「文化は擦り合わせられる」——だが混ぜて消えるのは、その事業を買った理由そのものだ
「文化を一つに擦り合わせよう」といちばん熱心に進める人ほど、その擦り合わせで、買った理由そのものを消してしまう。まったく同じ文化なら、わざわざ買う必要はなかった。違うからこそ、相手のやり方のなかに、自分たちに無い知恵と強みがある。それを「障害」と呼んで自分の流儀で塗りつぶせば、帳簿の上では一つになっても、買った価値は静かに蒸発する。
文化の衝突を乗り越えるとは、何を指すのか
前の単位で、統合の速さをどこに配分するかが手に入った。それを、二社の文化がぶつかる場面の扱いへ進める。
まず言葉をほどく。ここで言う文化とは、会社ごとの、当たり前とされているやり方——決め方の速さ、上下の距離、残業への感覚、顧客への接し方といった、明文化されていない習慣のことである。買収では、この習慣の違う二つの集団が、一つになろうとする。研究では、その適応の仕方をアカルチュレーション(acculturation=異なる文化が接触したときの適応)と呼ぶ。俗説は言う——「文化は、擦り合わせられる」。この単位が見るのは、その擦り合わせが、本当に唯一の答えなのかだ。この棚の読者の半分は、買われる側——自分の店のやり方が、相手の流儀に塗り替えられるかもしれない側でもある。だから文化の話は、どちらの側にも切実だ。あらかじめ断っておく——この単位は「必ず一体化すべきだ」とも言わないし、文化差を数値で測って優劣をつけることもしない。 言うことは三つ。文化の衝突を乗り越えるとは何を指すのか、擦り合わせるとどこまで良くなると確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか。
「擦り合わせられる」の裏——文化差の効果は、単純な負ではない
まず、素朴な思い込みから。「文化が違うほど、統合はうまくいかない」——これは、一見もっともらしい。実際、Chatterjeeらが1992年に『Cultural differences and shareholder value in related mergers』(Strategic Management Journal 13(5):319-334) で調べた初期の研究では、文化差が大きいと感じられるほど、株主価値が下がるという、負の相関が報告された。
ところが、研究が進むと、絵はもっと複雑になった。StahlとVoigtが2008年に『Do Cultural Differences Matter in Mergers and Acquisitions?』(Organization Science 19(1):160-176) で、多くの研究をメタ分析でまとめたところ、文化差が業績に一律にマイナスとは示されなかった。 文化差は、条件によって、プラスにもマイナスにも働いていた。ここで橙の段の見方を当てておく——「文化が違えば失敗する」という教科書的な直感と、実証が描く絵は、別物だ。文化の違いそのものが問題なのではなく、その違いを、どう扱うかが、成否を分ける。
差はむしろ、知識の移転を助けうる
なぜ、文化差はマイナスばかりではないのか。SaralaとVaaraが2010年に『Cultural differences, convergence, and crossvergence』(Journal of International Business Studies 41(8):1365-1390) で、国際買収を調べて示したのは、意外な向きだった。文化の違いは、条件が整えば、むしろ二社のあいだの知識の移転を助けうる。
考えてみれば、当たり前かもしれない。まったく同じ文化の二社が一つになっても、新しく学べることは少ない。違うからこそ、相手のやり方に、自分たちに無かった知恵が含まれている。買った側の流儀で塗りつぶしてしまえば、その知恵は失われる。売られる側の「うちのやり方」のなかに、買った側が持っていない強みがある——それは、しばしば、その事業を買った理由そのものだ。文化差を「消すべき障害」とだけ見ると、買った価値の源を、自分で消してしまうことになりかねない。たとえば、長年その店を支えてきた「丁寧すぎるほどの下ごしらえ」や「常連の顔と好みを覚えている接客」は、外から見れば非効率に映るかもしれない。だが、まさにそれが客を呼んでいるのだとしたら、効率化の名のもとに切り落とした瞬間、買ったはずの価値は手のなかから消える。違いのなかには、消してよい非効率と、消してはいけない強みが、混ざっている。その見分けが、統合のいちばん難しい仕事だ。
問いは「差があるか」ではなく「どう作用するか」
では、どう考えればいいのか。TeerikangasとVeryが2006年に『The Culture–Performance Relationship in M&A: From Yes/No to How』(British Journal of Management 17(S1):S31-S48) で、文化と業績をめぐる矛盾した研究を整理して示したのは、問いの立て方そのものを変えるべきだ、ということだった。「文化差があるか・ないか(yes/no)」ではなく、「その差が、どういう条件で、どう作用するか(how)」を問う。
ここで、もう一つ大事な但し書きがいる。文化は、そもそも測るのが難しい。 文化差は、たいてい人の自己申告で測られ、その数値が本当に「文化の違い」を捉えているのか、因果として業績に効いているのかは、識別が難しい。Weberらが1996年に『National and Corporate Cultural Fit』(Management Science 42(8):1215-1227) で示したように、国レベルの文化と、会社レベルの文化は、別々に効く——一括りにできない。だから、「文化差スコアが高い/低い」といった数字を、そのまま信じないほうがいい。しかも、これらの実証の多くは国際M&A・大企業が標本で、別の商売を持ち込む中小の承継に、そのまま当てはめることはできない。受け取るのは、「差の扱い方を選ぶ」という一般的な構造までだ。
擦り合わせだけが解ではない——四つのモード
では、差を「どう扱うか」には、どんな選択肢があるのか。NahavandiとMalekzadehが1988年に『Acculturation in Mergers and Acquisitions』(Academy of Management Review 13(1):79-90) で示したのは、適応の仕方には、少なくとも四つのモードがある、ということだった。買った文化に染めていく「吸収」、両方の良さを混ぜる「統合」、別々のまま並立させる「分離」、元の文化を手放させる「脱文化化」——である。
「文化統合」という言葉が指す「一つに混ぜ合わせる」やり方は、この四つのうちの一つ(統合)にすぎない。ときには、買った事業の文化に手をつけず、別々のまま並立させる「分離」のほうが、うまくいく。買った価値がその文化に宿っているなら、混ぜないことが正解になる。大事なのは、どのモードを選ぶかを、買う側と、買われる側の、双方が納得して決めることだ。一方的に「うちのやり方に合わせろ」と染めれば、それは吸収だが、売られた側の誇りと、その事業の強みを、同時に削ることになりかねない。しかも、どのモードが向くかは、二社の相性だけでなく、売られる側の人々が、変化をどこまで望んでいるかにもよる。同じ「分離」でも、放っておかれたと感じる人もいれば、自分たちのやり方が尊重されたと感じる人もいる。だからモードの選択は、机上で決めきれるものではなく、相手の受け止めを聞きながら調整していくものだ。擦り合わせは、選べる道の一つであって、唯一の正解ではない。
時間・変化:1988年から2010年へ
順に置く。1988年、NahavandiとMalekzadehが、適応の四つのモードを示す。1992年、Chatterjeeらが、文化差と株主価値の負の相関という初期の絵を報告し、1996年、Weberらが、国レベルと会社レベルの文化を区別する。2006年、TeerikangasとVeryが「差の有無」から「どう作用するか」へと問いを変え、2008年、StahlとVoigtがメタ分析で文化差の効果が一律負でないことを、2010年、SaralaとVaaraが文化差が知識移転を助けうることを示した。
この間に確からしくなったのは、「文化は擦り合わせれば統合できる」という約束ではない。確からしくなったのは、文化差の効果は単純な負ではなく条件しだいで、差はむしろ知識移転を助けうり、問うべきは差の有無でなくどう作用するかで、そして適応には四つのモードがあり擦り合わせだけが解ではない、という向きの事実である。差は、消すものではなく、どう扱うかを選び取るものだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「文化が違う=障害」と決めつけて、買った側の流儀で一律に塗りつぶすことである。それは、買った価値の源——相手の文化に宿った強み——を、自分で消しかねない。もう一つの妨げは、文化差スコアのような数字を信じ込むことだ。文化は測りにくく、その数字は「違いの扱い方」を教えてはくれない。
助けになるのは、二社の文化の違いを一つ取り出し、それを「消すべき障害」ではなく、吸収・統合・分離のどれで扱うのが向くかという選択の問題として眺めることである。その違いに、買った理由になるような強みが宿っていないかを、先に確かめる。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、自分が持ち込む(あるいは受け入れる)商売の文化と、相手の文化の違いを一つ挙げ、それを吸収・統合・分離のどれで扱うのが向きそうか、理由とともに書き出してみること。実際のディールを決める必要はない。差の扱い方を、自分の手元で一つ考えてみるだけでよい。
次の単位は 507「買収先の人心を掴むには?」——文化の扱い方から、その文化を担っている人が残るか去るか、という話へと進む。
- 文化とは会社ごとの当たり前とされるやり方(決め方の速さ・上下の距離・顧客への接し方など明文化されない習慣)で、買収では習慣の違う二集団が一つになろうとする。研究はその適応の仕方をアカルチュレーションと呼ぶ。この単位は必ず一体化すべきとも言わず文化差を数値で測って優劣をつけず、読者の半分は自分のやり方が塗り替えられる買われる側でもある
- Chatterjeeら1992『Cultural differences and shareholder value in related mergers』(Strategic Management Journal 13(5):319-334)の初期研究は文化差が大きいと感じられるほど株主価値が下がる負の相関を報告した。だがStahlとVoigt 2008『Do Cultural Differences Matter in Mergers and Acquisitions?』(Organization Science 19(1):160-176)のメタ分析は文化差が業績に一律にマイナスとは示さず条件でプラスにもマイナスにも働くと示した
- 文化の違いそのものが問題なのでなくその違いをどう扱うかが成否を分ける。SaralaとVaara 2010『Cultural differences, convergence, and crossvergence』(Journal of International Business Studies 41(8):1365-1390)は文化の違いが条件次第でむしろ二社の知識の移転を助けうると示した。違うからこそ相手のやり方に自分たちに無い知恵があり、買った側の流儀で塗りつぶせばその知恵は失われる
- TeerikangasとVery 2006『The Culture–Performance Relationship in M&A: From Yes/No to How』(British Journal of Management 17(S1):S31-S48)は矛盾した研究を整理し、問いを差があるか・ないか(yes/no)でなく、その差がどういう条件でどう作用するか(how)に変えるべきだと示した。文化は消すべき障害でなく扱い方を選ぶ対象である
- 文化は測るのが難しく、文化差はたいてい自己申告で測られその数値が本当に違いを捉え因果として業績に効いているかの識別が難しい。Weberら1996『National and Corporate Cultural Fit』(Management Science 42(8):1215-1227)は国レベルと会社レベルの文化が別々に効くと示した。だから文化差スコアの高低をそのまま信じず、実証の多くは国際M&A・大企業標本ゆえ中小の承継に断定転用しない
- NahavandiとMalekzadeh 1988『Acculturation in Mergers and Acquisitions』(Academy of Management Review 13(1):79-90)は適応の仕方に少なくとも四つのモード——買った文化に染める吸収・両方の良さを混ぜる統合・別々のまま並立させる分離・元の文化を手放させる脱文化化——があると示した。文化統合が指す混ぜ合わせは四つのうちの一つにすぎない
- 買った価値がその文化に宿っているなら混ぜない分離が正解になることもあり、どのモードを選ぶかは買う側と買われる側の双方が納得して決めるべきである。一方的に自分のやり方に合わせろと染める吸収は売られた側の誇りとその事業の強みを同時に削りかねない。差は消すものでなくどう扱うかを選ぶもので、擦り合わせは選べる道の一つで唯一の正解ではない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 文化は違うほど統合を妨げるので、早く一つに擦り合わせて消すべきだ | 文化差の効果は単純な負ではない。Chatterjeeら1992の初期研究は負の相関を報告したが、Stahl & Voigt 2008のメタ分析は文化差が業績に一律にマイナスとは示さず、条件でプラスにもマイナスにも働くと示した。しかもSarala & Vaara 2010が示すように、文化の違いは条件が整えばむしろ知識の移転を助けうる。違うからこそ相手のやり方に自分たちに無い知恵があり、塗りつぶせばその知恵——しばしば買った理由そのもの——が失われる |
| 文化差スコアを測れば、どの買収が危ないかが分かる | 文化は測るのが難しい。文化差はたいてい自己申告で測られ、その数値が本当に違いを捉え因果として業績に効いているかの識別は難しい。Teerikangas & Very 2006は問いを「差があるか」から「どう作用するか」へ変えるべきだと示し、Weberら1996は国レベルと会社レベルの文化が別々に効くと示した。だから文化差スコアの高低をそのまま信じず、実証の多くは国際M&A・大企業標本ゆえ中小の承継に断定転用しない |
| 文化統合とは、二社の文化を一つに混ぜ合わせることだ | 混ぜ合わせ(統合)は、適応の一つのモードにすぎない。Nahavandi & Malekzadeh 1988は、吸収(買った文化に染める)・統合(混ぜる)・分離(別々のまま並立)・脱文化化(元の文化を手放させる)の四つのモードを示した。買った価値がその文化に宿っているなら混ぜない「分離」が正解のこともある。一方的に自分のやり方に染める吸収は売られた側の誇りとその事業の強みを削りかねず、どのモードを選ぶかは買う側と買われる側の双方が納得して決めるべきである |
皮肉なのは、「文化を一つに擦り合わせよう」といちばん熱心に進める人ほど、その擦り合わせで、買った理由そのものを消してしまうことである。まったく同じ文化なら、わざわざ買う必要はなかった。違うからこそ、相手のやり方のなかに、自分たちに無い知恵と強みがある。それを「障害」と呼んで、自分の流儀で塗りつぶせば、帳簿の上では一つになっても、買った価値は静かに蒸発する。文化は、測りにくく、混ぜれば良いとはかぎらない——吸収するのか、混ぜるのか、別々のまま並べるのか、その選択こそが本題だ。乗り越えるべきなのは、たぶん文化の違いそのものではなく、違いを見た瞬間に「消さねば」と身構える、こちらの反射のほうである。
Q1. 「文化が違うほど統合はうまくいかない」という見方は、初期研究と後のメタ分析でどう変わったか。Chatterjeeら1992とStahl & Voigt 2008に触れて述べよ。一問一答
Q2. Sarala & Vaara 2010が国際買収について示したこととして、この単位の説明に合うものはどれか。選択
Q3. Teerikangas & Very 2006は、問いを「差があるか・ないか(____/____)」から「その差がどういう条件でどう作用するか(____)」へ変えるべきだと示した。さらに文化は測りにくく、Weberら1996は国レベルと会社レベルの文化が ____ に効くと示した。穴埋め
Q4. Nahavandi & Malekzadeh 1988が示した「適応の四つのモード」を挙げ、「擦り合わせ(統合)だけが解ではない」と言える理由を述べよ。一問一答
Q5. 文化と買収をめぐる研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Teerikangas & Veryが差の有無からどう作用するかへ問いを変える(イ)Nahavandi & Malekzadehが適応の四つのモードを示す(ウ)Sarala & Vaaraが文化差が知識移転を助けうると示す(エ)Chatterjeeらが文化差と株主価値の負の相関を報告する並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が事業を買う(または買われる)場面を想像し、二社の商売の文化の違いを一つ具体的に挙げる(例:接客の丁寧さ、値引きの裁量、決め方の速さ、休みの取り方など)。その違いについて、(1)そこに、相手(または自分)を買う理由になるような強みが宿っていないかを一言書く。(2)その違いを、吸収(どちらかに染める)・統合(混ぜ合わせる)・分離(別々のまま並立させる)のどれで扱うのが向きそうかを選び、理由を一〜二文で書く。文化差を数値で採点したり、相手の文化に優劣をつけたりする必要はない。差の扱い方を、自分の手元で一つ考えるだけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Stahl G.K., Voigt A. (2008) ‘Do Cultural Differences Matter in Mergers and Acquisitions? A Tentative Model and Examination’, Organization Science 19(1):160-176 — doi.org
- Nahavandi A., Malekzadeh A.R. (1988) ‘Acculturation in Mergers and Acquisitions’, Academy of Management Review 13(1):79-90 — doi.org
- Sarala R.M., Vaara E. (2010) ‘Cultural differences, convergence, and crossvergence as explanations of knowledge transfer in international acquisitions’, Journal of International Business Studies 41(8):1365-1390 — doi.org
- Teerikangas S., Very P. (2006) ‘The Culture–Performance Relationship in M&A: From Yes/No to How’, British Journal of Management 17(S1):S31-S48 — doi.org
- Weber Y., Shenkar O., Raveh A. (1996) ‘National and Corporate Cultural Fit in Mergers/Acquisitions: An Exploratory Study’, Management Science 42(8):1215-1227 — doi.org
- Chatterjee S., Lubatkin M.H., Schweiger D.M., Weber Y. (1992) ‘Cultural differences and shareholder value in related mergers: Linking equity and human capital’, Strategic Management Journal 13(5):319-334 — doi.org