors', PLOS ONE 10(10):e0139119 — journals.plos.org
- Jayawickreme E., Infurna F.J., Alajak K., Blackie L.E.R. et al. (2021) 'Post-traumatic growth as positive personality change: Challenges, opportunities, and recommendations', Journal of Personality 89(1):145-165 — experts.umn.edu