「SMARTやOKRに沿えば目標は正しく立つ」——だが型以前に、目標は載らない次元を犠牲にし、条件しだいで逆機能し、倫理を曲げる誘惑を生む
SMARTやOKRという型に沿えば、目標は正しく立つ、と教わる。だが型は、目標を書く形を整えるだけだ。目標という道具そのものが、載った次元を進める代わりに載らない次元を犠牲にし、資源や状況しだいで諦めや数字合わせへ逆機能し、強すぎれば倫理を曲げる誘惑を全員に差し出す。立て方より先に、この性質を見る。高く掲げれば伸びる、は、誰がどんな状況で使うかを抜きにしては言えない。
目標は、立て方より前に、性質を見る
前の単位では、評価する人の目を、訓練でどこまで鍛えられるのかを扱った。ここでは、その評価の的になる——目標そのものを、どう立てるのかを扱う。
用語をほどく。目標設定でよく使われる型に、SMART(Specific=具体的、Measurable=測れる、Achievable=達成できる、Relevant=関連する、Time-bound=期限つき、の頭文字)がある。近年はこれに、OKR(Objectives and Key Results=目標と、その達成を測る主要な結果)という枠組みが併記されることも多い。OKRは、有名な実務書に由来する枠組みで、出どころは実務の本であって査読された研究ではない——この点は、頭の隅に置いておく。
この単位の読者は、人の処遇を自分が決める立場にある人だ。ここで一つ、言葉づかいを断っておく。目標を「立てさせる」というと、人を動かす道具のように聞こえるが、この棚は決める側の技術と、決められる側の公正の両方を扱う。目標を、人を締めつける道具にしない、という視点を最初に置く。
よく聞くのは、「SMARTやOKRという型に沿えば、目標は正しく立つ」という言い方だ。この単位が言うのは、立て方(型)以前に、目標という道具そのものが抱える性質——載らない次元、条件しだいの逆機能、倫理を曲げる誘惑——を先に見よう、ということである。
「正しく立つ」という言葉じたい、注意して使いたい。書き方として整っていること(具体的で、測れて、期限がある)と、その目標が良い結果を生むことは、別の話だ。整った形の目標が、載せるべきでない数字を載せていたり、達成できない高さだったり、質を犠牲にする向きだったりすることは、いくらでもある。型は前者——形の整え方——を助ける。後者——中身が良いかどうか——は、型の外側にある。
由緒——強固だが、焦点が狭い
目標設定の研究には、長い蓄積がある。Locke・Shaw・Saari・Latham が1980年前後にまとめたレビューは、明確で挑戦的な目標が業績を高めるという知見を整理した。この由緒自体は、その後もくり返し確かめられてきた、強固なものだ。
ただし、由緒が強固であることと、どんな場面でも正しく働くことは、別である。Kehr が2019年に指摘したのは、目標設定の考え方は強固だが、焦点が狭いという点だった。目標に載った次元は前へ進む。だが、目標に載らない次元は、後回しにされ、犠牲になりやすい。数字に載る目標を追うほど、数字に載らない仕事——同僚を助ける、質を丁寧に保つ、長い目で準備する——が薄くなる。これは立て方が下手だからではなく、目標という道具が持つ、焦点を絞るという性質そのものから来る。だから、目標を立てるときには、載せた次元と同じくらい、載せなかった次元に目を向ける必要がある。
小さな例で考えるとわかりやすい。時給で働く人に「一時間あたりの処理件数」を目標として掲げると、件数は上がるかもしれない。だが、その裏で、一件ずつの丁寧さ、迷った客への付き添い、後輩へのひとことが、静かに削られていく——それらは目標に載っていないからだ。載っていない次元は、悪気なく後回しになる。目標が悪いのではない。一つの数字に焦点を絞れば、絞った外側が薄くなる、という道具の性質が働いているだけである。だからこそ、何を載せるかと同じ重さで、何を載せていないかを意識しておく。
ストレッチ目標のパラドックス
「高く掲げるほど伸びる」という言い方がある。あえて手の届きにくい高い目標——ストレッチ目標——を置くやり方だ。だが、Sitkin らが2011年に整理した「ストレッチ目標のパラドックス」は、これが万能ではなく、条件しだいの道具であることを示した。
Sitkin・See・Miller らによる一連の議論(2011年から2022・2023年にかけて重ねられた研究プログラム)が言うのは、ストレッチ目標がうまく働くのは、限られた条件のときだけ、ということだ。資源に余裕があり、最近の業績が良く、挑戦を吸収できる余力のある組織——そういう場では、高い目標が力になる。ところが逆に、資源が乏しく、直近の業績が振るわない組織が同じ高い目標を掲げると、諦め、過度なリスク、数字合わせのほうへ転じやすい。つまり「高く掲げれば伸びる」は、誰が・どんな状況で使うかを抜きにしては言えない。See らが2022・2023年に重ねたのも、まさに「そのストレッチ目標を、いま使うべきなのは誰か」という条件の問いである。同じ研究の流れなので、別々の独立した証拠のように水増しはしないが、向きは一貫している——高さそのものより、使う場面が効く。
なぜ、余力のない組織で高い目標が裏目に出るのか。届かないと分かった目標は、人を発奮させるより、諦めさせる。あるいは、正面から届かないぶん、近道が探される——できたことにする、数字の見せ方を変える、後回しにできるものを後回しにする。それは個人が不誠実だからというより、手が届かない目標と、限られた資源のあいだに挟まれた結果であることが多い。だから読者に必要なのは、目標を高く掲げる勇気そのものより、いまの資源でその高さが現実的かを、掲げる前に一度立ち止まって見る目である。高さは、状況とセットでしか評価できない。
目標の、暗い側面
もう一つ、目標には暗い側面がある。目標が強すぎると、達成のために倫理を曲げる方向へ働くことがある——数字を作る、都合の悪い情報を隠す、近道のために質を落とす。Niven と Healy が2015年に示したのは、この目標のダークサイド(非倫理的な行動)への傾きは一律ではなく、個人差によって調整される、ということだ。
彼らが着目したのは、道徳不活性(自分の行いを都合よく正当化して、良心の歯止めを外してしまう心の働き)だ。これが強い人ほど、高い目標のもとで倫理を曲げやすい。ここで、書き方を一つ決めておく。だから特定の人を疑え、という話には、しない。 含意はむしろ逆で、目標を強く締めつける制度は、倫理を曲げる誘惑を、その場の全員に差し出してしまう。誰が曲げるかを見張るより、曲げる誘惑を過剰に生まない目標の置き方を考えるほうが、設計としては筋がよい。目標は、締めつけの強さを競う道具ではない。
この視点は、読者の立場にそのまま返ってくる。処遇を決める人は、目標を通じて、相手に見えない圧力をかけている。その圧力が強すぎれば、相手は正直でいることに余計なコストを払わされる。正直でいるのが割に合う目標——手の届く範囲で、質や誠実さを削らずに達成できる目標——を置くことは、相手への配慮であると同時に、制度そのものが壊れないための守りでもある。
時間・変化:1980年から今へ
順に置く。1980年前後、目標が業績を高めるという由緒が整理される(Locke ら)。以後、目標設定は実務に広く根づき、SMART や、実務書に由来するOKRのような型が普及した。だが2011年、Sitkin らがストレッチ目標の条件依存を、2015年、Niven と Healy が目標のダークサイドの個人差を、2019年、Kehr が焦点の狭さを、2022・2023年、See らが「誰が使うべきか」を重ねていった。
この数十年で確からしくなったのは、「良い型に沿えば目標は正しく立つ」ではない。確からしくなったのは、目標は業績を動かす強い道具だが、載らない次元を犠牲にし、条件しだいで逆機能し、倫理を曲げる誘惑を生む、という向きのほうである。型は、この性質を消してはくれない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、型(SMARTやOKR)に沿えば、中身も正しくなるという思い込みだ。型は、目標を書く形を整えてくれる。だが、その目標が何を犠牲にし、どんな条件で逆機能し、どんな誘惑を生むかまでは、型は教えてくれない。もうひとつの妨げは、「高く掲げれば伸びる」を、状況を問わずに信じることである。
助けになるのは、目標を立てるとき——自分の目標でも、人に示す目標でも——型に当てはめる前に、この目標に載っていない大事な次元は何か/いまの資源と状況で、この高さは無理を生まないかを、自分で一度書き出しておくことだ。この二つを書くだけで、型の外側にこぼれるものが見えやすくなる。
もう一つ、助けになる構えがある。目標を、達成したか・しなかったかの一本の線だけで扱わないことだ。同じ「未達」でも、資源が足りずに諦めた未達と、質を守るためにあえて数字を追わなかった未達は、意味がまるで違う。目標を人を裁く物差しにするほど、載らない次元は切り捨てられ、近道の誘惑は強くなる。目標を、気づくための道具として使う——どこに無理があり、何がこぼれているかを教えてくれる道具として置くと、締めつけの強さを競う道具にはなりにくい。
最初の一歩は10分。自分が最近立てた目標を一つ書き出し、その下に、「この目標に載っていない、でも大事な次元」を三つ挙げる。次に、いまの手元の資源と直近の状況で、この高さが諦めや数字合わせを招かないかを一言添える。誰かに目標を課したり、従業員を観察したりする必要はない——自分が立てた目標の設計を、自分で見直すだけである。一人で全部を回している場合も、自分の目標で同じことができる。
次の単位は 439「評価を成長につなげるには?」——目標の立て方から、その達成をどう評価し、どう伝えると成長につながる(あるいは、つながらない)のかへ進む。
- この単位の読者は人の処遇を自分が決める立場にある人で、目標設定を扱う。SMART(Specific・Measurable・Achievable・Relevant・Time-boundの頭文字)やOKR(Objectives and Key Results=目標と主要な結果)という型が知られるが、OKRは有名な実務書に由来し出どころは実務の本であって査読研究ではない。俗説『型に沿えば目標は正しく立つ』を、立て方以前の目標の性質から見直す
- 目標設定の由緒は強固で、明確で挑戦的な目標が業績を高めるという知見には長い蓄積がある(Locke・Shaw・Saari・Latham が1980年前後にまとめたレビュー)。だが由緒が強固であることと、どんな場面でも正しく働くことは別である。強い目標は業績を動かす道具だが、その性質を型は消してくれない
- 目標設定の考え方は強固だが焦点が狭い(Kehr 2019)。目標に載った次元は前へ進むが、載らない次元——同僚を助ける、質を丁寧に保つ、長い目で準備する——は後回しにされ犠牲になりやすい。これは立て方が下手だからではなく、目標という道具が持つ、焦点を絞るという性質そのものから来る。だから載せた次元と同じくらい載せなかった次元に目を向ける
- ストレッチ目標(あえて手の届きにくい高い目標)は万能ではなく条件しだいの道具である(Sitkin 2011のストレッチ目標のパラドックス)。資源に余裕があり最近の業績が良く挑戦を吸収できる組織では力になるが、資源が乏しく直近の業績が振るわない組織では諦め・過度なリスク・数字合わせへ転じやすい。See 2022/2023も誰が使うべきかを重ね、高さより使う場面が効くという向きは一貫する
- 強い目標は倫理を曲げる誘惑をその場の全員に差し出す。目標のダークサイド(非倫理的行動)への傾きは一律ではなく個人差で調整され、道徳不活性(自分の行いを正当化して良心の歯止めを外す心の働き)が強い人ほど高い目標のもとで倫理を曲げやすい(Niven & Healy 2015)。だから特定の人を疑うより、曲げる誘惑を過剰に生まない目標の置き方を考えるほうが筋がよい
- 確からしくなったのは『良い型に沿えば目標は正しく立つ』ではなく、目標は業績を動かす強い道具だが載らない次元を犠牲にし条件しだいで逆機能し倫理を曲げる誘惑を生む、という向きである。妨げるものは、型に沿えば中身も正しくなるという思い込みと、高く掲げれば伸びるを状況を問わず信じること
- 最初の一歩は10分。自分が最近立てた目標を一つ書き出し、その下にこの目標に載っていないでも大事な次元を三つ挙げ、いまの資源と直近の状況でこの高さが諦めや数字合わせを招かないかを一言添える。誰かに目標を課したり従業員を観察したりする必要はなく、自分が立てた目標の設計を自分で見直すだけで、一人で全部を回している場合も同じことができる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| SMARTやOKRという型に沿って書けば、目標は正しく立つ。良い型を使えば中身も良くなる | 型は目標を書く形を整えるが、その目標が何を犠牲にし、どんな条件で逆機能し、どんな誘惑を生むかまでは教えない。目標設定の由緒は強固だが焦点が狭く、目標に載らない次元は後回しにされ犠牲になる(Kehr 2019)。OKRは有名な実務書に由来する枠組みで、出どころは実務の本であって査読研究ではない。型以前に、目標という道具そのものの性質を見る必要がある |
| 目標は高く掲げるほど伸びる。ストレッチ目標を置けば、人も組織も背伸びして成長する | ストレッチ目標は万能ではなく条件しだいの道具である(Sitkin 2011のストレッチ目標のパラドックス)。資源に余裕があり最近の業績が良く挑戦を吸収できる組織では力になるが、資源が乏しく直近の業績が振るわない組織が同じ高い目標を掲げると、諦め・過度なリスク・数字合わせへ転じやすい(See 2022/2023)。高く掲げれば伸びるは、誰がどんな状況で使うかを抜きにしては言えない |
| 目標を強く課して達成を迫れば、成果は最大化される。倫理を曲げるのは一部の悪い個人の問題だ | 強い目標は倫理を曲げる誘惑をその場の全員に差し出す。目標のダークサイド(非倫理的行動)への傾きは一律ではなく個人差で調整され、道徳不活性(自分の行いを正当化して良心の歯止めを外す心の働き)が強い人ほど高い目標のもとで倫理を曲げやすい(Niven & Healy 2015)。だから特定の人を疑うより、曲げる誘惑を過剰に生まない目標の置き方を考えるほうが設計として筋がよい。目標を締めつけの強さを競う道具にしない |
皮肉なのは、目標を最も精密な型で立てた制度ほど、その型の外にこぼれ落ちたもの——載らなかった仕事、無理な高さが生んだ数字合わせ、達成のために曲げられた倫理——を見落としやすいことだ。SMARTもOKRも、書く形は整えてくれるが、何を犠牲にするかは教えてくれない。目標が完璧な型で並んで見えるとき、たいていそれは、まだ誰も、その目標に載らなかった次元と、その高さが生んだ副作用を、別々に数えていないだけかもしれない。型を整える前に、性質を見る。
Q1. 『SMARTやOKRという型に沿えば目標は正しく立つ』を、この単位はどう値切ったか。型が扱えない三つの性質に触れて述べよ。一問一答
Q2. 目標設定の由緒は強固だが ____ が狭く、目標に載らない次元は犠牲になりやすい(Kehr 2019)。あえて高い ____ 目標は万能ではなく条件しだいで、資源が乏しく直近業績が振るわない組織では ____ ・数字合わせへ転じやすい(Sitkin 2011)。穴埋め
Q3. 目標のダークサイド(非倫理的行動)について、Niven & Healy 2015をふまえたこの単位の立場はどれか。選択
Q4. ストレッチ目標が『力になる』条件と『逆機能する』条件を、それぞれ述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った目標設定の議論を、年の早い順に並べよ。(ア)Sitkin らがストレッチ目標のパラドックスを整理する(イ)Locke らが目標は業績を高めるという由緒をまとめる(ウ)Kehr が焦点の狭さを指摘する(エ)Niven と Healy が目標のダークサイドの個人差を示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が最近立てた目標を一つ選んで書き出す(自分自身の目標でも、チームや家業に示した目標でもよい)。その下に、この目標に載っていない、でも大事な次元を三つ挙げる(例:質、助け合い、長い目の準備)。さらに、いまの手元の資源と直近の状況で、この目標の高さが諦めや数字合わせを招かないかを一言添える。誰かに目標を課したり、従業員を観察したりはしない。自分が立てた目標の設計を、自分で見直すだけで完結させる。最後に、挙げた次元の数と、高さについての気づきを書き添える。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Sitkin S.B., See K.E., Miller C.C., Lawless M.W., Carton A.M. (2011) ‘The Paradox of Stretch Goals: Organizations in Pursuit of the Seemingly Impossible’, Academy of Management Review 36(3):544-566 — doi.org
- See K.E., Miller C.C., Sitkin S.B. (2023) ‘Stretch goals have enduring appeal, but are the right organisations using them?’, BMJ Leader 7 — doi.org
- Kehr H.M. (2019) ‘Goal setting theory—Firmly entrenched, but narrow in its focus’, Motivation Science 5(2):150-151 — doi.org
- Niven K., Healy C. (2015) ‘Susceptibility to the Dark Side of Goal-Setting: Does Moral Disengagement Moderate the Effect of Goals on Unethical Behaviour?’, Journal of Business Ethics 137(1):115-127 — doi.org
- Locke E.A., Shaw K.N., Saari L.M., Latham G.P. (1980) ‘Goal Setting and Task Performance: 1969–1980’(技術報告版) — doi.org
- See K.E., Anisman-Razin M., Miller C.C., Sitkin S.B. (2022) ‘Stretch Goals as a Method for Leveraging Opportunities Created by Uncertainty’, The Oxford Handbook of Uncertainty Management in Work Organizations — doi.org