「内部統制を整えれば安心」——だが便益は、起きなかったことなので測れない
内部統制を整えれば安心だと教わる。制度は確かに本物で、日本のJ-SOX基準は2023年に約15年ぶりに改訂された。ところが、その安心が実際にどれだけの便益を生んだのかは測れない。費用は請求書に載るが、防げた不正も防げた誤りも、起きなかったがゆえに数えられないからだ。条文の実在と、効果の証明は、別物である。
内部統制とは、何を指すのか
前の単位では、締めのミスをどう減らすかを扱った。ここでは、その照合や締めを、その日の担当者の注意力ではなく、記録の流れそのものの設計で支える——内部統制の話を扱う。ここから段はひとつ進んで、日々の規律から、統制と仕組みの段に入る。
まず言葉をほどく。内部統制とは、帳簿の数字が正しく作られ、資産が勝手に持ち出されず、決められた手順が守られるように、仕事の流れのなかに組み込んでおく仕掛けのことである。特別な部署の名前ではない。職務分掌——お金を動かす人と、その記録を付ける人と、残高を確かめる人を、できるだけ別の人にしておくこと——も、その一つだ。一人で全部を回している読者にとっては「別の人」がいないのだから、代わりに別の時に分ける(記録する時と、確かめる時を日を変える)という置き換えになる。
内部統制の枠組みとして世界で最も引かれるのは、COSO——米国で複数の会計・監査の団体が合同で作った委員会——が1992年に出し、2013年に改めた『Internal Control — Integrated Framework』である。ここでは、有効な内部統制は五つの構成要素からなると整理されている(統制環境・リスク評価・統制活動・情報と伝達・モニタリング)。
大事なのは、この五つが「揃っているかどうか」を紙の上でチェックすることではない。数字が作られる流れのどこに、確かめる仕組みが挟まっているかという設計の話である。だからこの単位が言うことも三つに絞る——内部統制とは何を指すのか、それを整えるとどこまで効くと確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか。
「整えれば安心」の裏——制度は実在する。だが便益は測りにくい
内部統制には、本物の制度がある。日本では、金融庁の企業会計審議会が「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準」——通称 J-SOX——を定めており、この基準は2023年(令和5年4月7日の意見書)に約15年ぶりに改訂された。改訂された基準の適用時期は実施基準の本文で定められている(本稿の書写時点で確認できた範囲では2024年4月1日以後に開始する事業年度からの適用とされるが、正確な適用時期は最新の実施基準本文で確かめてほしい)。条文も基準も、確かに実在する。
ここで、この棚が繰り返す見方を橙の段で当てておく——条文の実在と、効果の証明は、別物である。 制度が在ることと、その制度を整えたら本当に何がどれだけ良くなるのかが測られていることは、同じではない。内部統制はまさにそこが難しい対象で、費用は請求書に載るので測りやすいが、便益(防げた不正・防げた誤り)は「起きなかったこと」なので測りにくい。
この費用と便益の食い違いは、俗説が言うような「内部統制は形骸化する」という断定とは違う。CoatesとSrinivasanが2014年に『SOX after Ten Years』(Accounting Horizons 28(3):627-671) でSOX(米国の内部統制規制)の十年を分野横断でレビューしたとき、繰り返し論点になったのは、統制が儀式になるという単純な話ではなく、費用は目に見えるのに便益の大きさが測りにくいために、費用対効果の評価そのものが決着しないということだった。だからこの単位は「整えれば形骸化しない」とも「整えても形骸化する」とも書かない。書けるのは、便益が測りにくいという事実だけである。
コストは、小さいところほど相対的に重い
費用が測りやすいと書いたが、その費用は誰にとっても同じ重さではない。規模が小さいほど、内部統制にかかる費用は相対的に重くのしかかる。 Ilievが2010年に『The Effect of SOX Section 404』(The Journal of Finance 65(3):1163-1196) で米国の小規模企業を調べたところ、内部統制の監査(404条(b))にかかる遵守費用は小さな会社ほど売上や資産に対して重く、その負担は無視できない大きさだった。
同じ向きの証拠を、Ge・Koester・McVayが2017年に『Benefits and costs of Sarbanes-Oxley Section 404(b) exemption』(Journal of Accounting and Economics 63(2-3):358-384) で、内部統制監査の免除を受けられる小規模企業の開示から示している。免除には費用を減らす便益がある一方で、統制の質の見え方が下がるという費用もある——小さいところでは、費用も便益もどちらも相対的に大きく振れる。
これは中小の読者や、一人で帳簿を締める読者にとって、重要な但し書きになる。上場企業に課される水準の内部統制を、そのまま身の丈の商いに持ち込む必要はない。「だから統制などやるな」という話でもない。重さを知ったうえで、自分の規模でできる最小の分掌(お金を動かす記録と、それを確かめる記録を、人か時で分ける)から設計する——それがこの単位の実際的な着地である。
不備は、どこに出るか
「整える」と言うとき、では実際に統制の弱いところ(重要な不備——見過ごすと帳簿の数字を誤らせかねない穴)は、どこに出るのか。GeとMcVayが2005年に『The Disclosure of Material Weaknesses in Internal Control after the Sarbanes-Oxley Act』(Accounting Horizons 19(3):137-158) で、内部統制の重要な不備を開示した企業を調べたところ、不備は抽象的な「意識の低さ」ではなく、具体的な会計処理の場所——収益の認識、期末の締めのプロセス、在庫や資産の評価といった、手順が込み入って人手のかかる勘定——に集中していた。
この知見は、統制の設計を「従業員を疑うこと」から引き離してくれる。不備が出るのは、誰かが悪いからではなく、手順が複雑で、確かめる仕組みが挟まっていない場所だからだ。だから統制を整えるとは、人を監視することではなく、込み入った処理の流れに「別の目」を一つ挟むことだと分かる。ここでの「別の目」は、他人でなくてもよい——昨日の自分が付けた記録を、今日の自分がもう一度別の資料と突き合わせる、という形でも成り立つ。
なお、内部統制の不備の決定要因を扱った研究には有名なものがもう一系統あるが、それは別の棚で既に使われているため、この単位ではGeとMcVayの二本(2005・2017)で統制の実態を組み立てている。
時間・変化:1992年から2023年へ
順に置く。1992年、COSOが内部統制の統合的枠組みを最初に世に出す。2013年、COSOはビジネスと業務環境の変化を踏まえてこの枠組みを改める。米国では2002年以降、内部統制の外部監査が制度化され、2010年前後にIlievやGe・McVayらが、その費用が小さな会社に重いこと、不備が特定の会計処理に集中することを実証していく。そして日本では2023年、J-SOXの基準が約15年ぶりに改訂された。
この三十年で確からしくなったのは、「内部統制を整えれば安心だ」という約束ではない。確からしくなったのは、枠組みと制度は実在し繰り返し更新されてきた一方で、その費用は測りやすく便益は測りにくく、費用は小さいところほど重く、不備は込み入った処理に出る、という費用と実態の側の事実である。効果の大きさを一つの確定値として掲げる研究は、いまも薄い。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「制度があるのだから整えれば安心」という言い換えである。制度の実在は、便益の証明ではない。逆に「どうせ形骸化する」と断じるのも、同じくらい根拠が薄い——便益が測りにくいだけで、形骸化が実証されているわけではない。もう一つの妨げは、上場企業向けの重装備の統制を、身の丈に合わないまま持ち込むことだ。費用は小さいところほど重い。
助けになるのは、自分の商いの中で、お金が動く一つの流れを取り出し、そこに「記録する役」と「確かめる役」がどう配置されているかを書き出してみることである。人が一人しかいなければ、役ではなく日で分ける。込み入って人手のかかる処理(締め・評価・消込)ほど、別の目を一つ挟む価値がある。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、自分の職務分掌の現状を一枚に書き出すこと。誰も見張らない。他人を評価しない。ただ、いまの自分の流れのどこに確かめる仕組みが在り、どこに無いかを、記録から拾って並べるだけでよい。
次の単位は 426「税務に備えるには?」——整えた統制の外側で、期限と制度という「本物のカレンダー」に、どう向き合うのかを扱う。
- 内部統制とは帳簿の数字が正しく作られ資産が守られるよう仕事の流れに組み込む仕掛けで、職務分掌(お金を動かす人・記録する人・確かめる人を分ける)もその一つ。世界で最も引かれる枠組みはCOSOが1992年に出し2013年に改めた『Internal Control — Integrated Framework』で、有効な内部統制は五つの構成要素からなると整理されている。一人で回す読者は役でなく日で分ける置き換えになる
- 内部統制には本物の制度がある。日本の金融庁の企業会計審議会が定めるJ-SOX基準は2023年(令和5年4月7日意見書)に約15年ぶりに改訂された。だが条文の実在と効果の証明は別物で、費用は請求書に載るので測りやすいが便益(防げた不正・誤り)は起きなかったことなので測りにくい
- CoatesとSrinivasanが2014年に『SOX after Ten Years』(Accounting Horizons 28(3):627-671)でSOX規制の十年を分野横断でレビューした際、繰り返し論点になったのは統制が儀式になるという単純な話ではなく、費用は目に見えるのに便益の大きさが測りにくいため費用対効果の評価そのものが決着しないことだった。だから形骸化は断定できず、便益が測りにくいという事実だけが書ける
- 統制の費用は規模が小さいほど相対的に重い。Ilievが2010年に『The Effect of SOX Section 404』(Journal of Finance 65(3):1163-1196)で米国の小規模企業を調べたところ、内部統制監査(404条b)の遵守費用は小さな会社ほど売上や資産に対して重かった。Ge・Koester・McVay 2017(JAE 63(2-3):358-384)も小規模企業の免除で費用も便益も大きく振れることを示した
- 統制の重要な不備は意識の低さでなく具体的な会計処理の場所に出る。GeとMcVayが2005年に『The Disclosure of Material Weaknesses...』(Accounting Horizons 19(3):137-158)で重要な不備を開示した企業を調べると、不備は収益認識・期末の締め・在庫や資産の評価といった手順が込み入って人手のかかる勘定に集中していた。統制は人の監視でなく込み入った処理に別の目を挟むこと
- 統制コストは中小や一人で締める読者ほど相対的に重いため、上場企業水準をそのまま持ち込む必要はない。だが便益が測りにくいことは形骸化の証明ではない。重さを知ったうえで、お金を動かす記録とそれを確かめる記録を人か時で分ける最小の分掌から、身の丈で設計するのが実際的な着地になる
- この三十年で確からしくなったのは内部統制を整えれば安心という約束ではなく、枠組みと制度は実在し繰り返し更新されてきた一方、費用は測りやすく便益は測りにくく、費用は小さいところほど重く、不備は込み入った処理に出るという費用と実態の側の事実である。効果の大きさを一つの確定値として掲げる研究はいまも薄い
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 内部統制を整えれば、不正も誤りも防げて安心だ。制度として基準もあるのだから、その枠組みに沿って整備すれば効果は保証される | 制度と枠組みは実在する。COSOの枠組みは1992年に出て2013年に改められ、日本のJ-SOX基準は2023年に約15年ぶりに改訂された。だが条文の実在は、便益の証明ではない。費用は請求書に載るので測りやすい一方、便益(防げた不正・防げた誤り)は起きなかったことなので測れず、Coates & Srinivasan 2014のレビューでも費用対効果の評価そのものが決着していない。整えることと、安心が保証されることは別である |
| 内部統制はどうせ形骸化する。整えても現場では儀式になるだけだから、実質的な効果はない | 「形骸化する」という断定も、根拠が薄い。便益が測りにくいというのは、効果が無いことの証明ではなく、起きなかったことを数える難しさの問題である。Ge & McVay 2005が示したように、統制の重要な不備は従業員の意識の低さではなく、収益の認識・期末の締め・在庫や資産の評価といった込み入って人手のかかる処理に集中して出る。整えるとは人を監視することではなく、そうした込み入った流れに確かめる別の目を一つ挟むことである |
| 上場企業がやっている水準の内部統制を、うちのような小さな商いでも一通り揃えなければ意味がない | 統制の費用は、規模が小さいところほど相対的に重い。Iliev 2010は内部統制監査の遵守費用が小さな会社ほど売上や資産に対して重いことを、Ge・Koester・McVay 2017は小規模企業の免除で費用も便益も大きく振れることを示した。だからといって「やるな」ではない。重さを知ったうえで、お金を動かす記録と確かめる記録を人か時で分ける最小の分掌から、身の丈で設計するのが実際的である |
皮肉なのは、「内部統制を整えれば安心」と最も熱心に説く資料ほど、その安心が実際にどれだけの便益を生んだのかを数字で示さないことである。費用のほうは請求書に載るから誰でも言える。だが防げた不正も、防げた誤りも、起きなかったがゆえに測れない。制度も枠組みも本物で、三十年かけて何度も更新されてきた——にもかかわらず、その便益の大きさだけは、いまも確定値として書けないまま、費用の重さだけが小さいところに先に届いている。整えることと、安心できることのあいだには、まだ誰も渡していない一本の橋が残っている。
Q1. この棚が橙の段で当てる見方——条文の ____ と、効果の ____ は、別物である。内部統制では費用は請求書に載るので測りやすいが、便益は防げた不正や誤りという ____ ことなので測りにくい。穴埋め
Q2. GeとMcVayが2005年に内部統制の重要な不備を開示した企業を調べて示したこととして、この単位の記述に合うものはどれか。選択
Q3. 「内部統制の費用は小さいところほど相対的に重い」という向きを支える研究を二つ挙げ、この事実から導かれる中小・一人で締める読者への実際的な着地を一文で述べよ。一問一答
Q4. 内部統制を整えるとは何をすることか。この単位は「従業員を監視すること」とは違うと述べる。その代わりに何をすることだと説明しているか、一人で帳簿を締める読者向けの置き換えも含めて述べよ。一問一答
Q5. 内部統制をめぐる出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)日本のJ-SOX基準が約15年ぶりに改訂される(イ)COSOが内部統制の統合的枠組みを最初に出す(ウ)COSOがその枠組みを改める(エ)Ge・McVayが重要な不備の集中する場所を実証する並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の商いのなかでお金が動く流れを一つ選ぶ(例:売上の入金を記録して残高と突き合わせる、仕入れの支払いを起票して支払う、など)。その流れを『記録する』『動かす(支払う・受け取る)』『確かめる(別の資料と突き合わせる)』の三つの動作に分け、いまそれぞれを誰がいつ行っているかを書き写す。三つが同じ人・同じタイミングに集まっている箇所に印を付ける。誰かを評価したり監視したりする必要はなく、自分の記録と手元の資料だけで完結させる。一人で回している場合は、三つの動作を『同じ日にまとめてやっているか、日を分けているか』で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- COSO『Internal Control — Integrated Framework』(originally issued 1992; updated 2013), Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission — www.coso.org
- 金融庁・企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」令和5年(2023)4月7日 — www.fsa.go.jp
- Coates J.C., Srinivasan S. (2014) ‘SOX after Ten Years: A Multidisciplinary Review’, Accounting Horizons 28(3):627-671 — doi.org
- Iliev P. (2010) ‘The Effect of SOX Section 404: Costs, Earnings Quality, and Stock Prices’, The Journal of Finance 65(3):1163-1196 — doi.org
- Ge W., McVay S. (2005) ‘The Disclosure of Material Weaknesses in Internal Control after the Sarbanes-Oxley Act’, Accounting Horizons 19(3):137-158 — doi.org
- Ge W., Koester A., McVay S. (2017) ‘Benefits and costs of Sarbanes-Oxley Section 404(b) exemption: Evidence from small firms’ internal control disclosures’, Journal of Accounting and Economics 63(2-3):358-384 — doi.org