「作る前に売れれば確実」ではない——事前販売は強い需要の仮説であって、届ける力・交絡・本流の証明ではない
作る前に売れてしまえば、もう確実だ——そう思いたくなる。だが売れたの中には、作れる・届けられる・これが本流の需要だ、というまだ確かめていない三つの飛躍が混じっている。資金集めに成功した案件でも、約束の期日に届かない遅延は相当割合で起きる。売れ行きは中身の良さだけでなく、つながりや語りや情報の偏りにも動く。最初に飛びつく人は世の中の平均ではない。売れたは、強い需要の仮説であって、確実の証明ではない。
作る前に売ってみる——「売れれば確実」ではない。強い仮説であって、証明ではない
前の単位で、最小の試作で検証することを見た。ここから、棚の色が変わる——課題を見つける青の段から、仮説を立てて検証を設計する緑の段へ入る。その入口が、この「作る前に売ってみる」だ。
用語をほどく。事前販売(プレセールス)とは、まだ完成していないものを、先に注文として受けること。クラウドファンディングは、その一つの形で、大勢から少しずつ、先にお金を集めるやり方だ。狙いは、はっきりしている——作ってから「売れませんでした」で終わるより、作る前に、ほんとうに欲しがる人がいるかを、お金という一番重い形で確かめたい。よく聞くのは「作る前に売れてしまえば、もう確実だ」という声である。
この単位が示すのは、「売れた」は確実の証明ではなく、質の高い仮説の一つにすぎない、ということだ。事前販売は、たしかに強い需要のしるしになる。けれど「売れた」の中には、「作れる」「ちゃんと届けられる」「これが本流の需要だ」という、まだ確かめていない三つの飛躍が、こっそり混じっている。順に見ていく。
「売れた」は「届けられた」ではない——デリバリーの飛躍
まず一つめの飛躍。お金が集まったことと、約束したものを実際に届けられることは、別だ。Mollick が2014年に、多くのクラウドファンディングの案件を横断して調べたところ、資金集めに成功した案件でも、約束した期日に届かない遅延が、相当の割合で起きていた。つまり、支援が集まったあとに、作る・届けるという、いちばん大変な仕事が丸ごと残っている。
これは、考えてみれば当たり前だ。事前販売でお金を受け取った瞬間、あなたは「まだ無いものを、必ず届ける」という義務を負う。売れれば売れるほど、その義務は重くなる。ところが「作る前に売れば確実」という言い方は、この、売れたあとに待っている作る・届けるの重さを、まるごと見えなくしてしまう。売れたことは、需要のしるしではあっても、実行できることの証明ではない。ここを取り違えると、集まった期待の分だけ、届けられなかったときの傷が深くなる。
もう少しかみくだこう。ふつうの買い物では、お金を払った人は、その場でものを受け取る。ところが事前販売では、順番が逆になる——先にお金が動き、ものはあとから作られる。この時間差の中に、ありとあらゆる不確かさが詰まっている。材料が思ったより高くつくかもしれない。作ってみたら量産が難しいかもしれない。届ける手立てが、想像より複雑かもしれない。売れた数が大きいほど、これらの不確かさは、掛け算で膨らんでいく。だから、事前販売の「売れた」を読むときは、それを「需要のテストに合格した」ではなく、「需要のテストに合格し、同時に、実行のテストがこれから始まる」と読むのが正確だ。前半だけを見て後半を忘れると、成功の知らせが、そのまま重荷の予約票になる。
「売れた」は「良いから売れた」とは限らない——交絡の飛躍
二つめの飛躍。事前販売が成功したとき、私たちはつい「中身が良かったから売れた」と思う。だが、売れ行きを動かしているのは、中身の良さだけではない。Kuppuswamy と Bayus が2018年に示したのは、支援がいつ・どう集まるかという支援者側の動きやタイミングが、成否を大きく左右すること。Colombo・Franzoni・Rossi-Lamastra が2015年に示したのは、立ち上げた人がもともと持っているつながり(社会関係資本)が、初期の支援を強く引き寄せること。
さらに、Frydrych たちが2014年に示したのは、「この人たちなら本当にやり遂げそうだ」と思わせる語りの正当性が支援を集めること。Agrawal・Catalini・Goldfarb が2014年に示したのは、誰が何を知っているかの情報の偏りや、地理的な近さまでが効いてくること。これらは、どれも「中身がどれだけ良いか」とは別の要因だ。だから、売れたという結果の裏には、中身の良さと、こうした社会的・物語的な後押しが、分かちがたく混ざっている。売れたからといって、それが純粋に「中身が良かった証拠」だとは、言い切れない。
なぜ、これが検証にとって厄介なのか。検証とは、本来、「中身が良ければ売れ、良くなければ売れない」という関係を確かめる作業だ。ところが、つながりや語りやタイミングが売れ行きを一緒に動かしていると、たとえ中身がいまひとつでも、別の力で売れてしまうことがある。逆に、中身は良くても、語るのが下手だったり、つながりが薄かったりして、売れないこともある。すると、「売れた/売れなかった」という結果から、「中身が良い/悪い」を読み取ろうとする、そのつながり自体が、途中で切れてしまう。だから、事前販売が成功したときこそ、「もし中身以外の何かが効いていたとしたら、それは何か」と、あえて疑ってみる。そこを切り分けておかないと、次に別のものを売るとき、効いていたのが中身ではなく、たまたまのつながりだった、という落とし穴に、同じように落ちる。
「売れた」は「本流でも売れる」とは限らない——群衆と市場の飛躍
三つめの飛躍。事前販売に最初に飛びついてくれる人たちは、世の中の平均的な人ではない。新しいものが好きで、まだ形になっていない約束にお金を出せる、特別に前のめりな人たちだ。Mollick と Nanda が2016年に、群衆の評価と専門家の評価を並べて比べたところ、群衆の支持は有用なしるしではあるが、専門家の評価と完全に一致するわけではなかった。群衆が支持したものが、そのまま広い市場の需要と同じとは限らない、ということだ。
つまり、最初に買ってくれた人は、これから広げたい本流のお客さんとは、別の顔をしていることがある。この、初期の支援者と本流の需要とのずれは、このあと(→521 最初の顧客)で正面から扱う。ここで押さえるのは、「売れた」の「誰に」を素通りしない、という一点だ。前のめりな人が最初に買ってくれること自体は、悪いことではない——むしろ、最初の一歩としてありがたい。問題は、その人たちの「欲しい」を、そのまま世の中全体の「欲しい」だと思い込んでしまうことにある。前のめりな人は、多少の不便や未完成を、面白がって受け入れてくれる。だが本流の人は、そこを許してくれない。だから、最初の支援者に響いた売り方が、本流にはまるで響かない、ということが、ふつうに起きる。
ここで、忘れてはならない線がある。事前販売は「まだ無いものを売る」行為だ。だからこそ、何が既にできていて、何がまだ未完なのかを、正直に開示する——この誠実さの線を越えてはいけない。完成していないものを、あたかも完成品のように見せて集めたお金は、需要のしるしですらなくなる。買った人を欺いた瞬間、そこで得た「売れた」は、検証の証拠として使えない、ただの負債に変わる。
時間・変化:事前販売の研究が積み上げてきた向き
順に置く。2014年、Mollick が、成功した案件でも遅延が相当割合で起きると示す(=売れた≠届けられる)。同じ2014年、Agrawal たちが情報の偏りと地理の効きを、Frydrych たちが語りの正当性の効きを示す。2015年、Colombo たちが、もともとのつながりが初期支援を引くと示す。2016年、Mollick と Nanda が、群衆の支持は専門家評価と完全一致しないと示す。2018年、Kuppuswamy と Bayus が、支援者の動きとタイミングの効きを示した。
この流れで確からしくなったのは、「作る前に売れば確実」ではない。確からしくなったのは、事前販売は強い需要の仮説を作るが、そこには作る・届けるの義務が残り、成否は社会的・物語的な要因と混ざり、最初の支援者は本流とずれうる、という向きのほうである。売れたことは、次に検証すべきことを増やしこそすれ、検証を終わらせはしない。研究が別々の角度から同じ一点を指しているのが分かる——売れたという一言の中に、まだほどかれていない問いが、いくつも折りたたまれている、ということだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「売れたのだから、もう確かめることはない」という安心だ。売れた瞬間に検証を止めてしまうと、届ける力・交絡・本流とのずれという、残った三つの宿題が、あとでまとめて牙をむく。もうひとつの妨げは、逆向きの誇張——見栄えのために、未完のものを完成品のように見せてしまうこと。これは誠実さの線を越え、集めた「売れた」を証拠ではなく負債に変える。
助けになるのは、事前販売を「確実の証明」ではなく、「三つの飛躍を、これから一つずつ確かめるための、質の高い仮説」として扱うことだ。売れたら、まず「本当に約束どおり届けられるか」を問い、次に「中身以外の何が効いたのか」を切り分け、最後に「買ってくれたのは、広げたい本流の人だったか」を確かめる。売れたことを、検証の終点ではなく、検証の出発点として使う。
最初の一歩は10分。自分の事業について、もし作る前に売るとしたら、「売れたら、それは何を証明したことになり、まだ何を証明していないか」を三つの飛躍(届ける・交絡・本流)ごとに一行ずつ書き、あわせて「何が実在し、何が未完かを、どう正直に開示するか」を一行書く。実在の案件を評価したり、借金をしてまで作れと勧めたりする必要はない——自分の事前販売の設計メモだけで完結する。この四行が書ければ、「売れた」を安心ではなく、次の検証への地図に変えられる。
次の単位は 518 へ。売れた・売れないの手前で、そもそも自分は何を思い込んでいるのか——その思い込みを、検証できる仮説の形に並べ直す道具に進む。
- この棚の読者は新しい商いを自分で立ち上げる人で、緑の段(仮説と検証の設計)の頭として事前販売(プレセールス=まだ完成していないものを先に注文として受けること)とクラウドファンディング(大勢から少しずつ先にお金を集めるやり方)を扱う。俗説は作る前に売れば確実で、この単位は売れたが確実の証明ではなく質の高い仮説の一つにすぎないことを示す
- 売れたの中には作れる・届けられる・これが本流の需要だという三つの未確認の飛躍が混じっている。一つめはデリバリーの飛躍。Mollick 2014は資金集めに成功した案件でも約束の期日に届かない遅延が相当割合で起きることを示した。お金を受け取った瞬間にまだ無いものを必ず届ける義務が生まれ、売れるほど義務は重くなる。売れたは実行できることの証明ではない
- 二つめは交絡の飛躍。売れ行きを動かすのは中身の良さだけではない。Kuppuswamy & Bayus 2018は支援者の動きやタイミングが、Colombo ら 2015はもともとのつながり(社会関係資本)が初期支援を引き、Frydrych ら 2014はやり遂げそうだと思わせる語りの正当性が、Agrawal ら 2014は情報の偏りや地理的近さが効くことを示した。売れた=中身が良かった証拠とは言い切れない
- 三つめは群衆と市場の飛躍。最初に飛びつく人は世の中の平均ではなく前のめりな人たちだ。Mollick & Nanda 2016は群衆の支持が有用なしるしだが専門家の評価と完全には一致しないことを示した。群衆が支持したものがそのまま広い市場の需要と同じとは限らず、初期の支援者と本流の需要とのずれは次段の最初の顧客(→521)で扱う
- 誠実さの線を越えてはいけない。事前販売はまだ無いものを売る行為なので、何が既にできていて何がまだ未完かを正直に開示する。完成していないものを完成品のように見せて集めたお金は需要のしるしですらなく、買った人を欺いた瞬間その売れたは検証の証拠として使えないただの負債に変わる
- 確からしくなったのは作る前に売れば確実ではなく、事前販売は強い需要の仮説を作るがそこには作る・届けるの義務が残り、成否は社会的・物語的な要因と混ざり、最初の支援者は本流とずれうる、という向きである。売れたことは次に検証すべきことを増やしこそすれ検証を終わらせはしない
- 最初の一歩は10分。自分の事業についてもし作る前に売るとしたら、売れたらそれは何を証明したことになりまだ何を証明していないかを三つの飛躍(届ける・交絡・本流)ごとに一行ずつ書き、あわせて何が実在し何が未完かをどう正直に開示するかを一行書く。実在案件の評価や借金をしてまで作れという勧めはせず、自分の事前販売の設計メモで完結する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 作る前に売れてしまえば、需要は確実に証明されたので、もう確かめることはない | 売れたの中には作れる・届けられる・これが本流の需要だという三つの未確認の飛躍が混じっている。Mollick 2014は、資金集めに成功した案件でも約束の期日に届かない遅延が相当割合で起きることを示した。事前販売でお金を受け取った瞬間にまだ無いものを必ず届ける義務が生まれ、売れるほどその義務は重くなる。売れたは強い需要のしるしではあっても、作れる・届けられることの証明ではなく、質の高い仮説の一つにすぎない |
| 事前販売が成功したのは、中身が良かったからだ | 売れ行きを動かすのは中身の良さだけではない。Kuppuswamy & Bayus 2018は支援者の動きやタイミングが、Colombo ら 2015は立ち上げた人のもともとのつながり(社会関係資本)が初期支援を引き寄せることを、Frydrych ら 2014はやり遂げそうだと思わせる語りの正当性が、Agrawal ら 2014は情報の偏りや地理的な近さが効くことを示した。売れた結果には中身の良さと社会的・物語的な後押しが分かちがたく混ざっており、売れた=中身が良かった証拠とは言い切れない |
| クラウドファンディングで群衆が支持したのだから、広い市場でも売れる | 最初に飛びつく人は世の中の平均ではなく、新しいものが好きで未完の約束にお金を出せる前のめりな人たちだ。Mollick & Nanda 2016は、群衆の支持は有用なしるしだが専門家の評価と完全には一致しないことを示した。群衆が支持したものがそのまま広い市場の需要と同じとは限らず、初期の支援者と本流の需要とのずれは次段の最初の顧客で正面から扱う。売れたの誰にを素通りしてはいけない |
皮肉なのは、事前販売がうまくいったときほど、検証を止めたくなることだ。お金が集まった安心は、次に確かめるべきことから目をそらさせる。だが集まったお金は、答えではなく、宿題の束だ——約束を本当に届けられるのか、中身以外の何が効いたのか、買ってくれたのは広げたい相手だったのか。そして、まだ無いものを売る以上、何が実在し何が未完かを正直に開示する線は、越えてはならない。見栄えのために未完を完成品のように見せれば、そこで得た売れたは、証拠ですらない負債に変わる。事前販売のほんとうの値打ちは、確実の証明を手に入れることではなく、次に何を検証すべきかを、お金という重い形で教えてもらえることにある。売れたを、安心ではなく、次の検証への地図として読む——それが、この緑の段の入口の作法だ。
Q1. 『作る前に売れれば確実だ』はなぜ値切られるのか。『売れた』に混じる三つの飛躍を挙げて説明せよ。一問一答
Q2. Mollick 2014によれば、資金集めに成功した案件でも、約束の期日に届かない ____ が相当割合で起きる。だから事前販売の成功は、作る・届けるという ____ を保証しない。穴埋め
Q3. 事前販売でまだ無いものを売るときの『誠実さの線』について、この単位の説明として正しいものはどれか。選択
Q4. 『事前販売が成功したのは中身が良かったからだ』と言い切れないのはなぜか。中身の良さ以外に売れ行きを動かす要因を、研究名とともに二つ以上挙げよ。一問一答
Q5. この単位が扱った事前販売の研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Mollick & Nanda が群衆の支持は専門家評価と完全一致しないと示す(イ)Mollick が成功しても遅延が相当割合で起きると示す(ウ)Kuppuswamy & Bayus が支援者の動きとタイミングの効きを示す(エ)Colombo らがもともとのつながりが初期支援を引くと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の事業について、もし作る前に売る(事前販売する)としたら、という前提で四行書く。①届ける——売れたとして、本当に約束どおり届けられるか、まだ確かめていないことは何か。②交絡——もし売れたら、中身の良さ以外に何が効いた可能性があるか(つながり・語り・タイミング・情報の偏り)。③本流——買ってくれそうなのは、これから広げたい本流の相手か、それとも前のめりな一部か。④開示——何が既にできていて何がまだ未完かを、買う人にどう正直に伝えるか。実在の案件を評価したり、借金をしてまで作れと勧めたりする必要はなく、自分の事前販売の設計メモだけで完結させる。最後に、四つのうちいちばん自信がない一つに印をつける。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Mollick E. (2014) ‘The dynamics of crowdfunding: An exploratory study’, Journal of Business Venturing 29(1):1-16 — doi.org
- Kuppuswamy V., Bayus B.L. (2018) ‘Crowdfunding Creative Ideas: The Dynamics of Project Backers’, in The Economics of Crowdfunding, Palgrave Macmillan, pp.151-182 — doi.org
- Colombo M.G., Franzoni C., Rossi-Lamastra C. (2015) ‘Internal Social Capital and the Attraction of Early Contributions in Crowdfunding’, Entrepreneurship Theory and Practice 39(1):75-100 — doi.org
- Frydrych D., Bock A.J., Kinder T., Koeck B. (2014) ‘Exploring entrepreneurial legitimacy in reward-based crowdfunding’, Venture Capital 16(3):247-269 — doi.org
- Agrawal A., Catalini C., Goldfarb A. (2014) ‘Some Simple Economics of Crowdfunding’, Innovation Policy and the Economy 14:63-97 — doi.org
- Mollick E., Nanda R. (2016) ‘Wisdom or Madness? Comparing Crowds with Expert Evaluation in Funding the Arts’, Management Science 62(6):1533-1553 — doi.org