「測れないものは管理できない」——だがこれはドラッカーの言葉でない。どの数字を選ぶかは成果に効くが、選んだ数字は目的そのものにすり替わる(代理)
データの世界で最も流通する格言『測れないものは管理できない』は、しばしばドラッカーの言葉として紹介されるが、本人の著作には見当たらない。むしろドラッカーは逆に、いちばん大事なものはたいてい測りにくいと書いた。研究者 Emiliani 2000 は、この格言の『測れば管理できる』という約束そのものが成り立たないと論じている。とはいえ、どの数字を選ぶかは成果に効く。非財務指標は財務成果を先取りしうる(Ittner & Larcker 1998、Banker et al 2000)し、戦略に合った指標を選ぶ組織ほど成果が高い(Van der Stede et al 2006)。だが選んだ指標は、いつのまにか本来の目的の座を奪う=代理(Choi et al 2012)。だから、見るべき数字を決めることは、同時に、測らないものを決めることである。
この棚は、誰に向けて書かれているか
この棚(データ)は、自分の商いの数字を、自分で見て決める人に向けて書かれている。データ部門の人や、データサイエンティスト、とは限らない。売上表を自分で眺める店主、初めてダッシュボード(数字を一覧する画面)を作ることになった担当、AIに仕事を任せ始めた人、頒布の数字を上に報告する人、勘と数字のあいだで迷っている代表——そのすべてが、この棚の読者である。だから、この棚は、立派な分析基盤や専門チームを前提にしない。表計算ソフト一枚で数字を見る人にも、同じように役立つように書く。
そのうえで、一度だけ、はっきり断っておきたい。数字は道具であって、主人ではない。 そして——見るべき数字を決めることは、同時に、測らないものを決めることである。 何かを測ると決めた瞬間、私たちは、測らないと決めた無数のものから、目を離す。スポットライトが舞台の一点を照らすほど、その外側の闇は濃くなる。数字も同じで、光を当てた先が明るく見えるぶん、当てなかったところは、いっそう見えなくなる。この棚は「これを測れば正しく決められる」という魔法を売らない。数字に照らされる範囲と、照らされない範囲の、両方を見ようとする棚である。世の中には、データを使えば何でも分かる、という威勢のいい話があふれている。だが、この棚が立とうとするのは、そういう熱狂の側ではない。数字は確かに役に立つ。同時に、数字にできることには、はっきりした限りがある。その両方を、冷静に見ておく——それが、数字に振り回されず、数字を味方につけるための、いちばんの近道だ。
この棚の地図——四つの段を、下から積む
この棚は、データとの付き合いを、四つの段に分けて、下から順に積み上げていく。土台がぐらついたまま上の階を建てても、砂上の楼閣になるからだ。
第一の段(青・基盤)は、いま読んでいるここ。どの数字を見るかを決め、データを集め、質を保ち、見える形にする。第二の段(緑・読む力)は、集めた数字を正しく読む力——相関と因果、グラフの罠、検定の意味、数字にならないもの。土台が青の基盤なら、その上に読む力を積み、さらに使う力を積み、いちばん上に、それを支える統治と文化の段が乗る。第三の段(橙・使う力)は、読んだ数字を活かす力——伝え方、意思決定との結びつき、予測、AIとの付き合い。第四の段(桃・統治と文化)は、それを支える土壌——データの持ち主、プライバシー、みんなの読み書き、そして測れないもの。全部で十六の単位がある。だが、この棚で本当に言いたいことは、三つだけだ。焦って全部を覚える必要はない。
「測れないものは管理できない」——ドラッカーの言葉ではない
データの世界には、必ずと言っていいほど引かれる格言がある。「測れないものは、管理できない」。だから、まず何でも測れ——そう続けて語られることが多い。しばしば「経営学者ドラッカーの言葉」として紹介される。
だが、ここで立ち止まりたい。この言葉は、ドラッカー本人の著作には見当たらない。 研究者や愛好家による出典の考証がいくつも公開されていて、そのどれもが、本人の書物にこの文言を見つけられていない。それどころか、ドラッカー自身は著書『現代の経営』(Drucker, 1954年)などで、むしろ逆のことを書いていた——いちばん大事なものは、たいてい測りにくい、と。人と人との関係や、信頼、志といった、事業の根っこにあるものほど、数字にはなりにくい。研究者の Emiliani が2000年に、この格言の「測れば管理できる」という約束そのものが成り立たないことを論じている。つまり、これは誰かの権威を借りて広まった、出どころの怪しい格言なのだ。危機管理の棚で「初動が全て」の出どころを確かめたのと、同じ手つきで、この言葉も一度、疑ってかかりたい。語り草の流通と、数字で判断することの実際は、別物である。
実証の芯——どの数字を選ぶかは、成果に効く
では、数字を選ぶことに意味はないのか。そうではない。どの数字を見るかを選ぶことは、確かに成果に効く。これは、きちんと検証されている。
Ittner と Larcker が1998年に、顧客満足のような「お金に直接表れない数字(非財務指標)」が、のちの財務の成果を先取りする手がかりになりうることを示した。Banker らが2000年に、そうした非財務指標を報酬の仕組みに組み込んだ場合の効果を、Van der Stede らが2006年に、戦略に合った指標を選んでいる組織ほど、成果が高い傾向があることを実証した。要は、「測れば管理できる」という格言が怪しいのとは別に、自分の目的に照らして、少数の意味ある数字を選ぶこと自体には、値打ちがある、ということだ。問題は「測るかどうか」ではなく、「何を、なぜ測るか」なのである。ここで大事なのは「少数の」という部分だ。数字は、たくさん並べるほど良いわけではない。むしろ、二十も三十も指標が並んだ画面は、どれが本当に効くのかを見えなくする。目的に照らして本当に効く数字を、数個に絞る。その絞り込みこそが、頭を使うところであり、道具にはできない、人の仕事なのだ。
だが、測った数字は、目的そのものにすり替わる
ただし、選んだ数字には、静かな罠がついてまわる。測ると決めた指標が、いつのまにか、それが表していたはずの「本当の目的」の座を、奪ってしまうのだ。
Choi、Hecht、Tayler が2012年に、この現象を「代理(surrogation)」と名づけて調べた。たとえば「顧客に長く愛されること」という目的のために「満足度アンケートの点数」を測り始めると、やがて人は、顧客の幸せそのものより、アンケートの点数を上げることに夢中になる。点数を上げる小手先の工夫——回答を誘導する、都合の悪い客には配らない——に走っても、肝心の「愛される」は、置き去りになる。指標は目的の「代理」にすぎなかったのに、代理が主人の顔をしはじめる。しかも、その指標に報酬や評価が結びつくほど、このすり替わりは強くなる。数字は嘘をついていない。満足度は、確かに上がっているかもしれない。だが、測りやすいものが、大事なものの座を乗っ取ったとき——これは、この棚の最後(544単位目)で、もう一度ていねいに向き合う——数字は嘘をつかないまま、判断を静かに欺く。だからこそ、見るべき数字を決めることは、同時に、その数字が取りこぼすものを、忘れないでおくことでもある。
時間・変化:1998年から今へ
順に置く。1998年、Ittner と Larcker が、非財務指標が財務成果の先行指標になりうると示す。2000年、Banker らが、非財務指標を組み込んだ仕組みの効果を、Emiliani が「測れば管理できる」の約束の偽りを論じる。2006年、Van der Stede らが、戦略に合った指標の選択が成果に効くと示し、2012年、Choi らが、指標が目的にすり替わる「代理」を実証した。
こうして並べてみると、二つの流れが見えてくる。一つは「良い数字を選べば成果につながる」という、測ることの力を確かめる流れ。もう一つは「その数字が、いつのまにか目的を食い荒らす」という、測ることの罠に目を向ける流れだ。研究の目は、素朴に「測ろう」と促すことから、「測ることが行動と目的に何をするか」を見つめることへと、深まってきた。
この間に確からしくなったのは、「測れないものは管理できない」という格言ではない。確からしくなったのは、どの数字を選ぶかは成果に効くが、選んだ数字は目的そのものにすり替わりうる——という、二つの向きである。測ることは、力にも、罠にもなる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「とにかく測れるものを全部測る」ことである。出どころの怪しい格言に急かされて、集められる数字を片端から並べても、大事なものが照らされるとは限らない。むしろ、測りやすい数字ばかりが目立って、測りにくい大事なものは、画面のどこにも出てこないまま忘れられていく。もう一つは、逆に「数字なんて信用できない」と、測定そのものを避けることだ。実証の芯は、目的に合った少数の数字を選ぶことには値打ちがある、という話である。数字を捨てるのでも、数字に溺れるのでもない。数字に照らせる範囲を知ったうえで、あくまで道具として使いこなす——その中間に、賢い付き合い方がある。
助けになるのは、いきなり指標を並べる前に、「自分は本当は、何を大事にしたいのか」を先に書き、そのうえで、それを映す数字と、その数字が取りこぼすものを、並べて書いてみることだ。最初の一歩は10分。「私が本当に大事にしたいのは〔◯◯〕だ」「それを映す数字として〔△△〕を見る」「ただし、この数字は〔□□〕を取りこぼす」——この三行を書く。数字は主人ではなく、道具である。この一枚が、これから積み上げる四つの段すべての、いちばん下の土台になる。そして、ここで書いた「取りこぼすもの」の控えが、のちに数字に足をすくわれないための、いちばん大事な備えになる。書いてみて、大事にしたいものがうまく言葉にできないなら、それは、まだ自分でも何のために数字を見るのかが定まっていない、という合図だ。指標を増やす前に、それに気づけたことこそが、最初の収穫になる。土台は、派手ではない。だが、ここが据われば、上の三つの段は、この一枚に照らして、一つずつ確かめていける。急がず、まず一枚。それが、この長い棚を最後の段まで歩き通すための、いちばん確かな、最初の一歩になるはずだ。
- この棚(データ)の★・棚頭で、読者は自分の商いの数字を自分で見て決める人(データ部門に限らず、売上表を眺める店主・初めてダッシュボードを作る担当・AIに仕事を任せ始めた人・頒布の数字を報告する人・勘と数字で迷う代表)。立派な分析基盤や専門チームを前提にしない。一度だけ断る——数字は道具であって主人ではない。見るべき数字を決めることは、同時に測らないものを決めることである
- この棚は四つの段を下から順に積み上げる(土台がぐらつくと砂上の楼閣)。青(基盤・529-532)=どの数字を見るか決め集め質を保ち見える形に、緑(読む力・533-536)=相関と因果・グラフの罠・検定・数字にならないもの、橙(使う力・537-540)=伝え方・意思決定・予測・AI、桃(統治と文化・541-544)=データの持ち主・プライバシー・読み書き・測れないもの。全16単位だが本当に言いたいのは三つだけ
- データ界隈で最も流通する格言『測れないものは管理できない』は、しばしばドラッカーの言葉として紹介されるが、本人の著作には見当たらない。研究者や愛好家の出典考証がいくつも公開されどれも見つけられていない。むしろドラッカーは逆に、いちばん大事なものはたいてい測りにくいと書いた。Emiliani 2000 はこの格言の測れば管理できるという約束そのものが成り立たないと論じた。語り草の流通と、判断の実際は別物
- だがどの数字を見るか選ぶことは成果に効く。Ittner & Larcker 1998 は顧客満足のような非財務指標(お金に直接表れない数字)がのちの財務成果を先取りする手がかりになりうると示し、Banker et al 2000 は非財務指標を報酬に組み込んだ効果を、Van der Stede et al 2006 は戦略に合った指標を選ぶ組織ほど成果が高い傾向を実証した。格言が怪しいのとは別に、目的に照らして少数の意味ある数字を選ぶこと自体に値打ちがある。問題は測るかでなく何をなぜ測るか
- ただし選んだ数字には静かな罠がある。測ると決めた指標がいつのまにか本当の目的の座を奪う。Choi, Hecht & Tayler 2012 はこれを代理(surrogation)と名づけ、満足度の点数を測るとやがて顧客の幸せそのものより点数を上げることに夢中になると調べた。指標は目的の代理にすぎないのに代理が主人の顔をしはじめ、報酬や評価が結びつくほどすり替わりは強くなる。数字は嘘をつかないまま判断を欺く(544で再訪)
- 確からしくなったのは、測れないものは管理できないという格言でなく、どの数字を選ぶかは成果に効くが選んだ数字は目的そのものにすり替わりうるという二つの向き。測ることは力にも罠にもなる。だからこの棚は統計・因果の個別判定をせず、数字で人を管理・監視する使い方を勧めず、これを測れば正しく決められると断定しない。効果量の数値は書かない。application は自分の数字・記録で完結し個人データを課題材料にしない
- だからこの単位でやるのは、いきなり指標を並べる前に、自分は本当は何を大事にしたいのかを先に書き、それを映す数字と、その数字が取りこぼすものを並べて書くこと。『私が本当に大事にしたいのは〔◯◯〕』『それを映す数字として〔△△〕を見る』『ただしこの数字は〔□□〕を取りこぼす』の三行を書く。数字は主人でなく道具。この一枚が四つの段すべてのいちばん下の土台になり、ここで書いた取りこぼすものの控えが、のちに数字に足をすくわれない備えになる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 『測れないものは管理できない』はドラッカーの教えなのだから、まず何でも測ることから始めるべきだ | この格言はしばしばドラッカーの言葉として紹介されるが、本人の著作には見当たらない。研究者や愛好家による出典の考証がいくつも公開され、どれも本人の書物にこの文言を見つけられていない。むしろドラッカーは逆に、いちばん大事なものはたいてい測りにくいと書いた。Emiliani 2000 は、この格言の『測れば管理できる』という約束そのものが成り立たないことを論じている。これは誰かの権威を借りて広まった出どころの怪しい格言であり、語り草の流通と、数字で判断することの実際は別物である |
| 格言が怪しいなら、どの指標を選ぶかなんて、たいして意味はないのではないか | 格言が怪しいのとは別に、どの数字を見るかを選ぶこと自体は成果に効く。Ittner & Larcker 1998 は、顧客満足のような非財務指標(お金に直接表れない数字)が、のちの財務成果を先取りする手がかり(先行指標)になりうることを示し、Banker et al 2000 は非財務指標を報酬の仕組みに組み込んだ効果を、Van der Stede et al 2006 は戦略に合った指標を選ぶ組織ほど成果が高い傾向を実証した。だから問題は『測るかどうか』ではなく『何を、なぜ測るか』であり、目的に照らして少数の意味ある数字を選ぶことには値打ちがある |
| 自分の目的に合った良い指標を一つ決めれば、あとはその数字を上げることに集中すればよい | 選んだ指標には静かな罠がある。測ると決めた指標が、いつのまにか、それが表していたはずの本来の目的の座を奪ってしまう。Choi, Hecht & Tayler 2012 はこれを代理(surrogation)と名づけ、『顧客に長く愛されること』のために『満足度の点数』を測り始めると、やがて人は顧客の幸せそのものより点数を上げることに夢中になり、報酬や評価が結びつくほどこのすり替わりが強まることを示した。数字は嘘をつかないまま、測りやすいものが大事なものの座を乗っ取り、判断を静かに欺く。だから見るべき数字を決めることは、その数字が取りこぼすものを忘れないでおくことでもある(この棚の最後544で再訪) |
皮肉なのは、いちばん立派に響く格言——『測れないものは管理できない』——が、出どころの怪しい、誤帰属の言葉だということだ。そして、その言葉に急かされて測り始めた数字は、いつのまにか、私たちが本当に大事にしたかったものの座を、静かに奪っていく。確からしいのは、二つの向きだ。どの数字を選ぶかは、確かに成果に効く。だが、選んだ数字は、目的そのものにすり替わりうる。だから、いちばん下の土台に置くのは、たくさんの指標ではない。『本当は何を大事にしたいのか』を先に言葉にし、それを映す数字と、その数字が取りこぼすものを、並べて書いておくことだ。数字は道具であって、主人ではない。見るべき数字を決めることは、同時に、測らないものを決めること——この一枚の控えが、これから四つの段を積み上げるあいだ、あなたを守ってくれる。次の単位は 530「データを一箇所に集めるには?」。ここでは、見るべき数字が決まったあとの、データを集めて統合するという地味な土台仕事を扱う。
Q1. 『測れないものは管理できない』はしばしば ____ の言葉として紹介されるが、本人の著作には見当たらない。どの数字を選ぶかは成果に ____ が、測ると決めた指標が本来の目的の座を奪う現象を ____ という。穴埋め
Q2. 『測れないものは管理できない』という格言について、この単位が示したことはどれか。選択
Q3. 『どの数字を選ぶかは成果に効く』ことは、どんな研究で示されているか。Ittner & Larcker 1998 と Van der Stede et al 2006 に触れて述べよ。一問一答
Q4. 『代理(surrogation)』とは何か。Choi et al 2012 に触れ、なぜ『数字は嘘をつかないまま判断を欺く』のかを述べよ。一問一答
Q5. この単位が示した研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Van der Stede らが戦略に合った指標選択と成果を示す(イ)Ittner & Larcker が非財務指標の先行性を示す(ウ)Choi らが代理(surrogation)を実証する(エ)Emiliani が格言の約束の偽りを論じる並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の商い(あるいは担当している仕事)について、次の三行を書き出す。(1) 『私が本当に大事にしたいのは〔◯◯〕だ』——数字ではなく、目的や価値の言葉で。(2) 『それを映す数字として〔△△〕を見る』——その大事なものを、いまいちばんよく映していると思える数字を一つか二つ。(3) 『ただし、この数字は〔□□〕を取りこぼす』——その数字では決して測れない、こぼれ落ちるものを一つ。そのうえで、もし自分やまわりが、その数字を上げること自体に夢中になったら、本来の目的からどうずれてしまうか(代理=surrogation が起きたら何が起きるか)を、一行書き添える。統計的な判定や、特定のツールの良し悪しは書かない。従業員や顧客の個人データを材料にはせず、自分の目的と数字の記録として完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Emiliani M.L. (2000) ‘The false promise of “what gets measured gets managed”’, Management Decision 38(9):612-615 — doi.org
- Ittner C.D., Larcker D.F. (1998) ‘Are Nonfinancial Measures Leading Indicators of Financial Performance? An Analysis of Customer Satisfaction’, Journal of Accounting Research 36(Supplement):1-35 — doi.org
- Van der Stede W.A., Chow C.W., Lin T.W. (2006) ‘Strategy, Choice of Performance Measures, and Performance’, Behavioral Research in Accounting 18(1):185-205 — doi.org
- Banker R.D., Potter G., Srinivasan D. (2000) ‘An Empirical Investigation of an Incentive Plan that Includes Nonfinancial Performance Measures’, The Accounting Review 75(1):65-92 — doi.org
- Choi J., Hecht G.W., Tayler W.B. (2012) ‘Lost in Translation: The Effects of Incentive Compensation on Strategy Surrogation’, The Accounting Review 87(4):1135-1163 — doi.org
- Drucker P.F. (1954) 『The Practice of Management』New York: Harper & Row — openlibrary.org