「教えて挑発すれば売れる」——だが土台は、自己報告・事後・査読外の調査である
顧客に気づきを与えて挑発すれば売れる、と教わる。皮肉なことに、その根拠は調査会社の自己報告サーベイで、勝った人が成功の理由をあとから語ったものだ。査読論文はすでにこのモデルを批判し、独立実証の乏しさを指摘している。そして「もっと顧客中心に」も「もっと強く挑発」も、過剰は逆効果——一枚岩の処方は、査読側から支持されない。
前の単位では、問いの順序で相手に課題を気づかせる、と説くSPINを扱った。ここでは、それと対をなす——教えて、相手の前提を揺さぶって売る、と説く「チャレンジャー」型の由緒と、その効果の証明の距離を扱う。
★369で一度だけ置いた見方——手法の由緒の立派さと、あなたの商談で効く証明とは、別物である——は、この単位にもそのまま当てはまる。SPINの土台が営業研修会社の社内研究だったように、チャレンジャーの土台は、調査会社の自己報告調査である。この単位が言うことも三つに絞る——チャレンジャー型とは何を指すのか。どこまで効くと確かめられているのか。その範囲の外で、何が起きるか。
チャレンジャーとは何か——その土台は、調査会社の自己報告調査である
チャレンジャー(挑戦者)とは、2011年に Dixon と Adamson が『The Challenger Sale』(Portfolio/Penguin)で広めた営業像である。相手の言いなりに応えるのではなく、相手が気づいていない論点を教え(teach)、相手の状況に合わせて話を仕立て(tailor)、商談の主導権を握る(take control)——この三つで動く売り手が、優れた成果を出す、と説く。
説得力のある主張だ。だが、その根拠の出どころを見ておく必要がある。この本の土台は、ある大手の調査会社が、営業担当者を対象に行ったサーベイ(自己報告の調査)である。当初およそ700名、のちに数千名——6,000名を超える規模——にまで広げられた、と説明される。ここで注意したいのは、この調査の性質だ。第一に、自己報告である——うまくいった営業担当者が、自分の行動をあとから振り返って答えている。第二に、事後の調査である——結果を知ったうえで、成功の理由を語っている。第三に、査読の外にある——学術誌の審査を通った研究ではない。
自己報告で、事後で、査読外。この三つがそろうと、「勝った人が、勝った理由をこう説明した」という物語は集まるが、「その行動が勝ちを生んだ」という因果は、確かめられない。 勝った人が「自分は挑戦的だった」と振り返ったとしても、挑戦的だったから勝ったのか、勝ったから挑戦的だったと思い出しているのか——自己報告の事後調査では、そこを分けられない。壮大な調査規模は、ここでも、査読の代わりにはならない。
査読による正面からの批判が、すでに存在する
チャレンジャーについては、査読論文による正面からの検討が存在する。2014年に *Journal of Personal Selling & Sales Management* 誌 34(4):245-259 へ出た Rapp・Bachrach・Panagopoulos・Ogilvie は、「売り手を知識の仲介者として見る」という角度から、チャレンジャー・モデルを体系的にレビューし、批判した。新しさや長所を認めたうえで、独立した実証の乏しさを指摘している。
ここが、通奏低音のいちばん濃いところだ。人気の大きさと、実証の基盤の薄さが、はっきり乖離している。 チャレンジャーは世界中で読まれ、多くの営業組織に取り入れられた。にもかかわらず、独立した第三者が査読の手続きで「この型は効く」と確かめた研究は、ごくわずかしか見当たらない。 売れた本であることと、効くと確かめられた手法であることは、別である。Rapp らの批判は、それを学術の言葉で正面から述べた、数少ない一本だ。
「常に顧客中心」も「常に挑発」も——過剰は逆効果
では、査読の側は「顧客とどう向き合うか」について何を言っているのか。ここで、チャレンジャーが暗に否定しようとした「顧客中心」の側にも、同じ物差しを当ててみる。
2011年に *Journal of Marketing* 誌 75(2):55-74 へ出た Homburg・Müller・Klarmann は、商談での売り手の顧客志向——どれだけ相手に合わせるか——と成果の関係を調べ、逆U字の形を見いだした。顧客中心が強すぎても、成果は下がる。 ほどよいところに山があり、そこを越えて相手に合わせすぎると、かえって落ちていく。これは、チャレンジャーの含意にとっても、重要な釘だ。「もっと顧客中心に」も「もっと強く挑発」も、無条件に正しくはない。 どちらの姿勢も、行きすぎれば逆に働く。一枚岩の処方——常にこう振る舞え——が支持されないのは、SPINのときと同じである。
だからここで、この棚の禁止事項を確認しておく。挑発を、相手の不安を煽って即決させる手口にしない。 チャレンジャーの「教える」を、相手の前提を誠実に問い直す情報提供として使うなら、それは相手の時間に報いる。だが、根拠のない危機感を焚きつけて判断を急がせるなら、それは操作であって、相手の信頼を削る。気づきを差し出すことと、不安を売りつけることは、別である。
SPINと対にして——どちらが正しいか、ではない
前の単位のSPINは「問いで相手に気づかせる」型、この単位のチャレンジャーは「教えて相手に気づかせる」型である。ここで大事なのは、どちらが正しいかを裁かないことだ。前の単位で見たとおり、効果は相手・場・関係によって変わる。問いが効く相手もいれば、率直に論点を差し出したほうが動く相手もいる。 二つは、優劣を競う敵ではなく、場面で使い分ける道具である。
査読の側も、売り方を一つの脚本に固めることには慎重だ。2007年に *Journal of Marketing* 誌 71(3):1-17 へ出た Tuli・Kohli・Bharadwaj は、解決策(ソリューション)を売るとは、製品を束ねて渡すことではなく、相手と時間をかけて進める関係のプロセスだと捉え直した。2019年に *Journal of Business Research* 誌 94:42-55 へ出た Kwak・Anderson・Leigh・Bonifield は、売り手が状況に合わせて大きく構えを変える適応が成果や満足にどう効くかを実証的に検討している。2012年に *Journal of Personal Selling & Sales Management* 誌 32(1):15-27 へ出た Blocker・Cannon・Panagopoulos・Sager は、売り手が価値を生み・受け取る役割を、今後の研究課題として整理した。共通するのは、「一つの正しい姿勢」ではなく、相手と場に応じてプロセスを運ぶ、という像である。
時間・変化:2007年から2019年まで
順に置く。2007年、Tuli らが、ソリューション営業を製品の束ではなく関係のプロセスだと捉え直す。2011年、Homburg らが、顧客志向と成果の逆U字を示す(過剰は逆効果)。同年、Dixon と Adamson が『The Challenger Sale』を出す(調査会社の自己報告調査・査読外)。2012年、Blocker らが、売り手の価値創造の役割を研究課題として整理する。2014年、Rapp らが、チャレンジャー・モデルを査読論文で批判し、独立実証の乏しさを指摘する。2019年、Kwak らが、状況に応じた大きな適応の効果を実証的に検討する。
この間に確からしくなったのは、「教えて挑発すれば売れる」という側ではない。 確からしくなったのは、一つの姿勢を常に取ることではなく、相手と場に応じてプロセスを運ぶことが要る、という向きのほうである。チャレンジャーが指摘した「言いなりでない売り手」の価値を否定するのではない。その調査を、効果の保証書と取り違えない、という話だ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、本の人気と、手法の実証を、同じものだと思ってしまうことである。よく売れた本であることは、その型があなたの商談で効くことの証明ではない。売れ行きと、査読は、別の物差しだ。
標本の偏りも断っておく。ここで引いた研究の多くは、欧米の法人営業の場面で採られたものだ。個人の受託、教室の体験説明、頒布所での一対一の相談を対象にした査読研究は、ごく少ない。 平均は地図であって、あなたの商談ではない。
助けになるのは、新しく挑発を試す前に、自分の過去の提案を思い出すという一手である。最近の提案で、相手が当たり前だと思っていた前提を、自分が一つ問い直した場面があったかを探す。あったなら、それを相手がどう受け取ったか(拒まれたか、考え込んだか、話が進んだか)を書く。無かったなら、無かったと正直に書く。前提を問い直すことと、相手を言い負かすことは違う——受け取られ方が、その違いを教えてくれる。
最初の一歩は10分。直近の自分の提案・商談を一件思い出し、相手が当たり前だと思っていた前提を自分が一つ問い直した場面があったかを、「あった/無かった」で書く。あったなら、相手がそれをどう受け取ったかを一言で書き添える。 相手に新しく仕掛けに行く必要はない。無かったと書けたなら、それも収穫だ——次に、押し付けずに差し出せる論点が一つあるかを、あとで考える材料になる。
次の単位は 373「断り文句を乗り越えるには?」——気づきを差し出しても返ってくる「断り」を、切り返しのトークで乗り越えられるのかを扱う。
- チャレンジャーは2011年に Dixon と Adamson が『The Challenger Sale』(Portfolio/Penguin)で広めた営業像で、相手が気づいていない論点を教え(teach)・状況に合わせて仕立て(tailor)・商談の主導権を握る(take control)売り手が優れた成果を出すと説く。★369の見方——手法の由緒と、あなたの商談で効く証明は別物——がこの単位にも当てはまる
- チャレンジャーの土台は、ある大手調査会社が営業担当者に行ったサーベイ(自己報告の調査)で、当初およそ700名、のちに6,000名超に広げられた。この調査は自己報告・事後・査読外の三つがそろっており、勝った人が勝った理由をこう説明したという物語は集まるが、その行動が勝ちを生んだという因果は確かめられない。壮大な調査規模は査読の代わりにはならない
- チャレンジャーには査読論文による正面からの批判が存在する。2014年に Journal of Personal Selling & Sales Management 誌 34(4):245-259 へ出た Rapp・Bachrach・Panagopoulos・Ogilvie は、売り手を知識の仲介者として見る角度からモデルを体系的にレビューし、新しさや長所を認めつつ独立した実証の乏しさを指摘した。人気の大きさと実証の基盤の薄さが、はっきり乖離している
- 2011年に Journal of Marketing 誌 75(2):55-74 へ出た Homburg・Müller・Klarmann は、商談での売り手の顧客志向と成果の関係に逆U字を見いだした。顧客中心が強すぎても成果は下がり、ほどよい山を越えて合わせすぎると落ちていく。もっと顧客中心にも・もっと強く挑発も無条件に正しくはなく、一枚岩の処方が支持されないのはSPINのときと同じである
- SPIN(問いで気づかせる)とチャレンジャー(教えて気づかせる)は、どちらが正しいかを裁くものではない。効果は相手・場・関係で変わり、問いが効く相手もいれば率直に論点を差し出したほうが動く相手もいる。二つは優劣を競う敵ではなく、場面で使い分ける道具である。挑発を相手の不安を煽って即決させる手口にせず、気づきを差し出すことと不安を売りつけることを分ける
- 査読の側は売り方を一つの脚本に固めることに慎重である。2007年に Journal of Marketing 誌 71(3):1-17 へ出た Tuli・Kohli・Bharadwaj は、ソリューションを売るとは製品を束ねて渡すことではなく相手と時間をかけて進める関係のプロセスだと捉え直した。2019年の Kwak ら(Journal of Business Research 94:42-55)は状況に応じた大きな適応の効果を実証的に検討している
- 2012年に Journal of Personal Selling & Sales Management 誌 32(1):15-27 へ出た Blocker・Cannon・Panagopoulos・Sager は、売り手が価値を生み・受け取る役割を今後の研究課題として整理した。これらに共通するのは、一つの正しい姿勢ではなく相手と場に応じてプロセスを運ぶという像であり、本の売れ行きと査読は別の物差しである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 顧客に気づき(インサイト)を与えて挑発する『チャレンジャー型』が最も売れる営業だと、大規模な調査で実証されている | その土台は、ある大手調査会社が営業担当者に行った自己報告のサーベイ(当初約700名、のちに6,000名超)で、事後・売り手申告・査読外である。自己報告・事後・査読外がそろうと、勝った人が語る成功の物語は集まるが、その行動が勝ちを生んだという因果は確かめられない。2014年に Journal of Personal Selling & Sales Management 誌 34(4):245-259 の Rapp らが査読論文で批判し、独立実証の乏しさを指摘している |
| 挑発が良いなら、相手に強く踏み込むほど、あるいは逆にとことん顧客中心に徹するほど、成果は上がる | 2011年に Journal of Marketing 誌 75(2):55-74 へ出た Homburg・Müller・Klarmann は、商談での顧客志向と成果の関係に逆U字を見いだした。顧客中心が強すぎても成果は下がり、ほどよい山を越えて合わせすぎると落ちていく。「もっと顧客中心に」も「もっと強く挑発」も無条件には正しくない。過剰はどちらも逆効果で、一枚岩の処方は支持されない。挑発を、不安を煽って即決させる手口にしてはならない |
| SPIN(問いで気づかせる)とチャレンジャー(教えて気づかせる)は、どちらが正しいかを決めるべきだ | どちらが正しいかを裁くものではなく、場面で使い分ける道具である。効果は相手・場・関係で変わり、問いが効く相手もいれば率直に論点を差し出したほうが動く相手もいる。査読の側も売り方を一つの脚本に固めることに慎重で、2007年に Journal of Marketing 誌 71(3):1-17 の Tuli らはソリューションを関係のプロセスと捉え直し、2019年の Kwak ら(Journal of Business Research 94:42-55)は状況に応じた適応の効果を検討している |
皮肉なのは、いちばん読まれた営業書ほど、確かめられている、と信じたくなることである。世界中で読まれ、多くの組織が取り入れた。だがその根拠は、勝った人が成功の理由をあとから語った、自己報告の調査であって、独立の査読が同じ結論を再現したものではない。売れ行きと、査読は、別の物差しだ。この単位を通して残るのは、言いなりでない売り手の価値を説くことと、その型があなたの商談で効くと証明することのあいだには、いつも距離がある、という事実だけである。問いで気づかせるのも、教えて気づかせるのも、相手と場に応じて選ぶ道具であって——気づきを差し出すことと、不安を売りつけることを、取り違えないことである。
Q1. チャレンジャーは、相手が気づいていない論点を ____、相手の状況に合わせて話を仕立て、商談の主導権を ____ 売り手が成果を出す、と説く。穴埋め
Q2. チャレンジャーの土台となった調査の性質について、本文の説明として正しいものはどれか。選択
Q3. 2011年の Homburg らが顧客志向と成果に見いだした「逆U字」とは何か。そして、それがチャレンジャーの含意にとってなぜ重要か。一問一答
Q4. SPIN(問いで気づかせる)とチャレンジャー(教えて気づかせる)を、本単位はどういう関係として扱っているか。一問一答
Q5. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)Homburg らが、顧客志向と成果の逆U字を示す(イ)Tuli らが、ソリューション営業を関係のプロセスと捉え直す(ウ)Kwak らが、状況に応じた大きな適応の効果を実証的に検討する(エ)Rapp らが、チャレンジャー・モデルを査読論文で批判する並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、直近であなたが自分でした提案・商談・見積もりのやりとりを一件思い出す。そのなかで、相手が当たり前だと思っていた前提を、自分が一つ問い直した場面があったかを探し、『あった』か『無かった』かを書く。『あった』なら、相手がそれをどう受け取ったか——拒まれた・考え込んだ・話が進んだなど——を一言で書き添える。『無かった』なら、無かったと正直に書く。相手に新しく仕掛けに行く必要はない。自分の記憶と手元のメモだけで完結させる。前提を問い直すことと、相手を言い負かすことは違う。受け取られ方が、その違いを教えてくれる。無かったと書けたなら、次に押し付けずに差し出せる論点が一つあるかを、あとで考える材料になる。一人で全部を回している場合も、同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Dixon M., Adamson B. (2011) ‘The Challenger Sale: Taking Control of the Customer Conversation’, New York: Portfolio/Penguin — archive.org
- Rapp A., Bachrach D.G., Panagopoulos N., Ogilvie J. (2014) ‘Salespeople as knowledge brokers: a review and critique of the challenger sales model’, Journal of Personal Selling & Sales Management 34(4):245-259 — doi.org
- Homburg C., Müller M., Klarmann M. (2011) ‘When Should the Customer Really Be King? On the Optimum Level of Salesperson Customer Orientation in Sales Encounters’, Journal of Marketing 75(2):55-74 — doi.org
- Tuli K.R., Kohli A.K., Bharadwaj S.G. (2007) ‘Rethinking Customer Solutions: From Product Bundles to Relational Processes’, Journal of Marketing 71(3):1-17 — doi.org
- Kwak H., Anderson R.E., Leigh T.W., Bonifield S.D. (2019) ‘Impact of salesperson macro-adaptive selling strategy on job performance and satisfaction’, Journal of Business Research 94:42-55 — doi.org
- Blocker C.P., Cannon J.P., Panagopoulos N.G., Sager J.K. (2012) ‘The Role of the Sales Force in Value Creation and Appropriation: New Directions for Research’, Journal of Personal Selling & Sales Management 32(1):15-27 — doi.org