「作り直せば解決する」——だが、制度は作った日から古び始め、完璧な制度は無い
制度に副作用が出たら作り直せば解決する、と教わる。皮肉なことに、いちばん熱心に作り直す人ほど、いちばん制度に振り回されている。作り直すたびに今度こそ完璧だと思うが、その完璧は作った日がいちばん新しく、翌日にはもう古び始めている。制度に終わりが無いのは設計者の力不足ではなく、人が動き暮らしが変わり続けるかぎり、それを映す制度も決して完成しないからだ。
前の単位では、制度が生む副作用に、指標の外から気づく話を扱った。ここでは、その副作用を見つけたあと、制度をどう作り直すのか——制度を作り直すにはどうすればいいのかを扱う。そして、これがこの棚の最後の単位である。
「今の制度に副作用が出た。だったら、新しい制度に作り直せば解決する」——これが、この単位が向き合う俗説であり、この棚を締める最後の問いである。まず、この棚が16回くり返してきた二つの見方を、最後にもう一度置く。★433で、この棚は正面から言った——制度の精密さと、納得感は、別物である。 等級表やコンピテンシーの枠をどれだけ細かくしても、それが納得を生むという保証は、枠の精密さからは出てこない。評価の科学がいちばん確かに示したのは、評価者の目は揃わないという事実と、フィードバックの少なくない部分が逆効果に働くという実証のほうだった。この見方を手に、最後の問いへ入る。
「作り直せば解決する」の落とし穴——失敗率の相場観は、証拠が薄い
制度改定を語るとき、しばしば「組織変革の多くは失敗する」という相場観が引かれる。だから慎重にやれ、あるいは大胆にやれ、と。だが、その相場観の土台は、意外なほど薄い。2005年、By が *Journal of Change Management* 誌 5(4):369-380 で、変革マネジメント論を批判的にレビューし、この分野の処方や主張の多くが、確かな実証の証拠基盤に十分には支えられていないことを指摘した。よく流通する「変革はこれくらいの割合で失敗する」という数字も、確かめられた事実というより、繰り返し語られて相場になった見立てに近い。★433で見た通奏低音①が、ここでも効く。制度の効果や失敗の数字は、その多くが、確かめられた事実ではなく、繰り返されて事実になった言い伝えである。 面白いのは、その失敗率の相場が、正反対の主張の両方に使われることだ。慎重派は「これだけ失敗するのだから、うかつに変えるな」と使い、改革派は「失敗するのは、やり方が中途半端だからだ。だから徹底的にやれ」と使う。同じあやふやな数字が、真逆の処方箋の根拠になる。数字が独り歩きするとき、それはもう事実の報告ではなく、言いたいことを正当化するための飾りになっている。ここに、この単位の「証拠の読み違え方」がある——繰り返し引かれる数字を、確かめられた事実と取り違える。 失敗率の相場を根拠に改定の是非を語る前に、その数字はどこから来て、どんな実証に支えられているのかを問う。
作り直すこと自体に、コストがある——変革疲れと冷笑
「作り直せば解決する」という考えが見落とすのは、作り直すこと自体にコストがあるという事実だ。2011年、Bernerth・Walker・Harris が *Work & Stress* 誌 25(4):321-337 で、度重なる変革が人に変革疲れ(チェンジ・ファティーグ)を生むことを、それを測る物差しとともに示した。制度がころころ変わる職場では、人は次の変化に向き合う力を、少しずつ使い果たす。さらに1997年、Reichers・Wanous・Austin が *Academy of Management Perspectives* 誌 11(1):48-59 で、変革が繰り返されると人は冷笑(シニシズム)を抱く——「どうせまた変わる」「またか」という醒めた構えが広がることを示した。前の制度で疲れ、冷めた人たちの上に、新しい制度を積んでも、思うようには動かない。「作り直せば解決する」は、暗黙のうちに、いつでも白紙から始められると想定している。だが新しい制度が置かれるのは白紙ではなく、これまでの改定が残した疲れと不信の上だ。「新制度で解決」という物語は、前の制度が残した疲れと冷めを、勘定に入れ忘れている。 そして、うまくいった改定だけが語り継がれ、人を疲れさせただけで消えた無数の改定は記憶に残らない——ここにも、成功事例だけが見える生存バイアスがある。見えているのは、たまたま生き残った側だけだ。
改定の効果は、制度の出来だけでは決まらない
では、改定の成否は何で決まるのか。制度の出来映えそのもの、ではない。2018年、Stouten・Rousseau・De Cremer が *Academy of Management Annals* 誌 12(2):752-788 で、組織変革についての実務の処方と学術の実証を突き合わせて統合レビューし、示したことがある——世に出回る「こうすれば変革は成功する」という処方の多くは、確かな実証と十分には接続していない。 実務書が説く手順と、研究が確かめた知見のあいだには、思いのほか隙間がある。だから「良い制度を精巧に設計すれば、その出来で成功する」という前提そのものが、確かな裏づけを欠く。さらに成否は、制度の外側——受け取る人の負担や状況にも左右される。2006年、Rafferty と Griffin が *Journal of Applied Psychology* 誌 91(5):1154-1162 で、変革の頻度と先の見えなさが人のストレスを高めることを示したとおり、同じ改定でも、頻繁で、見通しが立たないほど、受け手には重くのしかかる。ここで持ち場を正直に断っておく。報酬制度の改定そのものを扱った査読研究は、実は薄い。 だからこの単位は、制度改定を組織変革の一種として、組織変革一般の実証を引き当てている。1999年、Armenakis と Bedeian が *Journal of Management* 誌 25(3):293-315 で組織変革論を総説にまとめたように、変革には長い研究の蓄積がある。その知見を、人事制度の改定に借りて読む——それがこの単位の立ち位置だ。「報酬制度の改定はこうすれば成功する」と断言する実務書は多いが、その処方の多くは、確かめられた実証ではなく、うまくいった一社の経験談を一般法則に見せているだけのことがある。だから、この単位は断言を避け、確かに言えることの範囲を狭く保つ。断言できないことを断言しないのも、この棚の作法である。
時間・変化:1997年から2018年へ
順に置く。1997年、Reichers らが、変革の繰り返しが冷笑を生むと示す。1999年、Armenakis と Bedeian が、組織変革論を総説にまとめ、改定を変革の一種として読む土台を置く。2005年、By が、変革マネジメント論を批判的にレビューし、この分野の証拠基盤が薄いことを指摘する。2006年、Rafferty と Griffin が、変革の頻度と先の見えなさがストレスを高めると示す。2011年、Bernerth らが、変革疲れを測る物差しを示す。2018年、Stouten らが、実務の処方の多くが学術の実証と接続していないことを、統合レビューで示す。この二十年ほどで確からしくなったのは、「作り直せば解決する」ではない。確からしくなったのは、作り直しにはコストがあり、成功の処方は実証と十分に接続しておらず、失敗の数字自体が相場の見立てである——という向きのほうだ。
この棚を締める——制度は、作った日から古び始める
ここで、この棚を締める。最後にたどり着いたのが「改定」であることには、意味がある。もし完璧な制度が作れるなら、この棚は改定では終わらない。 骨格を組み(433〜436)、評価の質を上げ(437〜440)、処遇を運用し(441〜444)、検証すれば(445〜447)、そこで完成するはずだ。だが、この棚は改定で終わる。それは、制度が完成しないことを、設計にあらかじめ織り込むためである。
これが通奏低音②の回収だ——制度は、作った日から古び始める。完璧な制度は無く、あるのは、副作用を測りながら直し続ける制度だけである。 市場は動き、人は入れ替わり、去年ちょうどよかった等級やレンジは、今年にはどこかで実態とずれ始める。等級表もレンジも、作った瞬間は現実に合っているように見えるが、それは写真のようなもので、現実が動けば少しずつ古くなる。制度が古びるのは失敗ではなく、動く現実を静止した枠で捉えることの、避けられない代償だ。447で副作用を見つけ、448で直す。直した制度も、また古び始める。だから骨格(★433)→運用→検証→改定は、一度きりの直線ではなく、終わらない円環だ。この棚が★433の骨格に戻ってくるのは、やり直しではなく、一周した制度を、また土台から見直すためである。 円環だからといって、同じところをぐるぐる回るのではない。一周ごとに、制度は現実に少しだけ近づく。完成はしないが、手入れをやめなければ、古びきることもない。
だからといって、始終作り直せばいいのではない。作り直しには、疲れと冷めのコストがある。★433で一度だけ断ったことを、最後にもう一度置く——処遇を決めることは、人の生活と誇りに触れることである。 制度をいじるたびに、その手は、誰かの暮らしと自尊心に触れている。だから改定は、思いつきの作り直しでも、放置でもなく、副作用の兆候を決めておき、それが出たときにだけ、必要なところを直すという、静かな手入れであるべきだ。この棚は、完璧な人事制度の作り方を、一つも教えなかった。渡したのは、二つの問いだけだ——その制度の効果や失敗の数字は、誰が作ったのか。そして、その制度は、もう古び始めているのではないか。 この二つの問いを手元に置いておけるなら、あなたの制度は、完成しないまま、それでも長く人に寄り添い続けられる。それが、この棚の最後の願いである。
- この棚の締めの単位。By 2005(Journal of Change Management 5(4):369-380)は、変革マネジメント論を批判的にレビューし、この分野の処方や主張の多くが確かな実証の証拠基盤に十分には支えられていないと指摘した。よく流通する変革の失敗率の相場観も繰り返し語られて相場になった見立てに近く、制度の失敗の数字の多くは確かめられた事実ではなく言い伝えである。証拠の読み違え方は、繰り返し引かれる数字を確かめられた事実と取り違えること
- 作り直すこと自体にコストがある。Bernerth・Walker・Harris 2011(Work & Stress 25(4):321-337)は度重なる変革が変革疲れ(チェンジ・ファティーグ)を生むと物差しとともに示し、Reichers・Wanous・Austin 1997(Academy of Management Perspectives 11(1):48-59)は変革の繰り返しが冷笑(どうせまた変わるという醒めた構え)を生むと示した。新制度で解決という物語は前の疲れと冷めを勘定に入れ忘れている
- Stouten・Rousseau・De Cremer 2018(Academy of Management Annals 12(2):752-788)は、組織変革の実務の処方と学術の実証を統合レビューし、世に出回る成功の処方の多くが確かな実証と十分には接続していないと示した。良い制度を精巧に設計すれば成功するという前提は裏づけを欠く。Rafferty・Griffin 2006(Journal of Applied Psychology 91(5):1154-1162)は変革の頻度と先の見えなさがストレスを高めると示す。共著 Rousseau には棚15消費済みの心理的契約の別作品があるが本セルで引くのは変革の証拠統合の別論文
- 持ち場の正直な断り——報酬制度の改定そのものを扱った査読研究は薄い。だからこの単位は制度改定を組織変革の一種として一般の実証を引き当てている。Armenakis・Bedeian 1999(Journal of Management 25(3):293-315)が組織変革論を総説にまとめたように変革には長い蓄積があり、その知見を人事制度の改定に借りて読む立ち位置
- 確からしくなったのは、作り直せば解決する、ではない。作り直しにはコストがあり、成功の処方は実証と十分に接続しておらず、失敗の数字自体が相場の見立てである、という向き。うまくいった改定だけが語られ消えた改定は語られない生存バイアスがある。★433の通奏低音①(効果の数字の出どころを問う)が、失敗の数字の出どころにもそのまま効く
- 通奏低音②の回収(棚締め)——制度は、作った日から古び始める。完璧な制度は無く、あるのは副作用を測りながら(447)直し続ける制度だけ。去年ちょうどよかった等級やレンジも今年には実態とずれ始める。だから骨格(★433)→運用→検証→改定は直線ではなく終わらない円環で、★433の骨格に戻るのはやり直しではなく一周した制度をまた土台から見直すため
- ★433の断り(処遇を決めることは人の生活と誇りに触れること)を最後にもう一度置く。制度をいじるたびにその手は誰かの暮らしと自尊心に触れている。だから改定は思いつきでも放置でもなく、副作用の兆候を決めておきそれが出たときにだけ必要なところを直す静かな手入れであるべき。古びを見張る制度が長く人に寄り添える
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 今の制度に副作用が出たのだから、新しい制度に作り直せば問題は解決する | 作り直すこと自体にコストがある。Bernerth 2011は度重なる変革が変革疲れを生むと示し、Reichers 1997は繰り返しが冷笑を生むと示した。前の制度で疲れ冷めた人の上に新制度を積んでも動きにくい。新制度で解決という物語は前の疲れと冷めを勘定に入れ忘れ、うまくいった改定だけが語られる生存バイアスがある |
| 変革はこれくらいの割合で失敗する、という相場観があるのだから、それを前提に慎重に、あるいは大胆に作り直せばよい | By 2005は変革マネジメント論を批判的にレビューし、この分野の処方や主張の多くが確かな実証の証拠基盤に十分には支えられていないと指摘した。よく流通する変革の失敗率の数字も、確かめられた事実というより繰り返し語られて相場になった見立てに近い。制度の失敗の数字の多くは確かめられた事実ではなく言い伝えであり、繰り返し引かれる数字を確かめられた事実と取り違えてはならない |
| 制度をよく練って精巧に作り直せば、その出来の良さで改定はうまくいく | Stouten・Rousseau・De Cremer 2018は、組織変革の実務の処方と学術の実証を突き合わせて統合レビューし、世に出回る成功のための処方の多くが確かな実証と十分には接続していないと示した。良い制度を精巧に設計すれば成功するという前提が裏づけを欠く。Rafferty・Griffin 2006は変革の頻度と先の見えなさがストレスを高めると示し、成否は受け手の状況にも左右される。なお報酬制度改定固有の査読は薄く、制度改定を組織変革の一種として一般の実証を引き当てている |
皮肉なのは、いちばん熱心に作り直す人ほど、いちばん制度に振り回されていることである。作り直すたびに、今度こそ完璧だと思う。だが、その完璧は、作った日がいちばん新しく、翌日にはもう古び始めている。制度に終わりが無いのは、設計者の力不足ではない。人が動き、暮らしが変わり続けるかぎり、それを映す制度も、決して完成しないからだ。この棚の最後の教えは、完璧な制度を作れ、ではない。古びることを前提に、静かに手を入れ続けよ、だ。完成を目指す制度はいつか裏切り、古びを見張る制度だけが、長く寄り添える。
Q1. 「作り直せば解決する」という言い方の落とし穴を、By 2005 が示した変革論の証拠基盤に触れて説明せよ。何を何と取り違えているのかにも触れること。一問一答
Q2. Bernerth 2011 と Reichers 1997 が示した、制度を繰り返し作り直すことのコストとして正しいものはどれか。選択
Q3. Stouten ら2018 は、組織変革の実務の ____ と学術の ____ を突き合わせて統合レビューし、世に出回る成功のための処方の多くが確かな実証と十分には ____ していないと示した。なお報酬制度改定そのものの ____ 研究は薄いため、この単位は制度改定を組織変革の一種として一般の実証を引き当てている。穴埋め
Q4. この棚が最後に「改定」で終わり、★433の骨格へ帰ることには、どんな意味があるか。通奏低音②を書き、円環という言葉を使って説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)By が変革論の証拠基盤の薄さを批判的レビューで指摘する(イ)Reichers らが変革の繰り返しが冷笑を生むと示す(ウ)Stouten らが成功の処方の多くは実証と接続していないと統合レビューで示す(エ)Armenakis・Bedeian が組織変革論を総説にまとめる並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分が運用している制度や決め方を一つ選ぶ——時給の決め方、賞与の配分、評価の付け方など何でもよい。次の三つを書く。(1)その制度は、いつ作った(または今の形にした)か、そしてどこかで実態とずれ始めていないか、思い当たる点を一つ。(2)この制度を『見直したほうがよい』と判断する副作用の兆候を、あらかじめ一つ決めておく——たとえば『この理由での離職が二人続いたら』など、指標だけでなく指標の外の兆候も。(3)その兆候が出たとき、制度全体を作り直すのか、必要なところだけ直すのかを一言。特定の従業員を観察・評価の対象にしない。点検するのは自分の制度と、その見直しのタイミングである。一人で働く場合は、自分の値づけや働き方のルールについて同じ三つを書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- By R.T. (2005) ‘Organisational Change Management: A Critical Review’, Journal of Change Management 5(4):369-380 — doi.org
- Bernerth J.B., Walker H.J., Harris S.G. (2011) ‘Change Fatigue: Development and Initial Validation of a New Measure’, Work & Stress 25(4):321-337 — doi.org
- Reichers A.E., Wanous J.P., Austin J.T. (1997) ‘Understanding and Managing Cynicism about Organizational Change’, Academy of Management Perspectives 11(1):48-59 — doi.org
- Stouten J., Rousseau D.M., De Cremer D. (2018) ‘Successful Organizational Change: Integrating the Management Practice and Scholarly Literatures’, Academy of Management Annals 12(2):752-788 — doi.org
- Rafferty A.E., Griffin M.A. (2006) ‘Perceptions of Organizational Change: A Stress and Coping Perspective’, Journal of Applied Psychology 91(5):1154-1162 — doi.org
- Armenakis A.A., Bedeian A.G. (1999) ‘Organizational Change: A Review of Theory and Research in the 1990s’, Journal of Management 25(3):293-315 — doi.org