「ホスピタリティは研修で身につく」——だが、また会いたいは、約束を守った回数の上に立つ
また会いたい窓口になるには、ホスピタリティを研修で身につければいい、と教わる。皮肉なことに、研修を受けても現場に移るとは限らず、感じよくして「また会いたい」と言われても、その客がまた来るとは限らない。しかも「また来ますか」と尋ねること自体が、答えを変えてしまう。演出には、確かな土台がない。また会いたい窓口が立っているのは、感動の上ではなく、約束を守った回数の上である。
前の単位では、AIと人をどう使い分けるかを扱った。ここでは、その窓口が最後にたどり着く問い——また会いたいと思われる窓口には、どうすればなれるのかを扱う。そして、これがこの棚の最後の単位である。
「また会いたい窓口は、ホスピタリティのある窓口だ。ホスピタリティは、研修で身につく」——これが、この単位が向き合う俗説である。まず、この棚が通してきた見方を、最後にもう一度置く。★401で、この棚は言った——顧客サービスで流通する語り草と、効果の証明は、別物である。そして413で、もう一つの見方を出した——感動は、次回の期待を引き上げる。期待を超え続けるとは、期待を上げ続けることと同義だ。 この二つを手に、最後の問いへ入る。
ホスピタリティは研修で身につくのか——学習と転移は別
「ホスピタリティは研修で身につく」という言い方には、隠れた飛躍がある。研修を受けたことと、その中身が現場で実際に使われることは、別だからである。この二つのあいだの距離を、研究では転移(学んだことが現場の行動に移ること)と呼ぶ。
転移の古典が、1988年に Baldwin と Ford が *Personnel Psychology* 誌 41(1):63-105 に出した『Transfer of Training』である。彼らが整理したのは、研修で学んだことの多くは、そのままでは現場に移らない、という事実だった。移るかどうかは、研修の出来だけでなく、学ぶ人の性質や、戻る職場の環境に大きく左右される。2016年に Huang・Ford・Ryan が *Personnel Psychology* 誌 70(3):557-596 で示したのは、転移が同じ人の中でも時期によって揺れる(個人内変動)ということで、「研修を受けた/受けていない」の一括りでは転移をとらえられないことを意味する。
だから、「ホスピタリティ研修を受けた」は、「身についた」を意味しない。研修は入口であって、定着ではない。 ここに、この単位の一つ目の「証拠の読み違え方」がある——研修を受けたこと(学習)を、現場で身についたこと(転移)と取り違える。
なお、この棚は応対の窓口の持ち場であり、ここで引くのは転移という現象そのものの古典と現代の知見に限る。
「また会いたい」と、また来ることのあいだ
仮に、感じのよい応対が身についたとしよう。客は「また会いたい」と思ってくれた。では、その客は、また来るのか。ここにも、飛び越えてはいけない距離がある。「また会いたい」という気持ち(意図)と、実際にまた来るという行い(行動)は、同じではない。
この距離を正面から扱ったのが、2001年に Mittal と Kamakura が *Journal of Marketing Research* 誌 38(1):131-142 に出した研究である。彼らは満足と再購入の関係を調べ、満足(また会いたいという気持ち)から再購入という行動へのつながりが、まっすぐな比例ではなく閾値や非線形を持ち、しかも客の性質によって形が変わることを示した。同じ満足度でも、実際にまた来る割合は人によって違う。気持ちの大きさは、行動の大きさをそのまま予言しない。
この距離は、ホスピタリティに限らない。2016年、Sheeran と Webb が *Social and Personality Psychology Compass* 誌 10(9):503-518 の『The Intention–Behavior Gap』で、意図と行動のあいだには一般に大きな隔たりがあり、意図は行動を弱くしか予測しないことを、幅広い研究の総説としてまとめている。さらに厄介なのは、2005年に Chandon・Morwitz・Reinartz が *Journal of Marketing* 誌 69(2):1-14 で示したことだ——「また来ますか」と意図を尋ねること自体が、その後の行動を変えてしまう(自己生成妥当性)。また来るかを測ろうとする行為が、また来るかを動かす。
ここに、この単位の二つ目の「証拠の読み違え方」がある——意図(また会いたい)を、行動(また来る)と取り違える。 「また会いたいと言ってもらえた」を成果として数えると、実際にまた来たかどうかという、本当に見たかったものを飛ばしてしまう。
そもそもホスピタリティは、測れるのか
ここまで、研修から定着への距離と、気持ちから行動への距離を見た。だが、その手前に、もっと素朴な問題がある。そもそも「ホスピタリティ」とは何なのかが、定まっていない。
1999年、Brotherton は *International Journal of Contemporary Hospitality Management* 誌 11(4):165-173 で、ホスピタリティの本質を定義しようと試み、この言葉が論者によってばらばらに使われ、確たる定義に収まっていないことを整理した。定義が定まらないものは、測るのも難しい。「うちの窓口はホスピタリティが高い」と言うとき、その「ホスピタリティ」が指すものが人によって違えば、高さの比較には共通の物差しがない。
ここに、三つ目の「証拠の読み違え方」がある——定義が定まっていないものを、測れたことにする。 「ホスピタリティ度」という数字が出てきたら、まず問う。それは、何を、どう数えたものなのか。
時間・変化:1988年から2016年へ
順に置く。1988年、Baldwin と Ford が、研修で学んだことの多くはそのままでは現場に移らない——学習と転移は別だと整理する。1999年、Brotherton が、ホスピタリティは定義が定まらず測りにくいことを示す。2001年、Mittal と Kamakura が、満足(また会いたい)から再購入という行動への道が非線形で客の性質に依存することを示す。2005年、Chandon らが、意図を尋ねること自体が行動を変えると示す。2016年、Sheeran と Webb が意図と行動の隔たりを総説にまとめ、Huang らが転移の個人内変動を示す。
この三十年ほどで確からしくなったのは、「ホスピタリティは研修で身につき、それがまた来る客を生む」という一本道ではない。 確からしくなったのは、研修と定着にも、気持ちと行動にも距離があり、そもそもホスピタリティは定義が定まらず測りにくい——という向きのほうである。
この棚を締める——また会いたい窓口は、約束を守った回数の上に立つ
ここで、この棚が最初に置いた場所に、最後に戻る。★401で、この棚は一度だけ断った——窓口に立つ人は、会社の代わりに怒りを受け取る。だからこの棚は、対応する側の身を守ることを、顧客満足と同じ重さで扱う。 そして413で言った——感動は設計の出力ではない。期待を超え続ければ、期待が上がるだけである。
この二つが、いま一本につながる。また会いたいと思われる窓口は、とっておきの感動を演出する窓口ではない。 感動は出すたびに次回の期待を吊り上げ、しかも研修で身につくとも限らず、身についても現場に移るとは限らず、また会いたいという気持ちも、また来るという行動を約束しない。演出は、そのどこにも確かな土台を持っていない。
では、また会いたい窓口は、何の上に立つのか。約束を守った回数の上に、である。 速く応え、こじれたら回復し、崩れを防ぎ、続け——この棚が下から積み上げてきた地味な履行の積み重ねの上にだけ、「また会いたい」は静かに載る。感動がこの棚の最後にあるのは、最上位だから偉いのではなく、土台の上でしか成立しないからだ。 積み上げの順は、偉さの順ではなく支えの順である。
だから、妨げるものの筆頭は、この最後の段を、演出の技術だと勘違いすることである。「また会いたいと思わせる一言」を探しはじめた瞬間に、その足元で守られているべき約束が視界から外れる。標本の偏りも最後に断っておく。ここで挙げた実証の多くは、意図も行動も測れる規模の調査を対象にしている。一人で問い合わせに返している商い、週に数件の窓口は、そのデータの中にいない。 だから「また会いたい」の測り方を、そのまま自分の規模に当てはめない。
最初の一歩は10分。自分の窓口を思い浮かべ、(1)この二週間で守れた約束——返事の速さ、内容の正確さ、約束した期日——を一つ書く。(2)守れなかった約束を一つ、正直に書く。(3)その守れなかった一つを、演出や感動ではなく、どう守れるようにするかを、一言だけ書く。「また会いたいと思わせる工夫」は書かない。約束の履行だけを書く。 顧客に感想を聞きに行く必要はない。これは、あなたの窓口が、演出ではなく履行の上に立っているかを確かめる記録である。
——この棚は、感動の作り方を、一つも教えなかった。
- この棚の締めの単位。ホスピタリティは研修で身につくのか。研修を受けたこと(学習)と、その中身が現場で実際に使われること(転移)は別である。Baldwin・Ford 1988(Personnel Psychology 41(1):63-105)の研修転移の古典が、学んだことの多くはそのままでは現場に移らず、転移は学ぶ人の性質や戻る職場の環境に左右されると整理した。研修は入口であって定着ではない
- Huang・Ford・Ryan 2016(Personnel Psychology 70(3):557-596)は、研修転移が同じ人の中でも時期によって揺れる(個人内変動)ことを示し、受けた/受けていないの一括りでは転移をとらえられないとした。ここは応対の窓口の持ち場で、営業研修の転移は別の棚が扱ったため、転移という現象そのものの古典と現代の知見に限って引く
- 本命:Mittal・Kamakura 2001(Journal of Marketing Research 38(1):131-142)は、満足(また会いたい)から再購入という行動へのつながりが、まっすぐな比例ではなく閾値や非線形を持ち、客の性質で形が変わることを示した。同じ満足度でも実際にまた来る割合は人によって違い、気持ちの大きさは行動の大きさをそのまま予言しない
- Sheeran・Webb 2016(Social and Personality Psychology Compass 10(9):503-518『The Intention–Behavior Gap』)は、意図と行動のあいだに一般に大きな隔たりがあり意図は行動を弱くしか予測しないことを総説にまとめた。また会いたいという意図は、また来るという行動を弱くしか予測しない
- Chandon・Morwitz・Reinartz 2005(Journal of Marketing 69(2):1-14)は、また来ますかと意図を尋ねること自体がその後の行動を変えてしまう(自己生成妥当性)ことを示した。また来るかを測ろうとする行為が、また来るかを動かす。この単位の証拠の読み違え方は、意図(また会いたい)を行動(また来る)と取り違えること
- Brotherton 1999(IJCHM 11(4):165-173)は、ホスピタリティが論者によってばらばらに使われ確たる定義に収まっていないことを整理した。定義が定まらないものは測るのも難しく、ホスピタリティ度という数字が出たら、それが何をどう数えたものかを問う。定義が定まっていないものを測れたことにしない
- 通奏低音②の回収(棚締め)——感動は設計の出力ではない。期待を超え続ければ期待が上がるだけである(413)。また会いたい窓口は、とっておきの感動を演出する窓口ではなく、速く応え・回復し・崩れを防ぎ・続けるという約束を守った回数の上に立つ。感動が最後にあるのは最上位だからではなく土台の上でしか成立しないから。★401——窓口に立つ人は会社の代わりに怒りを受け取る、対応する側の身を守ることを顧客満足と同じ重さで扱う——に帰って棚を閉じる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| ホスピタリティは研修で身につくのだから、良い研修を受けさせれば、また会いたいと思われる窓口になれる | Baldwin・Ford 1988の研修転移の古典のとおり、学んだことの多くはそのままでは現場に移らず、転移は学ぶ人の性質や戻る職場の環境に左右される。Huang ら2016は転移が個人内で揺れるとも示した。研修を受けたことは身についたことを意味せず、研修は入口であって定着ではない |
| 「また会いたい」と言ってもらえれば、その客はまた来てくれる。だから満足度や再来意向を測れば、再来が分かる | Mittal・Kamakura 2001は満足から再購入行動へのつながりが非線形で客の性質に依存すると示し、Sheeran・Webb 2016は意図が行動を弱くしか予測しないと総説にまとめた。さらにChandon ら2005は、また来ますかと尋ねること自体が行動を変える(自己生成妥当性)と示した。意図(また会いたい)を行動(また来る)と取り違えると、本当に見たかったものを飛ばす |
| とっておきの感動を演出できれば、それが決め手になって、また会いたい窓口になれる | 感動は次回の期待を吊り上げ(413)、研修で身につくとも現場に移るとも限らず、また会いたいという気持ちもまた来る行動を約束しない。演出には確かな土台がない。また会いたい窓口は、速く応え・回復し・崩れを防ぎ・続けるという約束を守った回数の上に立つ。感動が最後にあるのは最上位だからではなく、土台の上でしか成立しないからだ |
皮肉なのは、また会いたいと思わせようとするほど、また会いたいから遠ざかることである。とっておきの感動を一つ足せば、それは次に来たときの当たり前になり、こちらは自分でバーを上げていく。感じのよさを研修で仕込んでも、現場に移るとは限らず、移っても、また来るとは限らない。この棚は、感動の作り方を、一つも教えなかった。渡したのは、二つの問いと、一つの断りだけだ——その数字は、誰が作ったのか。その気持ちは、行動まで届いたのか。そして、窓口に立つその人は、会社の代わりに怒りを受け取りながら、ちゃんと守られているのか。また会いたい窓口は、演出の名人がいる場所ではない。約束を、静かに、守り続けた回数だけ、そこにある。
Q1. 「ホスピタリティは研修で身につく」という言い方に隠れた飛躍を、「学習」と「転移」という言葉を使って説明せよ。Baldwin・Ford 1988 と Huang ら2016 に触れること。一問一答
Q2. 「また会いたい」(意図)と「また来る」(行動)の関係について、この単位が引いた研究の示したこととして正しいものはどれか。選択
Q3. Brotherton 1999 によれば、ホスピタリティは論者によって ____ に使われ、確たる ____ に収まっていない。____ が定まらないものは測るのも難しいため、ホスピタリティ度という数字が出たら、それが何をどう ____ ものかを問う。穴埋め
Q4. この棚を締める通奏低音②を書き、それが413の「感動は次回の期待を上げる」と★401の断りに、どうつながって棚を閉じるのかを説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Mittal・Kamakura が満足→再購入行動は非線形で客の性質に依存すると示す(イ)Baldwin・Ford が学習と転移は別だと整理する(ウ)Sheeran・Webb が意図と行動の隔たりを総説にまとめる(エ)Brotherton がホスピタリティは定義が定まらず測りにくいと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の窓口を思い浮かべ、三つを書く。(1)この二週間で自分が守れた約束——返事の速さ、内容の正確さ、約束した期日のうち、守れたものを一つ。(2)守れなかった約束を一つ、正直に。(3)その守れなかった一つを、演出や感動ではなく、どう守れるようにするかを、一言だけ。『また会いたいと思わせる工夫』は書かない——約束の履行だけを書く。顧客や同僚に感想を聞いたり、評価したりしない。これは、自分の窓口が演出ではなく履行の上に立っているかを、自分で確かめる記録である。一人で全部を回している場合も、自分が交わした約束について同じ三つを書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Baldwin T.T., Ford J.K. (1988) ‘Transfer of Training: A Review and Directions for Future Research’, Personnel Psychology 41(1):63-105 — doi.org
- Huang J.L., Ford J.K., Ryan A.M. (2016) ‘Ignored No More: Within-Person Variability Enables Better Understanding of Training Transfer’, Personnel Psychology 70(3):557-596 — doi.org
- Mittal V., Kamakura W.A. (2001) ‘Satisfaction, Repurchase Intent, and Repurchase Behavior: Investigating the Moderating Effect of Customer Characteristics’, Journal of Marketing Research 38(1):131-142 — doi.org
- Chandon P., Morwitz V.G., Reinartz W.J. (2005) ‘Do Intentions Really Predict Behavior? Self-Generated Validity Effects in Survey Research’, Journal of Marketing 69(2):1-14 — doi.org
- Sheeran P., Webb T.L. (2016) ‘The Intention–Behavior Gap’, Social and Personality Psychology Compass 10(9):503-518 — doi.org
- Brotherton B. (1999) ‘Towards a Definitive View of the Nature of Hospitality and Hospitality Management’, International Journal of Contemporary Hospitality Management 11(4):165-173 — doi.org