「シナジーは計画どおり刈り取れる」——だが派手な売上シナジーほど、いちばん実現しない
シナジーをいちばん高く見積もる人ほど、そのシナジーを刈り取る現場から、いちばん遠いところにいる。スプレッドシートの上では、二つの事業を足せば売上も利益もきれいに積み上がる。だが実際に実現するのは統合の現場で働く人であり、その人が納得せず去れば、立派な数字は一行も刈り取られない。しかも、いちばん派手に約束される売上のシナジーが、いちばん不確実だ。
シナジーを刈り取るとは、何を指すのか
前の単位で、鍵の人に残ってもらう構えが手に入った。それを、その人たちが生むはずの成果——シナジーの刈り取りへ進める。統合の実行の段(橙)は、この単位でひとまず区切りになる。
まず言葉をほどく。シナジー(synergy=相乗効果)とは、二つの事業が一つになることで、別々のときより大きな価値が生まれること。「1+1が2より大きくなる」——その、2を超えて上乗せされるぶんのことである。そして買収では、このシナジーを見込んで、プレミアム——相手の今の価値に上乗せして払う額——が支払われる。つまり、プレミアムは、まだ生まれていない将来のシナジーへの、前払いなのだ。俗説は言う——「シナジーは、計画どおり刈り取れる」。この単位が見るのは、その刈り取りが、どこまで計画どおりにいくかだ。読者の半分は売る側でもある——売る側にとって、買い手が語る「シナジー」は、値段を吊り上げる材料にもなる。あらかじめ断っておく——この単位は「必ずシナジーが出る」を保証しないし、売上のシナジーを、人を減らして作るような話にはしない。 人を減らすことは、そもそもシナジーではない。言うことは三つ。シナジーを刈り取るとは何を指すのか、計画どおりにどこまで刈れると確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか。
「計画どおり刈り取れる」の裏——プレミアムは将来シナジーの前払い
まず、この構造の危うさから。買い手は、将来のシナジーを見込んでプレミアムを払う。だが、そのシナジーが約束どおり実現しなければ、払いすぎたぶんが、そのまま価値の毀損になる。 この落とし穴を、Sirowerが1997年の著書『The Synergy Trap』で「シナジー・トラップ(シナジーの罠)」と呼んだ(書籍による由緒であり、ここでは概念の名として触れる)。
Sirowerとサーニが2006年に『Avoiding the Synergy Trap』(Journal of Applied Corporate Finance 18(3):83-95) で示した実務の指針も、同じ向きだった(これは査読誌ではなく、実務家向けの専門誌である)。要点は、シナジーの見積もりを、払う前にストレステスト——「本当にそれだけ出るのか」を厳しく問う検算——にかけること。プレミアムは、希望的なシナジーの数字で、いくらでも正当化できてしまう。ここで橙の段の見方を当てておく——「これだけのシナジーが出るから、この値段は妥当だ」という説明の、そのシナジーの数字が、どこから来たのかを問う。失敗率のロアと同じで、都合のいい数字は、たいてい、それを必要とする人が作っている。
シナジー実現は、計画ではなく、統合と受容の関数
では、シナジーは何によって実現するのか。LarssonとFinkelsteinが1999年に『Integrating Strategic, Organizational, and Human Resource Perspectives on Mergers and Acquisitions』(Organization Science 10(1):1-26) で、多くの事例を横断して調べたところ、シナジーが実際に実現するかどうかは、計画の緻密さよりも、二社の補完性・組織の統合の程度・そして従業員がその統合を受け入れるかにかかっていた。
これは、これまでの単位と、きれいにつながる。速さ(505)、文化(506)、人(507)——それらがうまくいって初めて、シナジーは実現する。逆に言えば、統合を実際に担う人が納得せず、去ってしまえば、計画書にどれだけ立派なシナジーが書かれていても、それは刈り取られない。シナジーは、スプレッドシートの上で足し算されるものではなく、統合の現場で、人の手によって、少しずつ実現されるものだ。だから「計画どおり刈り取れる」という前提は、計画と実現のあいだにある、この長い距離を、見落としている。売る側から見れば、この構造は逆向きに効く。買い手が「御社と一緒になれば、これだけのシナジーが出る」と語るとき、その数字は、値段を吊り上げるための材料でもある。だが、その実現の責任を負うのは買い手であって、売る側ではない。だから売る側は、買い手のシナジー物語に相場以上の期待を乗せられて、あとで「約束が違う」ともめる前に、値段は今の事業の実力で見て、シナジーは相手の希望として割り引いて聞くのがよい。
コストと売上で、刈り取りやすさが違う
しかも、シナジーは一種類ではない。大きく分けて、コストのシナジー(重複をなくして費用を減らす)と、売上のシナジー(二社の組み合わせで、より多く売る)がある。そして、この二つは、実現の確実さがまるで違う。
HoustonとJames、Ryngaertが2001年に『Where do merger gains come from?』(Journal of Financial Economics 60(2-3):285-331) で銀行合併を調べたところ、コスト削減のシナジーは比較的読めるが、売上のシナジーは、はるかに不確実だった。Capronが1999年に『The long-term performance of horizontal acquisitions』(Strategic Management Journal 20(11):987-1018) で水平買収を調べたときも、資源の再配置が成果を左右し、その効き方はコスト面と売上面で異なっていた。理由は、考えてみれば分かりやすい。コストは、自分たちの判断で削れる。だが売上は、顧客が買ってくれて初めて生まれる——顧客は、二社が一つになったからといって、都合よく多くは買ってくれない。だから、買収の説明で「売上シナジーで元が取れる」と言われたら、そこにいちばん眉に唾をつけるべきだ。そして、その売上シナジーを、人を減らして作ることはできない——それはコスト削減であって、しかも売上の土台を削る。
価値の源は、主に効率改善——市場支配力でも税でもない
では、実現するシナジーは、そもそもどこから来るのか。DevosとKadapakkam、Krishnamurthyが2009年に『How Do Mergers Create Value?』(Review of Financial Studies 22(3):1179-1211) で、価値の源を分解して調べたところ、買収が生む価値の主な源は、効率の改善だった。市場での支配力を強めることや、税の都合ではなかった。
これは、地に足のついた向きを示している。シナジーの正体は、独占して値上げすることでも、税を逃れることでもなく、二社が一つになって、無駄を減らし、うまく回すこと——地道な効率の改善なのだ。派手な「売上が爆発する」物語より、「重複を整理して、少し効率が上がる」という控えめな絵のほうが、実証に近い。だから、シナジーを刈り取るとは、華々しい成長を約束することではなく、実現しやすいコストの効率化から、着実に、控えめに数えていくことだと分かる。刈り取れる分だけを、前もって数えておく。それが、プレミアムの払いすぎを防ぐ、いちばんの守りになる。
時間・変化:1997年から2009年へ
順に置く。1997年、Sirowerが「シナジー・トラップ」——プレミアムが将来シナジーの前払いだという構造——を示す。1999年、LarssonとFinkelsteinが、シナジー実現が統合と従業員の受容の関数だと示し、Capronが水平買収の長期成果を調べる。2001年、Houstonらがコストシナジーと売上シナジーの確実さの差を示し、2006年、Sirowerとサーニが実務のストレステストを、2009年、Devosらが価値の源が主に効率改善だと示した。
この間に確からしくなったのは、「シナジーは計画どおり刈り取れる」という約束ではない。確からしくなったのは、プレミアムは将来シナジーの前払いで実現しなければ価値毀損になり、実現は計画でなく統合と受容の関数で、コストは読めるが売上シナジーは不確実で、価値の源は主に地道な効率改善だ、という向きの事実である。刈り取れる分だけを、控えめに数える。それが守りになる。どれも、統合をやめる理由ではなく、期待を正しい大きさに調整するための手がかりである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「これだけのシナジーが出る」という数字を、その出どころを問わずに、プレミアムの根拠にすることである。都合のいいシナジーの数字は、払いたい額を正当化するために、いくらでも膨らむ。もう一つの妨げは、売上シナジーを、人を減らして作ろうとすることだ。それはシナジーではなく、売上の土台そのものを削ってしまう自傷にほかならない。
助けになるのは、シナジーをコスト面と売上面に分けて、それぞれ「どれだけ確実か」を、正直に自己採点することである。コストの効率化は控えめに見積もって数え、売上シナジーは「出れば儲けもの」くらいに割り引いて扱う。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、自分が想定する統合(事業を買う・組み合わせる場面)で、期待できるシナジーを「コスト面」と「売上面」に分けて書き出し、それぞれがどれだけ確実かを、五段階などで自己採点してみること。実際のディールを決める必要はない。期待するシナジーの確実さを、自分の手元で仕分けるだけでよい。
次の単位は 509「のれんを毀損させないには?」——刈り取れなかったシナジーが、やがて帳簿の上で「のれんの減損」として現れてくる場面へと進む。
- シナジー(相乗効果)とは二つの事業が一つになることで別々のときより大きな価値が生まれること。買収ではこれを見込んでプレミアム(相手の今の価値に上乗せして払う額)が支払われ、プレミアムはまだ生まれていない将来シナジーへの前払いである。この単位は必ずシナジーが出るを保証せず、売上のシナジーを人を減らして作る話にはしない。人を減らすことはシナジーではない
- シナジーが約束どおり実現しなければ払いすぎたぶんがそのまま価値の毀損になる。この落とし穴をSirowerが1997年の著書『The Synergy Trap』でシナジー・トラップと呼んだ。Sirowerとサーニ 2006『Avoiding the Synergy Trap』(Journal of Applied Corporate Finance 18(3):83-95・査読誌でなく実務家向け専門誌)はシナジーの見積もりを払う前にストレステスト(本当にそれだけ出るのかの検算)にかけるべきだと示した
- この値段は妥当だと正当化するシナジーの数字がどこから来たのかを問う。失敗率のロアと同じで都合のいい数字はたいていそれを必要とする人が作っている。プレミアムは希望的なシナジーの数字でいくらでも正当化できてしまう
- LarssonとFinkelstein 1999『Integrating Strategic, Organizational, and Human Resource Perspectives on Mergers and Acquisitions』(Organization Science 10(1):1-26)は多くの事例を横断し、シナジーが実現するかが計画の緻密さより二社の補完性・組織の統合の程度・従業員がその統合を受け入れるかにかかると示した。統合を担う人が納得せず去れば計画書に立派なシナジーが書かれても刈り取られない
- シナジーはコストのシナジー(重複をなくして費用を減らす)と売上のシナジー(組み合わせでより多く売る)に分かれ実現の確実さがまるで違う。HoustonとJames・Ryngaert 2001『Where do merger gains come from?』(Journal of Financial Economics 60(2-3):285-331)は銀行合併でコスト削減シナジーは比較的読めるが売上シナジーははるかに不確実と示し、Capron 1999(Strategic Management Journal 20(11):987-1018)も資源再配置の効き方がコスト面と売上面で異なると示した
- コストは自分たちの判断で削れるが売上は顧客が買って初めて生まれ、顧客は二社が一つになったからといって都合よく多く買ってくれない。だから売上シナジーで元が取れると言われたらいちばん眉に唾をつけるべきで、その売上シナジーを人を減らして作ることはできない(それはコスト削減で売上の土台を削る)
- DevosとKadapakkam・Krishnamurthy 2009『How Do Mergers Create Value?』(Review of Financial Studies 22(3):1179-1211)は買収が生む価値の主な源が効率の改善で、市場での支配力や税の都合ではないと示した。シナジーの正体は独占して値上げや税逃れでなく二社が一つになり無駄を減らしうまく回す地道な効率改善で、刈り取れる分だけを控えめに数えることがプレミアムの払いすぎを防ぐ守りになる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 買収のシナジーは、計画にきちんと書き込めば、そのとおり刈り取れる | シナジーの実現は計画の緻密さでは決まらない。Larsson & Finkelstein 1999は、実現が二社の補完性・組織の統合の程度・従業員がその統合を受け入れるかにかかることを示した。統合を担う人が納得せず去れば、計画書に立派なシナジーが書かれても刈り取られない。プレミアムは将来シナジーへの前払いで(Sirower 1997のシナジー・トラップ)、実現しなければ払いすぎがそのまま価値の毀損になる。計画と実現のあいだには長い距離がある |
| コストのシナジーも売上のシナジーも、同じように計画どおり出る | 二つは確実さがまるで違う。Houstonら2001は、コスト削減のシナジーは比較的読めるが、売上のシナジーははるかに不確実であることを示した。コストは自分たちの判断で削れるが、売上は顧客が買って初めて生まれ、顧客は二社が一つになったからといって都合よく多くは買わない。だから「売上シナジーで元が取れる」にはいちばん眉に唾をつけるべきで、その売上シナジーを人を減らして作ることはできない(それはコスト削減で、しかも売上の土台を削る) |
| M&Aのシナジーとは、大きくなって市場を支配し、値上げや節税で稼ぐことだ | 買収が生む価値の主な源は効率の改善である。Devosら2009は、価値の源を税・市場支配力・効率改善に分解して比較し、主な源が効率の改善であって市場支配力や税ではないことを示した。シナジーの正体は独占して値上げや税逃れでなく、二社が一つになって無駄を減らしうまく回す地道な効率改善である。だからシナジーを刈り取るとは実現しやすいコストの効率化から着実に控えめに数えることで、刈り取れる分だけを数えることがプレミアムの払いすぎを防ぐ守りになる |
皮肉なのは、シナジーをいちばん高く見積もる人ほど、そのシナジーを刈り取る現場から、いちばん遠いところにいることである。スプレッドシートの上では、二つの事業を足せば、売上も利益も、きれいに積み上がる。だが実際にそれを実現するのは、統合の現場で働く人であり、その人が納得せず去れば、立派な数字は一行も刈り取られない。しかも、いちばん派手に約束される売上のシナジーが、いちばん不確実で、いちばん確実なのは、地味なコストの効率化のほうだ。プレミアムは、まだ生まれていない未来への前払いである——その未来を、都合よく見積もった者が、あとで、のれんの減損という請求書を受け取る。刈り取れるのは、控えめに数えた分だけ。それ以上を約束した紙は、次の単位で、静かに書き換えられることになる。
Q1. 買収では将来のシナジーを見込んで ____(相手の今の価値に上乗せして払う額)が支払われる。これは将来シナジーへの ____ で、シナジーが実現しなければ払いすぎが価値の ____ になる。Sirower 1997はこれをシナジー・トラップと呼んだ。穴埋め
Q2. Larsson & Finkelstein 1999を踏まえ、「シナジーは計画どおり刈り取れる」という前提が見落としているものを述べよ。前の単位(速さ・文化・人)との関係にも触れよ。一問一答
Q3. Houstonら2001(銀行合併)が示した「コストのシナジーと売上のシナジーの違い」として、この単位の説明に合うものはどれか。選択
Q4. Devosら2009が示した「買収が生む価値の主な源」は何か。そこから、シナジーを刈り取るとはどうすることだと導かれるかを述べよ。一問一答
Q5. シナジーをめぐる研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Houstonらがコストと売上シナジーの確実さの差を示す(イ)Sirowerがシナジー・トラップを示す(ウ)Devosらが価値の源が主に効率改善だと示す(エ)Larsson & Finkelsteinがシナジー実現は統合と受容の関数と示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が想定する統合——事業を買って自分の事業と組み合わせる、あるいは自分の事業が買われて相手と一緒になる場面——を思い浮かべる。そこで期待できるシナジー(一つになることで生まれる得)を、二つの欄に分けて書き出す。(1)コスト面のシナジー(重複をなくす・共同で仕入れる・設備を共用するなど、費用が減るもの)、(2)売上面のシナジー(二社の組み合わせでより多く売れる、客層が広がるなど、売上が増えるもの)。それぞれの項目に、「どれだけ確実に実現しそうか」を五段階(1=ほぼ絵に描いた餅〜5=ほぼ確実)で自己採点する。売上面の項目には特に厳しめに点を付ける。人を減らすことは、シナジーの欄には書かない(それは売上の土台を削る)。実際のディールを決める必要はなく、シナジーの確実さを自分の手元で仕分けるだけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Larsson R., Finkelstein S. (1999) ‘Integrating Strategic, Organizational, and Human Resource Perspectives on Mergers and Acquisitions: A Case Survey of Synergy Realization’, Organization Science 10(1):1-26 — doi.org
- Capron L. (1999) ‘The long-term performance of horizontal acquisitions’, Strategic Management Journal 20(11):987-1018 — doi.org
- Houston J.F., James C.M., Ryngaert M.D. (2001) ‘Where do merger gains come from? Bank mergers from the perspective of insiders and outsiders’, Journal of Financial Economics 60(2-3):285-331 — doi.org
- Devos E., Kadapakkam P-R., Krishnamurthy S. (2009) ‘How Do Mergers Create Value? A Comparison of Taxes, Market Power, and Efficiency Improvements as Explanations for Synergies’, Review of Financial Studies 22(3):1179-1211 — doi.org
- Sirower M.L., Sahni S. (2006) ‘Avoiding the “Synergy Trap”: Practical Guidance on M&A Decisions for CEOs and Boards’, Journal of Applied Corporate Finance 18(3):83-95 — doi.org
- Sirower M.L. (1997) 『The Synergy Trap: How Companies Lose the Acquisition Game』, The Free Press — openlibrary.org