「聞けば本音が出る」——だが傾聴が抜き出すのは、事実ではなく信頼である
良い質問でじっくり聞けば、相手の本音が引き出せる、と教わる。皮肉なことに、傾聴について確かめられているのは、隠れた事実の抽出ではなく、相手に「理解された」という感覚を作り関係を前に進めることのほうだ。聞き出せたと思うとき、抜き出したのは事実ではなく、信頼かもしれない。しかも、引き出すべき固定の本音が、そもそも無いこともある。
前の単位では、追う相手をどう見極めるかを扱った。ここでは、その相手との対話で、相手の本音は本当に「引き出せる」のか——ヒアリングと傾聴の話を扱う。
営業の教材は、たいてい、こう教える。良い質問をして、じっくり聞けば、相手の本音——本当のニーズ——が引き出せる。 聞くことが正しい、という向きは、まちがっていない。ただ、前の単位で置いた見方は、ここでも小さく効いている。「こう聞けば本音が出る」という質問テクニックの効果も、その多くは相関や自己申告にとどまり、隠れた真実を確実に露出させると示した証明ではない。 この単位が言うことも三つに絞る——傾聴とは何を指すのか。どこまで効くと確かめられているのか。その範囲の外で、何が起きるか。
先に、この単位の持ち場を切っておく。大勢の声を束ねて市場の傾向をつかむ話ではない。 ここで扱うのは、目の前の一人との、一対一の商談での聞き方である。集約された多数の声から傾向を読む作業とは、別の営みだ。
「聞けば本音が出る」の前に——傾聴は、測れる技能である
まず、傾聴という言葉をほどく。ただ黙って相手の話を浴びることではない。営業の傾聴を研究してきた人たちは、傾聴を三つの働きの組み合わせとして測ってきた。相手の言葉や声の調子、表情から手がかりを受け取る働き(sensing)。受け取ったものを頭の中で意味づけ、覚えておく働き(processing)。そして、理解したことを言葉やうなずきで返す働き(responding)。この三つがそろって初めて、相手は「聞いてもらえた」と感じる。
1993年に *Journal of Personal Selling & Sales Management* 誌 13(1):35-49 へ出た Castleberry と Shepherd は、対人的な傾聴を営業の技能として正面から扱った初期の論考であり、2006年に *Psychology & Marketing* 誌 23(2):161-180 へ出た Drollinger・Comer・Warrington は、この三つの働きからなる傾聴を測るものさし(尺度)を作り、その妥当性を確かめた。2011年に *Communication Quarterly* 誌 59(3):277-295 へ出た Bodie も、同じ系統の尺度を対人の場面で検証している。大事なのは、傾聴が、精神論ではなく、観察でき、測れる技能だということ——そして、測れる技能である以上、上手にもなれば、失敗もする、ということである。
傾聴が支えるのは、信頼と満足であって、隠れた真実の抽出ではない
では、傾聴は何をもたらすと確かめられているのか。ここが肝心なところだ。査読された研究が支えているのは、「聞けば隠れた本音が出てくる」ではなく、「聞くと、相手との関係が前に進む」という向きである。
1997年に *Journal of the Academy of Marketing Science* 誌 25(2):127-137 へ出た Ramsey と Sohi は、相手が「この売り手は聞いてくれている」と感じることが、その売り手への信頼や満足、次にまた話したいという期待を高めることを示した。2009年に *Journal of Financial Services Marketing* 誌 14(1):6-25 へ出た Bergeron と Laroche も、金融の営業の場面で、傾聴が有効だと受け取られることが関係の質に効くことを確かめている。つまり、傾聴の確かめられた効果は、相手の中に「理解された」という認知を作り、関係を前に進めるところにある。
ここに、素朴な期待とのずれがある。 私たちは「聞けば、相手の頭の中にある真のニーズが、そのまま取り出せる」と思いがちだ。だが実証が言っているのは、そこではない。傾聴は、隠れた事実を抜き出すポンプではなく、相手に「わかってもらえた」という感覚を作る営みである。この違いは小さく見えて、大きい。「聞き出せた」と思うとき、抜き出したのは事実ではなく、信頼だったのかもしれない。
技能ゆえに、失敗する
傾聴が精神論ではなく技能だということは、裏を返せば、上手・下手があり、しくじりも起きるということだ。よくあるしくじりは三つある。
一つ、聞いたつもり。相手の言葉を受け取った(sensing)だけで、意味づけ(processing)と、返し(responding)を欠く。相手からは「聞いてもらえた」感覚が生まれない。二つ、誘導。「◯◯でお困りですよね?」と、こちらの答えに合う言葉を相手に言わせてしまう。返ってきたのは相手の本音ではなく、こちらが用意した台本だ。三つ、先回り。相手が言い終わる前に「つまりこういうことですね」と結論を置く。相手はそこで、言葉を探すのをやめてしまう。
どれも、熱心な聞き手ほど陥りやすい。 早く役に立ちたい、早く提案したい、という気持ちが、意味づけと確認の手前で、話を閉じてしまう。だからここで、この棚の禁止事項を一つ確認しておく——傾聴を「情報を抜く技術」にしない。 不安を煽って口を割らせたり、誘導で言質を取ったりする聞き方は、その場では言葉を引き出せても、相手の中の信頼を削る。傾聴の効果が関係の質にあるのなら、関係を削る聞き方は、傾聴ではない。
そもそも、引き出すべき固定の本音が、無いことがある
もう一段、根の深い話をしておく。「本音を引き出す」という言い方は、相手の中に、完成した本音があらかじめ埋まっている、という前提を連れてくる。 だが、その前提が外れていることがある。
相手自身、自分が本当に何を必要としているのかを、はじめから言葉にできているとはかぎらない。ニーズは、対話の前に完成しているのではなく、対話のなかで、少しずつ輪郭を得ていくことが多い。あなたの問いや、言い換えや、確認が、相手が自分の必要を組み立てる手伝いになっている。つまり、あなたは埋蔵物を掘り当てているのではなく、相手と一緒に、まだ形になっていないものの輪郭を作っている。
これは1999年に *Journal of Personal Selling & Sales Management* 誌 19(1):15-29 へ出た Comer と Drollinger が、傾聴から成約への道筋を描いた枠組みにもつながる。ただし断っておくと、この論文は因果を測った実証ではなく、概念の枠組みを提案したものである。「傾聴すれば売れる」は、いまのところ、確かめられた因果ではなく、もっともらしい筋書きにとどまる。だからこそ、「聞き出す」より「一緒に輪郭を作る」という構えのほうが、実際に起きていることに近い。
時間・変化:1993年から2011年まで
順に置く。1993年、Castleberry と Shepherd が、対人的な傾聴を営業の技能として扱う。1997年、Ramsey と Sohi が、聞いてくれていると感じられることが信頼・満足・次の期待を高めると示す。1999年、Comer と Drollinger が、傾聴から成約への概念の枠組みを提案する(因果の実証ではない)。2006年、Drollinger らが、三つの働きからなる傾聴を測る尺度を作り妥当性を確かめる。2009年、Bergeron と Laroche が、金融の営業で傾聴が関係の質に効くと確かめる。2011年、Bodie が、同系統の尺度を対人の場面で検証する。
この間に確からしくなったのは、「聞けば本音が出る」という側ではない。 確からしくなったのは、傾聴は測れる技能で、その効果は相手の中に「理解された」という認知を作り、関係を前に進めるところにある、という向きのほうである。隠れた真実を抽出する、という約束のほうは、確かめられていない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、相手が語った言葉を、相手の本音そのものだと受け取ってしまうことである。良い言葉が採れると、聞き出せた気がする。だがその言葉は、あなたの問いの立て方や、確認の仕方が、相手と一緒にその場で作ったものかもしれない。
標本の偏りも断っておく。ここで引いた研究の多くは、欧米の対面営業や金融の場面で採られたものだ。個人の受託相談、教室の体験説明、頒布所での一対一の相談を対象にした査読研究は、ごく少ない。 平均は地図であって、あなたの対話ではない。
助けになるのは、新しく誰かに聞きに行く前に、自分が最近した対話を思い出すという一手である。直近の商談や相談を一件選び、相手が言ったことに対して、自分がどう言い換えて確認したかを書き出してみる。言い換えて確かめた箇所と、聞いたまま流した箇所、こちらの結論を先に置いた箇所——三つの色が、自分の聞き方の癖を見せてくれる。
最初の一歩は10分。直近の自分の商談・相談を一件思い出し、相手が言った言葉を一つ書く。次に、それに対して自分が返した言葉(言い換えて確認したか、そのまま流したか、先に結論を置いたか)を一つ書く。二つを見比べて、どれに当たるかを一語で書き添えるだけである。 相手に新しく確かめに行く必要はない。言い換えて確認していたなら、それがこの単位の言う傾聴だ。
次の単位は 371「問いで課題に気づかせるには?」——聞くだけでなく、問いの順序で相手が自分の課題に気づく、と説く有名な手法の由緒と、その効果の証明の距離を扱う。
- この単位の持ち場は、大勢の声を束ねて市場の傾向をつかむ話ではなく、目の前の一人との一対一の商談での聞き方である。集約された多数の声から傾向を読む作業とは別の営みで、言うことは三つ——傾聴とは何を指すか、どこまで効くと確かめられているか、その外で何が起きるか。前の単位の見方(手法の由緒と効果の証明は別物)はここでも小さく効き、質問テクニックの効果の多くも相関や自己申告にとどまる
- 傾聴は精神論ではなく、観察でき測れる技能である。営業の傾聴研究は、手がかりを受け取る働き(sensing)・意味づけて覚える働き(processing)・言葉やうなずきで返す働き(responding)の三つの組み合わせとして傾聴を測ってきた。この三つがそろって初めて相手は理解されたと感じ、測れる技能である以上、上手にもなれば失敗もする
- 2006年に Psychology & Marketing 誌 23(2):161-180 へ出た Drollinger・Comer・Warrington は、sensing・processing・responding の三次元からなる傾聴を測る尺度(active empathetic listening scale)を作り妥当性を確かめた。2011年に Communication Quarterly 誌 59(3):277-295 の Bodie も同系統の尺度を対人の場面で検証している。傾聴は測定可能な技能として扱われてきた
- 査読された研究が支えるのは「聞けば隠れた本音が出る」ではなく「聞くと相手との関係が前に進む」という向きである。1997年に Journal of the Academy of Marketing Science 誌 25(2):127-137 へ出た Ramsey と Sohi は、聞いてくれていると感じられることが信頼・満足・次に話したい期待を高めると示した。2009年の Bergeron と Laroche(Journal of Financial Services Marketing 14(1):6-25)も金融の営業で関係の質への効果を確かめた
- 傾聴の確かめられた効果は、相手の中に理解されたという認知を作り関係を前に進めるところにあり、隠れた事実を抜き出すポンプではない。聞き出せたと思うとき、抜き出したのは事実ではなく信頼かもしれない。技能ゆえに失敗もし、しくじりは三つ——聞いたつもり(返しを欠く)・誘導(こちらの台本を言わせる)・先回り(言い終わる前に結論を置く)で、どれも熱心な聞き手ほど陥りやすい
- 本音を引き出すという言い方は、相手の中に完成した本音があらかじめ埋まっているという前提を連れてくるが、その前提が外れていることがある。相手自身、必要を最初から言葉にできているとはかぎらず、ニーズは対話の前に完成しているのではなく対話のなかで輪郭を得ていくことが多い。あなたの問いや言い換えは、相手が必要を組み立てる手伝いになっている
- 1999年に Journal of Personal Selling & Sales Management 誌 19(1):15-29 へ出た Comer と Drollinger は、傾聴から成約への道筋を描いたが、これは因果を測った実証ではなく概念の枠組みの提案である。傾聴すれば売れるは確かめられた因果ではなくもっともらしい筋書きにとどまり、だからこそ聞き出すより一緒に輪郭を作るという構えのほうが、実際に起きていることに近い
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 正しい質問をして、じっくり聞けば、相手の隠れた本音——本当のニーズ——が確実に引き出せる | 査読された研究が支えるのは「聞けば隠れた本音が出る」ではなく「聞くと相手との関係が前に進む」という向きである。1997年に Journal of the Academy of Marketing Science 誌 25(2):127-137 へ出た Ramsey と Sohi は、聞いてくれていると感じられることが信頼・満足・次にまた話したい期待を高めると示した。傾聴の確かめられた効果は、相手の中に「理解された」という認知を作るところにあり、隠れた事実を抜き出すポンプではない。抜き出したのは事実ではなく信頼かもしれない |
| 本音を引き出すのだから、相手の中には、掘り当てるべき完成した本音があらかじめ埋まっているはずだ | その前提が外れていることがある。相手自身、自分が本当に何を必要としているのかを、はじめから言葉にできているとはかぎらない。ニーズは対話の前に完成しているのではなく、対話のなかで少しずつ輪郭を得ていくことが多い。あなたの問いや言い換えは、相手が必要を組み立てる手伝いになっている。1999年に Journal of Personal Selling & Sales Management 誌 19(1):15-29 へ出た Comer と Drollinger の傾聴→成約の枠組みも、因果の実証ではなく概念の提案である |
| 傾聴は、要は相手の話を最後まで黙って聞くこと。心がけの問題で、うまい下手はない | 傾聴は精神論ではなく、受け取る(sensing)・意味づける(processing)・返す(responding)の三つからなる、観察でき測れる技能である(2006年 Drollinger ら 23(2):161-180、2011年 Bodie 59(3):277-295 が尺度を検証)。測れる技能である以上、上手・下手があり失敗する。聞いたつもり・誘導・先回りは、どれも熱心な聞き手ほど陥る。傾聴を「情報を抜く技術」にすると、関係を削り、傾聴の効果そのものを失う |
皮肉なのは、いちばん熱心に聞き込んだ人ほど、本音を引き出せた、と言い切りたくなることである。だが相手が語った言葉は、あなたの問いの立て方が、相手と一緒にその場で作ったものかもしれない。聞き出せた気がするとき、たいてい抜き出したのは、隠れた事実ではなく、相手の信頼のほうである。この単位を通して残るのは、傾聴の効果は相手の中に「理解された」という認知を作るところにあって、隠れた真実を確実に取り出す道具ではない、という事実だけである。だから、聞き出そうとするより、一緒に輪郭を作るほうがいい。
Q1. 営業の傾聴研究は、傾聴を三つの働き——手がかりを ____ 働き、意味づけて覚える働き、言葉やうなずきで ____ 働き——の組み合わせとして測ってきた。穴埋め
Q2. 1997年に Ramsey と Sohi が示したこととして、正しいものはどれか。選択
Q3. 傾聴のよくある三つのしくじり(聞いたつもり・誘導・先回り)に共通するのは何か。禁止事項にも触れて答えよ。一問一答
Q4. 「本音を引き出す」という言い方の前提が外れうるのはなぜか。ニーズの成り立ちに触れて答えよ。一問一答
Q5. 1999年の Comer と Drollinger の論文について、本文の説明として正しいものはどれか。選択
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、直近であなたが自分でした商談・相談・体験説明を一件思い出す。そのやりとりのなかで、相手が言った言葉を一つ選んで、上に書き写す。下に、その言葉に対して自分が実際に返した言葉を書く。そして、その返しが次の三つのどれに当たるかを、一語で書き添える——『言い換えて確認した』『そのまま流した』『先に自分の結論を置いた』。相手に新しく連絡して確かめる必要はない。自分の記憶と手元のメモだけで完結させる。うまく言い換えて確認できていたなら、それがこの単位の言う傾聴である。できていなくても、それが自分の聞き方の癖として見えれば収穫になる。一人で全部を回している場合も、同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Ramsey R.P., Sohi R.S. (1997) ‘Listening to your customers: The impact of perceived salesperson listening behavior on relationship outcomes’, Journal of the Academy of Marketing Science 25(2):127-137 — doi.org
- Castleberry S.B., Shepherd C.D. (1993) ‘Effective Interpersonal Listening and Personal Selling’, Journal of Personal Selling & Sales Management 13(1):35-49 — doi.org
- Drollinger T., Comer L.B., Warrington P.T. (2006) ‘Development and validation of the active empathetic listening scale’, Psychology & Marketing 23(2):161-180 — doi.org
- Bergeron J., Laroche M. (2009) ‘The effects of perceived salesperson listening effectiveness in the financial industry’, Journal of Financial Services Marketing 14(1):6-25 — doi.org
- Bodie G.D. (2011) ‘The Active-Empathic Listening Scale (AELS): Conceptualization and Evidence of Validity Within the Interpersonal Domain’, Communication Quarterly 59(3):277-295 — doi.org
- Comer L.B., Drollinger T. (1999) ‘Active Empathetic Listening and Selling Success: A Conceptual Framework’, Journal of Personal Selling & Sales Management 19(1):15-29 — doi.org